医学界新聞

国内での初期臨床研修を考察する
臨床研修病院の選択法  〔前編〕

大西弘高 佐賀医科大学総合診療部


 1998年6月13日,久留米市の聖マリア病院にて卒後臨床研修セミナーが開かれた。プログラムとして,福岡・佐賀・長崎・熊本地区の7つの臨床研修指定病院の施設紹介,卒後研修についての特別講演(今中孝信先生:天理よろづ相談所病院副院長,真栄城優夫先生:前沖縄県立中部病院長),6年生を中心としたグループディスカッション(コーディネーター=伴信太郎先生:川崎医大総合診療部助教授)などが行なわれた。
 私は,佐賀医大総合診療部の広報のため,このセミナーに参加し,多くの学生や研修医と話をする機会を持った。すると,学生も研修医も同じような目標と不安を持っていることに気がついた。その目標とは,「臨床がしっかりとできる医師になりたい」という理想的,かつ抽象的なものである。不安とは,臨床がしっかりできる医師になったとして,本当に医師として生きがいのある人生が送れるのだろうか,という本質的なものである。
 7年前の春,私も同じような不安を抱いていた。患者の持つ様々な問題に対応し得る実力をつけたいと考え,米国の臨床研修を受けることも頭をかすめた。しかし天理よろづ相談所病院が自宅から近く,臨床研修の長い実績を有していたことから,ここで研修を受けようと決意した。天理よろづ相談所病院での5年間の研修(総合診療方式の初期研修2年,内科ローテートの後期研修3年)を終え,臨床医として必要最低限のことは修得したということで一区切りとした。昨年からは,佐賀医科大学総合診療部に移り,診療と卒前卒後教育に従事しつつ,総合診療やプライマリ・ケアを実践する医師の本質を探っていきたいと考えている。今までの経験を通じて,今後の医療を変えていこうとしている若い世代に対し,不安を少しでも和らげられたらと思いペンを執ることにした。理想的な初期研修を受けたいと希望している学生,中でも総合診療やプライマリ・ケアに興味を持っている学生の皆さんに是非読んでいただきたい。

初期臨床研修の目標

 臨床医として生きていくために,必要最小限の知識・技能・態度の習得が必要であり,これが初期臨床研修の目標となる。私が必要最小限の知識・技能・態度と考えるのは,表1にあげる項目である。領域が広過ぎると感じる方が多いかもしれない。これを最小限とするのは,DOS(Doctor/Disease Oriented System)からPOS(Patient/Problem Oriented System)へと医療が変化を遂げる必要があるという理由による。

初期臨床研修の質の分析

 初期臨床研修の質については,現在のところ互いに比較するための適切な方法がないため,学生にとって研修の場を選択することは至難の業であろう。ここでは,総合医を育てるシステムや教育スタッフという面からみた初期臨床研修の質を考察してみたい。

1.症例経験
 まずは,症例経験である。現状では大学で初期研修を行なう者が多いので,大学と比較すると大学以外の臨床研修病院で経験できる症例数は相対的に多くなる。一般的には,経験症例数が多いほうがよいと思われがちだが,患者の問題点が把握できないほど多くの症例を診ても学習にならない可能性もある。自分が主治医でなくても,別の研修医の患者について病態や問題点を把握することで受持ち症例の何倍もの症例から学習することができる。よって重要なのは,症例数ではなく,いかに様々な症例について深く掘り下げて考察したかである。

2.研修システム
 第2に,研修システムである。ストレート方式よりは,ローテート方式のほうがより広い領域の研修ができる。しかし,ローテートする科の数が増えれば,1つひとつの科を回る研修医の人数が減る。患者に関する研修医同士でのディスカッションが難しくなるし,ローテート期間も短く細切れになってしまう。例えば,悪性腫瘍の患者の診断から治療までの流れを実感するためには,3―6か月ぐらいは継続して診療できるほうがよい。総合診療方式(スーパーローテート)を採る病院の中には,なるべく研修が細切れにならないように研修病棟の工夫がなされているところもある。

3.指導スタッフ
 第3に,指導スタッフである。専門医が研修医を教えるシステムを採る病院もあるが,つい初期研修にとっては難し過ぎる内容に踏み込みがちである。総合診療やプライマリ・ケアといった視点がしっかりした指導医がいることが望ましい。また,その指導医とコンサルト先の専門医の連携がよいことが必要である。いくら指導医が知識豊富であっても,それぞれの専門分野では専門医にはかなわないからである。

4.コメディカル・スタッフ
 第4に,コメディカル・スタッフの活動性である。患者ケアの面からは,看護婦や各種療法士などから学ぶことが大きい。また,病理,臨床検査,画像検査が緊急に必要になった際の対応,特に時間外の体制はかなり研修内容に影響する。夜間はまともな検査がほとんどできないという病院もあるからである。

初期臨床研修の質-分析できない問題

 表1をもう一度眺めてみよう。1b,2a,3a,3bについては,上の分析である程度把握できるだろう。しかし,それ以外の部分についてはまだ指導システムが十分でない病院が多い。こういった領域の研修がどのように進行するかは,その病院の研修医たちの雰囲気で決まる。また,その雰囲気を左右するのは,教育の中心を担う医師の考え方である。研修責任者の唱える考え方が研修医たちに真に伝わっているかどうか,実際に研修医たちと会話をしてみればわかってくるだろう。
 その病院の研修医たちが持つ情熱や姿勢といったものも,その後の医師としての人生に大きな影響を与えると思われる。研修医が臨床以外の時間をどのように過ごしているかが1つの鍵になるかもしれない。
 研修がどのくらい忙しいかも重要である。あまり暇な病院で研修をしてしまうと,忙しい病院で働けない体になってしまう。しかし,考える暇もない病院で研修して考えない習慣が身についてしまうこともよくない。
 このような点の実状については,その病院の研修医に尋ねるのが一番の方法であると思う。興味があれば各々の病院に連絡をとってみるとよい。見学したいと言って断る病院はあまりないはずである。
 なお研修を受ける側の個人差も大きいため他人の意見のみで良し悪しを決めるのは危険であることを付け加えておく。

表1 初期臨床研修で学ぶべき項目
1.患者とコミュニケーションを持つ能力
 a.患者への共感による癒しの効果
 b.問題点の把握のための情報収集
いわゆる病歴のとり方
 c.行動変容を促すような患者教育
2.患者の持つ問題点を明らかにする能力
 a.疾患の正確な診断のための知識
 (1)病態生理,病歴や身体所見,一般的検査
 (2)専門的検査の適応の決定
 b.患者の生活習慣,環境や精神的問題
3.治療に必要な最低限の能力
 a.救急蘇生や血管確保,胸腔腹腔穿刺
 b.薬物や基本医療機器の使用法
4.自分の診療範囲を超えた領域への対応能力
 a.紹介やコンサルテーションの適応と方法
 b.コメディカル・スタッフとの関係
5.診療に伴う各種業務
 a.カンファレンスでのプレゼンテーション技術
 b.カルテや症例要約の記載

臨床研修病院に進む不安

 卒後,大学の医局に籍を置かず臨床研修病院で研修することは,現在もかなり抵抗が大きいようである。その原因は,とにかく先行きの不透明感であろう。2年間の初期研修がいくら優れたものであっても,その先に勤める病院が限定されるという心配があるのだと思う。
 大学の医局も,外部施設での2年間の初期研修後の入局を許可していないところがある。また,入局できたとしても,その研修を計算に入れない医局もある。大学の医局に将来入局を予定している人は,この点を十分に確認してほしい。なお今後は,初期研修の必修化などに伴って,臨床研修病院で研修した医師の受け入れがスムーズになっていくことは間違いない。
 私の知る限り,大学以外の病院で初期研修を行なった後,自分の働きたい病院が非常に制限されてしまったという話は1つも耳にしない。一方で,大学医局に入って研修先として不本意な病院に回されてしまったという不満を聞く機会はある。
 しかし,大学医局とまったく関連を持たず,研究業績もなく,5年10年と経った後に大学に戻りたいと言っても受け入れられないだろう。大学と関連がなければできない仕事も少なくない。大学に戻るためには適切なタイミングと,ある程度の評価が重要である。その際臨床能力だけでは評価されず,客観的な基準(研究,発表の業績,認定医や専門医といった資格)が不可欠になることが多い。ただ,今後は臨床能力として研修病院のネームバリューが認められる可能性はあると思う。

まとめ

 1人前の臨床医になるための研修とは,一言で言えば全人的な医療ができる能力を身につけるということである。患者の訴えを丸ごと受け入れて信頼される医師であるために必要な知識・技能・態度の習得とも言える。研修医の頃は,患者の訴えに対し対応がわからないといってビクビクしてしまうものだが,そういう瞬間こそが自分を成長させるための肥やしになっていく。そのような感受性に対して応えてくれる研修病院での研修を勧める。
 学生や研修医と話していると,理想的な全人的医療の実践をめざして初期研修をしようと考えている人がたくさんいる。大学医局と関連のない臨床研修指定病院での研修に対して,医局は閉鎖的な考えを持っていることが多いが,理想的な全人的医療を続けていきたいという意思を少しでも持っている人は,あくまでも臨床研修の目標を明確にし,妥協せずに研修病院を選んで研修してほしい。
 なお,全人的医療をめざす人々にとっては,総合診療やプライマリ・ケア領域の今後のビジョンが明確になれば,もっと本腰を入れて臨めるのではないだろうか。先行きの不透明感があり,それを避けるために大学医局に入るというのは,少し残念に思う。
 次回の紙面で総合診療やプライマリ・ケアについてのビジョンを述べたいと思う。なお,疑問点や感想については,下記まで遠慮なく意見を寄せてほしい。できるだけ個別の問題についても対応したいと考えている。
 なお今回の記事においては公正を保つため各々の病院のシステムには敢えて触れなかった。参考資料として,『学生のためのプライマリケア病院実習』(医学書院,1995),『研修医って何だ?』(ゆみる出版,1998)をあげておく。研修医の目で研修病院についての評価がなされており,若い研修医のエネルギーを感じることができるだろう。

(2305号に続く)