医学界新聞

 連載
 ものの見方・考え方と看護実践(2)

 新しい世界観とは何か?

 手島 恵 ミネソタ大学大学院博士課程


 新しい世界観,あるいはパラダイムシフトということばが看護学の文献にも多く見られる(Hall, 1981 ; Meleis, 1997 ; Newman, 1992 ; Parse, 1987 ; Rogers, 1994)。それらが何をさしているのかを今回は考えてみたい。
 クーン(Kuhn, 1970)がパラダイムはシフトしていると述べてから30年近くが経過している。パラダイムとは,その学問領域におけるものの見方,世界観と考えられる。新しいパラダイムとは何なのか。非還元主義,生命主義,東洋的視点という形で,物理学,経済学,生物学,環境科学などでパラダイムシフトがその学問のものの見方にどのような影響を与えたのかが述べられてきた。では,看護学ならびに健康にかかわる現象の捉え方は,パラダイムシフトという観点から見るとどうなのだろうか。

機械的世界観から生命的世界観へ

 17世紀以後,科学が社会の発展において重要な役割を担うようになった。この伝統的科学の世界観は機械的世界観であり,還元主義,直線的,因果関係に基づき,予測可能,同じ条件下における再現可能を前提としたものの見方である。しかし,私たちは人間であり,命を持った生物である。ゆえに人を機械になぞらえて考えるよりも,自然や生物システムから学ぶことを前提としたものの見方が必要であると気づいた。それが新しい世界観である。生物の特徴として考えられるのは開放系,自己組織化,創発的進化,環境との結びつきがあげられよう。
 次に世界観を比較したに基づいてものの見方の変遷を概説してみたい。従来は,「診断」というようにある一点の静止した状態,その構造の理解,部分に焦点があてられてきた。しかし,例えば看護学の焦点を人間の健康経験におけるケアリング(Newman, Sime, Corcoran-Perry, 1991)と考えると,過去-現在-未来を含めたその人の経験,過程を全体として描き出すような手法が求められている。
 私たちは人間を機械に見立てていたので,悪いところがあれば切り取り,取り替え,コントロールして外側から完全に直すことができ,それによって最善の状態を維持できると信じてきた。
 1977年にインゲルフィンガー(Ingelfinger, 1977)が,80%の患者が現代の医療では治せない自らの性質によって制限された疾病ならびに状態を抱えていると述べ話題になった。また,人間は治癒システムを持っており自己治癒能力があるという認識も示された(Locke&Colligan, 1986)。
 多角的な観点から心疾患の予防と治療プログラムを開発した心臓専門医のオーニッシ(Ornish, 1990)は,折角心臓移植をしても本人の自覚がなく,2つ目の心臓が必要になった人の例をあげ,手術をしたり治すことだけでなく患者の生活様式,感情,スピリチュアリティと健康の関係が重要であることをプログラムの中で強調している。

表 古い世界観と新しい世界観
 古い世界観新しい世界観
名称機械的
西洋的
実証主義
生命的
東洋的
統一・変容的/解釈主義
特徴閉鎖系,直線的,因果関係,予測可能
2分的,コントロールできる
開放系,非直線的,予測不可能
コントロールできない,自己組織的,
進化
環境との結びつき(関係)
焦点静止した状態
構造
部分ならびに個人
動き
過程
全体(関係)
視点客観的主観(自己)を含む
方法外から直す自己のもつ能力(自然治癒力)
全体の調和
働きかけの
手段
言葉(指導・教育)・行動
五感
非言語的伝達・存在
五感を超えた何か
価値効果,効率,量その人にとっての意味,質

ナイチンゲールも示唆

 ナイチンゲールは1859年に出版された看護覚え書きの中で,「看護がしなければいけないことは自然がはたらきかけることができるような最善の状態に患者をおくことである」(Nightingale, 1859)と述べ,自然治癒能力に看護婦が働きかけることの重要性をすでに示唆している。進化は自己超越の結果として生じる。自己の存在の境界を超えていく自己超越の概念は看護理論の中に散見される(Newman, 1994 ; Parse, 1981 ; Reed, 1991; Watson, 1985)。
 ヤンツ(Jantsch, 1980)は新しいパラダイムにおける関係の重要性を指摘している。ロジャースによって形作られた看護の概念枠組みはホリスティックな見方で,人間は環境と分けることができず1つに結びついている(Rogers, 1970)。このような統一的な場という視点からは個人-家族-地域が1つとして見える(Newman, 1994)。
 これまで私たちは,客観的なリアリティの世界は私たちから独立した存在だと信じてきたので,客観的予測,客観的評価が重要であった。新しい世界観では,私たちの存在は環境から独立しているわけではないので,現象を記述する際に自己や自己との関係を除外するのではなく,それらをも含んで見ることが大切である。
 新しい世界観では,五感だけでなくそれを超えた知が注目されている。これは看護の領域でも明らかで,詩,芸術,隠喩を用いたコミュニケーションやケアリングならびに癒しの説明が試みられている(Watson, 1987)。

変容していく価値観

 人間を機械としてみると,その機能や効率性,効果に価値があった。生命という観点からとらえると,その質やその人にとっての意味が重要になってくる。その人にとっての意味を探すことを支えることは,避けられない苦悩に耐える患者を援助する方法の1つであろう(Drew & Dahlberg, 1995 ; O'Connor, Wicker & Gernimo, 1990)。パースィの理論(Parse, 1994)ではその人の観点からのQOLを保つことが看護の目標となっている。
 私たちは,まだまだこの新旧世界観の間で葛藤しているけれども,新しい世界観の特徴が健康や看護をとりまく現象の中にもたくさん現れていることに気づかされる。
 次回はこのような世界観と看護理論のかかわりについて考えてみたい。

〔引用・参照文献〕
1)Drew N.&Dahlberg K.:Challenging a reductionistic paradigm as a foundation for nursing, Journal of Holistic Nursing,13(4),332-345, 1995.
2)Hall B. A.:The changes paradigm in nursing; Growth versus persistence, Advances in Nursing Science, 3(4),1-6,1981.
3)Ingelfinger F. J.:Health; a matter of statistics or feeling?, The New England Journal of Medicine, 296(8),449, 1977.
4)Jantsch E.:The self-organizing universe; Scientific and human implications of emerging paradigm of evolution, Science and World Order Libraly, Oxford NY, 1980.
5)Kuhn T. S.:The structure of scientific revolutions, 2nd ed., University of Chicago Press, Chicago, IL, 1970.
6)Locke S. & Colligan D.:The healer within; The new medicine of mind and body, New American Libraly, New York, NY, 1986,S.ロック&D.コリガン著 池見酉次郎監修:内なる治癒力,創元社,1990.
7)Meleis A. I.:Theoretical Nursing, 3rd ed., Lippincott-Raven Publishers, Philadelphia, PA, 1997.
8)Newman M. A.:Prevailing paradigms in nursing, Nursing Outlook, 40, 10-13, 32,1992,M.ニューマン著,手島恵訳:マーガレットニューマン看護論;拡張する意識としての健康,医学書院,1995.
9)Newman M. A.:Health as expanding consciousness, National League for Nursing Press, New York, NY, 1994.
10)Newman M. A., Sime M. A. & Corcoran-Perry S. A.:The focus of the discipline of nursing, Advances in Nursing Science, 14(1),1-6, 1991.
11)Nightingale F.:Notes on nursing; What it is, and what is not, Harrison & Sons, London, 1859, F.ナイチンゲール著,薄井坦子他訳:看護覚え書(第5版),現代社,1993.
12)O'Connor A. P., Wicker E. C.& Gernimo B.:Understanding the cancer patient's search for meaning; Cancer Nursing, 13(3),167-175, 1990.
13)Ornish D.:Dr. Dean Ornish's program for reversing heart disease, Ballantine Books, New York, NY, 1990.
14)Parse R. R.:Man-living-health; A theory of nursing, Wiely,New York, NY, 1981,R.パースィ著,高橋照子訳:健康を-生きる-人間 パースィ看護論,現代社,1985.
15)Parse R. R.:Nursing Science; Major paradigms, theories and critiques, Saunders, Philadelphia, PA, 1987.
16)Parse R. R.:Quality of life; Sciencing and living the art of human becoming, Nursing Science Quaterly, 7(1),16-21, 1994.
17)Reed P.:Toward a nursing theory of self-transcendence; Deductive reformulation using developmental theories, Advances in Nursing Science, 13(4), 64-77, 1991.
18)Rogers M. E.:An introduction to the theoretical basis of nursing, Davis, Philadelphia, PA, 1970,M.ロジャース著,樋口康子他訳:ロジャーズ看護論,医学書院,1979.
19)Rogers M. E.:Nursing science and the space age; In V. M. Marinski & E. A. Manhart Barrett(Eds.),Martha E. Rogers, Her life and her work(pp. 256-267),F. A. Davis,Philadelphia, PA, 1994,M.ロジャース他著,手島恵他訳:マーサ・ロジャースの思想,医学書院(近刊予定)
20)Watson J.:Nursing on the caring edge; Metaphorical vignettes, Advanced Nursing Science, 10(1),10-18, 1987.
21)Watson J. M.:Nursing; Human science and human care, Appleton-Century-Crofts, East Norwalk, CT, 1985,J.ワトソン著,稲岡文昭他訳:ワトソン看護論;人間科学とヒューマンケア,医学書院,1992.