医学界新聞

 シドニー発 最新看護便
 オーストラリアでの高齢者対策[第4回]

 痴呆症ケア(4) 「ザ・メドウ(2)」

 瀬間あずさ(Nichigo Health Resources)


 前回は,ザ・メドウの「役立つ環境」というハード面を紹介したが,ケアなどのソフト面もむろん充実している。今回は,そのザ・メドウにかかわるスタッフのことに触れながら,痴呆症のアクティビティについて述べてみたい。

ザ・メドウにおけるケア

 3つのグループホームの入居者40名に対し,介護スタッフはパーソナルケアワーカー(無資格者)が中心で,正看護婦は1名,主にマネージャー的役割を果たしている。スタッフは,入居者と一緒に3食の食事の準備から清掃,洗濯,その他もろもろの仕事をすべて一緒に行なっていく。日中と夕方は,1つのグループホーム(12人または14人)に2人ずつ勤務し,夜間は3つのグループホームの入居者40名に対し1名のスタッフが介護している。
 特別な教育を受けていないスタッフでも質の高いケアを提供できるようにと,スタッフ教育にも力を注いでいる。まずスタッフは,ザ・メドウで提供されるケアの理念を理解し,次に「改訂版高齢者障害評価ツール」を用いながら入居者の評価を行なう。
 これはソフトウェアになっており,コンピュータを利用する。その評価の結果はグラフ化でき,視覚的にも入居者の経過を把握しやすくしている。そしてその評価結果をもとに,施設が作りだしたモデルケアプラン(痴呆性高齢者用の手本のケアプラン)を使いながら,個別性のケアプランを立てている。また,必要時には正看護婦に報告するとともに,相談できるようにパーソナルケアワーカーを育成している(日本でもそうだろうが,オーストラリアでもケアプランは普通,正看護婦が立てている場合が多い。ザ・メドウでは1冊の分厚いモデルケアプランがあるため,それを見本にしながらパーソナルケアワーカーでも自分たちでケアプランを立てることができるのだ)。

痴呆症のアクティビティ

 痴呆症のアクティビティは,しばしクラフトやレジャーを追い求める気晴らし療法と思われがちだが,日常生活のアクティビティの基本は,普通の生活をできるだけ維持できるようにすることで,ザ・メドウでは,食事は調理師が作るのではなく,スタッフと入居者が共同で3食を作る。また,掃除もクリーナーを雇うことなく,スタッフと入居者が一緒に行ない,洗濯はシーツやバスタオルなどのかさ張るものは外部に委託するが,その他の個人的な衣類などは施設内にある洗濯機でスタッフと入居者が一緒に洗っている。これらの料理,掃除,洗濯など,普通に生活を送ることを入居者のアクティビティとしてとらえているために,「日曜日は料理教室」などと,あえて特別なクラスを設けることはしていない。
 作業療法士で,痴呆症ケアのコンサルタントであるメリデス・グラッシャムによれば,アクティビティを行なっていくにあたり,以下の点に留意するべきと述べている。すなわち(1)痴呆症の理解,(2)各個人をよく知る(これは過去を理解し,好き嫌いな物を把握し,その人の痴呆症の段階を見きわめ,残存能力を発見し,どのくらいの活動を行なえるか,その許容力を見きわめることである),(3)入所者が順応できる活動を行なう,(4)環境を整える(これは前回述べた環境における7つのポイントのこと),(5)スタッフのコミュニケーション能力の5点をあげている。以上を踏まえたうえで,実際にはどのようなケアが可能なのか,彼女は,かかわったクライアントの例をあげて説明してくれた。
 オーストラリアの著名な元政治家は,脳血管性痴呆症に罹患したが,家族が看きれないと彼女のところに相談依頼があった。その対応方法は,以前彼が行なっていたことを再現することであった。毎朝背広に着替え,ネクタイをしめ,お抱えの運転手が運転する車で市内に向かう。信号などで停車すると,すぐにドアを開けて出ようとするため,車のドアに特別の鍵をとりつけた。さらに市内にオフィスを借り,秘書として看護婦を雇い,オフィスを政治家の事務所のように整え,そして机の上には山のような書類を準備した。その結果,彼はあたかもかつての政治家だった頃のように,その書類を右,左へと動かすことに熱中するようになったという。
 現段階では痴呆症の治療は確立されていないが,自らを積極的に語ることができなくなったお年寄りの過去を含めた状態を把握し,個別性を踏まえ,その人にあったケアを作り出していく。そうすることでお年寄りの状態がたとえ少しでも,短期間であろうと,向上し生き生きしてくるならば,痴呆症ケアは介護者にとって手応えのある,またやりがいのある分野ではないかと,痴呆症ケアにかかわりはじめた今,そう感じるようになった。

上乗せされた障害

 上記のお年寄りの状態が向上するということは,痴呆症の疾患から生ずる障害,例えば認識力の低下が軽快するというのではなく,環境やその他の理由から生じた障害,それをAdditional Disabilities(上乗せされた障害)と呼んでいるが,その上乗せされた障害の軽減であると,痴呆症サービス開発センターのリチャード・フレミング所長は説く。この上乗せされた障害は,ケアによって軽快できるとしている。痴呆症に対して特効薬がない現在,痴呆症は悲観的な疾患の代名詞のように使われているが,このAdditional Disabilitiesの軽減に目標を置けば,痴呆症であってもOptimistic(楽観的)にとらえることができると提唱している。

※著者の連絡先:
 Nichigo Health Resources,
 33 Lockinvar Place Homsby NSW. 2077 Australia
 TEL&FAX(61)2-9477-2883