医学界新聞

〈短期集中連載〉

激変するアメリカ合衆国医療事情(3)

日野原重明 (聖路加看護大学名誉学長・聖路加国際病院名誉院長)


臨床教育のための医学教育研究所

大学と教育病院が合同で設置

 ここで,ケア・グループ配下のベス・イスラエル・ディーコネス・マウント・アーバン・メディカルセンター内のベス・イスラエル外来棟(カール J. シャピロ・クリニック)に設けられた臨床教育を促進させる医学教育および研究所(BI Deaconess Mount Auburn Institute for Education and Research)について述べよう。
 私は12月28日(月)の午後1時,出雲教授と一緒に旧ベス・イスラエル病院の外来棟に設けられたこの教育研究所を訪れた。所長は大柄なM. ローゼンブラット教授である。名刺には,ハーバード大学とベス・イスラエル・ディーコネス・メディカルセンター(以下BID)とマウント・アーバン病院の3つのロゴマークが印刷されており,それらが合同して設置した研究所の所長だということを表している。

徹底した教育的配慮に基づく施設設備

 外来棟の1階は天井が高く,建物の一部には瀟洒なカフェテリアがある。この施設には医学生とレジデントのためのロビーやロッカー室があり,ここでゆっくり読書したり,何台も置かれているパソコンで文献探索や臨床医学の自己学習ができるようになっている。ローゼンブラット教授は,医学教育用の患者診察室の1つに私たちを連れていき,この部屋の天井の隅の2か所に設置されたビデオカメラを指差された。医学生がここで患者を診察している間の挙動や会話が,ビデオに記録されるのである。後ほどそのビデオを見て,問題があれば,ビデオをストップさせて問題点を指摘する。学生の診察のマナーについてもコメントされる。また,診察室のガラス窓はマジックミラーになっており,隣接する小部屋で,テューターは学生が患者への問診や診察中の会話,診察技法,病状説明などをしている様子を見ることができる。
 大学病院または関連教育病院の中に,大学の医学部と提携してこのような教育施設を持つことは,日本ではまずないと思われる。日本の教育病院には,研修医のための若干の学習施設はあるが,ローテートする医学生のために,ここまでの配慮はなされていない。
 ローゼンブラッド教授は次に,私たちをパソコンの置かれた部屋の1つに連れていき,そのディスプレイに映し出される教育的模擬症例を示された。「○○歳の患者で○○の病歴がある。診察すると○○の身体所見がある。では次にはどのような聞き方で問診すれば,もっと確かな情報を選択的に聞き出せるか」という質問が出される。過去の病歴で何かの薬物に異常反応はなかったかなど,ディスプレイの画面に表示された項目をマークしていくと,YesとかNoの答えが出る。では次にどのようなテストを優先的に行なうかの質問がディスプレイに出される。それに対して,あるテストを行なうと,その結果が表示され,テストの選択が適正ではないとか,危険なものとか,そのようなテストはすぐここでは行なえないというような情報も表示される。
 そのようにして画面での診察の手順や検査を進めていくと,確定診断に達するが,そこに到達するまでに遠回りをするか,最短距離で到達し得るかによって,その患者の問題解決の手順のよし悪しの評価が最後に画面に示される。診断がそこに到達するまでの費用も計算され,管理医療(マネージド・ケア)の中での医療費の無駄使いがあれば,それも指摘される。

OSCEによる臨床研修の評価

 ハーバード大学の学生の臨床研修の評価には,客観的臨床能力試験(Objective Structured Clinical Examination;OSCE法)も用いられている。1975年に英国スコットランドの医学教育センターのハーデン教授らによって開発された方法である。これはその後,世界各国に拡がり,日本にも4-5年前から,川崎医大の伴信太郎助教授らによって紹介され,少しずつ広がってきた。
 これには,いくつかの部屋(station)が用意され,そこでのさまざまな臨床的能力の側面が評価されるというものである。A室では標準模擬患者を相手に学生にインタビューをさせる。B室では心音シミュレーターを用いて心音の聴診,D,E,F室では学生がお互いに順番で医師(検者)と患者(被検者)を演じて,それぞれ頭頸部,腹部,神経系などについての診察技法をテストする。
 そして各ステーションで下記の項目別に評価がなされる。(1)インタビュー,(2)身体診察,(3)診断手技(例:尿の沈渣の検鏡),(4)治療手技(例:モデルを使っての気管内挿管),(5)画像診断(例:胸部X線の読影),(6)患者に対する説明(例:禁煙指導など),(7)ペーパーテスト(模擬患者例に示された症例のマルティプル・チョイス・テストなど)。模擬患者には訓練を受けたボランティアが扮するが,本当の患者に同意を得て被検者になってもらうこともある。これに要する平均時間は各ステーションで5分(時には10-20分)である。各ステーションごとに,これに2分間くらいのフィードバックを行なうと有効度が増す。最後の総合評価は教員だけでなく,模擬患者にも加わってもらうとよい。また,この評価にもチェックリストを用いる。
 この方法はハーバード大学において評価上妥当性(Validity)が高く,その他,信頼性,実施の容易さと学習者の学習態度に及ぼす影響が大きいと評価されたものである。
 トステソン前医学部長は1985年から数年の間で,効果的な教育法としてこのNew Pathwayの方法を確立された。つまり,小グループで,問題指向性で,テューターに導かれた症例に基づく臨床体験を基本に教育するというものである。また,いよいよ分子生物学的方法が医学に適応されるとの予測のもとに,倫理的ならびに経済的見地からの学習が学部教育の時点から必要であるとも強調しておられた。

ベス・イスラエル・ディーコネス学習センター

 この施設はクリニカル・センター(外来棟)のロビーにあり,医学生と医師のための教育研究センターと隣合った広々としたスペースを有している。1996年2月末に開所されたが,ベス・イスラエル病院のクリフォード副院長兼看護部長の努力によるものであった。当センターの働きは,次の3つの領域に及ぶ。
1.健康教育資料ライブラリー:健康や医学,栄養,看護,介護に関する多数のテキスト,単行本,雑誌,ビデオのほか,いろいろな健康情報を取り扱うコンピュータ・ソフトの資料などが備えられ,自由に閲覧でき,貸し出しもする。ここは地域住民や病院に入院または通院している患者や家族にも無料で開放されている。
2.生活の援助のためのプログラム:健康教育や家族による病人の手当ての仕方などが教えられる。また,在宅療養に便利な医療や介護の器材や材料が展示されている。自宅で行なうための注射のやり方,頸静脈(I.V.)点滴注射の扱い方,酸素療法の仕方,人工肛門(ストマ)のケア,その他在宅での患者の看護や介護の仕方が具体的にナースによって教えられる。時には何人かを集めてグループでの学習がもたれることもある。
3.生涯にわたる健康教育:住民の特別なグループ(例えばロシアからの移住グループ)などに対しても,彼らの生活に即した健康教育に関する広範囲な情報が与えられる。また,健康上の特別のトピックスについての講演会が開かれる。この施設のスタッフが地域に出かけていって健康教育を地域のヘルスセンターと提携して行なう。
 ここでは各自が自分の健康を自分で支えるという,自立のための教育がなされているのである。週日は午前9時から午後5時まで開かれ,そのうち木曜日は午後7時まで開かれている。
 米国では,1985年に始められた病名別ワク内診療(DRG)の締めつけや,HMOその他の民間団体保険組織からの支払制限のため,たいていの病院では患者1人平均の在院日数は5-6日と短縮しているが,このBIDは平均4.5日にまで入院期間を短縮している。それだけに外来医療,在宅医療が広がり,どうしても患者や家族にケアの方法を教える必要が生じている。米国の東海岸・ボストンを中心に,このような大規模な患者のための研修センターが作られたのはここが最初だという。

代替医療(Alternative Medicine)センター

 12月28日午後2時,私はハーバード大学とも関連ある代替医療センターにセンター長のD. アイゼンバーグ教授を訪れた。
 当センターは,BIDから少し離れた建物の2階にある。アイゼンバーグ所長は,1993年の“New England J. Med”.(328;246,1993)に,デルバンコ教授(ベス・イスラエル病院のプライマリ・ケア医学部門責任者)と共著で,当センターの使用頻度,費用および使われ方について総説を寄稿している。また,もともと東洋医学に興味を持ち,中国に2年間留学されている。
 米国では,全国の医学校125校のうち40校(約3分の1)には代替(補助的)医学(Alternative or Complementary Medicine)という,私たちには耳慣れない講座が開かれている。ハーバード大学では1993年以来当講座がアイゼンバーグ教授を中心に開講された。学生は1か月間,1日5時間,毎週5日を選択することができる。これにはカイロプラクティスの治療師(Chiropractic),やホメオパティ(homeopathy)の治療師や鍼灸(acupuncturist)の治療師,気功その他の東洋医学の治療師が呼ばれて講義をし,実際の症例について討議がなされ,その治療法が科学的に分析される。またハーブ(薬草)による薬効なども検討されている。

東洋医学への高い関心

 開業医のためには3日間の集中講義が設けられ,ハーバード大学が関係する生涯教育のプログラムにも組み入れられている。
 1992年に米国連邦政府の議会がNIH(国立保健研究所)の中に在来の西洋医学とは異なる代替医学の部門を設けて,一般大衆が利用しているいわゆる西洋医学以外の治療法の効用について大規模な調査と研究を行なった。ちなみにその予算は4000万ドル(約50億円)であったという。
 米国人にとっては在来の西洋医学は正統医学,または伝統医学であるが,その代わりをする代替医療――鍼灸(はり治療),ハーブ(漢方薬)療法,気功,カイロプラクティス,ホメオパティ,断食療法,ヨガ療法,イメージ療法,特殊の食事療法,その他は16種類にも上り,広く行なわれている。これらの代替医療を受けた患者の3分の2は,病院受診時に,それについて主治医には話さず,また代替療法の費用は1回約37ドルもかかるが,これに保険医療は適用されないので,私費で払われている。また,アメリカ人の3人に1人は代替医療の治療師を訪れた経験があり,1990年にこれらの治療師を訪れた国民の数は,西洋医学の医師を訪れた回数より多いという結果が,先の調査によって得られた。

広がる代替医療の研究・教育

 NIHが1992年に設けた代替治療に関する部門(Office of Alternative Medicine:OAM)が,1993年に研究助成グラントを公募したところ,初回公募から400件もの応募があったというが,いかに米国ではこの医学に対する関心が大きいかが分かる。
 大学の医学教育についても,ハーバード大学のBIDに所属する代替医学センターは,年々代替医学の研究活動の比重を高めており,また,ワシントンDCにあるジョージタウン大学の医学部は,代替医学教育に本格的に取り組み始めたという。
 私はアイゼンバーグ教授からこのような話をうかがい,日本ではいわゆる西洋医学者が東洋医学に関心を向ける熱意が少ないことに思い至し,もしかすると東洋医学の本体は他の代替医学も含めて米国の西洋医学の研究者がその実相を解明する役を演じるのではないかと感じた。
 文献から得た知識によると,代替医療は疾病を中心に考えるものではなく,心身のバランスを整えることが主眼であり,代替療法によって一時的に症状緩和を図るだけにとどまらず,今日西洋医学の重要な課題とされる病気に対する免疫機構を高めることに焦点が当てられている。そのためには,患者の生活の中から諸要因を探ることが必要とされ,診察にも長時間を要するという。日本でもこの分野に関する治療師は30―60分間を患者に提供し,その料金は1回が数千円にも達すると耳にするが,日本でも患者はこの治療費の大半を自費で払っているのである。日本においても医療費の高騰が国民の生活を圧迫し始めている今日,代替医療の効能についても国家的見地から研究されなければならないと考える。

マサチューセッツ総合病院の最近の状況

 マサチューセッツ総合病院(以下MGH)は,ボストンでは最も古い病院で,この病院には,アメリカ医学の誕生のエピソードをいくつも見ることができる。病院は古い建物であるが,絶えず改造が加えられ,最上階にはVIPのため特別病棟がある。また,付属する研究所は充実しており,質量ともに誇り得るものである。
 900床の病床を持つこの病院は,先にも述べたようにハーバード大学医学部の教育病院であるが,1996年にブリガム&ウィメンズ病院とノースショア・メディカルセンターと統合され,パートナーズ系(Partners Health Care System)の傘下に入った。そしてMGHの産婦人科は廃止され,ブリガム&ウィメンズ病院に合一した。BIDとはライバル関係にある。この2つのグループがそれぞれハーバード大学医学部を取り込んで競争しているのである。

MGHの診療

 12月29日(月)正午,プライマリ・ケア部門のJ.ストックル教授と,この病院に付設するMGH Institute of Health ProfessionsのI. コアレス教授,そして,緩和ケアを担当するA. ビリング医師に代わって出席した専門ナースのC. ダーリンさんが,MGHの迷宮のような建物の一室で,私のために歓迎の昼食会を開いてくださった。その席で,当病院ではマネージド・ケアの下で,どの程度に患者のQOLが重んじられているかについて話し合った。昼食後,ストックル教授の診察室を訪れた。診察室は非常に質素ではあるが,壁は木製の板が使われており,それにマッチした木製の椅子がいくつか配されている。
 壁には血圧計に並んで検眼鏡も吊り下げられていたが,プライマリ・ケア医学を実践するには,患者が何でも素直に話せるような雰囲気と診察技法が大切で,ストックル教授は65歳を超えておられるが,診察の手順には眼底所見が含まれているのを知ることができた。日本においても往診もしくは訪問看護時には検眼鏡による眼底検査がなされるべきであると思った。

MGH看護大学

 コアレス教授は,MGH看護大学の教授であるが,当病院ではHIV/AIDSの患者を扱う専門ナース・プラクティショナーの教育責任者も兼ねており,また,ターミナルケアの専門家でもある。看護大学は病院から数ブロックのところにあり,病院内にもブランチがある。
 MGH看護大学は,学士号を持っている人は誰でも入学できる大学院大学である。大学院に3年間在籍することによって看護学を短期間で習得してRNの資格が取れ,さらに修士課程で修士論文を書けば,ナース・プラクティショナーの資格も与えられる。
 ただし,入学前に解剖,生理,微生物,栄養学の単位を夏季に設けられたコースで習得しておくことが要求される。看護以外の学士入学者は,ナースとして働きたいという動機づけが強いため学習態度は熱心で,ぎっしり詰め込まれた課程をクリアする学生が多いという。また,RNの資格をもつ看護婦は,大学院で2年間研究することによりナース・プラクティショナーを資格が得ることができる。
 私が長年学長を務めた聖路加看護大学では,1996年度で看護短期大学卒の学生を受け入れる編入課程を中止し,1997年度からは,学士号を持つ者を第2学年に編入させるクラスを開いた。この編入学生は高校卒業後ストレートに入学してくる学生よりも概して勤勉である。私は,聖路加看護大学においても,MGH看護大学のように,学士号取得者を大学院修士コースに入れて,その間に看護の資格を取らせる可能性を討議したことがあったが,文部省や厚生省の見解では日本では規定のカリキュラム取得上不可能とわかり残念に思った。この点でも,米国の融通性をうらやましく思った。
 コアレス教授のようなハイレベルの専門家がエイズ患者を真剣に扱っていることを知り,さすがに米国の専門ナースの資質は高いと思った。日本の看護教育においても,看護職としてのレベル・アップと同時に奥行きのある人間を作る,深い教養を得させる教育が必要だと痛感した。

緩和ケア・サービス

 なお,MGHには1998年度から末期患者の緩和ケア・サービスの担当部門(Palliative Care Service)が設けられたことを所長のJ. A. ビリング医師から知らされた。ビリング医師は,長年ボストンで在宅ホスピスケアのオフィスをナースとともに運営してこられ,私も4年前にそのオフィスを見学したことがある。ところが,MGH自体も近年末期患者の緩和ケアを行なうことになり,ビリング医師は当部門の責任者に任ぜられた。
 日本では緩和ケア・サービスは,癌末期患者とエイズ患者で,死期が6か月以内に迫っている患者と決められているが,欧米では数年前から,ホスピスケアは進行した難治の疾患を持つすべての患者に適応されるということになっている。その対象疾患は,癌,エイズ,心臓病,肺疾患,腎不全,肝不全,衰弱した神経疾患(例:痴呆,多発性脳血管損傷,多発性硬化症,パーキンソン病)などの末期を含むものである。
 このような患者には病院に入院中の者,在宅ケアをしている者,外来通院中の者,その他の場所で療養している患者などに,専門医とナース,ソーシャルワーカー,牧師などのチームによるケアのサービスが与えられている。このサービスは,24時間を通して,また週日・週末を通して提供されている。
 なお,この部門のサービススタッフとしては,ビリング医師の他にホスピス専門ナース,ソーシャルワーカー,チャプレン(牧師),事務職を含めて5名が参与していた。

つづく