医学界新聞

連載 市場原理に揺れるアメリカ医療(25)

医療戦国時代(1)
-合従連衝-

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部助教授


 ボストンで病院の買収・合併が大流行となっていることは連載第1回「業界再編」(2202号)で紹介した。アメリカ医療業界が市場原理の荒波に揺れる現況にあって,有名病院といえども泰然と殿様商売を続けているわけにはいかなくなったからである。

有名病院の劇的合併が起爆剤に

 ボストン医療界における業界再編は,93年末のマサチューセッツ総合病院(MGH)とブリガム&ウィメンズ病院(BWH)との劇的合併が端緒となった。ハーバード提携病院の中でも最大の規模を有するこの2病院の合併は,両者が犬猿の仲であると信じられていただけに,ボストンの医療業界に大きな衝撃を与えた。両病院の合併交渉は極秘のうちに進められ,ハーバード大学医学部長(当時)のダニエル・トステソンにさえも一切知らされなかった。これと対照的に,合併を立案し,両病院間の合併交渉を主導したのはハーバード大学経済学部長(当時)のジョン・マッカーサーであった。両学部長の合併交渉における対照的立場が,この合併の意図するところを端的に物語っているといえよう。
 MGHとBWHの2病院は,合併後,新たな企業体「パートナーズ社」を形成した。パートナーズ社は,営利病院チェーン,コロンビア/HCA社並みの拡大路線を展開し,この4年の間に,系列病院12,傘下開業医840人,入院ベッド数2500床(ボストン地域の総ベッド数の20%に当たる)を擁する巨大医療企業に成長した。
 着々とボストンおよび近郊の市場シェアを拡大するパートナーズ社に対抗し,ボストンの他の病院も遅ればせながら合併・系列化戦略を取らざるをえなくなった。同じハーバード提携病院として,MGH,BWHに抜け駆けされたニューイングランド・ディーコネス病院とベス・イスラエル病院の2病院も合併し,ベス・イスラエル・ディーコネス医療センター(BID)となった。
 BIDは,パートナーズ社に先行された遅れを取り戻すべく,「ケアグループ社」という母体企業を形成してシェア争いに参入した。現在,ケアグループ社は,系列病院6,入院ベッド数1300床を擁するまでに成長している。また,パートナーズ社,ケアグループ社の影に隠れあまり目立たないが,業界において2位の地位を占める医療企業が,カソリック教会系のカリタス・クリスティ社である(系列病院6,入院ベッド数1400床)。

非営利医療企業間の骨肉の争い

 ボストン地域における業界再編の特徴は,非営利医療企業間の競争が激しく,結果として営利医療企業の参入が排除されてきたことにあり,パートナーズ,ケアグループ,カリスタ・クリスティの非営利3企業だけで,ボストン地域の総入院ベッド数の50%を占有するまでになっている。全米に展開する巨大病院チェーン,コロンビア/HCA社(以下コ社)にとって,医療のメッカともいえるボストン地域に拠点を築くことは医療企業としての箔付けにもなり悲願であるとされていたが,そのコ社をもってしてもボストン進出は失敗に終わったのである。
 もともとコ社進出に対するアカデミズムからの拒否反応も強かったのであるが,何よりも97年3月に始まった連邦政府によるメディケア詐欺捜査が大きな痛手となり,コ社はボストン地域から全面撤退せざるを得なくなった。コ社が95年に買収したボストン西部のメトロウェスト病院(フラミンガムおよびネイティック市)は売却されることとなり,ボストン南部のネポンセット・バレイ病院(ノーウッドおよびノーフォーク市)の買収は取り消されることとなった。コ社が撤退した後,ネポンセット・バレイ病院の買収には地域のすべての医療企業が名乗りを上げたが,結局同病院はカリタス・クリスティ社により買収されることとなった(買収後はカソリック教会系の病院となるため,避妊・妊娠中絶手術は中止されることになっている)。
 営利企業の参入を阻む一方で,パートナーズ社とケアグループ社は,開業医の囲い込み・近郊病院の系列化などを巡り,熾烈な骨肉の争いを演じ続けた。この両社の争いを巧みに利用し,文字どおり漁夫の利を得たのが,ボストン市に直接隣接するケンブリッジ,サマービルの2市の地域医療機関である。
 97年7月,「ケンブリッジ,サマービルの両病院は,パートナーズ社・ケアグループ社双方と平等な提携関係を結ぶ」という協定が締結され,この2市は「非武装休戦地帯化」されたのである。それだけでなく,パートナーズ,ケアグループの両社は,両市における地域医療に貢献するために,4年間に渡り270万ドルを支出することになった。パートナーズ社,ケアグループ社のライバル関係を逆手に取り,地域医療のための財政的援助まで引き出した両市の地域医療関係者の手腕は巧みといわざるを得ない。

大同団結と巷の懸念

 「ボストンにおける医療業界再編はパートナーズ社とケアグループ社のライバル関係を軸に展開する」という大方の思いこみを覆す衝撃的ニュースが報じられたのは97年10月末のことであった。パートナーズ社とケアグループ社が大同団結するというのである。両社が臨床研究・医学教育で提携し,その第一歩として,今後はダナ・ファーバー癌研究所を中心に全ハーバード関連病院が共同で癌の臨床研究を行なうと発表されたのである。骨肉の争いを演じてきたパートナーズ社とケアグループ社との間の和解交渉を主導したのは,新たにハーバード大学医学部長となったジョーゼフ・マーティンである。「例えば臨床研究を進める際に両グループで共同研究することにすれば患者の数も倍になるし,連邦政府の予算を獲得することも容易になる」と,マーティンは両社が大同団結することのメリットを説いたのである。
 現在のところ両社の提携は「研究・教育」に限ったものであると強調されているが,巷では,両社が本格合併し,超巨大医療企業となるのではないかという懸念が強まっている。ハーバード大学医学部長のマーティンには,カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の医学部長(後に学長)だったときにUCSFとスタンフォード大学の医療センターを合併させたという前歴があるからである(サンフランシスコでは,この合併はハーバードとイェールの合併にたとえられた)。ケアグループ社CEOのラブキン,パートナーズ社CEOのシーア,両医師は,合併の可能性を否定する声明書を連名でボストン・グローブ紙に載せるなど,噂の打ち消しに躍起となっているが,それほど両社が合併するかもしれないという疑念は強いのである。

この項つづく