医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


緑内障診療に必要な知識を詰め込んだ1冊

緑内障の治療戦略 谷原秀信 著

《書 評》木下 茂(京府医大教授・眼科学)

臨床の場で困ったときの1冊

 緑内障の実地臨床に役立ちそうな新しい本が出版された。本の名前は『緑内障の治療戦略』で,執筆者は京都大学眼科の谷原信秀先生とその2人の弟子である。京大の眼科は,永田誠先生や本田孔士教授を筆頭とした緑内障専門家を多数輩出しており,日本の緑内障治療の発展に大いに貢献してきたグループである。その中でも谷原先生は,永田誠先生から京大眼科の緑内障グループの伝統を受け継いだ,しかも新しい見方や考え方をする新進気鋭のスマートな若き指導者である。忙しい時間をさいてこの本を完成したと聞いていたが,内容は簡潔でわかりやすく,しかも記述的ではないので大変に読みやすい。谷原先生の緑内障に対するコンセプトが明確に示されており,おもしろいように著者の想いが読者の心に伝わってくる。臨床の場で困ったときには,ひもといてみようと思う名著である。

緑内障の知識をクリアカットに整理

 この本の内容は4章に分かれている。第1章の「総論」では,眼圧と緑内障についての概略が書かれている。第2章の「薬物治療戦略」では,現在市販されている薬剤を簡潔に解説し,薬剤の選択方法についても明確に答えている。第3章の「レーザー治療戦略」では,レーザーによる緑内障治療のポイントをこれまた明確に記載している。第4章の「手術治療戦略」では,代表的な緑内障手術の手術選択の考え方が明瞭に示されている。言い換えれば,いずれの章でも緑内障の基礎知識と臨床経験が要領よく糸を織りなしながら,しかもクリアカットに整理され,谷原先生の好きなパターン化が施されている。ワンポイントアドバイスが随所に盛り込まれているのが嬉しい。
 この本は,あたかも受験参考書のような感覚で触れられる本であり,読むのに時間がかからない。要するに,知識が非常によく整理されていて,無駄な知識がカットされているためである。必要にして十分な緑内障の知識が135頁にコンパクトに積み込まれていると思ってもらえればよい。最近,多くの眼科関係の本が出版されているが,この本は緑内障の診断や治療に関する一押しのものと思われる。若い先生には,特にお勧めできるものである。
B5・頁152 定価(本体7,500円+税) 医学書院


臨場感あふれる消化器外科手術のテキスト

イラストレイテッド外科手術 膜の解剖からみた手術のポイント 第2版
牧野尚彦,篠原尚 著

《書 評》谷川允彦(阪医大教授・一般・消化器外科学)

 かねてから交流を戴いている篠原尚先生から光栄にも書評の依頼を戴いたので,ここに謹んで感想を述べさせていただく。

外科医として知っておくべき局所解剖を明確に提示

 独特の明快な手術図版で外科医として知っておきたい局所解剖を明確に示してくれたことが初版の大好評の一大理由であった。4年を経過してここにいくつかの新しい図版と2術式の解説が追加されて,より洗練された形の新版を眼にすることができるようになった。
 網嚢に始まる膜の解剖や各術式の詳細が気配りのきいた解説で読者には大変わかりやすく構成されている。臨場感あふれる術野をどうしてこんなにきれいに描けるのだろうと感心するばかりだが,これは術操作の部分ばかりでなく全体を意識して学んできた証でもある。
 本文中のコーヒーブレークとして,「マーフィーの法則」と題した小文はすべての外科医への警鐘と感じる。自らの麻酔での失敗例も含めて「間違える可能性のあることは,必ず誰か間違える」ことを述べている。臨床のいろいろの実体験を大切に積み上げてきて,こうした素晴らしい形に著した著者の心に触れる思いがして,きれいな図版と同じくらいに感動させられる。

若手医師の貴重な羅針盤

 一見華々しい手術操作の1つひとつが基本に則ったものでなくてはならず,ポイントとコツはすべての術者に共通し,また不注意からの失敗も誰にでも起こる。全400頁弱のほとんどを埋め尽くす美しく明快な図は消化器手術の基本をきわめて具体的かつ広い範囲にわたって視覚を通して示してくれている。今,いろいろな術式に挑戦を開始している若い先生方には他に類のない貴重な羅針盤となることは疑いないが,われわれの年代にも基本の大切さを突きつけてくるような迫力が感じられる。
 篠原先生は難関の文部省学術振興会からの助成を得て,平成9年4月より米国MD アンダーソン癌センターで研究中だが,この平成10年春の米国癌学会では早くもYoung Investigator Awardを得ての発表と,癌研究面でもその能力を遺憾なく発揮している。一芸に秀でるものは他の面でもという典型である。手術療法だけでは対処しきれない癌のすさまじい進展は時に多くの外科医に挫折感を抱かせるが,著者も例外ではなく,本文中コーヒーブレイク「Therapy X」では外科治療を助ける未来の癌治療Xの登場のことを記している。現在最先端の癌研究所で格闘している研究にこれまでの外科臨床の経験がどう生かされるか,その成果を期待したい。
 一部消化器外科入門といった意味あいも持つ本手術書は,その性格上,術式の紹介や方法に制限があったであろうことが推察される。加えて,外科術式も研究内容ほどの早さではないものの少しずつ改良変化が加えられてきている。胃癌における左胃大網動脈根部郭清,14vリンパ節郭清,最近頻繁に使用される器械吻合,結腸癌における血行遮断先行操作(いわゆるno touch isolation technique)などはそれぞれの該当する章で検討してよい項目と思われる。将来,臨床に復帰した篠原先生の手によるこれらについての明快な図版が登場することを期待している。
A4・頁388 定価(本体8,000円+税) 医学書院


正確な内視鏡治療のためのバイブル

内視鏡下治療手技の実際 N. Soehendra,他 著/北島政樹 監訳

《書 評》比企能樹(北里大教授・外科学/東病院長)

 内視鏡下手術の世界でのSoehendra,Binmoeller,Seifertというトップの内視鏡外科医たちが,そしてドイツ外科学会の巨匠Schreiberの統率の下に,その豊かな経験から書き上げた本書が,日本においてこのたび出版されたことは,誠にご同慶の至りである。
 特に,日頃から内視鏡下治療を積極的に推進され,本邦のこの部門での牽引車である慶應義塾大外科北島政樹教授と,そのご一門が翻訳に携わられたということは,この本の内容に一層重みを増し,さらに説得力を増したことは間違いない。

無駄を省いたイラストで手技を解説

 まず本を開くと,次々に要所を正確に捉えたきれいなイラストに目を奪われる。あらゆる無駄を省いた画が表す種々の手技は,未だに内視鏡下手術を見たことのない人でさえ,その手技の想像がつくほどに鮮明で,丁寧なものである。何事も一見するに如かずであるように,この本を開くすべての人が納得するような素晴らしいイラストであると思った。
 そもそも内視鏡が発明されて以来,長くその役割は診断のためであったが,その後内視鏡を使っての治療ということが始められた。消化器疾患に対しては,当初止血を目的として行なわれたが,現在では内視鏡治療は多岐にわたり,その技術の発展は止まるところを知らない。すなわち,消化管内の出血治療をはじめ,腫瘍を除去すること,あるいは腹腔鏡による胆道結石の砕石術等々,一昔前には考えられなかったような手技が発明され,実際に応用されているのである。

正確さを持ったリアリティの表現

 この本は,それらの技法を,各々の項目ごとに,概論,適応,必要事項,器具,手技,合併症という順序で,実に要領よく解説されており,その上に鮮やかに描かれたイラストにより,その説明がますますわかりやすくなっている。ドイツ人らしい正確さをもったリアリティの表現が特徴的な著書である。
 したがって,これから内視鏡を始めようとしている人たちにとってはもとより,既に内視鏡下手術を行なっている人々にとっても,この本を常に卓上におき,何度も頁を繰ることによって,より正確な治療を行なうためのバイブルになるのではないかと確信する。
A4・頁228 定価(本体28,000円+税) MEDSi


卒後初期研修で修得すべき技能を解説

レジデント臨床基本技能 イラストレイテッド 小泉俊三 編集

《書 評》青木 誠(国立病院東京医療センター総合診療科)

臨床医にとって大切なもの

 本書は,天理よろづ相談所病院総合診療病棟で,長らく研修医指導を担当されていた小泉俊三佐賀医科大学教授によって編集された,“卒後初期研修で習得すべき技能”をイラストつきで解説した本である。検査や処置の手技の解説に先立ってCPR,基本的診察法もイラストつきで解説されているが,ここに述べられている事柄をマスターして初期研修を終了する研修医が何人いるであろうか。難しい専門的テクニックの習得に走り,ともすれば基本を軽視しがちな研修医に対し,臨床医にとって大切なものは何であるかという編者の問いかけとなっている。
 検査や処置の手技については,Grade A-Cの3段階に分けられているが,Gradc Aの項目は研修が始まった翌日からでも必要な手技であり,その手際の良し悪しは患者さんに加え他職種スタッフからの厳しい評価対象となるものばかりである。そのような経験を自分自身,未だ忘れていない5-10年先輩の医師が,自身で撮影したデジタルカメラやポラロイド写真をもとに作図したイラストとともに,手技について手ほどき(hands-on teaching)している。手技のポイント,適応と禁忌に続いて,準備すべき器材や薬品が単にリストアップしてあるだけでなく,マークシート式のチェックリストとして呈示され,そのままコピーすれば実際に使用できるような構成になっていること(足りない器材や薬品を取りに戻り,患者さんに無用な不安感を与えたり,あせりから手技に失敗することも実際少なくない),合併症の解説に続いて何かトラブルが発生した際にとるべき処置までが具体的に述べられていることなど,do no harmの原則を遵守したきわめて臨場感あふれる解説書となっている。
 項目数が少ないという意見があるかもしれない。しかし,これは本棚においておく本ではなく,研修中にベッドサイドで使う本であるという編者の言葉と,本の最初に載せられている記入式の自己評価表がその答えになると思う。

研修医の指導にも役立つ

 初期研修必須化も時間の問題となっているようであるが,研修期間中にどのような技能が,どのような必要度で求められ,誰が,どのように指導し,どの程度経験したらよいのか,またその評価法などに悩んでいる指導医の先生方も少なくないと思われる。研修医の身近にあって指導にあたった豊富な経験を生かし,行動科学的視点から編集されている本書は,これから研修を始める若い医師だけでなく,研修指導医にとっても必読の書と考える。
B5・頁180 定価(本体4,500円+税) 医学書院


予防医学に必要な視点を提示

予防医学のストラテジー 生活習慣病対策と健康増進
G. Rose 著/曽田研二,田中平三 監訳

《書 評》上島弘嗣(滋賀医大教授・福祉保健医学)

 本書の著者であるローズ教授は,循環器疾患の疫学者,予防医学者として世界の多くの人々に多大な影響を与えた。ローズ教授の退官記念シンポジウムには,ヨーロッパはもちろん,アメリカ,アジアその他の国々から多くの親交のあった人々が参加し,その退官を祝った。ローズ教授は,退官後すぐさままったく違った第2の人生を歩まれた。それは,牧師であった。一切の医学研究と教育活動から身を引いてのことであったので,私は大変に驚かされた。
 退官記念の日に,ロンドン郊外の林の中をローズ教授と語らいながら散歩した。Intersalt研究では大変お世話になり,交流を深めていたので,ローズ教授と散策できることは,筆者にとって大変幸せなことであった。私はその時,日本で開催予定の循環器予防セミナーの特別講師にきてほしいと頼んだが,「新しい研究はもうできないので」という理由で固辞された。その時は,牧師になって活動されることになるとは想像だにできなかった。不幸なことに,退官後1年ほどで,志半ばにして本書の原書である“The Strategy of Preventive Medicine"を残して亡くなられた。ローズ教授が最後に残されたメッセージが本書の中に生きている。ここには,次世代の人々に託す熱き思いが盛られている。

「Population Strategy」

 本書には,ローズ教授の予防医学哲学ともいえる,「High risk strategy」と対比する形での「Population strategy」の神髄がやさしく誰にも理解できるように述べられている。「集団への対策なくしては,予防医学的な対策は完結しない」「リスクの低い人からの疾病の発症数は,リスクの高い人からの発症数よりも多い」「英国の例では,国民の4%のコレステロールの低下が心筋梗塞の死亡を1/4に減らし,また,国民のコレステロール値の低いほうへのわずかな移行が,高コレステロール血症者を減らすことにもなる」。これは,広く環境汚染問題にまで及ぶ概念であり,環境問題では,低濃度曝露の危険性の考察から総量規制の重要性が述べられている。
 そして最後に,「健康を障害する要因は結局は政治的,経済的,社会的なものであり,根本的な解決は経済的,社会的な接近なくしてはあり得ない」と明言している。「それだからこそ,医学と政治は分けることができないのだ」と。
 ローズ教授の哲学に共感した若き予防医学徒の共感が,この翻訳書を通じて伝わってくる。
A5・頁170 定価(本体2,900円+税) 医学書院