医学界新聞

生命の糸を紡ぐ遺伝子「klotho
(「第62回日本循環器学会」シンポジウムから)


 「老化」は,脳と並んで現代の医学では未解明の部分が多い分野である。大別すると(1)加齢に伴うさまざまな指標の変化,(2)細胞の有限分裂能,(3)遺伝的に早期老化を示す症候群の原因遺伝子,という3方向の研究が進められているが,国立精神・神経センターらのグループが昨秋のnatureに,「単一遺伝子変異によって起こるヒトの老化に類似した複合表現型を示す最初の実験動物モデル」として,「新しい老化モデルマウス(klotho)」を発表して注目を浴びた(6, November, No. 6655)。
 先ごろ開かれた第62回日本循環器学会(第2286号既報)のシンポジウム「発生工学を用いた循環器疾患へのアプローチ」で,そのグループの1人である黒尾誠氏(同センター)が「新しい老化モデルマウスklothoの確立とその原因遺伝子の同定」と題してその概要を報告した。ちなみに“klotho”とは,ギリシャ神話に登場する運命の3女神の1人で,「人間の生命の糸を紡ぐ女神」である。

多彩な老化現象を示す

 黒尾氏によれば,この新しい老化モデルマウスはトランスジェニックマウスを作成する過程において用いられた,導入遺伝子の挿入突然変異によって偶然得られた系統で,klotho遺伝子の欠損の結果,次のような多彩な老化現象を示す。
 (1)成長障害(生後3週間以降の成長の停止),(2)寿命の短縮(平均寿命は60.7日), (3)動脈硬化(大動脈から中小血管にいたるまで中膜石灰化・内膜肥厚,血管内皮細胞におけるNO産生障害),(4)性腺の萎縮(精子,卵胞の成熟障害があり,雄雌ともに不妊),(5)胸腺の萎縮,(6)骨粗鬆症(大腿骨,脛骨などで骨塩密度が有意に低下。骨芽細胞,砂骨細胞の数が減少し,low turnoverの老人性骨粗鬆症に類似の病像を示す),(7)軟部組織・軟骨の石灰化(胃,気管粘膜,肺胞壁,脈絡叢,僧帽弁輪,関節軟骨,気管軟骨などに異所性石灰化),(8)肺気腫(肺胞腔の拡大と動肺コンプライアンスの昂進,呼気の延長),(9)中枢神経症状(活動性の低下,小股歩行,小脳プルキンエ細胞の脱落),(10)下垂体成長ホルモン産生細胞,性腺刺激ホルモン産生細胞の萎縮),(11)皮膚の萎縮,毛包の数の減少。
 これらの症状はヒトの老化症状にきわめて類似しており,ヒト早老症の指標に合致する。klotho遺伝子の変異によって多彩な老化症状が生ずることから,遺伝的な現象からみれば,老化抑制遺伝子として捉えることができる。黒尾氏は,「klothoマウスの病態およびklotho遺伝子の機能を解析することで,老化の分子機構を解明する手掛かりが得られるとともに,老化に伴うさまざまな病態の診断や治療に役立つ新しい知見が得られるものと期待される」と今後の研究の可能性を示唆した。