医学界新聞

医学部における効果的な教育・評価法を学ぶ

第2回「基本的臨床技能の教育法」ワークショップ開催


 医学教育のあり方が問われて久しい。従来の臓器別専門診療部門での臨床教育は専門的な知識の伝授に偏り,卒後の臨床能力に偏りが生じているばかりか,その結果として,生活者として患者をトータルに診ることができない医師の増加も指摘されている。
 一方で,人権意識,消費者意識の高まりや,高齢社会の到来による医療費の高騰・国民負担の増大を背景に,医療に対する社会の視線はより厳しいものとなり,「技術的な質」が問われると同時に「サービスとしての医療の質」が問われるようになってきている。医師のパターナリズムによって実践される医療から,十分な情報提供と患者の自己決定権に基づく,患者本位の医療への脱皮が求められるようになった。
 医療に対する今日の社会的要請は,同時に医療を支える教育の提供機関である大学医学部における従来の卒前教育への反省を喚起し,医療がよりよく行なわれるための医学教育へと改革を促している。その一つの流れが,問診や身体診察,患者やその家族とのコミュニケーション,臨床現場での情報の解釈などの基本的臨床技能教育の重視である。
 日本医学教育学会(会長=筑波大名誉教授 堀原一氏)では昨年より「臨床能力教育ワーキング・グループ」(主任=川崎医大助教授 伴信太郎氏)を開設し,基本的な臨床技能を効果的に習得させるための新しい教育手法を,卒前教育の場に普及させるための活動を展開している。昨年10月10-12日の3日間,東京の日赤武蔵野女子短大において,同グループの主催による第2回「基本的臨床技能の教育法」ワークショップが開催されたので,その中から新しい教育手法の一部を紹介する(本号に関連の座談会「基本的臨床能力の習得と教育」を掲載)。


 ワークショップには,全国の医科大学・医学部から臨床技能教育担当者が参加し,(1)臨床技能教育の目標,(2)臨床技能教育の方略と評価,(3)臨床技能の評価表作成,(4)医療面接の教育,(5)身体診察法の教育,(6)OSCE(Objective Structured Clinical Examination:客観的臨床能力試験)の実際,(7)SP(Simulated patient:模擬患者/Standardized patient:標準模擬患者)の育て方などについて,ワーキンググループスタッフによる講義の他に,スモールグループディスカッションを用いた討論・作業や,ロールプレイ,SPを用いた訓練,OSCEによる評価の学習が行なわれた。
 なお,スタッフは主任の伴氏の他,畑尾正彦氏(日赤武蔵野女子短大教授),津田司氏(川崎医大教授),藤崎和彦氏(奈良医大教授),中村千賀子氏(東医歯大助教授),松村理司氏(舞鶴市民病院副院長),下正宗氏(東葛病院),大滝純司氏(北大) が担当した。

OSCEとは何か

 ワークショップ最終日にはOSCEの実演が組まれた。OSCEとは評価法の1つであるが,複数の試験場所(ステーション)を用意し,それぞれにおいて臨床能力のさまざまな側面を評価するための課題を出すことによって行なわれる。医師役を演じる受験者は,課題に沿って患者に対して医療面接や身体診察などの実技を行なう。課題にはあらかじめ評価基準が定められており,受験者は各ステーションを回って多角的に評価を受ける。
 今回は,受験者に武蔵野赤十字病院の研修医5名を迎え,患者役には,(1)医療面接ではSP(東京SP研究会所属)が,(2)バイタルサイン,(3)腹部診察,(4)脳神経診察では現役の医学生が扮した。なお,各大学の教員である本ワークショップの参加者は評価者となり,真剣な眼差しで約5分間の実技を観察,評価シートへの記入をし,実技終了後は各々のステーションで受験者へのフィードバックを行なった。

OSCEの有効性

 OSCEの実際に触れた参加者たちは,一様にその教育における有効性を認め,「(所属の大学で)すぐにでも導入したい」との声も聞かれた。伴氏らは,OSCEの利点は「臨床医のパフォーマンスを直接評価できること,スコアシートで各項目をチェックすることによってできるだけ客観的な評価が可能であること,医療面接・身体診察・コミュニケーションなど広い範囲の臨床技能評価が可能であること」などであり,一方,「最大の欠点は,多大な人的・金銭的・時間的資源を要するということ」と指摘する。
 確かに,一部の参加者からは「人・金・時間」に加え「場所」の不足の訴えも聞かれ,すべての大学への即時導入には課題を残している面もある。ワークショップではそのような運営上の問題点も議論され,現状の資源の枠内で,最大の教育的効果を上げるためのアドバイスなどもスタッフからなされた。
 既にカナダでは1992年より医師国家試験にOSCEが導入されており,日本でも国家試験への導入が検討されつつある。良医の育成をめざして,OSCE等の欧米で開発された,より効果的な教育法・評価法を教育の場に取り入れていく動きはより活発化すると思われる。今後も継続される本ワークショップが果たす役割は大きい。


注:SPは,模擬患者(Simulated patient)と標準模擬患者(Standardized patient)の2語の略語として用いられるが,厳密には両者は異なる。模擬患者は演技の自由度が高く,状況や学生に応じて適宜変化をもたせて演じ,演技時間も長めに設定することが可能である。それに対して標準模擬患者は,標準化された同じ患者像を反復して演じ,試験や評価を行なう場合など,短時間で標準的な役柄を反復して演じる必要がある場合に適する。ここでは後者によって行なわれている