医学界新聞

連載 市場原理に揺れるアメリカ医療 最終回

管理医療に対する反攻(4)-金儲け医療への宣戦布告-

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部助教授


ボストン茶会事件

 1773年12月16日夜,サミュエル・アダムズに率いられた150人の「自由の息子たち」は,モーホーク・インディアンに変装し,イギリスからボストン港に着いたばかりの貨物船3艘に乗り込んだ。彼らは船倉を開け,積み荷の茶箱を次々と海中に投じた。同年5月に英国が制定した茶税法に抗議してのことだった。彼らの行動は3時間に及び,海中に投じられた茶箱は342箱を数え,ボストン港は巨大なティーポットと化したのであった。これが世にいうボストン茶会事件であり,この事件をきっかけとして時代は米独立戦争へと動いていく。
 ボストン茶会事件から200年以上たった1997年12月2日,マサチューセッツ州の医師・看護婦たちによりボストン茶会事件が再現された。彼らは茶会事件時の貨物船のレプリカに乗り込み,金袋や営利病院の会計報告書など営利追求医療を象徴する品々を次々と海中に投じた。患者よりも利益を優先する管理医療に対し,宣戦布告を宣言したのである。

医療防衛非常委員会

 この日の行動は,「医療防衛非常委員会」により組織された。同委員会が起草した「利益のためでなく患者のために」と題する行動呼びかけ文が,同日アメリカ医師会誌(JAMA278巻1733頁)に掲載されたことに合わせての示威行動であった。この呼びかけ文には2300人以上の医師・看護婦が共著者として名を連ね,著者リストは4頁半に及んでいる。現在までに,マサチューセッツ州の全医師の10%以上がこの呼びかけ文の主旨に賛同する署名を済ませたといわれている。
 「医療防衛非常委員会」が結成されたのは97年5月のことである。発起人となったのは5人の医師であるが,ハーバード大学医学部準教授デイビッド・ヒンメルシュタイン,ハーバード大学医学部名誉教授バーナード・ロウンの両医師も名を連ねている。ヒンメルシュタイン医師は,USヘルスケア社との口止め条項事件の当事者(連載第4回,2206号),そして,市場原理のもとでは非営利医療組織も営利企業と同じに振る舞わなければ生き残れないという「バンパイア効果」(連載第20回,2268号)の警告者として,本連載で繰り返し紹介してきた。ロウン医師は,医師による反核運動を組織した功績で1985年のノーベル平和賞を受賞した人物である。
 ボストン茶会事件を再現した後,「医療防衛非常委員会」による集会が,ファニュル・ホールで開かれた。集会の司会役を務めたのはヒンメルシュタイン,ロウンの両医師であった(写真)。集会場に使われたファニュル・ホールは,独立戦争当時にも集会場として使われた由緒ある建物で,ジョン・アダムズ(米国第2代大統領,サミュエル・アダムズの従兄弟)が「自由の揺りかご」と呼んだ建物である。独立戦争時の闘士たちが熱弁を振るったこのホールで,医師・看護婦・医学生らが,営利追求医療・管理医療を弾劾する熱弁を振るい,管理医療ゆえに悲惨な転帰を辿った症例が次々と報告された。脊椎損傷の患者に対し緊急手術を許可することを要請した医師に対し,保険会社がネットワーク外の病院での手術を許可せず,結果として手術が遅れ四肢麻痺となった患者の症例報告には,会場から恐怖の悲鳴があがった。

5原則の下に医療者が大同団結

 医療の直接の担い手である医師・看護婦が,「医療は患者のためにある。医療が本来あるべき姿を守るためには,営利追求医療に対する闘いを繰り広げなければならない」と立ち上がったのである。JAMA誌に掲載された「医療防衛非常委員会」による行動呼びかけ文は,管理医療の圧制に対する医療者の独立宣言書であるといえる。この独立宣言書は,以下の5原則について医療者が大同団結することを提唱している。

(1)医療・看護は,苦痛の軽減・疾病の予防および治療・健康の増進という第一義的使命から逸脱してはならない。資財の効率的運用は重要であるが,それを理由に医療の第一義的使命を逸脱することは許されない
(2)医療は,企業利益・個人の蓄財を追求する場ではない
(3)過剰医療あるいは過少医療を奨励する財政的動機づけは,医師ー患者および看護婦ー患者間の紐帯を損なうものであり,これは禁止されねばならない。同様に,企業および雇用主が患者のケアを規制することを可能とする保険契約上の取り決めは禁止されねばならない
(4)患者が主治医を選択する権利が損なわれてはならない
(5)医療にアクセスすることは万人の権利として保証されねばならない

(今回をもって本連載は終わります。長い間ご愛読ありがとうございました)

 本連載は好評につき,単行本化される予定です。また,6月下旬より李啓充氏による番外編「スター選手の死」を短期連載する予定です。ご期待ください。
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 なお,次号より日野原重明氏による短期集中連載「激変するアメリカ医療事情」を掲載いたします。