医学界新聞

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


新しい保健活動の枠組みを提示

ヘルスプロモーション PRECEDE-PROCEED モデルによる活動の展開
ローレンスW.グリーン,他 著/神馬征峰,他 訳

《書 評》新井宏朋(山形大名誉教授)

健康戦略の推進

 健康教育や地域看護の論文にしばしば引用されているグリーンとクロイターの著書の翻訳が出版されました。副題に「PRECEDE-PROCEEDモデルによる活動の展開」とあるように,本書はヘルスプロモーションの考え方に基づく新しい保健活動の枠組みを提示したものです。
 ヘルスプロモーションが1986年のWHOオタワ憲章で提唱され世界的に有名になった保健活動の概念であることはよく知られていますが,単なる「健康増進」とか「健康づくり」ではなく「健康戦略の推進」を意味することは意外と知られていません。著者らはヘルスプロモーションの目的は人々が自らの健康を決定づける要因を自らでよりよく管理できることにあるとして,健康教育をヘルスプロモーションの中心に位置づけています。そして健康教育が本来の目的を達成するには国や自治体による幅広い政策支援が必要なこと,健康教育は住民の問題意識を高め民主主義社会において社会変革に必要な住民参加を促進することを強調しています。

ヘルスプロモーションの実践活動

 本書ではヘルスプロモーションの実践活動を9つの段階(Phase)に分けています。第1の段階は人々の社会的経済的問題,あるいはその願望が何であるかを把握する「社会診断」です。ここでは特に住民参加の重要性が強調されています。第2段階の「疫学診断」は健康問題やそのリスクファクターを明らかにする段階ですが,重要な社会問題(たとえば貧困)の解決に深く関係する健康問題に高い優先順位を与えることが重要と指摘しています。これまでのわが国の公衆衛生では“はじめに疫学ありき”で,「社会診断」が軽視される傾向にあったのが反省されます。また健康問題の解決を最終目標とせず,社会問題の解決をその上位においたことも重要な指摘だと思います。さらに,専門家が考える問題の重要性と住民のそれとの間に隔たりがあることに注意しなければならないとしているのは耳の痛いことです。
 次の第3段階は,第2段階で選ばれた健康問題に直接関係する行動やライフスタイル,社会的・自然的環境に含まれる要因を明らかにする「行動・環境診断」です。ここまでを大きく疫学診断の範ちゅうに入れたほうがよいように私は思います。なぜかというと,このあとの第4段階「教育・組織診断」以降は,問題分析というよりも問題解決の方策をさぐる色彩が強いからです。「教育・組織診断」は健康に関連する行動や環境にかかわる要因を前提要因,強化要因,実現要因に分け重要度や制御可能性を評価します。PRECEDEとは教育・環境の診断と評価のための前提・強化・実現要因の英語表記の頭文字で構成したものです。
 これに続く第5段階「行政・政策診断」は保健計画の展開と実行に必要な組織化と行政の能力や資源の事前評価となっています。そして第6段階の「実行」と第7から第9段階「プロセス,影響,結果の評価」はPROCEED(教育・環境の開発における政策的・法規的・組織的要因の英語頭文字)と略称される過程ですが,著者も言うようにPRECEDEにくらべて必ずしも十分な検討がなされているとは言えないようです。ちなみに私たちが昨年出版した『健康の政策科学』(医学書院)はこの部分に重点を置いています。
 しかし何といっても敬服するのは,このモデルが1200を超える文献に基づいていて,多くの実践事例により検証がされていることです。今回の翻訳では原著の後半にある膨大な事例紹介が省略されているのが残念ですが,巻末の文献一覧がそれを補っています。住民,行政,専門家の協働による“これからの保健医療活動”の指針として,多くの方々のご参考になる著作と思います。
A5・頁376 定価(本体4,600円+税) 医学書院


人間関係トレーニングに最適

ナースのための自己啓発ゲーム 奥野茂代,他 編集

《書 評》西村千代子(前日赤幹部看護師研修所教務部長)

 看護の仕事は患者や家族との密な人間関係の上に成り立つものであり,看護の基盤は人間関係であるといってもよい。

研修指導者が待ち望んだ書

 看護学校や病院の看護部門等では従来,人間関係トレーニング等がよく企画されているが,実際は看護職以外の指導者に依頼していることが多いと聞いている。看護職が直接指導するには自信がないというのが本音である。したがって,この種の研修を企画する側にとって本書は待望の実用書といえる。今までも人間関係に関する理論は数多く紹介されてきたが,それらの理論に基づいた体験へのステップとなるような類書は非常に少ない。その意味でも貴重な書である。
 本書は人間関係の第一歩となる「自己を知り,他者を理解し受け入れる」ということを,ゲームの形で楽しみながら味あわせることを目的としており,そのためのメニュー(ゲーム)を豊富に準備している。
 著者らの言葉どおりに童心にかえって楽しみながらページをめくったが,「ぶくぶく村の宝さがし」などは面白そうで,すぐにでもやってみたくなるゲームである。

看護の指導経験に裏付けられた内容

 本書の特徴をいくつかあげてみると(1)各ゲームごとに,ねらい,方法,留意すべき点などが解説されていて親切である,(2)ゲームの内容に看護職と関連の深いものが盛りこまれていること,(3)研修を企画するとき,多くのメニューの中から自由に選択して,対象に合わせて活用できること,(4)第3章では看護職向きの研修会の企画例も紹介されていて企画,実行する側にとっては心強い,(5)各ゲームは著者らの豊富な指導経験に裏付けられており,信頼がおける等である。
 本書のタイトルは『ナースのための自己啓発ゲーム』となっているが,紹介されたゲームの多くは対象を問わず活用できると思う。これからの保健,医療,福祉の分野で働く人たち,またすでに現職である人たちにぜひ活用してほしいものである。
B5・頁172 定価(本体2,600円+税) 医学書院


精神科領域における看護過程の展開

精神科看護ケアプラン
キャサリン・M・フォーティナッシュ,他 編著/北島謙吾,他 監訳

《書 評》神郡 博(富山医薬大教授・精神看護学)

看護過程とは何かをわかりやすく記述

 本書は,Katherine M. Fortinash, Patricia A. Holiday-Worret著の『Psychiatric Nursing Care Plans, 2nd edition』の全訳である。全体は看護過程から始まり,それを受ける形で不安障害と不安関連障害,気分障害,精神分裂病および他の精神病性障害,適応障害,人格障害,幼児期,小児期,および青年期の障害,せん妄,痴呆,健忘,および他の認知障害,物質関連障害,摂食障害,性障害および性同一性障害の11章から構成されている。
 看護過程では,精神状態,心理社会面,発達面,身体面の情報から,アセスメント,看護診断,期待される結果と評価,計画と実施にいたる看護過程の各段階が概説されている。特に,精神科領域における個人のアセスメント要素,NANDAの看護診断の構成要素や記述の仕方,期待される結果や評価に力点が置かれ,看護過程とは何かがわかりやすく記述されている。

看護過程論の実際編

 第2章以下は著者らのこうした看護過程論の実際編である。これらの各章は,それぞれの障害の定義や考え方,看護管理の原則,および看護診断に基づいたケアプランに分けられ,その要点が詳述されている。例えば,不安障害と不安関連障害の章では,まず初めに,不安とは何かに焦点をあて,その定義や特徴,疫学や病因,DSM-IVによる医学診断や治療法についての記述が展開されていく。そして,読んでいくうちに適応・不適応の概念から不安障害の適切な理解が深められていく。
 その上で,看護過程の展開に視点が移されていく。その中心はNANDAの看護診断に基づく看護過程をいかに展開していくかに置かれている。このため,不安障害と不安関連障害に関連する看護問題に当てはまるNANDAの看護診断用語が提示され,その展開が,診断指標や病因/関連因子,期待される結果と評価,計画と実施の順序で示されている。
 看護過程の展開では,まず患者の看護問題を適切に把握し,それをいかに看護診断に結びつけるかが重要である。このための1つの方法として,患者の状態(関連因子,症状や徴候)から看護問題を導きだすPES方式という考え方がある。本書の病因/関連因子,定義上の特徴はこの考え方に立脚したものであるが,患者の問題の適切な把握のための有用な指標を提示してくれる。
 第2の重要な問題は,看護診断から計画,実施の過程を通じて患者にみられる変化や行動,改善や経過を予測し,その結果やそのための看護援助を明記して実施することである。本書は,これをクリニカルパスウェイとして,看護を患者のニードに合わせて前向きに行なうための有用な方法として強調している。第3の重要な問題は,実施の過程において,看護者がそれぞれ自分の行なう看護援助の意味や根拠をよく理解していることである。これは言うまでもないことであるが,実際の場面では自分の行なっている看護行為の意味や根拠をはっきり言える人は意外と少ない。その点,本書の看護援助とその根拠に示されている理由は多くの示唆を与えてくれる。
 本書では,こうした看護過程の理解を十分に深めるために,適切な事例を用いた補完的な説明や,必要な新しい情報の提供が随所で行なわれている。中でも,治療的対応と非治療的対応の例示や,各所のBOX記事,DSM-IVの分類は,付録の治療的クライエント-看護婦関係,精神療法と心理社会的療法と並んで非常に有用である。
 とはいっても,本書は単なる精神科領域の看護過程の手引書ではない。親切な説明や豊富な資料を通して,むしろ精神科領域における看護過程の展開や看護診断の意味と適用を深く考えさせてくれる本である。その意味で,本書が精神科看護に従事している看護者はもちろん,心の問題に関心をもっている方々,看護学生の皆さんに広く活用されることを期待したい。
B5・頁340 定価(本体4,500円+税) 医学書院MYW