医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


洗練された産婦人科診療マニュアル

産婦人科ベッドサイドマニュアル 第3版 青野敏博 編集

《書 評》武谷雄二(東大教授・産婦人科学)

 産婦人科学診療は新たな疾患概念の出現に加え検査法や治療法も日進月歩の状態にある。一方,臨床医は最新の進歩に対して常に敏感であり,新たな知見を常に吸収して個々人の診療のsoftwareを弛まず改変することが要求されている。しかし,あらゆる知識をすべて頭の中に整理するのは困難であり,特に昨今の指数関数的な知識量の増加に鑑み,診療に不可欠な知識をすべて記憶することはほぼ不可能な事態を迎えている。
 診療に際しては,必要な知識をすべて動員し,それらを有機的に組み合わせて最善のdecision makingを下すことが要求される。しかし,必要な知識はすべて頭の中より取り出せなくても,その情報を即時に随意に入手できれば一向にさしつかえない。本書はまさにその目的のために出版されたものであり,いわばわれわれの頭脳と相補的に機能することで大いに診療の助けとなることが期待される。その点に関し本書は新たに2色刷りとなり,細心の意匠を凝らしている。

現場で知りたい情報を容易に入手

 全体の構成は腫瘍,内分泌,不妊,周産期,感染症,その他に分類されており,各章はさらに診療の実践に即した細分類がなされている。例えば各疾患の診断基準,鑑別診断,管理の原則,薬物療法の実際,諸定義,各手技の説明,あるいは診療に必須の基礎知識がよく整理されて記載されている。したがって現場ですぐ知りたい情報の入手が大変容易となっている。また各治療法の成績なども適宜紹介されており,informed consentの取得に際しても高い利便性を有するものである。さらに本書を特徴づけるものとして〈Side Memo〉がある。これは最新の技術や知見の解説であり,より専門的な診療に大変役立つものである。
 以上のように本書は診療の現場で必要に応じ知識を想起または確認する目的のために,過不足なく内容が盛り込まれており,編集者の意図するところが心憎いほど見事に表出されている。学生教育,研修医はもちろんのこと産婦人科臨床に携わる医師,助産婦など多くの方々に利用していただける大変洗練された診療マニュアルといえる。
B6変・頁504 定価(本体6,600円+税) 医学書院


MRIの本質を理解させてくれる書

図解 原理からわかるMRI M.NessAiver 著/押尾晃一,百島祐貴 訳

《書 評》細矢貴亮(山形大助教授・放射線科学)

 宇宙は神秘的である。宇宙に関することには幾度となく接する機会があった。にもかかわらず,未だに宇宙の発生や成りたち,その一生などについての実感がない。MRIに関しても同じことが言える。人間が無数の水素原子(プロトン)からできていることはわかる。MRIの画像が人間の解剖を美しいまでに忠実に表現していることもわかる。しかし,である。なぜそのような画像ができあがってくるのか,私のような凡人には神秘的としか言いようがない。

MRI理解に必要な知識を解説

 本書は,この神秘的なMRIの原理を系統的にわかりやすく解説している。ただ「なんとなくわかりやすい」というわけではない。理解するために必要な物理学を簡潔にまとめた後,これを基に実際のパルス系列やMRIにおけるアーチファクトの原理まで,順を追って解説してある。わかりにくいことを基本からかみくだいて解説しているので,納得することができる。MRIの原理に習熟している人でなければ書けない内容であり,類書に比し一段深い説明がなされているからであろう。
 とは言え,本書の内容をすべて理解するのは決して容易ではないと思う。私の場合は「k空間入門の章」でつまずいた。原著者の「ついていけなくとも気にしないで下さい」という記述に救われたが,他書での説明が少ない部分でもあり,個人的にはもう少し丁寧な解説がほしいと感じた。しかし,MRIの原理に関するすべてのことをコンパクトにまとめるためには,致し方のないことかもしれない。
 現在,再読中であるが,長い間の疑問におぼろげな光明が見えかけている。私の疑問に論理的に答え,神秘のベールをはがしてくれそうな予感がしている。私のような語学音痴の者のために翻訳のご苦労をなされた訳者に,感謝の念を禁じ得ない。

臨床に貢献できる「何」かを発見できる

 本書の内容を完全に理解しているとはいえない筆者が言うのもおこがましいが,本書は核磁気共鳴現象によりどのように画像が作られるか図表を用いて見事に説明している。MRIに携わろうとする学生や技術者の入門書として最適と思う。また,実際のパルス系列や臨床で遭遇するアーチファクトについて,類書に例を見ないほど丁寧に解説してある。MRIの実務に携わっている放射線技師や臨床検査技師にはぜひ一読してほしい。読まれた方は,胸を張って「MRIを仕事にしている」と言えるようになると思う。また,常に臨床の要求に応えたいと願っている放射線科医にとっては,恵みの書となるに違いない。必ずや,臨床に貢献できる「何か」を発見できると思う。MRI実務者やMRIに興味を持っている他科の医師より前に,読んでおかれることを奨めたい。
A4変・頁158 定価(本体4,000円+税) 医学書院


肝臓病学の現在を的確に伝えるテキスト

肝臓病学 Basic Science 戸田剛太郎,織田正也,他 編集
     Clinical Science 戸田剛太郎,清澤研道,他 編集

《書 評》織田敏次(東大名誉教授)

分子レベルから臨床まで

 力作である,久方ぶりの……。分子レベルから臨床まで,genotypeからphenotypeまで,より今日的な視点に立ち,肝臓病学の現在をより的確に伝えるものである。
 第一線の肝臓病学研究者による分担執筆,編集はそれこそリーダー格の戸田剛太郎,清澤研道,沖田極,織田正也,坪内博仁,中沼安二,井廻道夫,林紀夫の諸氏,Basic Science編(910頁)とClinical Science編(848頁)がこのたび,その実現を喜ぶもの。
 高橋忠雄先生のお手伝いをして,まずは戦後の心意気をのつもり……,そして出来あがった『肝臓-構造,機能,病態生理』(医学書院,1968)であったが,いかんせん30年前のこと,ウイルスは影も姿もなかった。浜名湖のアサリ・カキ中毒事件(昭和20年前後)に飛びついてはみたものの,黄疸なれど,肝のリンパ球浸潤はほぼ皆無,ウイルス起因とはほど遠い。
 当時のエポックは,しかし酵素診断。原因はともかく,黄疸のない肝障害が立派に存在する,それを教えてくれたのがこの血清酵素であった。よって肝臓病学はその様相を一変させる。筆者自身の関心は臓器特異,病態特異の酵素診断に。
 肝炎ウイルスは残念ながら培養ができない。今から考えると,培養できていたのは増殖力の強いウイルスのみ。肝炎のように持続感染が可能ないわゆる弱いウイルスは抗原,抗体,あるいはDNA,RNAしかなかったのである。第3回OMGEの東京大会(1966)の頃も,チンパンジーの感染実験がようやく話題になったにすぎなかった。しかし,それも1970年代に入ると様相は一変,ウイルスはHBVから,A,C,D,E,G型,TTVと出揃ってくる。しかも持続性肝炎,慢性肝炎から肝硬変,発癌のプロセスまで,いかにも近代的,分子レベルの追究が急を告げることになる。炎症と発癌,その癌発生母地としての肝臓である。

新しい視点の「肝臓の構造と機能」

 肝臓とはまず構造,ついで代謝機能としての肝臓,これにかなりの時間をかけざるをえなかった。しかし,ウイルスが現実のものとなれば,肝臓こそ生体防御の第2の砦:皮膚,粘膜につぐもの,あらためて気がつく。母胎内にあっては肝は造血臓器,考えてみればこれまた至極当然。
 ワクチンもB型肝炎ウイルスに対するその効果は予想以上のもの,母子感染はほぼ完璧に阻止され,早晩1つの病気が消えてなくなる勢い。そのような新しい視点の「肝臓の構造と機能」が本書のもう1つの中心話題に移っている。
 医は原因志向,少なくとも生物学の仲間入りである。肝臓病学もまた,遺伝子工学の探究に格好の場を提供して今日を迎えている。ともあれ,臨床とは,フィールドワークにその門戸を見出すのが常,その中にあって,より普遍性と個特有の特殊性を浮き彫りにすることにつきる。本書はその“場”を物語って十分……,参考にしていただければ幸いである。
 若い研究者のご健闘を願ってやまない。
『Basic Science』B5・頁910
『Clinical Science』B5・頁848
ともに定価(本体25,000円+税) 医学書院


利用者のニーズに対応した効果的な地域生活支援

地域生活支援のSST 八木原律子,他 著

《書 評》安西信雄(都立松沢病院・精神科)

 わが国の精神保健は入院から地域へと軸足を移しつつある。障害者プランが平成7年から7か年の目標をもって開始され,生活支援センターが精神障害者の地域生活の担い手としてその姿を現しつつあり,共同作業所やグループホームなどの社会復帰施設にも変革の波が及んでいる。しかし,制度や「センター」ができても,利用者のニーズに対応した効果的な支援ができなければ「仏作って魂入れず」になる。精神障害者と地域との接点で,誰が,どのような理念で,どのような支援ができるのかが問われているわけである。

「地域生活支援」を正面からとりあげる

 こうした中で,「地域生活支援」を正面からとりあげた本書が発行された意義は大きい。ご承知のようにSSTは認知行動療法に位置づけられるもので,平成6年の診療報酬改定の際に精神科専門療法として「入院生活技能訓練療法」が新設されて以来,入院患者を対象としたSSTの普及が加速されてきた。一方,本書の舞台となるJHC板橋は,寺谷代表の理念に基づき複合的な機能を持つ作業所として発展してきたが,最近では法人化して社会就労センターを発足させ,地域生活支援の先駆的取組みを積極的に展開している。その中でも注目されるのが本書で取り上げられているSSTとその応用である。
 SSTは利用者を人間として尊重し自立の努力を支援する基本理念と支援ネットワークを土台として実践されてこそ効果が発揮される。JHCの活動の発展の中で,これらの理念を具体化する技法としてSSTとの巡り会いがあったことが随所に書かれている。第1章に述べられているノーマライゼーションと相互支援の考え方はSSTと共通点が多い。

豊富な具体例を提示

 本書は全体としてはSSTの地域生活支援への応用編であるが,はじめての人にもわかりやすいようにSSTの基本となる原則が第2章にまとめられている。豊富な具体例をあげながら,(1)個別化の原則,(2)構造化の原則,(3)体系化の原則が説得力をもって解説されている。SSTの実践を通して「自然で,率直で,開かれた態度をもっている臨床家」になるというとは,第3章の「エチュード」にもつながっている。
 第4章では「生活を支える基本的なスキル」について,必要なスキルとその構成要素,学習方法が解説され,本人の希望や目標を生かしながら「どのスキルが当面の獲得目標であるか,優先順位をつける」こと,「必要なスキルを構成する要素のうち,何を補う必要があるのかを考える」ことが強調されている。的確な評価と行動分析に沿って個別的に援助計画を組み立てることが必要なわけである。
 第5-8章は豊富な事例を紹介しつつ,職業生活や地域生活,ピアカウンセリングでのロールプレイを用いた練習方法が紹介されている。それぞれメンバーと助言者のせりふが具体的に書かれているのでわかりやすい。これからSSTを勉強しようとする人にとっては,ロールプレイの練習の教材として活用できるだろう。
 「わたしも型アドバイス」と表現されているピアカウンセリングやソーシャルサポートへのSSTの応用は,JHC独自の創造的な工夫に満ちており,SSTのベテランの方にも参考になることが多いと思われる。ただし,SSTという言葉を,本来の「Social Skills Training」以外に,第1章で「Self help Support Training」や,「Social Support Training」としても使用されているので,読み進める際にいささか混乱を覚えた。これらに共通するものが多いという点は同意するが,混乱を防ぐために自粛をお願いしたい。
A5・頁186 定価(本体2,200円+税) 医学書院