医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


日常診断に役立つMRI診断学書

頭部MRI診断学 安里令人 著

《書 評》前原忠行(順大教授・放射線科学)

 本書は1992年に医学書院からNMRの領域でも「百科事典のような構成ではないが,日常診断の役に立つ特色のある診断学書」が必要ではないかとの提案ならびに執筆の打診があり,1988年から1996年の間の自験例に基づいて,京都大学大学院でのNMR診断学の講義などの原稿を元に加筆されたものである。
 著者は本来は脳神経外科医で,NMR神経科学研究のために画像診断学に専攻を変更した経歴があり,若年で放射線診断学の領域では無名のため診断学書を著す力量はないと謙遜しているが,10余年にわたる京大での研鑽結果を発表したいという欲求に勝てず執筆に至ったと,謝辞の中で記されている。
 私自身も42歳当時に上下2巻から成る『神経放射線診断』(文光堂)を,1人で執筆した経験があり,単一著者による執筆の大変さ,根気の持続の難しさはよく理解している。著者は若輩と謙遜され,恐らく40歳代後半と思われるが,単独執筆によるこの種の教科書は国際的にも有名なAnne Osbornの『Diagnostic Neuroradiology』(Mosby社)を見てもわかるように,多くは若い時期の作である。

画像と病理所見の対比

 内容の構成については目次に譲るが,いずれの項目でも単にMRI画像の信号強度等を列記するのではなく,あくまでも画像と病理所見との対比を心がけている点が本書の大きな特徴である。
 特に第1章のMRI画像法を用いた中枢神経系病変の定性診断の項は,化学シフトや局所磁場の不均一性による定性診断,すなわちMRIによって初めて描写可能となり診断に寄与することのできる情報が取り上げられており,本書の中でも秀逸の部分と思われる。
 全体では800頁の大型の成書で,一見して図が非常に多く本文が少なく感じるが,決して症例を羅列したアトラスではなく,序の中でも「症例自体に語らせることを心がけた」と述べられているように,簡潔な本文を読みながら図を見ていくと自然に理解できるように構成されている。

病理組織像と信号強度の相関に注目

 図の数が多いので,日常の臨床に際してわからない症例に遭遇した際には,似たような画像を探して本文の記載に戻るという形で,比較的容易に正しい診断に到達することができる。また,一般的には疾患別に画像所見を記載するテキストは,症例と時間と根気さえあれば割合に書きやすいが,本書のように病理組織像と信号強度の相関に注目した記載は難しく,まさに当初の目標どおり日常診療に役立つ,特色のある教科書に仕上がっている。なお,今日の医療社会ではMRIが共通語となっているが,これは画像診断の世界だけで通用する用語で,科学の方法としての核磁気共鳴法はNMRであって断じてMRやMRIではないと強調し,序文の中での記載もすべてNMRに統一されており,著者の信念が感じられる。
 日常的に中枢神経系疾患の画像診断に携わる放射線科,脳神経外科,神経内科,精神科,小児科などの方々に,自信をもってお薦めすることのできる教科書である。
B5・頁800 定価(本体24,000円+税) 医学書院


細胞診断のすぐれた入門書

初心者のための細胞診カラーアトラス 高橋清之,他 著

《書 評》小林忠男(済生会滋賀県病院技師長・臨床検査部)

 細胞診断学のアトラスを初めて見開いたのは,1970年ごろの阪大の病理学教室であったと記憶している。その本は少し赤茶けた1954年に出版された“Atlas of Exfoliative Cytology"で,かのパパニコロウ博士によるものであった(この本は多数の細胞のスケッチによって構成され,また個々の細胞の詳細な描写は日本人画家によるものと聞かされ驚いたことをよく憶えている)。

実際の診断現場で役立つ知識を整理

 さて,今回本書の書評を依頼された私は,なぜかそのパパニコロウ博士のアトラスを思い出した。タイトルにもあるように本書は細胞診の技師をめざす人,すなわち初心者向けのアトラスの体裁をとっている。しかし実際はSynopsis+Atlasで,最初に細胞診入門に当たると思われる知識が要領よくまとめられ,後半に357枚にも及ぶ細胞・組織の統制されたカラー写真が掲載されており,細胞や組織の説明も無駄なくコンパクトに記述されていて見やすい。細胞診の所見や鑑別診断について記載されたものをいくら詳細に読んでも,実際の診断現場でそれほど役に立つものではない。肝心なのは,読者にとってそれらがどれだけ簡潔にまとめられていて,しかも知識の整理をしやすくするようになっているかである。その点本書では,多くの見やすい図や表を教科書などから抜粋して,要領よく整理されているので初心者には助かる。
 細胞診断技術の学習の到達点は,自分なりのDecision treeの考えを取り入れた診断基準を要領よく作れる専門家になることであり,よい入門書とはこの目的を手助けすることにある。細胞形態の学習の基本は,病理組織学や血液学のトレーニングと同じように,検鏡者自らによる細胞スケッチが初期教育の場では欠かせないトレーニング方法と言えよう。しかし,本アトラスは細胞診の勉強を始めようとするものにとって,細胞診断がいかに興味と深みのある分野であるかを伝えようとしているように思える。それは本書には多くの写真が細胞と組織対比で説明されており,また今日では決して特別とは言えないものの免疫細胞化学染色,in situ法,蛍光抗体法などの特殊染色を加えて,容易に理解できるよう,これら技術のアプローチとその意義を著者らの引用文献をも含めて示されている。

初心者が広く細胞病理を理解するのに有用

 さらに,各種感染症の細胞像はその特徴的所見に加え免疫細胞化学,in situ法による同定が美しいカラー写真とともに示されている。また,各種の特殊組織染色の写真も,この類のアトラス本ではめずらしいが,初心者が広く細胞病理を理解するには有効と考えられる。
 すでに多くの優れた先人による細胞診教科書が存在するが,本書は初心者のためのアトラスとして,しかも「技師教育の現場と細胞病理の現場」が共同作業として誕生させた意義は大きい。
 本書は細胞診技術の教育用に限らず,臨床検査技術の学生,また病理検査を担当する方々にもすぐれた細胞診入門書となると思われ,ぜひご一読をお勧めしたい。
B5・頁88 定価(本体4,500円+税) 医学書院


新しい臨床検査技師像に焦点を合わせた教科書

臨床検査技術学 臨床化学 第2版 菅野剛史,他 編集

《書 評》中野尚美(銀杏学園短大教授)

 全16巻よりなる『臨床検査技術学』シリーズの10番目の『臨床化学』は,初版では総論と実習編をシリーズの9巻(放射性同位元素検査技術学をも含んでいた)とし,各論および機能検査を10巻としていたが,第2版では放射性同位元素検査技術学を除いたすべてを統合した形ですっきりと1冊にまとまったが,3年足らずの改訂であるので,初版と比較して全体の構成や内容の面で大きな変化はない。

医療チームの一員として必要な病態の知識

 臨床化学は生化学を基盤として,生体成分を主に化学的手段で分析し,疾病の診断や治療経過の把握,さらに予防を目的として客観的なデータを提供する学問領域であり,臨床検査の中で基本的検査に位置づけられている。超多成分系の試料に含まれる特定の成分を微量の検体で,迅速にしかも信頼できるデータを得る分析技術を学ぶことに当然主眼が置かれるが,これからの臨床検査技師には,医療チームの一員として病態を理解することも要求される。本書はこの2点について十分に配慮されている。めざましい進歩を遂げた分析技術は,現在は日本臨床化学会から勧告法という形で,現在の技術水準で分析の対象物質に特異的な標準的測定法が公表されてきているが,本書には酵素項目を中心にそれらが多く取り入れられている。各論および機能検査の各項目のはじめに生理的意義,臨床的意義という形で物質の健常時における代謝,病態時における変化が基礎的事項から解説されているので,検査項目として意義づけが明確にされている。
 総論では次のような事項が取り上げられている。(1)検査計画からデータの内部精度管理および解析に関する現状に則した重要なポイントの解説,(2)各種分析法の原理,(3)ドライケミストリー,自動分析法および検査システムの現状,(4)超微量分析と臨床分析の将来,(5)臨床化学で必要な統計計算,(6)基準範囲に関する概念および病態識別値,など。
 実習編では,かなり多くの項目が取り上げられて,各論の分析法の具体的な面について参照できるようになっている。また,単に測定法が記されているだけでなく,理解を深めるための応用実験もあり,学内実習における理解を深めるのに役立つと思う。検査管理総論とオーバーラップするが,臨床化学で大切な精度管理の実際面に関しても実習編で取り上げられている点は評価できる。

時代に即した内容

 本書は新しい臨床検査技師像に焦点を合わせ時代に即した内容を十分含んでいる。4年制課程の学生も対象とした標準的教科書として編集されているので,内容は豊富で国家試験のレベルを超えると思われるものも含まれているが,各項目の初めに「キーワード」や「学習の要点」が示されている上,最後に理解度点検のための問題があるので取捨選択に役立つと思う。
 臨床検査技師を志す学生のみならず,現場で活躍している臨床検査技師諸氏にとっても,臨床化学の全容を再認識する手引書として本書をお勧めしたい。
B5・頁316 定価(本体6,000円+税) 医学書院


急性腹症に超音波診断が有用なことを教えてくれる本

消化管エコーの診かた・考えかた 湯浅肇,井出満 著

《書 評》大場 覚(名市大教授・放射線医学)

有症状の消化管疾患に欠かすことのできない検査法

 著者の1人の湯浅氏は以前に『虫垂炎の超音波診断』を書いているが,正常ではみえない病態が虫垂炎の状態になると,超音波できれいに描出されることはよく知られている。同様のことは消化管全般に通ずることである。消化管の超音波検査は一般的には不適当のように考えがちであるが,病的な消化管は腸管壁が肥厚したり,液体が充満していることが多いので超音波で詳細がよく描出される。
 急性腹症ではまず腹部単純X線撮影が行なわれるが,その読影は必ずしも容易ではない。腹部単純X線写真では消化管内のガスや糞便,さらに,気腹や後腹膜腔のガス像が陰性造影剤の役割を果たしてくれているが,gasless abdomenでは読影しようにもできない。また,ガス像や糞便像が比較的多く存在している急性腹症は命に関わる重症なものは少ないが,一方,症状が烈しい割にガス像や糞便像が乏しいいわゆるgasless abdomenの場合は絞扼性イレウスや腸間膜動脈血栓症による腸管壊死など,一刻を争う重症な病態であることが多い。こういった時こそ超音波診断がきわめて有用である。
 本書では超音波によって粘膜,粘膜下層,筋層などの腸管壁の層状構造とともに,腸管内容物の性状,動き,腸間膜,その中を走る血管の状態,さらに,腹水や気腹がきれいに描出されている。腸管閉塞の原因や穿孔の局所の状態はCT以上によく描出されるのに感心する。経過を追って繰り返し検査することも可能であるので,どのような時点で手術をすべきかのポイントも記述されており,したがって,超音波検査は急性腹症に限らず,有症状の消化管疾患には欠かすことのできない検査法であることが,この本を読めば十分理解できるし,これから試みてみようかという気にさせられる。

プライマリケアに携わる医師に有用

 著者らは長年,一般病院のプライマリケアの場で消化管疾患の超音波検査に携わってきたその道の達人である。超音波診断の長所も短所も十分わきまえて,単純X線写真や,CT,患者の臨床症状を十分に参考にし,決して超音波診断の独断であってはならないことを戒めている。したがって,この本は病変の描出法に偏らず,診かた,考えかた,症例から学ぶエコーの実際などをきめ細かくわかりやすく記述している。ところどころに疾患や所見のポイントをノートし,さらに検者の心得や検査のコツをコーヒーブレイクとしてちりばめている点は心憎い。これらは長い間,若い人たちにこの検査法のノウハウを伝授してきた経験から,どのようなポイントを押さえることが重要であるか長い年月に培われた著者らの知恵であろう。通常の成書からは得ることができないありがたい心くばりである。文章はわかりやすく,ポイントは箇条書きで,超音波像にスケッチを添えてあり,初心者にも読みやすく,懇切丁寧で,実践的で,理解しやすい。
 この本をプライマリケアに携わる研修医,内科医,外科医,放射線科医にぜひ読むことをお薦めする。
B5・頁198 定価(本体5,500円+税) 医学書院


最新の知識を盛り込んだ呼吸器学テキスト

Fishman's Pulmonary Diseases and Disorders 第3版
A. P. Fishman,他 著

《書 評》泉 孝英(京大教授・医学研究科呼吸器病態学)

治療面の最新の進歩を記述

 “Fishman's Pulmonary Diseases and Disorders"の第3版が刊行された。第1版は1980年,第2版は1988年と,約10年ごとの改訂である。
 第1版刊行時の私自身の思い出を言えば,サルコイドーシス,肺線維症などの厚生省難病班研究の第1歩としての疫学調査が軌道に乗りはじめた時期であり,当時,びまん性肺疾患について明確に記載された成書はなかっただけに,Fishmanの明確な記載は大変ありがたい存在であった。しかし,Fishmanは,びまん性肺疾患に特に詳しいということではなかった。呼吸器の基礎から疾患まで,総論から各論までの編集方針は当初からで,重量3キロの大冊であった。加えて,便利であったことは,文献に数行のコメントが付記されていたことで,文献検索をしようとする場合,その必要性を判断する指針であった。第2版は3分冊で2564頁9.1キロとなり,内容は詳しくなったが,その分,第1版の本と比較して使いやすさが減ったような記憶がある。
 第3版は,2分冊7.4キロといくぶん軽量になったが,頁数は約2800頁に増加している。本版は17部から成っている。第1部は歴史,第2部は肺の構造と機能,第3部は症候,ここまでに642頁と全体の1/4が配分され,第4部から第17部までの3/4が疾患各論の記載に費やされ,200名以上の担当者によって執筆されている。「新進気鋭の執筆者/豊富な新しい図/治療面での最新の進歩,との最新の知識を盛り込んだ全面改訂」が謳い文句である。しかし,全部の読破は不可能であるので,自分のいささか関知するところの領域を読んでみることとした。
 COPDについては,従来の知見の総括に加え,肺移植後の生存状況,肺容量減少手術など,ごく最近の情報が収録されている。喫煙関連疾患についても1章が設けられている。
 喘息の病態には詳しい。アスピリン喘息,運動喘息にも1章が割かれている。一方,薬物療法の記載は,やや実用性に欠けている。次版での充実を期待したいところである。
 サルコイドーシスは14頁,特発性肺線維症は16頁と私どもからみれば比較的簡単な記載である。しかし,明確な事実だけの記載となればこうなるのかもしれない。わが国の成書での記載は夢を含んだ分だけ分厚くなっているのかも知れない。
 第2版には未記載であったJapanese summer house HPも過敏性肺臓炎の章に,ちゃんと記載されている。ただ,びまん性汎細気管支炎は残念ながらまだである。

有用でわかりやすい図表が満載

 わかりやすい図表が多数記載されている。本書の全訳の刊行は困難であろうが,図表だけの訳本をFact Bookとして刊行して貰らえれば利用者は多いのではないかとも思われる。
 第2版までの文献の注記がなくなっている。次版では復活してほしいなどの注文はあるが,結論的に言ってしまえば,医学図書館,内科,呼吸器科の医局に必備の本であることだけは確かである。
頁2777,1998年,\47,200,The McGraw-Hill Companies,日本総代理店医学書院洋書部