医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


大腸学をめざす臨床医・病理医の絶好の入門書

臨床医のための大腸癌の分子生物学入門
J. M. Church,他 著/武藤徹一郎,名川弘一 監訳

《書 評》藤盛孝博(獨協医大教授・病理学)

 大腸癌の多段階発癌関与遺伝子がフォーゲルスタインらによって示され,癌が癌遺伝子と癌抑制遺伝子の異常から生じることが明らかになった。また,遺伝子修復に関与した異常がその発生に絡み,臨床的にはこれらの検索が重複癌のスクリーニングに有効なことがわかってきている。最近の医学の世界で遺伝子を用いた分子病理学的診断や予後との相関に関する研究は日常的であり,これらの情報を日常の診断や治療業務に取り入れている分野もある。消化器でも種々の細菌学的検査やMALTomaの診断治療あるいは癌の放射線・化学療法感受性,occult lymphnodal metastasis,膵液・胆汁液を用いた癌の診断など枚挙に遑なしである。この数年の進歩を見ていると,実地医家にとって,消化器癌の遺伝子情報を取り入れた治療もそう遠くないように思える。特に,テロメアーゼ活性の測定が癌の診断や治療に活用される時代などは本当に近いかもしれない。このような時代を背景として,時機よく,世界におけるこの分野のオピニオンリーダーである武藤教授のグループが訳された本である。それだけで名訳本と言ってよいであろう。

遺伝子学への招待から将来の展望まで

 本書は全部で11章からなり,遺伝子学への招待から将来の展望までで構成され,初歩的な遺伝子構成の基礎で始まり,腫瘍学と遺伝子,大腸癌のスクリーニングと遺伝子,遺伝性非ポリポーシス性大腸癌,大腸癌登録まで,きめ細やかに作られている。さらに,遺伝子検索の手技が原理も含めて丁寧に説明されている。最後に用語解説まで盛り込まれている。この内容をさらに充実したものにしているのが,なんと言っても翻訳文がわかりやすいことである。武藤教授,名川助教授のこの本の翻訳に対する意欲が強く感じられる。
 監訳者の序を引用する。
 「かつては臨床医,特に外科医にとって,遺伝子を学ぶことはほとんどなかった。実際の臨床の場で遺伝子に対する知識が使われる必要性がなかったからである。しかし,時代は変わった。遺伝子を含め,分子細胞生物学の知識なくしては病気を語れない時代となった」
 「このように本書は各章ともホットな話題が盛り込まれ,しかも要点が簡潔に記載されている。臨床医,特にこれから大腸癌を学ぼうとする臨床医に,分子生物学における最低限の知識のまとめとして本書を活用していただければ幸いである」
 まさにこのとおりの目的をもって作成された訳書である。

遺伝子のトピックスを簡潔に論じる

 監訳者の武藤教授が,腺腫・癌相関を世界で普及させ,しかも大腸腫瘍と分子病理学的研究を草分け的時代から,精力的に押し進めてこられたことは周知のことである。名川助教授はじめ他の翻訳者にもその息吹きが伝わり,その歴史がこの訳書をきわめて要領を得た内容に仕上げている。イラストの出来も大変わかりやすいのがよい。著者の序にも,「われわれの目的は遺伝子のトピックスを簡単に論じるのでなく,簡潔に論じるところにある。つまり何が重要であるかを見失うことなく容易に理解できるような方向をめざしたものである」とある。
 個人的には,単なる翻訳に止まらず,内容に対するコメント,あるいは,監訳者のグループがリーダーとなって進めてこられたde novo癌と遺伝子異常や潰瘍性大腸炎の癌化などの,少し進んだトピックスについてのコメント,あるいは現状での遺伝子診断の問題点なども注釈として紹介されておればとの思いは残った。しかし原著者がめざしたのが簡潔な入門書である点と,この本を読破してから,それぞれの興味のある分野の分子病理学を学んでいただきたいという訳者の思いを考えればそのようなコメントを期待するのは余計な思いとも言える。まずは,この分野のとっつきの悪さをこの本で解消してから,次のステップに進まれるのが望ましい。価格は内容からみて廉価であり,大腸学をめざす臨床医,病理医の多くにぜひ購入願いたいと思う絶好の入門書である。
B5・頁120 定価(本体3,500円+税) 医学書院


時代に生きるup-to-dateな整形外科手術書

Campbell's Operative Orthopaedics 第9版 S.T.Canale 編集

《書 評》杉岡洋一(九大総長)

世界の整形外科学発展の軌跡

 第9版(1998年版)と版を重ねた『Campbell's Operative Orthopaedics』は,正に世界の整形外科学発展の軌跡とも言える。Editorが長く続いたA. H. Crenshawから,S. T. Canaleに代わり,内容も大幅に改訂されている。第8版の著者27名中9名が交代し,時代に生きる,up-to-dateな実用的手術書である。やや小型の第4版の1778頁2冊と比べると,第7版はやや大型になり4分冊,第8版は,やや大型の5分冊3870頁へ,そして最新版は4分冊600頁と約200頁増となり,これも単に新術式を追加記述したための頁増でない。すなわち古典的で,あまり用いられない術式は大胆に削除され,将来性のある新術式や変法,最近発展の目覚ましいinstrumentやdeviceの有望なものが取り入れられた結果である。
 第8版の黒1色の印刷から,partとchapter,およびその中の項目が薄青色で表示され,全体的に明るく,また手書きの付図が鮮明に描き替えられ,見やすくなっている。新しい付図は3000に及ぶ。

時代に即した編集方式

 まず,整形外科学の診断に威力を発揮したMRIが,第1部の「General Principle」の第1章にまとめられ,そのほか脊髄脊椎疾患,特発性大腿骨頭壊死や腫瘍の項に,当然数多く登場している。surgical techniquesとapproachesが第2章にまとめられ,HIVへの予防対策が加筆されている。また,suture-anchoring implantが紹介され,Insalのsplit patellar approachやBos-worthのapproachが削除,Part IIの「Arthrodesis」では結核で過去愛用されたBrittain法が姿を消した。一方,人工関節に問題を残している足関節では固定術・制動術が詳細に記述されている印象で,時代の流れを見る思いがする。
 Part IIIの「Arthroplasty」では,looseningの問題点であるparticulate wear debrisが骨融解の原因として新たに記載された。また,新しい膝人工関節が多数紹介され,増頁となっている。Amputationでは,rigid dressingの付図が削除されており,全体的に頁減となった。Part VIIの「Nontraumatic Bone and Joint Disorders」では,第8版で「Disorders of Muscle, Tendon and Associated structure」の部で論じられたmuscle constractureその他が「Nontraumatic Disorder」(22章)で論じられ,23章の「miscellaneous」の大腿骨頭壊死症ではPhemister法は削除され,血管板つき腓骨移植が詳細に付図で記載され,新たに屈曲骨切り術の成績などが回転骨切り術に加えて紹介されている。24章「Osteochodrosis of Epiphysitis and other miscellaneous affections」では,peripheral,linear,central physeal bar resectionが加筆され,20増頁となっている。8版で「Traumatic Disorder of Joint」とされていたものが,第2巻のPart IXで「Sports Medicine」として一括され,28章の「Ankel injuries」を除いて他の著者が変更になった。末梢脛腓靭帯新鮮断裂でのsqueeze testやrotation stress testの手技の付図,腓骨疲労骨折の骨シンチ像やant. post. impingement syndromeの記載が詳細になされている。また,第8版で脱臼の中で論じられていたrecurrent dislocationが,今「Sports Medicine」の中で論じられている。
 Part Xの「Arthoscopy」はすべてB. B. Phillipsが担当し,付図も増加して,鏡視下手術の普及を如実に物語っている。特に新しい器具や十字靱帯の鏡視下再建術,滑膜切除の図が加筆され,半月板手術も鏡視下縫合,切除が主流となったことを示している。Part XI「青壮年期の足の外科」では,外反母趾や趾異常で増頁があり,靴文明による足の障害と新術式の開発が多くみられる。いずれも著者の変更があり,爪異常にskinが加わり,plantar wartsが記載されている。
 第3巻では第8版で2部に分かれていた骨折と脱臼がPart XIIに一括され,Mullerの圧迫内副子固定法の図が削除され,interlocking Nailにとって変わられ,創外固定の記述が充実している印象が強い。Part XIII「Spine」では,「Pediatric cervical spine」として,上位頸椎の先天異常が58章で別立てて論じられているのが特徴である。56章「脊椎脱臼,骨折」では,Transarticular screw fixationや,odontoid骨折のcanulated screw fixationの実例X線,C3から後頭骨へのleft-and right-side plate fixation,locking plate and screws.ORION ant. cervical plate system,Kaneda ant.spinal Instrumentation,Z-plate-ATL ant.fixation systemなど,新しいdeviceが多く紹介され,57章の「Arthrodesis of spine」では,minimally invasive ant.fusionとしてvideo-assisted thoracic surgery(VATS)が紹介されている。59章の「側弯,後弯」でもMoe,Hallの手技,Instrumentation King type,Multihook segmental instrumentation system,pedicle fixation,Texas Scottish Rite Hospital systemなど多くのInstrumentation surgeryの紹介があり,全体で第8版に対し100頁増となっている。
 第4巻には,「Microsurgery,Hand,Nervous System Disorders」が収められており,手舟状骨偽関節に対する血管柄付き骨移植術,末梢橈尺関節損傷の項で,Watsonのmatched ulnar arthroplasty, Wafer distal ulnar resectionやSauve-Kapandji法など新術式の紹介が多くなされている。また,最近注目されているcarpal instabilityにも多くの術式が追加され,手根管症候群に対する内視鏡下手術も取り入れ,手の外科で20頁増となっている。

新しい,注目の領域の記述を充実

 すべては紙面の都合で述べることはできないが,今回出版された第9版は,使いやすく編集されており,整形外科の新しい分野,注目されている領域が充実され,新術式やinstrument, deviceがふんだんに記載されている,正に整形外科専門医必携の書である。また,いくつかわが国で考案された術式が,新たに記載されていることは,わが国の整形外科学の発展,国際的認知を示すものとして喜ばしい。
頁600,in 4 vols,\72,000,1998年,Mosby-Year Book,日本総代理店(株)医学書院MYW


微生物学の第一級の教科書

微生物学 第7版 中山宏明,光山正雄,他 著

《書 評》前田 浩(熊本大教授・微生物学)

最新の医学上の知見をまとめる

 多くの医療関連諸学科でカバーする微生物学の内容は細菌学とかウイルス学などの単独ではなく,大変広い領域を包含する。つまり,細菌学からウイルス学,真菌学,さらには原虫学(寄生虫学),それに免疫学である。ときには抗生物質を中心とする化学療法論もかなり大きな比重を占める。このような広領域を高度の専門家のレベルまで簡単に記載するのは容易ではないが,第7版の『微生物学』は,どの分野も十分に充実した内容となっている。例えば,Streptococcal Toxic Shock Syndrome,免疫不全症,ボツリヌス毒素のプロテアーゼ活性,リピッドAの生合成スキーム,活性酸素など,最新の医学上の知見がすべて要領よくまとめてある。
 微生物学はパスツール以来,その学問上の基盤を生化学と病理/免疫学においているともいえるが,本書はこの微生物学の伝統をよく受け継いでいる点も筆者が好感を持つ理由である。また,将来(あるいは現場)の医療従事者にとって,大変重要な問題である殺菌のキネティックス(動態)の概念も,筆者が講義で力点を置くところであるが,本書も十分に意をつくしてある。

実習の手引きとしても大いに利用価値あり

 最後の第7章には細菌の検出と同定に関連する内容が詳しいが,これは実習の手引きとしても優れた利用価値があると思われる。また,索引も十分に詳しく,大いに利用価値のあるレベルにあり,このことも学習する側にとって助かるところである。本書の唯一の欠点は版が小さくて(A5判),字が小さく読みにくいこと,その小型版のために厚さが少々ありすぎることである。
 いずれにしろ,第一級の教科書としての利用を薦めることができる。
A5・頁504 定価(本体4,500円+税) 医学書院


在宅医療に携わるすべての人に

在宅酸素療法 包括呼吸ケアをめざして 木村謙太郎,石原享介 編集

《書 評》松村理司(市立舞鶴市民病院副院長)

実践に支えられた確かな知恵や主張

 木村謙太郎,石原享介両先生の編集になる在宅酸素療法に関する本書を通読し,久しぶりにすがすがしい気分に浸らせていただいた。書き手は,本の性格上,医師,看護教育者・看護婦,理学療法士,保健婦,ソーシャルワーカーと多種に及ぶが,その主体ははつらつとした在野の勢力である。何よりも,教科書的な知識の羅列ではなく,実践に支えられた確かな知恵や主張に満ちている。記述も具体的でわかりやすいし,データの多くが自前なのでとても説得的だ。だから,「生物学的アカデミズム一辺倒」どころか,「包括呼吸ケア」という言葉が少しも不自然に響かない。
 「20世紀末の岐路に立って,私たちは進歩する世界を信じることができるのだろうか。……」本書の序での木村先生の出だしには,医療の本なのに思わず居住まいを正させられた。続く第1章での在宅酸素療法の歴史の記述も,詳しいだけでなく,問題提起に満ち,思索的だ。文章も格調高く,先生の気概が色濃く漂う。

示唆に富む記述

 全体で11章からなっており,どの章も示唆に富んでいるが,第7章での長谷川幹・石原享介両先生のさまざまな指摘が,臨床医である筆者にはとりわけ印象深かった。「在宅療法=善という単純な価値観だけで在宅酸素療法を展開してはならない」のは,妥当な戒めだと反省させられる。阪神・淡路大震災という不幸な経験に基づく考察も一読に値するが,確かに「被災地へ駆けつけたボランティアの数の多さは,うれしい誤算である」
 あとがきで石原先生は,「在宅医療の主役が,医師からさまざまなコメディカル,福祉関係者に移った」と述べている。望ましい傾向だが,先生自身が「少数にすぎなくなった医師」のど真中に位置しておられる姿は,誠に心強い。
 昨秋亡くなられた中川米造先生は,「医療はnarrative(物語)ですよ。単なる生物学や科学ではありません」とよくおっしゃった。医療の豊かさをひたすら求められた先生らしい言葉だ。在宅酸素療法が「物語」であることを,本書は随所で教えてくれる。
B5・頁168 定価(本体4,200円+税) 医学書院


臨床手技習得のエッセンスを1冊に濃縮

レジデント臨床基本技能 イラストレイテッド 小泉俊三 編集

《書 評》栗山 勝(福井医大教授・内科学)

 現行の医学教育システムのもとでは,卒後医師免許を得ても,すぐに医師として通用するにはほど遠い状況である。卒前医学教育ではできる機会も乏しい。また残念ながら教育者の側もそれを重視していない。医師国家試験のあり方にもいまだに問題があり,認知領域重視の試験問題に振り回されているようにも思える。ポリクリの時期から卒後の初期研修にかけては,本来医師として通用するために,いかなる専門領域に進むにせよ,基本的診察法や手技に習熟すべき時期である。それもただ漫然とした経験主義的な習得ではなく,科学的理由に裏打ちされて体得することが不可欠である。今,医学・医療は専門分化から統合へと見直されつつあり,米国では既に専門医養成から総合統括的能力を持った医師の養成へと動き出している。

研修医に役立つチェック項目

 本書は,以上の問題点を少しでも解決すべく企図されて編集された総合診療のための臨床研修手技を習得するためのエッセンスが1冊に濃縮された本である。
 第1章「基本的診察法」,第2章「基本的検査・手技」,第3章「外科・救急手技」から成り,内容は実に木目細かい配慮がなされている。手技の細部にわたるイラストが豊富であり,研修医にとって役立つと思われる。また手技の実施の際に役立つチェック項目が,ポイント,適応と禁忌,準備すべき器材,起こりうる合併症,そしてtrouble shootingなどとしてまとめられている。加えて,後輩へのプレゼント,研修メモ,研修ガイダンスなどの項目には,執筆された先輩医師(すべて卒後5-10年)の手触りを感じる,実に含蓄に富む後輩へのメッセージが豊富に記述されている。

正しい医療手技をマスターする

 本書は技術手技書である。それも解剖学,生理学,生化学,薬理学など可能なかぎり科学的基礎に裏打ちされた理論手技書と言えよう。多くの医学生,研修医が本書を常に参考にし,正しい医療手技をマスターすることにより,医療の質が向上することを期待したい。
B5・頁180 定価(本体4,500円+税) 医学書院