医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


日常診療に役立つ整形外科の患者マネジメント

整形外科 術前・術後のマネジメント 松井宣夫,他 編集

《書 評》鳥巣岳彦(大分医大教授・整形外科学)

 この本には,整形外科領域の手術を行なうに当たっての,術前・術後の患者管理のあり方が記載されている。われわれの病院でもいくつかの疾患で術前処置や後療法マニュアルを作ってはいるが,これだけ多くの疾患の後療法を網羅した本は貴重である。しかも項目によっては,骨や筋腱の治癒過程に合わせて,週単位で運動負荷をこまやかに増加させる訓練法の記載もあり,日常診療ですぐに役立つ,待望久しい本といえる。
 後療法といえば25年前の経験を思い出す。87歳の院長夫人が廊下で転倒して大腿骨頸部骨折を生じた。ほとんどが内科系の20人近い医師が親族会議を開き,「高血圧の治療中でもあり,安らかに天寿を全うさせよう」との意見でまとまりかけた。その中に1人だけいた整形外科医が私の所に相談に見えて,「結果に対してはすべて責任を持ちます。ぜひ手術をしてほしい」と依頼された。
 手術は成功したが1週間経っても患者さんは病院食をまったく受け付けず衰弱していった。術後経過を説明している私に,見舞いに来た娘さんがふとこう呟いた。「もともとお母さんはお米を食べません。夕食はビールとお刺身だから」その日より婦長と相談してビールと刺身を与えた。美味しそうに食べ,にこっとした時の笑顔が忘れられない。めきめき元気になって退院された。貴重な全身管理の経験である。

術前・術後の患者管理のあり方

 この本の総論はインフォームドコンセントの歴史的背景や基本理念より始まっている。患者さんが期待している結果と提供できる医療の限界とが必ずしも一致しないことも知っておかねばならない。悪性腫瘍患者へのインフォームドコンセントは,項を変えて記載してあるが,若い患者さんの場合,一方的な情報と告知だけでは十分ではなく,複雑で双方にとって悩みは深刻である。疼痛対策のポイントには「術後の痛みは当然予測できるはずであるから,出現する前に対応するのがよい」とあり,納得がいく。
 各論では各疾患ごとに,リハビリテーションのポイントや医師以外のスタッフへの指示などが要領よくまとめられている。図解があればもっと理解しやすかったのではないだろうか。例えば,同じACL損傷であっても半月損傷を切除した場合と縫合した場合では後療法が異なるが,目標とするゴールや患者管理のあり方は基本的には同じである。本書でぜひ基本を学んでほしい。先輩や患者さんに教えられたことを書き加えていくと,次に同じような患者さんを受け持った場合に役に立つ。現在の医療の場は,病院や診療所から,老人保健施設や在宅医療へと拡がりを見せている。退院後の注意事項についての説明も必要である。
 この本は,整形外科の研修医や看護婦,理学療法士の方々のみならず,リハビリテーション専門医にも座右の書として購入していただき,繙いてほしい本である。
B5・頁296 定価(本体6,000円+税) 医学書院


臨床と直結した初学者のための解剖学テキスト

ムーア臨床解剖学 坂井建雄 訳

《書 評》堀口正治(岩手医大教授・解剖学)

学生が興味を持って読める教科書

 わが国の解剖学の教育では,講義は系統解剖学的に行なわれ,教科書の多くは系統解剖学的に述べられ,実習は局所解剖学的に行なわれ,実習書は局所解剖学的に記述されてきた。近年の医学の進歩は著しく,6年間で学ぶべきことが飛躍的に増大し,解剖学の時間数は大きく削減されてきた。実習時間の削減は技術的に難しく,勢い講義時間の削減が大きくなり,解剖学の教育は,系統解剖学的な講義を必要最小限とし,実習を中心として局所解剖学的に行なわざるを得ない状況である。初めて解剖学を学ぶ学生が興味を持って読める局所解剖学の教科書が強く求められている。
 欧米,特に米国には以前から優れた局所解剖学の教科書が多く存在し,比較的最近になってこの伝統を踏まえ,臨床医学との関連を強く意識した局所解剖学の教科書が生まれた。その双壁がSnell著の“Clinical Anatomy for Medical Students”とMoore著の“Clinically Oriented Anatomy(COA)”である。これらは解剖学を初めて学ぶ医学生を対象として書かれているが,臨床に進んだ際,あるいは卒業後に折に触れて必要になる解剖学的知識をもう1度学び整理する際にも適した教科書である。特にCOAは,著者のMooreが著名な発生学者で,彼ならではの発生学的記述も随所に配置し,優れた解剖学図譜の1つであるGrant's Atlas of Anatomyの図を使用して大変魅力的な書となっている。

解剖学の基礎と 臨床における意義を明快に与える

 ここで紹介する『ムーア臨床解剖学』は,MooreとAgurの共著である“Essential Clinical Anatomy”の邦語訳である。原書はCOAを母体として初学者を対象に簡略に書かれた書であるが,簡略版にありがちな無味乾燥感はなく,COAの魅力を失っていない。この書の特徴は,訳者の坂井先生が述べているように,要点を強調したわかりやすい図と表,そして臨床との関連を記した随所のコラム記事が,初めて解剖学を学ぶ人たちに解剖学の基本的な知識とその臨床における意義を明快に与えてくれる点である。書の構成はオーソドックスで,最初に人体解剖学を学ぶ上で必要最小限の系統解剖学的知識を整理し,体幹の基本的形態を示す胴(胸と腹)を説明し,次いでやや特徴的な骨盤部と背部を扱った後に下肢と上肢を述べ,最後に体幹の特殊化した場所で理解困難な頸と頭を扱っている。この書は解剖学を初めて学ぶ医学生を主な対象とするが,臨床に進んだ際に1度学んだ解剖学の知識を整理する際にも役立つであろう。
 また,訳者が医学生のみならず他の医学関係者,あるいは一般人を対象とする多くの著書を訳した坂井先生であることも心強い。単なる訳ではなく,坂井先生の頭の中で練られた表現となっていて理解しやすい。さらに,グラント図譜から採った多くのカラー図を載せているにもかかわらず手頃な値段であることもこの書の優れた点である。コメディカルの学生やさまざまな分野の医学関係者にもお薦めしたい。
B5・504頁 定価(本体10,000円+税) 医学書院MYW


MRI撮像と読影に必要な基礎的知識を1冊に

図解 原理からわかるMRI M. NessAiver 著/押尾晃一,百島祐貴 訳

《書 評》大友 邦(東大助教授・放射線科学)

MRI物理学はおもしろい!

 著者は大学院生のときに出会った1枚の脳の正中矢状断像の素晴らしさに感動しMRIを職業にしようと決心,企業で体動補正や心臓用のパルス系列の開発に携わった経歴を持つ。本書は,物理学はおもしろい!あるいはおもしろくできるという信念を持つ著者が,まだまだ未知の領域を有するMRI物理学を1人でも多くの人に理解してもらおうと企画したものである。Maryland大学でMR入門講座の一環として企画された12時限のMRI物理学のコースの資料を自習形式のテキストにまとめている。翻訳に携わった押尾晃一氏と百島祐貴氏は,ともに慶應義塾大学医学部放射線診断部出身で,MRI物理学に造詣の深い放射線診断医として知られている。
 本書は予備知識,NMRの基礎,MRIのハードウェア,空間位置情報,パルス系列その1,k空間入門,より高度な概念(エコーについての詳細),パルス系列その2,流れ/アンジオグラフィー/心臓イメージング,画質,アーチファクトの11章からなる。各章では見開き頁に左右2つずつ計4つのテーマが配置され,各々のテーマがさらに左側の図表と右側の簡潔な文章で解説される形式がとられている。解説文の下には各自が書き込みをするための余白がある。また各章の最初にはこれから解説される事項の難易度や読者のレベルに応じた読み方が述べられている。
 本書で解説されているテーマの一部を紹介する(以下カッコ内は章-単元)。
・電磁波とは(1-8)
・RF波はX線の1兆分の1のエネルギーしかもたないのに,なぜCT像を凌駕するようなMR像を得ることができるのか?(2-3)
・渦電流発生のメカニズムと対策は?(3-7,8)
・位相エンコード方向に折り返しが生じるメカニズムと対策は?(4-16)
・Gd造影剤はT1,T2ともに短縮させるのに,なぜT1短縮による信号増強がT2短縮による信号減衰より優位となるのか?(5-9)
・k空間の中心部の信号が画像のコントラストを表わし,周辺部の信号が輪郭を表わすのはなぜか?(6-4,6)
・狭い間隔でRFパルスを印加すると出現する定常状態とは?(7-5)
・1.5Tと比較して0.5Tでは飽和パルスによる脂肪抑制が困難なのは?(8-7)
・位相エンコードグループ法(k空間分割)とは?(9-14)
・3D撮像で高いSN比のthin slice画像が得られるわけは?(10-4)
・長方形FOVを使用する場合と位相エンコード方向のマトリックスを減らす場合にそれぞれ空間分解能とS/N比はどう変化するのか?(11-8)

MRI診断にかかわるすべての方に

 MRI診断の教科書は,原理の部分をスキップしたものが主流を占めている。しかし,画像診断に携わる方にとって至適なパルス系列の設定や画像の解釈に直結するMRI物理学をいつまでも避けていることはできない。本書を片手に,複雑で勉強するには時間がかかると著者も認めているMRIの旅に出発してみませんか? 最初は部分的にしか理解できなくとも繰り返し読むことにより,その旅を楽しめるときが来ることを信じて。
A4変・頁158 定価(本体4,000円+税) 医学書院


神経心理学を誰にもわかる普通の言葉で解説

神経心理学 臨床的アプローチ 第2版
K. Walsh 著/河内十郎,相馬芳明 監訳

《書 評》岩田 誠(東女医大脳神経センター教授・神経内科学)

著者Kevin Walsh先生のこと

 私が本書の原著者Kevin Walsh先生にお会いしたのは,もうかれこれ10年以上前になる。仙台の小さな集まりでご一緒させていただきお話をうかがった時に,最初はその典型的なオーストラリア英語にいささかまごつき,英語として聞き取れるようになるまでに少し時間がかかった。しかし,ひとたび彼の言葉に慣れてしまうと,その豊富な話題とユーモア溢れる話し振りにすっかり魅了されてしまったことを思い出す。
 そして,会が終わっての仙台から東京までの帰り道,東北新幹線もご一緒させていただいた。Walsh先生は新幹線のpunctualityは驚異だと感心され,オーストラリアの鉄道についてのこんなジョークを教えてくれた。
 僕の国では,時刻表通りに列車が発車するなんてことは絶対にありえない。必ず出発が遅れるんだよ。だから,時刻表の発車時刻が過ぎてから駅に行ったって,十分に間に合うんだ。だがある時,時刻表の発車時刻より少し前に列車が駅から出て行ってしまったことがあった。それで,いつものようにゆっくりと駅にやって来たお客さんたちは,皆大変びっくりして駅長に強く抗議した。遅れるはずの列車なのに,発車時刻より前に出て行ってしまうとはけしからん。一体これは何のつもりなんだ,と皆カンカンになって怒った。しかし駅長は,すましてこう言ったんだ。「皆さんご安心ください。あの列車は昨日出発予定だった列車です。今日の列車はまだ何時発車できるかわからないほど遅れていますから,どうかご安心ください」

必要な知識をコンパクトに

 さて,そのWalsh先生の教科書“Neuropsychology:A Clinical Approach”の初版は1978年に出版され,1983年にはその日本語訳が出版された。その後,原著のほうは,1987年に第2版,1994年には第3版と改訂を重ねられたが,日本語訳の改訂はなされぬままであった。それが,今回ここに改訂第3版の日本語訳が出されることとなったことは,Walsh先生を識るものの1人として大変喜んでいる。
 なぜならこの書物は,しばしば難解な言葉の洪水となりがちな神経心理学を,誰にでもわかる普通の言葉で解説した入門書だからである。ここでは,単に神経心理学のさまざまな症候群が語られているだけではなく,神経心理学の歴史的背景と神経心理学を理解するために必要な基礎知識,すなわち神経心理学の方法論,簡単な神経解剖学,神経画像検査法,神経生理検査法,神経疾患の臨床を知るために必要な病理学的知識など,さまざまな内容が実にコンパクトにまとめられている。
 そしてそのあとに,前頭葉,側頭葉,頭頂葉,後頭葉の順で,局所損傷による神経心理学的症状が詳しく記載されている。そして,それに引き続いて左右半球の機能側差と,間脳の神経心理学が記載され,その後に神経心理学的評価はいかになされるべきであるかということが,実際の症例を呈示しながら詳しく論じられている。神経心理学の初心者にとっては,この章が最も刺激的であり,興味をそそられるところであろう。そして最後に,著者は神経心理学の未来像についても論じている。どこを読んでも,Walsh先生のあの温厚で人なつこい人柄がにじみ出ている。優れた原著の優れた邦訳が出されたことに敬意を表したい。
B5・頁440 定価(本体10,000円+税) 医学書院


公衆衛生学の最高の教科書

予防医学のストラテジー 生活習慣病対策と健康増進
G. Rose著/曽田研二,田中平三 監訳

《書 評》青山英康(岡山大教授・衛生学)

地域の保健・医療・福祉の連携強化に関わる専門職に

 公衆衛生従事者はもちろん,地域における保健と医療と福祉の連携強化に関心を持ち,関わりを持つ医師や保健婦などすべての保健と医療の各専門職にとって,最も熟読してもらいたい書物を手にしたように思う。その意味で,この書物を見つけ出し,わが国での訳書を刊行しようと努力された訳者の水嶋春朔先生に感謝したいし,彼の試みを支えた共訳者と若手研究者を励まし,監訳をお引き受けになった曽田・田中両教授に敬意を表したい。複数の訳者の共同作業によるものの多くは訳者の能力の差が出て読みづらく,原書を読み直したくなるものだが,本書はまったく読みやすく,確実に邦訳されており,原書の内容の素晴らしさとともに訳書としても素晴らしい書物であり,初版とは信じられない出来栄えである。
 書名の関係で「予防医学」と表現されているが,公衆衛生学の永遠の命題である「個人と集団」,「健康と疾病」,そして「集中と分散」をきわめてわかりやすく解説しており,公衆衛生学(以下,予防医学と同義語として使わせていただく)の教科書として最高級の内容となっている。
 この書物の著者であるGeoffrey Rose教授は公衆衛生学の第一級の研究者であると同時に最高の教育者であることは,この書物を読み通した時に確信が持てる。公衆衛生学の教育と研究一筋に過ごしてきて,定年まで残り少なくなった筆者自身が今日になって得られた結論の1つに,「教育とは学生に疑問を持たせること」というのがある。この著書を読んでいて,決して解答は与えられていない。しかし,読み通していただければ,自然に読者自身が疑問を持ち,そして自らの解答を得ていることに驚かされるであろう。
 「第1章:予防医学の目的」に始まって「第2章:何を予防したらよいのか」の中で,「予防医学の役割は命令することではない」のように公衆衛生学の目的と概念,意義が確実に解説されており,「第3章:曝露リスクとの関係」では疫学の概念と同時に「健康と疾病の連続性」という公衆衛生学の基礎理論を完全に理解させて貰える。「第4章:個人レベルの予防とハイリスク・ストラテジー」では,「相対リスクは研究者のものであって,政策決定者には絶対リスクが決断のために必要」とか,「高いリスクのある個人のみを予防医学の対象とするハイリスク・リトラテジーには限界がある」など,リスク・コントロールを目的とする公衆衛生活動の利点と危険性とを明確にさせてくれる。「第5章:個人と集団」,「第6章:集団が変化する実例」,そして「第7章:予防医学のポピュレーション・ストラテジー」によって,個人と集団へのアプローチの利点と危険性とともに,「集団全体を対象とした予防対策は1人ひとりにはわずかな利益しか与えないが,集団全体には大きな利益をもたらす」ことをも理解させて貰える。そして「第8章:健康を求めて」では「情報がすべて与えられている時のみ消費者に選択がある」というように,公衆衛生学と保健活動の命題に直面させてくれる。

Evidenceに基づく保健活動の実践

 これまでの保健活動が,とかく「よいことだから」という信念だけで,何の疑いも持たずに他に保健活動を強制してきた保健医療従事者にとってはショックではあるかもしれない。しかし,今日,医学・医療の各分野で「Evidence based medicine」の重要性が叫ばれている時,公衆衛生学と保健活動の分野でも,日常業務の中での調査・研究活動を通して得た“Evidence"に基づく保健活動の実践と展開の方策を,この書物はまさに手を取って教えてくれる。
 成人病対策から生活習慣病対策への転換,地域保健法の制定による新しい地域保健活動の展開として「検診至上主義」から「生活指導重点主義」への転換など,「発想の転換」-パラダイムシフトが求められている時,この書物は最高の指針と手引き書になるといえる。
 近来に稀な公衆衛生学の最高の教科書として,幅広く熟読されることを期待し,お薦めしたい。
A5・頁170 定価(本体2,900円+税) 医学書院