医学界新聞

 シドニー発 最新看護便
 オーストラリアでの高齢者対策[第5回]

 活躍する看護婦たち

 瀬間あずさ(Nichigo Health Resources)


最も信頼できる職業は看護婦

 オーストラリア政府が施設ケアから在宅ケアにシフト転換したのは,日本よりも5年早い1985年だった。「高齢者ケア改革推進事業10か年計画」を発表,積極的に高齢者ケア制度の改革に乗り出し,ハックという「在宅地域ケアサービス」プログラムが導入され,在宅ケアの充実を図った。同時に,全国に約127の高齢者ケアアセスメントチーム(通称エイキャット)を設置し,高齢者の評価,助言,援助を行なった。またエイキャットは高齢者ケア施設に入所する際の入所判定も行なっているので,不必要な入所を防ぐゲイトキーパー的な働きもしている。エイキャットのメンバーには,医師,正看護婦,ソーシャルワーカーの他に,理学療法士,作業療法士も含まれ,チームでその機能を果たしている。
 正看護婦はこの他に,高齢者ケア施設の管理を任されていることが多く,看護婦たちの活躍抜きでは高齢者ケアは語れない。また,最近の国民への意識調査によれば,医師,弁護士を抜き,最も信頼できる職業のトップに看護婦があげられることからも,看護婦によせる思いは高いと言ってよいだろう(政治家がリストに上らないのはどこの国でも同じ)。

オーストラリアの看護婦養成

 オーストラリアの看護は,ここ15年くらいで大幅に変貌をとげた。その特筆すべきものとして,看護婦の養成がこれまでの病院から大学制度へと移行したこと,看護婦としてのキャリアパスの確立などがあげられる。
 以前は,看護婦の養成は公立病院や大きな民間病院で行なわれていた。それが,1980年代の前半に看護婦教育についての調査がなされ,教育レベルが各施設によって差があり,病院での看護婦養成は望ましくないとの見解が出された。このリポートにより看護教育の変革が始まり,1988年には最初の学校で養成された看護婦が誕生した。ただ,病院での看護婦養成からすぐに大学制度に移行したわけではなく,当初は看護専門学校レベルだったため準学士の資格しか取れなかった。
 その後,看護専門学校は大学に吸収される形になり,1990年代中頃に大学での3年課程が確立,終了後には学士が修得できるようになった。また,大学を卒業すれば国家試験はなく,各州の看護婦登録所に登録し正看護婦として働くことができる。この大学制度に移行する過程において,病院で養成された正看護婦たちも学士号を取れるように,どこの大学でも移行プログラムを提供したため,特別の入学試験もなく正看護婦であればそのコースに参加できた。結果として,病院で養成された多くの正看護婦たちは競って学士をとったのである。

キャリアに応じた給与体系

 2つ目のポイントとして,オーストラリアでは看護婦のキャリアパスが確立されており,それに準じた給料体系が明確にされていることがあげられる。正看護婦は(1)管理,(2)臨床,(3)臨床教育,(4)大学教育の4つのキャリアを選ぶことができるのだ。
 管理の最初の段階が婦長業務で,婦長はレベル1からレベル3まである。病棟の財政管理を任されない婦長がレベル1で,レベル3は財政管理,またICUなどの特別な知識を要求される病棟で勤務する婦長を指す。婦長の次のレベルとして,看護マネジャーがある。夜間婦長や看護部に属する人たちもこの中に含まれ,看護マネジャーの最高峰が看護部長となる。
 臨床と管理がはっきり分かれているために,看護学士修得後,管理に進みたい人は病院管理コースに通い,そこで徹底的に管理について勉強する。管理であるため,マネジャーらはあまり細かなベッドサイドの看護知識は要求されない。管理に向いていない人で臨床を続けていきたいと思う人は,臨床看護スペシャリスト,臨床看護コンサルタントをめざす。臨床看護コンサルタントとは,日本で言えば専門看護婦に当たるが,日本のように明確な検定制度は確立されていない。また,教育に進みたい人は臨床教育と大学教育という2つの選択肢がある。
 筆者が勤務する300床ほどの公立病院であるホーンズビークーリンガイ病院には,7人の臨床看護コンサルタント(CNC)が活躍している。その1人,キャサリンは高齢者ケアのCNCで,病院が運営している痴呆性高齢者のためのデイケアセンターの責任者でもある。
 オーストラリアの病院は,70%が公立病院で,入院患者と地域住民の健康の両方を受け持つため,キャサリンは地域の高齢者のニードも把握し,それに見合ったプログラムを立案,実施するなど,彼女の役割はとても広い。
 このように自分の興味ある分野で伸びたいと思う看護婦には,伸びていける環境があることがオーストラリアの看護の強みであるように思える。終身雇用制のない社会で,自分の専門を追求するために勤務先を変え,経験を積み,卒後教育を通して,たえず学んでいく。そして,それに見合った給料が保証されるという,専門看護婦が育ちやすい土壌があるといえる。反面,肩書抜きの正看護婦として勤務していく場合,8年目まで給料は上昇するが,それ以後は変わらないという現実がある。キャリアを伸ばしていくか,看護婦の仕事以外に生き甲斐を見出していくかは,すべてIt's up to you-あなた次第というわけだ。