医学界新聞

第61回アメリカリウマチ学会印象記

小端哲二 (順大医学部・免疫学)


 1997年11月8日から12日まで第61回アメリカリウマチ学会(National Scientific Meeting, American College of Rheumatology)が,コメディカルの学会である第32回National Scientific Meeting, Association of Rheumatology Health Professionalsと合同で,ワシントンDC市内の3会場において開催されました。
 同学会には,アメリカのみならず,海外からの参加を含め4000人を越える参加者があり,10の特別講演,教育講演,シンポジウムをはじめ,1830の一般演題が口演またはポスターにて発表されました(ちなみに今回は2580の演題が応募されましたので,その採択率は約67%)。
 同学会が対象とする領域はきわめて広く,リウマチ性疾患に関する免疫学,遺伝学や細胞生物学などが関与する病因・病態解明の基礎的分野から,診断・治療・リハビリテーションに関する臨床的分野,さらには患者さんの教育・QOLやメンタルケア,経済効率・社会環境の整備に関するものなど多岐にわたっています。同時間に複数の会場で開かれる上,これらの演題を5日間でこなすのですから,ハードなスケジュールであることに間違いはありません。
 発表は朝7時30分から夜8時頃まで連日続き,とにかく体力のいる学会でした。日頃の勉強不足を取り戻すべく,できる限り多くのセッションを回ったのですが,すべてを把握するのは当然のことながら困難でした。そこで,私の研究分野である免疫学に関する話題を中心に,印象に残ったことについて述べてみたいと思います。

リウマチ性疾患の遺伝的要因

 リウマチ性疾患発症における遺伝的役割ということで,遺伝子の多型性に関するプレナリーセッションが組まれました。HLA-DQ8トランスジェニックマウスを用いたタイプIIコラーゲン誘導関節炎(CIA)におけるHLA-DRB1*0402ペプチドが果たす役割,全身性に発症した若年性慢性関節炎(JCA)におけるIL-6遺伝子の多型性,全身性エリテマトーデスにおけるFcγRIIIa遺伝子の多型性,全身性エリテマトーデスにおけるTNFα遺伝子プロモーター領域の多型性,全身性エリテマトーデスにおけるTCRζ鎖発現の異常,強皮症におけるfibrillin-1遺伝子の多型性,そして慢性関節リウマチにおけるp53癌抑制遺伝子の多型性と,それぞれの疾病との相関について報告がありました。
 これらの報告のほとんどは,最終的な結論を統計学的処理によりその有意差の有無から結論づけるわけですが,臨床材料を用いるため,必ずしもコントロールや母集団のとり方が最適であるかどうかの疑問が常に残りました。

慢性関節リウマチの病因論

 前述のリウマチ性疾患であげた遺伝的病因論の他に,慢性関節リウマチの病因論としては,滑膜細胞主犯説と自己免疫主犯説があげられるかと思います。すなわち滑膜細胞自身に何らかの原因があるとする立場側からは,前腫瘍説(p53遺伝子の異常,テロメラーゼ活性の有無など)や,ウイルス感染説(HTLV-I, EBVなど)とそれに引き続く増殖因子(TNFα,IL-1,IL-6,bFGFなど)のオートクライン・パラクライン産生による滑膜細胞の自律増殖能の獲得を示す報告が数多く見られました。
 一方,自己免疫反応がはじめにあるとする立場からは,羅患関節中のT細胞や,B細胞のクローナルな増殖・活性化を示す報告が数多くあり,さらにその認識抗原を同定しようとする試みが行なわれていました。
 しかしながら実際のところ,発症ごく初期の慢性関節リウマチの患者さんをみることは事実上ありませんので,来院された慢性関節リウマチの患者さんが示す自己免疫症状・検査所見はある程度病像が進んだものをみていることになります。したがって,自己免疫反応は病因ではなく,修飾された病態(炎症の遷延化)を単にみているだけという議論が依然として続きます。
 また,慢性関節リウマチの動物モデルを用いて,この両者の説は,それぞれ支持されるわけですが(HTLV-IトランスジェニックマウスやタイプIIコラーゲン誘導関節炎マウスなど),これらの動物モデルは所詮ケースリポートにすぎず,ヒトの病因・病態を完全に反映していないとの意見も根強くあります。したがって,現在のところは,両者の説は互いに独立,あるいは対立したものではなく,お互いに補完し合うという所に落ち着きそうです。

リウマチ性疾患に対する 新たな治療戦略

 今までのリウマチ性疾患に対する既存の薬物療法に対して,近年新たにリンパ球表面抗原に対する抗体(CD4,LFA-1,ICAM-1など),サイトカインあるいはサイトカイン受容体に対する抗体・アンタゴニスト(TNFα,IL-1Rα),TCRペプチドなどが開発され,いくつかのものは臨床上リウマチ性疾患の治療における有効性と安全性が確認されています。これらは開発当初,高価であったためコストパフォーマンスが悪いとされてきましたが,現在ではその価格も下がり,十分治療に用いられるようになってきたようです。
 さらに次世代の治療手段と考えられている遺伝子治療として,慢性関節リウマチの動物モデルを用いて,異常増殖した滑膜細胞にアポトーシスを誘導すべくFasリガンドの導入や,可溶化TNFα受容体,NF-κBのデコイの遺伝子導入による滑膜細胞増殖の抑制の実験的治療の試みも報告されていました。また,アメリカとヨーロッパの一部では,実際に自家または同種骨髄移植によるリウマチ性疾患,特に慢性関節リウマチと全身性エリテマトーデスに対する治療の試みが始まっております。これらのほとんどは合併する悪性腫瘍や血液疾患治療のために用いた強力な薬物療法,免疫抑制療法による骨髄抑制を救うために行なわれたものですが,今後積極的に自己免疫疾患に対して骨髄移植を行なおうとするならば,また自己免疫疾患の病因をリンパ球に求めるならば,同種骨髄移植の推進が必要と考えられます。ただ,骨髄移植自体がまだまだ危険な治療手段であり,死に至る移植片対宿主病や感染症などの合併症が伴いますので,適応症例の選択が非常に難しいと思われます。

自己免疫とTh1/Th2ストーリー

 1986年のMossmanらのTh1/Th2ストーリーの提唱により,自己免疫疾患における,Th1へのdeviationあるいはTh1/Th2バランスの破綻がうたわれ,数多くの研究がなされてきました。また,これに基づいた治療方法も考えられ,自己免疫疾患の動物モデルではいくつか行なわれています。しかしながら,その結果はcontroversialであり,例えば慢性関節リウマチ1つを取ってみても,その羅患関節中のリンパ球を調べると個々の患者によって異なり,また病期,時期によっても結果が異なるのが現状です。そもそもTh1/Th2ストーリーが提唱されたマウスにおける研究でも同一抗原刺激がマウスのstrainによってTh1へのdeviationあるいはTh2へのdeviationと別々の動きを示すのですから,このTh1/Th2ストーリーは単純化し過ぎたと反省の時期に入ったようです。むしろ,Th1細胞(Th1サイトカイン)やTh2細胞(Th2サイトカイン)というよりも,再び個々のIFN-γやIL-4などのサイトカインの機能に戻るべきのようです。
 本学会への参加は,研究面での最新情報の交換のみならず,competitorの動向を探る上でも,大変有意義なものでした。そして本学会もまた,日本人の発表と参加が目立った学会であり,その発表内容もハイレベルになっていることを実感しつつ帰途についた次第です。次回,第62回アメリカリウマチ学会はカリフォルニア州サンディエゴ市で開かれます。
 最後になりましたが,この学会の参加にあたり,研究交流助成金をいただいた金原一郎記念医学医療振興財団に深謝申し上げます。