医学界新聞

クリティカル・パスと看護

――患者のQOLと医療の質の向上のために

重松節美(済生会熊本病院看護部長)


 アメリカで医療費抑制策の1手段として導入されたクリティカル・パスは,日本でも医療・看護の効率化を図るものとして,また入院日数削減への有効な手段として注目されはじめている。
 済生会熊本病院では,いち早く看護部からクリティカル・パスの導入を試み,医師の協力のもとにクリティカル・パス作成し,活用しはじめたところ着実にその成果をあげている。本紙では,同病院での導入の経緯とその効果,今後の課題などを紹介する。


有効なインフォームドコンセントのために

はじめに

 済生会熊本病院は,1995年4月に現在地に新築移転をした。その後間もなく旧病院の頃と同じように,病床利用率は100%を越える状況となり,医師・看護婦はじめ病院職員は多忙な状態となった。看護婦は患者・家族から「説明をしてほしい」「まだ聞いていない」等の声を耳にし,その都度2度,3度の説明や医師探しに時間を費やすことが多くなった。
 このような状態を何とかしたいと考え,また,インフォームドコンセントを第一の目的として,1996年7月よりクリティカル・パスの作成とその使用を図ってきた。

導入の経緯

 1996年7月に,当院の須古院長が米国視察の報告の中で,「クリティカル・パスを導入したい」という旨の話があった。看護部では,すでに視察報告のちょうど1か月前にクリティカル・パスについて講演を聞く機会があり,インフォームドコンセントの手段として大変有効であると考えていた。しかし,クリティカル・パスの作成・使用に当たっては医師の理解と協力が必須であることから,院長の報告は何よりのもので,看護部としてはグッドタイミングであった。院長からは幹部会議,部長会議,診療連絡調整会議等でクリティカル・パスの概要と導入目的などについての説明があった。また,院内報にも度々掲載された。
 看護部では,早速に婦長会議で取り組むことを決めた。作成に当たって,次のことを了解事項とした。
1.患者・家族へのインフォームドコンセントの充実を第一目的として取り組む
2.作成しやすい疾患から始める
3.医師の理解が得られるように努力する。もし看護婦だけで作成しても使用に当たっては必ず医師の了解を得る
4.患者用・職員用のどちらから作成するかは部署の必要性に任せる 等で,その他は各病棟婦長の自由裁量で行なうこととした。
 医師の理解と協力が得られて,最も早く作成できたのは消化器病センターの大腸ポリペクトミー(大腸ポリープ切除術)で,1996年9月であった。2か月前の7月に,担当婦長は医師と看護婦の合同の病棟会議や勉強会の席など機会を捕えて,クリティカル・パスについて度々説明を行なった。
 その間,医師,婦長,主任などのメンバーで構成する病棟のクリティカル・パス委員会を設け,作成する疾患の選定と実際に作成するワーキング・グループを編成した。メンバーは医師1-2名と看護婦2-4名である。
 作成は従来から基準・手順やマニュアル,スケジュール表などのある検査や手術入院などから始めた。作成したクリティカル・パスは委員会や病棟会で検討し,さらに実際に使用して生じた問題点に対してはその都度修正を加えた。
 特に患者さん用のクリティカル・パス作成では,患者さんが必要とする情報の選定と,医学用語をわかりやすい言葉や短い文章に置き換えることが難しく苦労した点であった。使い始めて間もない10-11月に患者さんと職員にアンケートを実施した。そして,その結果を参考にさらに修正を加えた。また,クリティカル・パスは100%の患者さんから「必要である」というアンケート結果を得た。このことは,少なからず迷いを持って作成に当たっていた他のグループや他の病棟スタッフに取り組みへの意欲を与えた。

クリティカル・パス大会

 クリティカル・パスの作成を始めて1年を経過する頃になると,病棟間に作成の差が生じてきた。また,ほとんどの病棟が看護婦が中心となり,協力的な医師とで作成していたため,大半の医師やコメディカルの職員は「クリティカル・パス」の名前さえも知らない状態であった。そこで,クリティカル・パスの普及・啓蒙とチーム医療を推進する目的で,病院全体の「クリティカル・パス委員会」を設置した。 委員は医師,看護婦はじめ各専門職種や事務の代表者からなり総員14名である。
 この委員会の運営する「クリティカル・パス大会」は2か月ごとに開催され,1997年10月より1998年4月までに,すでに4回開催している。4回目までの発表事例は表1の通り。大会では2つの病棟から1事例ずつの発表があり,1事例に要する時間は45分。15分間で医師と看護婦から疾患とクリティカル・パス表についての説明がなされる。その後30分間,各部門から選ばれた職員をパネリストとして,提出された事例をたたき台にし,発表者,パネリスト,参加者間で討議が行なわれる。
 この大会への参加者は毎回100-130人で,開催した成果も回を重ねるごとに現われている。発表されるクリティカル・パスも,前回までの討議内容を反映させた発表となってきている。また,ほとんど関心を示さなかったコメディカル部門からも,クリティカル・パスを通してどのように患者さんに関わることができるか等の提案も出るようになった。

医師へのアンケート調査結果

 1998年2月にクリティカル・パスに関してのアンケート調査を実施した。対象者はクリティカル・パスを使用している各科病棟の医員以上の医師38名である。回収率は36名の94.7%であった。
 調査結果は多くの医師がクリティカル・パスの導入目的に肯定的で,その結果を認識していることがわかった。例えば,在院日数短縮に役立つと思う29名(80.6%),インフォームドコンセントに役立つと思う32名(88.9%),医療業務の標準化ができると思う31名(86.1%),看護業務は円滑になると思う26名(72.2%)である。また,30名(83.3%)の医師は,これからさらにクリティカル・パスは普及すると考えていた。しかし,現在の診療行為の何%程度がクリティカル・パスに乗せられると思うか?の問いには,14名(38.9%)の医師が51%以上乗せられると回答し,19名(52.8%)が50%以下,3名(8.3%)がわからないと答えている。
 少数ではあるが,経験の浅い医療スタッフのレベルアップを阻害するのではないかと懸念する意見もある。

スタッフが患者の立場で考える

クリティカル・パスの使用状況

 1998年2月現在,クリティカル・パスの作成数は患者さん用66種,職員用64種である。その使用状況を1998年3月(1か月間)で調べた結果は,図1に示す通りである。作成したクリティカル・パスの対象患者に対する使用率は80.7%であった。
 患者さん用・職員用ともに,クリティカル・パスの使用は入院時主治医が決定する。患者さん用はベッドサイドに掲げ,入院中は自分の治療・看護の経過を確認できるようにしている。患者さんによってはクリティカル・パスの空欄に自覚症状などを書き込み,治療に参加している人もいる。
 職員用は,カーデックスに狭み使用している。簡単なもの,症例数の多いものは看護婦も暗記しカーデックスに狭むケースが減ってきている。看護記録と共有しているものは患者サイドに持参し使用している。

使用結果と今後の課題

インフォームドコンセントと患者の満足度
 クリティカル・パスを導入して,使用している患者さんからの質問が減ったという看護婦の声は多い。インフォームドコンセントを含む入院患者さんの満足度を,看護行為に対するアンケート評価から見てみた。クリティカル・パスを使い始めた1996年11月と1年後の1997年10月を比較してみると,図2の通りである。
 「大変悪い」が1996年の0.2%が1997年には0%となり,「少し悪い」が1996年の2.7%から0.1%と減少している。しかし,その代わりに「大変よい」が70.3%から64.2%に減り,「少しよい」と「普通」の総合で22.5%から29.4%と増えている。このことは看護の質のレベルがやや向上し,患者の満足度の標準化がなされたと言うことができると思う。

在院日数の短縮
 1996年度の当院の平均在院日数16.8日から1997年度は15.4日と1.4日の短縮になった。医師による診療内容や在院日数の差がなくなったことや,退院に対して患者・家族の理解が得られやすくなっていることも短縮の要因と思われる。また,患者さんからクリティカル・パスを見て退院を求めるケースも出てきている。

業務の効率化
 患者・家族からの入院中の治療スケジュールに関しての質問が減ったことは,看護婦が医師を探す回数が減ったことにもつながり,引いては患者・家族,看護婦,医師ともにむだな時間が節約できたことになる。また,在院日数短縮化により入退院が激しいために,看護婦にとっては連休明けでの患者さんの把握に役立っている。病床のクリティカル・パスを見れば一目瞭然に患者さんの状態を理解できるからである。
 その他,4月の新人や人事異動をした看護婦の教育指導の資料としても活用しているところである,
 今後の課題としては,クリティカル・パスの適応疾患の拡大を図るとともに,現在使用中の内容の充実も必要である。しかし,そのためには今まで以上に医師の協力が求められる。作成しやすいもの,医師の協力が得られやすいものは一応完成した。これからは内科的疾患や非観血的治療を要する疾患等の作成に取り組んでいかなければならない。
 クリティカル・パスを使用したケースで患者との問題は生じていない。これからも最初にクリティカル・パスを説明する時の注意点やVariance発生時の対応を明確にして,対応していく必要がある。

おわりに

 クリティカル・パスとして,患者さんの治療・看護のスケジュールを一覧表にすることは,医療スタッフが患者さんの立場に立って物事を考えるよい機会となっている。また,これまで実施してきた医療スケジュールやその内容が適当であったかどうかの評価や見直しになるとともに,再検討の機会とすることができる。このことがさらに,患者さんのQOLを考えた医療の質を向上させることにつながるものである。

〔参考文献〕
1)須古博信:クリティカル・パスの作成・活用法,日経ヘルスケア,1998(2), 75-81
2)重松節美:クリティカル・パス導入の具体的な事例,MMCR, 9(5), 10-13
3)重松節美:在院日数短縮と看護・医療の質の確保,看護,50(5), 51-59