医学界新聞

糖尿病の診断基準をめぐり議論

第41回日本糖尿病学会が開催される


 さる5月20-22日の3日間,第41回日本糖尿病学会が,南條輝志男会長(和歌山医大教授)のもと,和歌山市のビッグホエール他で開催された。今学会では,英語での発表・討論によるシンポジウム “New Diabetes Therapies for the 21st Century”をはじめ,海外からの招待講演や,特別講演などが企画されたが,今回は過去最多の1248題の演題応募があり,その中から数題はシンポジウムやワークショップ等に採択された。
 本号ではこれらの中から,会長講演および変化しつつある最先端の医療に的を当てた特別企画パネルディスカッション「今変わる・糖尿病の診断基準と病型分類」と「今考える・糖尿病の保険診療のあり方」の中から前者を取り上げ報告する。


インスリン・ワカヤマの発見

 南條会長は,「活物究理-臨床における分子糖尿病学」を講演。「活物究理」とは,医学教育の祖でもある華岡青洲が好んで揮毫した言葉で,「自然界に存在する万物を注意深く観察し,それらから得られる情報を活かし真理を究明する」との意味を持つ。南條氏は,「華岡青洲の“医学はここにあり”との教えは現代の医学にも通用するもの」として,この語をタイトルに用いた。
 また南條氏は,分子糖尿病学という遺伝子工学に取り組んだ契機となったのは,大阪府在住の56歳の女性の症例であったことを紹介。本症例は,主訴,現病歴,既往歴,家族歴,現象とも一般のインスリン非依存型糖尿病(NIDDM)と何ら変わるところはなかったが,空腹時インスリン値が正常の10倍近く高い特徴的なIRI/CPRモル比の異常高値を示す検査所見が認められた。そのため,インスリンの測定値が正しいのか,インスリン作用が阻害されていないかなどを熟考した結果,患者自身の血中インスリンの異常があるのではないかと推察。分子量などを検査したところ,インスリンの生理活性が減弱した構造異常を伴なっていることが判明した。南條氏は,これに関して遺伝子工学手法を用い証明を行なうべくシカゴ大学に留学,Steiner教授,Rubenstein教授らに師事し遺伝子解析をしたところ,A鎖3位のGTGがTTGに置換した構造異常インスリンを発見。「インスリン・ワカヤマ」と命名され,現時点までに7種類のインスリン遺伝子異常を同定している。
 さらに南條氏らは,アミリン遺伝子異常が日本人のNIDDMでは約4.1%,35歳以下の若年発症では約10%と高値にみられることを発見。最近では,台湾や韓国でも同様のデータがあること,またインスリン依存型糖尿病(IDDM)や糖尿病患者以外には認められないことも報告した。一方アメリカでは,1995年より食前にインスリンを投与したIDDM患者に,食後にアミリンを注入した場合,食後の高血糖が是正するというアミリンの生理作用を利用した治療法が開発されていることも紹介。アミリンが食後血糖の抑制に寄与していることが日米間で証明されたことを述べた。
 なお「分子糖尿病学」は,分子生物学的手法を用い,糖尿病学の成因や病態の解明,さらには治療法の開発をめざすものとして南條氏が1989年に創生した言葉で,「分子〇〇学」などの言葉の元祖と強調。また,この分野での進歩はめざましいものがあり,遺伝子異常による特殊な糖尿病の調査研究をしたところ,日本では305家系,453例に遺伝子異常が同定されていると述べ,毎年開催している「分子糖尿病学シンポジウム」への参加を呼びかけた。そして最後に,「活物究理の教えは,分子糖尿病学のような細胞遺伝子レベルで論じられている最先端の研究分野においても重要なことである」と強調し講演を終えた。

診断基準の見直しを受けて

 これまでの糖尿病の診断基準,病型分類には,WHO(1980, 1985年)や日本糖尿病学会委員会基準(1982年)が用いられてきたが,近年糖尿病の成因の研究の進展や疫学調査データの集積により,改訂の機運が高まっているとして,ADA(American Diabetes Association;アメリカ糖尿病学会)を含めた3者が見直しを開始した。その中でADAの専門委員会は,いち早く昨(1997)年,(1)IDDM, NIDDMの用語を廃止し,「1型糖尿病」「2型糖尿病」を用いる,(2)空腹時血糖基準値(FPG)として,従来の140mg/dlから126mg/dlへの引き下げなどを主とする新勧告を発表した。
 特別企画として開催されたパネルディスカッション「今変わる・糖尿病の診断基準と病型分類」(座長=塩谷総合病院 葛谷健氏,東北大 豊田隆謙氏)では,このADAの基準値や病型分類が日本人に妥当かどうか,またWHOの動向および学会としての指針をどうするかなどを論点に5名が登壇し,その考え方を論じた。

WHOの方向性
 WHOの専門委員会は,1996年12月にロンドン郊外において糖尿病の病型分類や診断方法と診断基準について議論,現在は細部調整など,その後のとりまとめを行なっている。この会合に出席した金澤康徳氏(自治医大大宮医療センター)は,WHOの専門委員会の動きとその方向性について報告。診断基準について,「当時すでに発表されていたADAの中間報告の数字を尊重する雰囲気が支配していた」と述べ,「まだ発表されていない資料」と断りながら,FPGをADA同様126mg/dlとすることなどを提示した。また,糖尿病の分類については,ADA分類がきわめて不満足であると議論されたものの,基本的にはADA分類が採用されたと述べた。

日本人へ適用可能な診断基準か
 伊藤千賀子氏(広島原対協健康管理センター)は,網膜症,虚血性心疾患などの合併症発生率から「ADAの診断基準は日本人へ適用可能か」を検討。網膜症の発生率は,FPGで110-125mg/dlで31人,126-139mg/dlで69人,140-199mg/dlで139人,200mg/dl以上が272人(各1万人に対比数値)と,126mg/dlを境に有意に発生率が上昇すること,また虚血性心疾患死亡率もFPG126mg/dlから上昇したとして,「ADAの基準値は日本人にも妥当と考える」と結論づけた。
 一方,佐々木陽氏(大阪府立成人病センター)は人間ドッグ受診者約5400例を対象に,「ADA新診断基準の日本人データへの適用と問題点」の検討を,WHO基準(1985年)との比較において行なった。
 その結果,これまでスタンダードとされた75mg経口ブドウ糖負荷試験(GTT)2時間値が200mg/dl以下の基準を日常診療や疫学調査に用いず,FPG126mg/dlを重視することに憂慮。「GTTを行なわずFPGのみで診断する場合には,糖尿病の早期発見,合併症の予防管理などの問題があり,検討の余地がある」と指摘した。

病型分類は日本人に適合するか
 小林哲郎氏(虎の門病院)は,(1)ADA勧告における「1型,2型糖尿病」の表現は,従来のIDDM,NIDDMという臨床的概念を十分に表現しうるか,(2)「1型糖尿病」は,臨床的,病因論的な特徴づけを十分に行なっているかを検討。「臨床像のみならず,自己抗体HLAなどの病理所見からも,ADA勧告の2型糖尿病という表現では従来のNIDDMの臨床的経過を十分に表現できない。より広いインスリン依存状態までのステージの設定が必要。1型糖尿病は,不均一な病態を示す群をいくつか含んでいると考えられる」との疑義を呈した。
 また,岡芳知氏(山口大)は「遺伝子異常に基づかない糖尿病はおそらくないであろう」との前提に立ち,グリコキナーゼ遺伝子異常症やミトコンドリア遺伝子異常の患者の特徴をあげ,遺伝因子と環境因子の関係を解説。「単一遺伝子異常による糖尿病でも加齡や肥満による要因が発生に加わっていることも多く,環境因子の関与がまったくないわけではない」と多くの糖尿病には遺伝子異常に加え環境因子がかかわっていることを述べた。
 なお,その後の総合ディスカッションの場では「学会として,臨床疫学を基にした基準を示してほしい」というフロアの声もあったが,座長の葛谷氏は,「疫学と臨床は別に分けて考えなくてはいけないだろうが,年内中には学会としての基準案をまとめたい」と述べ,きたる6月28日には,東京のサンケイホールで,同学会主催による「糖尿病の分類と診断基準に関するシンポジウム」を開催することを告げた。