医学界新聞

 連載
 ものの見方・考え方と看護実践(3)

 看護理論と東洋思想

 手島 恵 ミネソタ大学大学院博士課程


新しい世界観と看護理論

 世界観の変遷は看護理論に明らかな影響を及ぼしている。今回は,いわゆる新しい世界観と看護理論のかかわりについて考えてみたい。
 1988年にサーターは,ロジャーズ,ニューマン,パースィー,ワトソンの看護理論が,直接,間接的に東洋思想の影響を受けていると述べている。その後も,ロジャーズの理論とチベット仏教の関係についての考察やヒンズー教,中国哲学や漢方との関連について述べた文献が見られる。
 看護理論の基礎的な授業の討議の中で新しい世界観を東洋的なものの見方だという学生がいて,地理的に「東の国」に生まれ育った私が自分の国の文化や伝統的哲学について知らないということにアメリカで気づいたのはとても衝撃的なことだった。そこで,どうしてこれらの理論が東洋思想の影響を受けているといわれるのか,それは具体的にどういうことなのか私の推察を加えたを説明しながら述べてみたい。

看護理論に影響を及ぼした思想

 マーサ・ロジャーズは,自分が開発したのは理論ではなく,理論を生み出す抽象的概念体系で,それは空無から生み出されたものでも特定の理論から導き出されたものでもないと述べている。ティヤール・ド・シャルダンの宇宙の全体性の中で人間をとらえること,意識とエネルギーの概念は,ロジャーズの早期の理論構築の枠組みに影響を与えたのではないかと推察されている。この理論構築の過程でヘーゲルの弁証合一法が用いられている。生前最後のインタビューでロジャーズは,「ボームについてもっと読まなければ」と話している。また,彼女は高校時代に東洋哲学の読書に夢中になったといわれる。
 ロジャーズのこの抽象的概念体系は,ニューマンの意識の拡張の理論,パースィーの人間生成理論,バレットのパワー理論,フィッツパトリックの人生展望モデル,リードの自己超越の中間理論などに大きな影響を及ぼしている。マーガレット・ニューマンは,彼女の理論がロジャーズの影響を受けたことを明らかにし,加えてヤングの人間進化の理論を引用,パターン認識における時間と空間を超えた絶対的意識への拡張を「悟り」としている。ローズマリー・パースィーの理論の前提は,実存的現象学とロジャーズの理論における原理ならびに概念から導かれている。
 ジーン・ワトソンの理論にはヘーゲル,ユング,ティヤール・ド・シャルダンの影響があげられる。看護理論の中で魂とスピリチュアリティについて初めて述べたのがワトソンであり,彼女の理論の永久的な魂の見方はヒンズー教の思想と一致する。

看護理論の中にみられる東洋思想

 をみてみると,看護理論家たちが直接影響を受けた理論や著作が東洋思想と通底していることがわかる。例えばティヤール・ド・シャルダンはフランス生まれのカソリック司祭,地質学者・古生物学者で,東部アジアの人類史を研究しヒンズー教の影響を強く受けた進化と宇宙生成に関する著作を残している。心理学者ユング,量子理論に影響を及ぼした物理哲学者ボーム,物理学者プリゴジンはヒンズー教ならびに道教的なものの見方の影響を受けているとされる。
 インドで始まった仏教は,中国を経由して日本に入り,中国からの儒教,道教思想の影響を受けて日本独特の禅思想を発展させた。禅思想家の鈴木大拙の著作や個人的なかかわりはカプラ,ウィルバー,フロムに影響を及ぼしている。鈴木の思想は,高等中学校で同級生だった哲学者西田幾太郎の影響を受けた。
 これら看護理論家たちの著作に共通してみられる東洋思想との関連概念をまとめてと,エネルギーの場としての人間,自己と環境という二元論を超えた関係性ならびに全体性,時間と空間を超えた共時性,意識の進化としての自己超越があげられる。

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