医学界新聞

連載 市場原理に揺れるアメリカ医療(24)

メディケイド(4)
-オレゴン・ヘルス・プラン-

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部助教授


 ジョン・キチャバー,50歳,オレゴン州知事である。現在全米の注目を浴びている画期的医療保険制度「オレゴン・ヘルス・プラン」の産みの親である。彼は救急専門医として働くかたわら,1978年に州下院,80年には州上院議員に選出された。85年から州上院議長となったが,医師としてのキチャバーに大きな衝撃を与える事件が起きたのは87年のことであった。

臓器移植をメディケイド適用除外に

 87年の初め,オレゴン州議会は,財政難を理由に,臓器移植をメディケイドの適用から削除した。7歳の白血病患者コビー・ハワードは,この州議会の決定のために骨髄移植を受けることができなくなった。患者の家族や支援者が議会に臓器移植のメディケイド適用復活を請願したが認められず,コビーの事件は全米マスコミの注目を集めることとなった。
 コビーの家族は骨髄移植を可能にしようと寄付を募ったが,募金運動の最中にコビーは7年の生涯を閉じたのであった。コビーの悲劇の後も,臓器移植を必要とする患者2人が,州議会にメディケイドの適用復活を請願した(彼らは募金により移植を受けることができた)。
 89年,定例州議会会期(偶数年には開催されない)が始まり,臓器移植をメディケイドの適用項目に復活させるべきか否かが議論となった。キチャバーは,「臓器移植という個別の問題を場当たり的に討議しても何の解決にもならない,医療保険制度の抜本的改革が必要だ」と同僚議員を説得した。限られた財源のもとでできるだけ多くの州民に医療保険を提供したいと,キチャバーは知恵を絞った。
 彼がたどり着いた結論は,「コストを抑えた上で,被保険者を増やすためには,提供すべき医療サービスを制限するしかない」というものであった。医療サービスを必要性の高さに応じて分類し,必要性の低いサービスはメディケイドの適用としない,という方法を考えついたのである。骨髄移植という医療サービスを受けられなかった少年の悲劇が「オレゴン・ヘルス・プラン」が生み出されるきっかけとなったのであるが,結果的には「サービスを制限する」ということがこのプランの眼目となったのであった。

新メディケイド成立への過程

 メディケイド適用となるべき医療サービスの優先順位リストを作成するために,11人のメンバーからなる委員会が結成された。委員には医師だけでなく患者の利益を代弁すべき市民活動家も含まれた。市民からの意見を入れるため,公聴会も繰り返し開かれた。4年に及ぶ審議を経て,医療サービスの優先順位リストが作成された。
 医療行為は17のカテゴリーに分類され,これらのカテゴリーに優先順位がつけられた。優先順位第1位は「死を防止し完全回復をもたらす治療」,第2位は「産科医療」,第3位は「死を防止するが完全回復は望めない治療」であったが,「生活の質の改善に最小限の効果しかない,あるいはまったく寄与しない治療」が最下位にランクされた。それぞれのカテゴリーの中で個別の医療行為がランク付けされたが,最終的なランク付けの基準は,「その医療行為を施した場合と施さなかった場合とで,死に至る,あるいは傷害を残す確率がどれだけ異なるか」というものであった。同順位のものについては,コストの高い医療行為が下位に回された。
 91年,オレゴン州は医療サービスの優先順位リストに基づくメディケイド改革について連邦政府の認可を求めたが,大統領選を控えたブッシュ政権はこれを拒否した。医療サービスを「制限」するということが,世論の反感を買っていたからだった。オレゴン州の計画は,93年,クリントン政権により認可され,94年2月に新制度として発足した。89年にキチャバーが同僚議員の説得を開始してから5年後のことであった。
 それまで,オレゴン州(人口320万人)のメディケイドは連邦貧困基準未満の所得しかない低所得者層の57%(29万人)しかカバーしなかったのだが,新制度によりその100%(51万人)がメディケイドでカバーされるようになった。管理医療が全面的に導入され,被保険者の87%が州と契約した13のHMOのいずれかに加入した。また医師のメディケイド離れを起こしてはならないというキチャバーの主張により,医師に対する支払いは保険会社の支払い額の67%と手厚く設定された(1990年の全米メディケイド平均は45%)。新メディケイド制度が発足した94年,キチャバーはオレゴン州知事に選出された。

医療サービスの優先順位リスト

 さて,この医療サービスの優先順位リストであるが,全部で745項目からなる「診断・治療」の組み合わせがリストされている。優先順位が高いものから上げると,(1位)重度・中等度の頭部外傷(意識障害を伴う血腫・浮腫)に対する内科・外科的治療,(2位)インスリン依存性糖尿病に対する内科治療,(3位)腹膜炎に対する内科・外科治療,4位:気胸・血胸に対する胸腔チューブ穿刺・内科治療・・・,となっている。
 オレゴン州は現在,優先順位の578番目までをメディケイドの適用としているが,適用範囲から除外された医療行為の一部を紹介すると,(597位)慢性気管支炎の内科治療,(609位)乳癌による乳房切除後の乳房再建術,(618位)不妊に対する人工受精・内科治療,(628位)急性ウイルス性肝炎の内科治療,(637位)蕁麻疹の内科治療,(644位)無菌性髄膜炎の内科治療,(689位)急性上気道炎・感冒の内科治療,(714位)遠隔転移を伴い各種治療によっても5年生存率が5%に満たない癌に対する治癒を目的とした内科・外科治療,(736-740位)何ら有効な治療法のない肺・腎・心・眼・内分泌疾患の精査,745位(つまり最下位):屈折・調節傷害に対する角膜切開術,となる。
 白血病に対する骨髄移植は114位と高位にランクされ,新制度のもとでメディケイドが適用されることとなっている。
 (付記 オレゴン・ヘルス・プランに関してはニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン誌97年8月28日号,9月4日号に詳しく紹介されている。また,オレゴン・ヘルス・プランの優先順位リストはhttp://www.das.state.or.us/ohpa/ohpa.htmで入手可能である)

この項おわり