医学界新聞

胃のEMRと内視鏡下手術法の接点

DDW-Japan1998パネルディスカッションより


「strip biopsy」について

 竹本忠良氏(日本消化器病学会名誉会長)は,『胃内視鏡治療-Strip biopsyの実際』(多田正弘著;1998年医学書院刊)の「推薦のことば」で,「strip biopsyの“strip”とは,もともと粘膜片を下からはぎ取るという意味で,辞書を引きながら考えた言葉で,Bockusの“Gastroenterology”にstrip biopsyの小項が入るにおよんで,私の作った英単語もまんざらインチキではなかったと思った」と自ら命名した“strip biopsy”の由来について謙譲している。
 一方,著者の多田氏(山口大)は“strip biopsy”のプライオリティを強調すると同時に,その歴史的経緯に言及して,「strip biopsyは当初目的としていたコンセプトをほぼ満足した形で手技として開発に成功した。しかし,実際のところ胃炎の生検診断としては切除標本は大きすぎて,通常検査と同様に行なうには,少し躊躇せざるを得なかった。このような状況下で,本生検方法は胃炎よりもむしろ癌に対する内視鏡的治療への必然的な歩みを踏み出すこととなった」と記している。

早期胃癌に対する内視鏡的治療

 さらに多田氏は,早期胃癌に対して,あえて第2群まで郭清する定型的な外科手術でなく,内視鏡的治療が可能であると考えるようになった背景を,「病理組織学的根拠に基づく内視鏡的診断と治療法の開発,さらには社会的要求に後押しされる形で発展してきた」と指摘して,
(1)膨大な外科手術成績から,早期胃癌の多くはリンパ節などに転移しておらず,かつ発生した粘膜にのみ限局する局在病変であることが証明された。
(2)従来よりもさらに早期の微小胃癌の発見が可能になった内視鏡的診断の進歩。
(3)strip biopsyなど,偶発症が少なく,また平坦型の病変をも広く粘膜下層まで切除できる内視鏡的治療法の開発。
(4)高齢化社会を迎え,また検診などの急速な普及に伴い,早期胃癌が高齢者や合併症を有する患者に多く発見されるようになり,「予後の観点から,これらの患者に対して健常者と同じ治療をする必要があるのか」という社会的疑問の誕生。
の4点をあげているが,今年のDDW-Japan1998(日本消化器関連学会週間;本紙第2292号既報)で企画されたパネルディスカッション「胃のEMR(endoscopic mucosal resection:内視鏡的粘膜切除術)と内視鏡下手術法の接点」では,主に早期胃癌に関する両者のcontroversialな論点が討議され,多田氏は「早期胃癌に対する内視鏡的治療における問題点の克服」を検討した(司会=東大 上西紀夫氏,山形県立日本海病院 亀山仁一氏)。

“残存再発病変”の問題点とEAM,ERHSE

 前掲書で多田氏は,「近年,内視鏡的治療の後,残存再発病変が一定の頻度でみられることから,それに代わるものとして腹腔鏡下の胃切除が開発されてきた。しかし,一方では残存再発病変に対しても内視鏡的治療で根治できることが明らかになっており,また現在の腹腔鏡下の胃切除においては,リンパ節の郭清ができないため,内視鏡的治療の適応と同様な適応を対象にした検討がなされているのが現状である」と述べているが,このパネルでも残存再発病変の問題点の克服を試みた。
 同氏は,700余の病変の早期胃癌(20mm以下で潰瘍を持たない深達度mの高分化型腺癌)を対象に,残存再発病変がmにとどまっていれば,内視鏡治療で根治できるのか,さらにmにとどまる病変で発見するためにはどのような経過観察が必要であるのかを検討。内視鏡治療後それぞれ1か月,6か月,1年目に,またそれ以後は1年おきに経過観察を行なった結果,完全切除例には1例の残存再発病変はなく,不完全切除例に見られた残存再発病変も6か月後および1年目の内視鏡検査ですべて発見され,それ以降に発見されることがなかった。この結果から多田氏は,「遺残再発病変が発生するか否かは1年目の内視鏡検査で発見でき,またその時点であれば,すべてmにとどまり,追加の内視鏡治療で根治効果が得られることが明らかになった」と報告した。
 また,内視鏡的組織切除法の1つであるEAMについては,開発者でもある鳥居惠雄氏(京都桂病院)が,さらにERHSE(表1参照)については坪内友氏(勤医協中央病院)が,それぞれ利点とその成績を発表した。

(表1)早期胃癌の内視鏡治療手段(組織切除法)
(1)strip biopsy
(2)EDSP(endoscopic double snare polypectomy:内視鏡的2チャンネル・スネア・ポ リペクトミー)
(3)ERHSE(endoscopic resection with injection of hypertonic saline epinephrine:エピネフリン加高張食塩水局注による内視鏡的粘膜切除術)
(4)EAM(endoscopic aspiration mucosectomy:内視鏡的吸引粘膜切除術)
(5)multiple resection by strip biopsy
(『胃内視鏡治療-Strip biopsyの実際』,『medicina.34(3).1997』〔医学書院〕より)

EMRと腹腔鏡下手術

 いわゆる“内視鏡的粘膜切除の絶対的適応”として今日コンセンサスを得ているのは,前記のように「分化型,推定深達度mで,病変の大きさが20mm以内の隆起型および潰瘍性変化を伴わない病変の大きさが10mm以内の陥凹型」である。
 一方,手技上の制限と侵襲の面から,腹腔鏡下手術は従来の開腹手術とEMRの中間に位置すると考えられるが,このパネルのテーマでもある両者の比較および接点をめぐって6氏のパネリストから,以下のさまざまな意見が発表された。
 「基本的には適応内m癌に対しては腹腔鏡下手術より低侵襲であるEMRを治療の第1選択としているが,種々の条件から困難を予想される症例については,EMRよりもはるかに広い病巣を一括で切除可能な腹腔鏡下手術でカバーする方向がスタンダードになる」(山形県立中央病院 深瀬和利氏)
 「EMRでは,計画的分割切除による適応の拡大が期待できるが,4分割以上になると病理診断が不確実になるため限界がある。EMR適応病変のうち,0IIa単独病変と大きさ30mm以下の0IIc単独病変に対しては,完全生検としての鏡視下などによる局所切除術が可能と考えられる」(東医歯大 谷雅夫氏)
 「従来の適応群に対してはEMRで対応可能であり,非適応群に関しては現状では腹腔鏡下手術あるいは外科的縮小手術を選択すべきである」(仙台市医療センター 結城豊彦氏)
 「EMRは非侵襲だが,適応の制限が大きい。腹腔鏡下手術は適応が広くなるが侵襲的である。ただし両者ともリンパ節は郭清できず,オーバーラップする点も多い。後者は全層かつ一括切除できる長所もあり,早期胃癌の治療には安全かつ確実で,QOLを考えたそれぞれの利点を考慮した治療の選択が必要である」(四国がんセンター 細川鎮史氏)
 「胃腺腫,胃癌に対してはEMRは有効な治療法であるが,部位,大きさによっては病変遺残,局所再発の原因となる。EMRが比較的困難な後壁の病変に対して,現在の鏡視下手術は困難であり,今後の治療手技,処置具の開発が望まれる」(友仁山崎病院 住吉健一氏)
 「EMR,腹腔鏡下手術ともに技術的にも発展途上にあり,リンパ節転移の術前遺伝子診断などの開発によっては適応拡大も考えられる」(慶大 熊井浩一郎氏)

経胃瘻的アプローチとアンケート調査結果

 同様に,開腹手術とEMRの中間に位置づけられているPTEMR(percutaneous transgastricwall endoscopic mucosal resection:経皮経胃壁内視鏡下粘膜切除術)に関して,その創案者である村井隆三氏(慈恵医大)がEMRと腹腔鏡下手術との接点を検討し,「PTEMRは従来の管腔内内視鏡的治療と腹腔鏡下手術の中間に位置し,その低侵襲性と高い完全切除率から,一時的なPEG(percutaneous endoscopic gastrostomy:経皮内視鏡下胃瘻造設術)が必要となるが有用なアプローチである」と指摘。次いで中越亨氏(長崎大)は,「腹腔鏡下切除術は前壁中心の病変,一方経胃瘻的胃粘膜切除術は胃体部から噴門直下の後壁病変が最もよい適応である。両者とも適応症例を選べば優れた低侵襲下治療法となる」と述べた。
 また,静岡県におけるアンケート調査結果を基にして,胃癌局所切除治療の現況と,EMRと外科的局所切除治療に対する内科医と外科医の考え方の接点について検討を加えた小林利彦氏(浜松医大)は,「内科系施設を中心としてEMRの普及はめざましいものの,外科医,特に局所切除を積極的に行なっている施設との適応面での協調性は不十分であり,病理医も含めた連携の充実が必要と思われた」と報告。
 その後,多田氏の「早期胃癌の内視鏡的治療には,一定のコンセプトがあるべきであり,早期胃癌に内視鏡治療を行なうことは,一定の厳しい制限の中でどれだけのことができるのかという挑戦でもある」という問題提起を受けて両者の接点について熱心なディスカッションが展開された。

●早期胃癌に対する内視鏡治療の成り立ちと概念
(1)外科手術と内視鏡的治療
 (1)内視鏡的治療は根治療法として位置づけられるか
 (2)内視鏡的治療の適応設定
(2)組織破壊法と組織切除法
 (1)早期胃癌に対していかなる内視鏡的治療が効果的か
 (2)効果判定基準
 (3)内視鏡的治療に伴う偶発症
(3)strip biopsyと腹腔鏡下胃切除術
 (1)内視鏡的治療の残存再発病変に対する処置
 (2)異時性多発病変
 (3)内視鏡的治療の適応拡大
(『胃内視鏡治療-Strip biopsyの実際』,『内視鏡外科.2(1).1997』〔医学書院〕より)