医学界新聞

第1回国際自律神経科学会議印象記

西村俊彦 (東海大医学部・生理科学1)


 1898年に英国のJ.N.Langleyが自律神経系を定義して1世紀が過ぎようとする記念の年に,International Society for Autonomic Neuroscience(ISAN)の第1回会議が,昨(1997)年9月14-19日の6日間の日程で,オーストラリア・ケアンズ市コンベンションセンターにおよそ450人の参加者を集めて開催されました。幸運にもこの会議に参加する機会を得ることができましたので,ここにその印象を記してみたいと思います。

自律神経系研究の全体像を浮き彫りに

 ケアンズはオーストラリア北西部クイーンズランド州の東に位置するリゾート地で,東は珊瑚礁に連なる海に面し,西には熱帯雨林が広がっています。残念ながら今回は町から出る機会はありませんでしたが,干潮時に現れた広大な干潟で,小さな紫の甲羅の蟹が湧き出す様子は印象的でした。日本からは直行便が5-6時間で飛んでいますが,ヨーロッパや北米からは乗り継ぎ・途中給油等で20時間以上の旅程の参加者もあったようです。会場・宿泊施設・ダウンタウンがいずれもウォーキングディスタンスにあり,この規模の集会にはよい場所であったと思います。
 ISANは1995年に創設された新しい集まりです。会報には自律神経系の研究者間の交流の場を提供し,神経科学におけるこの分野の全体像・輪郭を浮き彫りにするために設立されたとあります。今後,自律神経系研究の国際会議を定期的に開くとともに,関連分野のシンポジウム等の情報を提供することが謳われています。初代会長はプリン作動性神経の研究等で知られた,ロンドン大のBurnstock教授です(現在はRoyal Free HospitalのThe Autonomic Neuroscience Instituteに移られた)。第1回会議はメルボルン大のHirst教授を集会長として開催されました。

自律神経系研究の問題点

 開会に際し,現在の自律神経研究や学術交流の問題点が話題の1つとしてあげられました。それは自律神経系の研究の方法論的な多様化がますます進む一方で,基礎研究とヒトを対象とした臨床研究の間のギャップが大きく,両者の交流が少ないこと。従来の自律神経系の研究会は標的臓器ごとに分かれた集会が多く,全体を統合したものが少ないこと。またこの分野においても分子生物学的な研究手法が急速に取り入れられてきているが,遺伝子を扱う研究者が,必ずしもシステムとしての,あるいは個体の中の自律神経系,およびその機能を熟知していない場合があることに危惧を覚える,といったことがBurnstock教授より語られました。この会議が,これらの問題を解決する糸口となればということでしょう。
 サイエンティフィック・セッションは,初日のワシントン大のLoewy教授のISAN Inaugural Lecture 「Central Autonomic Systems」で始まり,以後5日間に8つのプレナリーレクチャー,10のシンポジウム,および400題を超えるポスター発表等で構成されておりました。演題のテーマは,分子生物学的アプローチから生理学的・形態学的手法,細胞下・細胞レベルから個体まで,標的臓器・接合部シナプスから階層構造上位まで,またヒトを対象とした臨床研究が一通り網羅されていました。
 筆者の専門とするところは自律神経節内情報処理機構であり,今回発表された演題の中で臨床研究等々が自律神経研究の中で占める地位を正当に評価する立場にはありませんので,全体の概要はJ. Auton. Nerv. Syst.(JANS)vol. 65, no. 2-3, pp. 67-168, 1997収載のアブストラクトを参照してください。なおシンポジウム「Properties of autonomic ganglion cells」は,「In honour of Professor Syogoro Nishi」を副題に,開催に先立ちプリンス・オブ・ウェールズ医学研のMcLachlan教授から久留米大・西彰五郎教授のこの分野での長年の業績を称える旨の発言がありました。

神経回路の細胞レベルでの解析

 今回印象に残った話題の多くは,特定の機能を司る神経回路を明らかにした上で,形態と機能的側面から細胞レベルの解析を試みたものでした。パラダイム自体は新しくありませんが,技術的進歩もあって,より詳細な神経回路を示した上での話が多かったように感じました。Loewy教授の講演も,最近よく用いられる神経系に高い親和性を持つウイルスを副腎髄質や心臓に注入し,シナプスを超える感染により階層上位のニューロンをラベルし,回路を同定する方法が用いられておりました。これらは自律神経系階層上位におけるより詳細な機能再現・体部位再現のマップ作成や,標的臓器の機能と結びつく情報処理機構を細胞レベルで解明することが可能であることを期待させるものと感じました。
 自律神経節を中心とする神経回路では,電気生理学的手法が早くから適用された事情もあり,形態・機能を連関させた仕事は他の部位よりも進んでおります。今回,モルモット十二指腸の壁内神経叢と膵副交感神経節細胞の間の回路を扱ったコロンビア大のKirchgessner教授の研究や,同じくモルモットの小腸の壁内神経叢と,外来神経の神経回路の構成と機能を扱ったメルボルン大のFurness教授の研究は,私の研究分野とも近く興味深いものでした。
 神経回路の機能を理解する上でも最も重要な研究の1つは,その可塑性に関するものだと思います。フランスのJean教授は成熟動物の孤束核での可塑性について,ピッツバーグ大のde Groat教授はラットで骨盤神経に線維を送る節前神経細胞に対する入力の成長・発達に伴う可塑性について講演されました。今後も可塑性に関する研究には注目していきたいと思います。
 この他に興味を惹いた臨床関連および自律神経節の話題を紹介します。Late arriving abstractsでJANSには掲載されておりませんが,英国のグループが心移植患者の神経再支配について,123Iでラベルしたグアニジンの取り込みや生検標本を用いた報告をしました。移植後時間とともに神経再支配が進み,多くは交感神経線維(TH/NPY陽性)と同定されました。再支配の進展とともに運動負荷に対する耐容能も向上するそうです。学生時代に生理学実習で,心移植後の自律神経系による再支配について議論したことが思い出され,個人的にも興味深く思いました。
 一般に自律神経中枢と標的臓器の構成する回路を考えるならば,標的臓器の機能異常に対し複数の治療点があると考えることは自然なことのように思います。オーストラリアのEsler教授が紹介した,中枢に作用点を持つ交感神経系抑制剤による心不全治療は,今後発展する分野かもしれないと感じました。この背景は慢性の心不全において,交感神経系や内分泌系が増悪因子として働き,その悪循環を断ち切るために中枢作動薬による治療の可能性が示唆されていることのようです。

自律神経節に関する話題

 筆者が専門とする自律神経節の演題では,次の2題が印象に残りました。Kirchgessner教授らは,モルモットの壁内神経叢細胞に膵島B細胞と類似のブドウ糖感受メカニズムを持つ細胞が存在することを報告しました。グルコース欠乏溶液を灌流すると過分極が生じ,それがトルブタマイドで阻害されるため,ATP感受性Kチャネルの開口がその機序であると考えているようです。筆者もかつて副交感神経節細胞でのグルコース欠乏溶液やサイアナイドの作用を検討したことがありますが,このような現象は観察できませんでした。自律神経のdivision・種・標的臓器が異なることによりグルコース・トランスポータ等の機能的表現が変わることを意味するのでしょうが,今後注目してみたいと思います。
 ピッツバーグ大のHorn教授のグループが,カエルの腰部交感神経節において,低濃度のニコチンがLHRHによる脱分極応答を増強することを報告しました。用いられたニコチン濃度はニコチン性伝達を遮断せず,LHRHはこの標本ではいわゆるlate slow EPSPの伝達物質の1つとしてかつて注目されたペプチドです。Late slow EPSPは,この非コリン性・非アドレナリン性シナプス後電位を発見したKoketsu & Nishiの昔から,クラーレで処理した標本よりもニコチンで処理した標本で,より大きく記録されることが知られていました。その機序の少なくとも1つは,ニコチンがシナプス後性にLHRH応答の感受性を高めることであったのです。標的はLHRH受容体・その細胞内情報伝達系あるいはDチャネルかMチャネルということになります。
 最近アルツハイマー病予防における喫煙・ニコチンの有効性が報告され,研究にもあまり用いられなくなっていたニコチンが脚光を浴びています。案外これもニコチン性受容体以外に対する作用が含まれているのかもしれません。

おわりに

 以上ISANの第1回会議の報告・印象を述べさせていただきました。これはあくまで1つの側面ということであって,数倍する興味深い発表があったことは申すまでもありません。この会議ですぐに基礎と臨床のギャップが縮まったとは思えませんが,Burnstock教授が開会にあたってあげられた,問題点の解決の糸口以上の成果が得られたように感じるのは筆者だけではないと思います。なお,第2回会議は2000年に英国で開催されるとのことです。
 今回の渡豪に際し,(財)金原一郎記念医学医療振興財団第11回研究交流助成金からご援助をいただく僥倖を得ることができました。この紙面をお借りして御礼申し上げます。この会議を通じて,基礎から臨床まで幅広く多様な情報を得ることができ,大いに刺激されるものがありました。この貴重な経験を基にして,今後自分の研究の独自性をどのように出していくか,また研究をどの方向に発展させていくか,今1度考え直してみるつもりです。