医学界新聞

アメリカ・日本における学外病院実習

小坂 晃一(東海大学・1998年卒)


学外病院実習を選んだ理由

 大学に入学する以前から,私は海外留学,特にアメリカに対してぼんやりとした憧れを持っていました。しかし,私の英会話力は惨澹たるもので,人前で英語を話すことも,ましてや外国人と向き合って会話をすることなどとてもできなかったのです。そこで,私は大学入学後何とか語学力をつけたいと考え,英語会話研究会(MESS)に入部しました。この研究会の中で,私は多くの熱心な先輩や後輩と知り合い,英会話のみならずさまざまな交流(遊びも含めて)をすることができたのです。
 そしてもう1つ,私にとって留学を決意するきっかけともなったことは,研究会の活動を通して経験した,たくさんの留学生との出会いでした。東海大学では海外のさまざまな大学医学部と交換留学制度を結んでいるため,同世代の海外の医学生たちとMESSの活動を通じて知り合うことができます。その中で,彼らと話すことで英語の重要性を再認識させられたことや,一個人として自立している彼らの姿を目の当たりにし,自分もいつか彼らと同じ医学教育を,特に臨床実習を行なってみようと決意したのです。

アメリカでの臨床実習

 留学のチャンスを得るために,学内の交換留学のための試験と選考会を経て,私はアメリカのノースカロライナ州にあるウエイク・フォレスト大学医学部ボーマングレイ校で,半年間(5年後期)にわたり臨床実習を行なうことが決まりました(留学先はアメリカとイギリスで,計8人の学生が留学)。留学前,福田弘明先生(現東海大教授・整形外科学)が留学生のためにアメリカから現地医師であるヤスオ・イシダ先生を呼んでくださり,10日間にわたって問診の仕方を中心に英語の特訓を行なってくれました。しかし普段の生活は大学病院でのポリクリに追われていたため,特別な留学準備というものはできずに,いよいよ現地へと足を運ぶこととなりました。
 私が留学したウエイク・フォレスト大学のあるノースカロライナ州ウィントン・セーラムという町は,名前から想像できる通り全米屈指のたばこ産業の町です。町には大きなショッピングモールがある以外,特に娯楽施設はありません。私は1週間ほどの休暇をもらい生活するための準備を整えた後,臨床実習を始めました。主な研修先は,大学の中核病院であるバプティストホスピタルという巨大病院で,その大きさは日本の大学病院の優に倍はある規模でした。はじめに留学生のアドバイザーであるジューンに,何科を実習したいのかを訪ねられ,日本では実習できなかった内科を中心に実習することとなりました。

放射線科と麻酔科

 最初の2週間は英語に慣れる目的で,ほとんど講義が中心の放射線科と麻酔科を回ることになりました。患者を受け持たなくてすむから,という甘い言葉とは裏腹に,いきなり麻酔科で課題を出され,それを1週間以内にまとめプレゼンテーションするようにと言われました。あげくの果てに,放射線科ではいきなりテキストを渡され,2週間後にテストをするから,それまでこのテキストを勉強しろと言われたのです。
 初日からアメリカの教育の現実とその厳しさに驚いた私は,本当にこの先ついていけるかどうか不安になりました。私はとにかく言葉に慣れることが先決だと考え,とりあえず授業に参加してみました。授業中に話していたことを理解するのは大変に難しかったのですが,内容は日本もアメリカも変わらず,ぼんやりではありますが,徐々にその内容を理解していきました。幸いクラスに参加していたグループの中で,その後長くつき合うこととなる友人を作ることができ,彼らの協力を得ながら課題を終えることができました。

内科での病棟実習

 さてその後,いよいよ内科で病棟実習をすることになりました。私は2人の患者を受け持つように言われましたが,検査オーダーの出し方や検査の結果をどのように見たらよいか,またカルテをどのように書いたらよいかわかりませんでした。同じグループにいた医学生はすでにいくつかの病棟実習を終えていたので,とりあえず時間のありそうな学生を見つけてコンピュータの使い方を教えてもらい,カルテに書いてある多くの略字を1つひとつ調べていきました。
 アメリカのカルテは略字だらけで,慣れるまでさっぱりわかりませんでした。ただしカルテに書かれていることはすべて一定のルールに従っており,多くの学生がその書き方の手順が記載されている小さな本を持参しているため,必要なことはすべて正確に記載されていました。
 内科研修では受け持ちの患者を医学校3年生の学生が毎日回診前にチェックします。私はそれまで実際に患者を診察したことがなかったため,最初の頃は「自分には到底できない」と思いました。しかしここで投げてしまうことは,自分のみならず周りの多くの友人,そして何より患者さんを裏切ることになると思い,幾度となくレジデントに注意されながらも,1つひとつ自分のできることを見つけ,そして他の学生の診察風景を見て,真似てみました。そして内科の実習も後半に入る頃には先生方もカルテの記載事項を信用してくれるようになり,ちんぷんかんぷんであった略語にも抵抗がなくなっていきました。朝早くからの回診はいつまで経っても億劫でしたが,病棟にいる患者から違和感なく「おはよう,ドクター」と言われるようになってからは,臨床実習も楽しくなっていきました。
 実習の中に,学生が自分の担当した患者のケースについて,その経過や検査所見,画像等を皆の前で発表し,その後その診断を他の学生が当てるといったものがありました。これは,1つの所見から考えられる鑑別診断をすべてあげ,その中から不適当と思われるものを消去していき,最後に最も適している診断を決定するものでした。彼らは学生の頃からこのようなディスカッションを盛んに行なっているため,優れた診断能力を身につけていると同時に,多くの人の前で自分の意見をわかりやすく述べる話術も備えているのです。
 アメリカでは日本と違い,卒後どの科に進むかはUSMLEのスコアと学生時代(特に3年次)の成績によって決定されてしまうため,特に人気の高いマイナー科や外科等に進みたい学生は非常によく勉強します。そして私にはその競争が少々加熱気味に感じられました。このような制度が本当によいものなのか私にはわかりませんが,逆に卒後に自分が望む科に進むことのできる日本のシステムは,学生にとっては非常にありがたいものだと感じました。今回のアメリカでの研修は,私にとって医師としての自覚とその厳しさ,そして楽しさを教えてくれる格好の機会になりました。

日本での学外臨床研修

沖縄県立中部病院と亀田総合病院

 アメリカ留学後,医学部6年に進級した私は,日本においてアメリカでの研修システムを導入している沖縄県立中部病院(以下,中部病院)と亀田総合病院にお願いし,国内において特にその研修システムに定評のある両病院で研修することができました。
 中部病院では特にプライマリ・ケアについて勉強したかったため,総合内科の徳田安春先生のチームに参加させてもらい,4週間にわたって研修することになりました。多くの方がご存知の通り,研修医の先生方は大変に忙しいスケジュールの中,それでも多くの知識と実技を身につけ,親身になって患者と接しています。私は主に患者からアナムネをとったり,外来で徳田先生に身体所見の取り方や,診断に至るプロセスについて指導してもらいました。
 また中部病院では,勉強会も活発に行なっており,アメリカから多くの先生方が指導のために来院していました。講義では英語を使いますから,日本の中のアメリカという風でした。研修中は同じく研修に来ていた琉球大や山梨医大の学生と知り合うことができ,いろいろな情報を得ることもできました。

在宅医療実習

 その後2週間にわたり,千葉にある亀田総合病院で在宅医療を活発に行なっている小野沢滋先生を訪ねました。最近は患者のQOLを求める声も高まっていることから,在宅医療は非常に注目されている分野であると思います。しかし大学病院では,実体験をすることも見ることも困難であるため,この研修も非常に有意義なものでした。
 私は実際に1日4,5人の患者さんのお宅を訪問し,先生について診察,ケアを体験しました。そして,在宅医療にはその地域の医師の熱意と市町村における行政面での支援があって成りたつものであることを実感しました。また医師―患者関係のみならず,医師と多くの福祉に携わっている関係者との信頼関係を築き上げることが大変に重要なことを,小野沢先生の姿を通して学ぶことができました。
 多くの場合,医学部での臨床実習は大学病院の中だけで終わってしまいがちですが,大学病院レベルではなかなか見ることのできない,比較的軽い一般的な病気や急性疾患,また臨床の第一線で活躍している先生方の姿をダイレクトに見ることができる市中病院でのこのような研修は,大きな意味を持っていると思います。

おわりに

 これから多くの大学病院において,私が選択したような研修を学生に提供することができれば,学生の実習に対する熱意も今以上に向上するのではないでしょうか。もちろんこのような研修には,大学病院以外の先生方の協力が必要ですし,私自身お世話になった先生方に感謝して止みません。
 日本においてその臨床教育には大学間,また学生同士でかなり異なることが多いように思います。私は自分が行なってきた研修が決して一番よいものであるとは思いませんし,人それぞれいろいろな道があって当然だと思います。しかし,これから病院研修を行なう学生の皆さんには,ぜひ多くの先輩の経験談を参考にし,納得のできる研修を行なってほしいと思います。その意味で私が書いたこの文章が,少しでも皆さんに参考になればこれほど嬉しいことはありません。
 最後に,私の研修に関わってくださった多くの諸先生方にこの場を借りて感謝を申し上げます。特に長村義之先生(東海大教授・病理学)には大学6年間を通して非常にお世話になりました。本当にありがとうございました。