医学界新聞

“Art, Science and Education in Surgery”をメインテーマに

第98回日本外科学会開催される


 「Art,Science and Education in Surgery」をメインテーマに掲げた第98回日本外科学会が,武藤徹一郎会長(東大教授)のもとでさる4月8-10日の3日間,東京国際フォーラムにおいて開催された。1万700余名におよぶ史上最多の参加者を得た同学会の会長講演「外科と医学教育」で,武藤氏は特に研修についての現状と問題点をアンケート調査結果から示し,これまでの授業中心の教育からベッドサイド中心の教育へ,また知識中心の教育から技術中心の教育へ変革するためにはカリキュラムの抜本的改変が不可欠であることを強調。同時に,同学会を従来の「artとscienceの研究発表の場」としてだけでなく,臨床教育を検討する場として位置づけるとともに,卒後初期研修,認定医制度,専門研修,生涯教育など山積する諸問題に対して,学会が今後とも継続して責務を担っていくことを要請した。本紙では,学会最終日に丸1日通して行なわれたユニークなシンポジウム「外科30年の進歩と展望」について報告する。


シンポジウム「外科30年のシンポと展望」

消化管外科の進歩と展望

 消化管(食道,胃,大腸),乳腺,形成外科,小児外科および肝臓,胆道,膵臓,心臓,血管,肺の各領域が取り上げられたこのシンポジウムでは,まず松原敏樹氏(癌研附属病院)が食道癌外科療法についてその切除の治療成績が,最近10年間で有意に向上していることを示した。その要因として術前画像診断の進歩による早期癌症例の増加,さらに郭清術式,再建法など術式の多様化による治療法の選択肢の増加などをあげ,「自分の方法に固執せずに,常に技術の進歩に則った適切な治療を選択すべき」と語った。
 続いて胃について論じた吉野肇一氏(東京歯大)ならびに大腸癌外科療法を中心に講演した小平進氏(帝京大)は,「治療法の選択に際し,病理,生理,薬理,細菌学などの広範な知識の集積が必須」(吉野氏),「現在では患者の術後のQOL低下を防ぐためのさまざまな術式,手術操作が確立されている。これらの細分化された治療法の中から,患者の状態に合わせて最も適切な治療法を選択する,いわば治療の個別化が重要となる」(小平氏)と述べ,多様化する治療法の選択の重要性を強調した。

乳腺外科,形成外科,小児外科の進歩と展望

 また霞富士雄氏(癌研附属病院)は,乳腺外科の30年をその主な対象である乳癌の治療法の変遷に沿って解説。乳癌の病態解明の進歩や,患者のQOLの向上を求める社会の動きなどから,乳房温存治療がさかんに行なわれるようになった反面,乳房内再発やリンパ節転移の危険性が依然として残っていることを指摘。「より安全に乳房温存療法を行なうためには,リンパ節転移を術前に正確に把握できるようにするなどさまざまな課題がある」と語った。
 続いて波利井清紀氏(東大)は,形成外 科の進歩と展望について,「形成外科はQOLの外科としての地位を確立しつつある。今後は移植用の組織培養などの基礎研究や,患者のQOLを高める正しい医療としての美容外科領域などに積極的に関わっていくべきである」と述べた。
 小児外科について発表した岡田正氏(阪大)は,「小児麻酔の確立,感染症治療の進歩,出生前診断・治療などの進歩により,新たな展開がもたらされた」と発言。また「小児外科医は,将来を持った子どもが対象であることを念頭に置き,そのQOLを常に考慮した医療を行なうべき」と小児外科医の基本姿勢を示し講演を結んだ。

肝臓外科と胆道外科の進歩と展望

 幕内雅敏氏(東大)は,この30年の肝臓外科の進歩を次のように概説。まず,'70年代には4つの大きな肝切除術式(右葉,拡大右葉,左葉,左外側区域)が確立。'80年代前半には肝流入血遮断と術中超音波の導入により,肝硬変肝癌に対する小範囲切除が創案され,下右肝静脈温存術も行なわれるようになり,出血量と術後在院死亡率の低下に繋がった。そして'80年代後半に,さまざまな肝予備能の評価が行なわれるようになった結果,ほぼ肝切除予定領域の決定が可能になった。また,門脈枝塞栓術が黄疸や軽度肝障害例に対する広範囲切除の安全性を向上させ,拡大右葉切除兼膵頭十二指腸切除でも正当な手術となった。さらに,肝移植は免疫抑制剤サイクロスポリンの臨床使用開始('80年)によって急激に増加し,現在では年間6000例が施行され,肝外科の主要な治療法になっている。次いで'90年代には,生体部分肝移植の確立,分割肝移植法の一般化,門脈枝塞栓術の普及などがみられる。
 最後に幕内氏は特に肝癌における肝切除とPEIT(経皮的エタノール注入療法)の選択の問題に言及して,後者の優位性を強調。さらに,臓器移植法の成立に関して,脳死肝移植が主流である欧米においても生体肝移植の症例数が徐々に増えている事実を踏まえ,「生体肝移植と脳死肝移植は肝移植という車体を支える車の両輪のように,ともに必要な移植方法として発展していくと考えられる」と将来を展望した。
 胆道外科については川原田嘉文氏(三重大)は,良性疾患としての胆石症に関して,'60年代の胆嚢摘出,総胆管切開,T-tubeドレナージ,'70年代のEST(内視鏡乳頭括約筋切開術),PTCSL(経皮経肝胆道鏡下切石術),'80年代のEHL(電気水圧砕石術),ESWL(体外衝撃波胆石破砕療法),'90年代のEPBD(内視鏡的乳頭バルーン拡張術),腹腔鏡下胆嚢摘出術などをあげた。また悪性疾患については,'70年代におけるPTCD(経皮経肝道ドレナージ)の普及や画像診断の進歩により,それまでは切除不能だった症例に対しても切除例が増加。特に肝門部胆管癌に対する術式は,肝切除,血管合併切除,肝膵同時切除,肝十二指腸間膜切除などをあげ,「しかし,いまだに満足できる治療成績は得られず,また胆嚢癌も同様に拡大切除が行なわれているが,予後はきわめて不良で,胆嚢癌のss癌こそ今後拡大手術による予後改善が期待される」と述べた。

膵臓外科と心臓外科の進歩と展望

 1980年に作成された「膵癌取扱い規約」はすでにその改訂第4版が1993年に出され,さらに現在改訂中であるが,松野正紀氏(東北大)は,「膵癌の進行度を評価し,治療に生かそうという動きから,Stage分類の確立にいたるのがこの期間である」と指摘。この間の成果として,手術直接成績の向上,リンパ節郭清,血管合併切除,幽門輪温存手術などによって遠隔成績が向上したことなどをあげた。急性膵炎については,画像診断,特にダイナミックCTの導入によって膵壊死の範囲と炎症の拡がりが正確に把握できるようになって試験開腹がなくなったこと,感染壊死組織を除去する“膵壊死部摘除術”による死亡率の減少をあげた。慢性膵炎については臓器温存の立場から工夫された十二指腸温存膵頭切除術や膵管空腸側々吻合術を紹介し,今後の展望として,(1)早期診断,(2)拡大リンパ節郭清と臓器温存の調和,(3)遺伝子治療〔膵癌〕,(1)発症早期の輸液療法の確立,(2)重症化機構の遮断,(3)新しい手術術式の工夫〔急性膵炎〕,(1)手術適応(代償期),(2)膵温存術式の工夫,(3)膵性糖尿病管理の確立〔慢性膵炎〕を指摘した。
 一方,松田暉氏(阪大)は,「心臓外科は,優れた中空糸型膜肺の開発や装置の小型化によって安全性が,また心筋保護法の進歩によって手術成績が向上した」と前置きして,1968年に初めて臨床成功したCABG(coronary artery bypass grafting:冠動脈バイパス術)に言及し,「CABGの導入によって心臓外科は新たな展開を見せ,その後静脈グラフトから動脈グラフトの導入を経て,欧米では心臓外科を支える土台となった」と述べた。また,バイパスのグラフト材料として当初汎用されていたSVG(大伏在静脈グラフト)に比して多くの点で優れているLITA(左内胸動脈グラフト)を指摘し,「第2,第3の動脈グラフトの出現」として,GEA(胃大網動脈),IEA(下腹壁動脈),RA(radial artery:橈骨動脈)などをあげた。さらに低侵襲手術としてMIDCAB(minimally invasive direct coronary artery bypass)やoff-pumpCABG,on-pumpCABGについても触れ,21世紀への展望として,(1)早期・遠隔成績の一層の向上,(2)低侵襲手術(入院期間短縮,コスト軽減),(3)臓器保存,心臓移植,組織移植,(4)組織工学,遺伝子治療,(5)分子生物学の成果の応用などをあげた。