医学界新聞

連載 市場原理に揺れるアメリカ医療(22)

メディケイド(2)
-無保険者-

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部助教授


 メディケア(老人向け),メディケイド(貧困層向け),という公的医療保険に対する支出増が連邦および州財政を圧迫する一方で,何の医療保険も持たない無保険者が増え続けている。
 無保険者は,中途半端に収入があるためにメディケイド受給資格がなく,しかし自前で医療保険を購入する経済的余裕もない,という人々がほとんどである。65歳未満で保険会社から医療保険を購入している人々の割合は1989年の75%から,1995年には71%に減少した。逆に無保険者の数は増え続け,1995年には4100万人(全人口の15%)に達している。
 特に子どもの無保険者の増加が著しく,ファミリーズUSA(患者の権利擁護団体)の調査によると,全米の子ども3人のうち1人(2300万人)が,1995-96年の2年の間に,少なくとも1か月間無保険状態となったとされる。無保険の子どもは,片親よりもふた親の家庭に多く,両親の少なくとも一方は定職についている家庭がほとんどであった。無保険の子どもを家庭の年収別で分けると,年収1万ドル未満は24%に過ぎず,1万5千ドル以上が60%,2万5千ドル以上が34%を占めていた。片親,あるいは無職の場合にはメディケイドが適用されて医療保険を持つことができるのと裏腹に,ふた親が揃い,真面目に働いていると,「収入が多すぎる」ために無保険者となってしまうのである。

誰が無保険者の医療費を払うか

 無保険者が急病になり治療が必要となった場合,医療機関が患者の診療を拒否することは法律で禁じられている。医療費が払えそうにない患者に対しても治療を行なわなければならないのだが,これまで病院側はそのコストを他の患者の支払いで賄ってきた。支払い能力のない患者のコストを賄うことを前提として,保険会社が医療機関に支払う金額はある程度の余裕を持たせて設定されてきたのである。
 しかし,コスト削減圧力のもとに,病院側は保険会社からの値引き要求を呑まされ,支払い能力のない患者のコストを賄う財政的余裕がなくなってきている。その上,支払いが保証された有保険患者の数が減ってきているのだから,問題は深刻である。
 一般の病院が好まない無保険患者やメディケイド患者を引き受ける一群の医療機関(公立病院や慈善団体の運営する診療所など)は,安全網(safety net)施設といわれている。これら安全網施設にとっては,事態はさらに深刻である。
 メディケイド支出には,無保険患者・メディケイド患者の比率が高い安全網病院に対する補助金支出が含まれているのだが,この補助金支出がメディケイド総支出の13%を占めるまでに上昇し,現在,財政削減の標的とされている。97年8月に成立した財政均衡法では,メディケイド支出を10年間で600億ドル節約することとなっているが,そのうち400億ドルを安全網病院に対する補助金を制限することで賄うことになっているのである。
 さらに,前回(2273号)も述べたように,メディケイド患者を他の病院・開業医に奪われ,安全網病院ではメディケイド患者の割合が減る一方で,無保険患者の割合が増加しているのである。

メディケイドに管理医療を導入

 無保険者の問題を解決するために,メディケイドの受給資格を緩和し,より多くの人々にメディケイドを提供しようという試みが行なわれている。
 州により取り組み方は大きく違うが,共通しているのは,管理医療をメディケイドに取り入れるということである。限られた財源のもとに受益者を増やすためには,管理医療でコストをコントロールする以外に手はないというわけである。
 連邦政府もメディケイドに管理医療を導入することに積極的である。例えば,これまでは管理医療制度をメディケイドに導入しようとする州は連邦政府の認可を得る必要があったのだが,8月に成立した財政均衡法でこの要件を撤廃している。1996年現在,メディケイド被保険者のうち,33%が管理医療に加入しており,1995年と比べ33%の増加率を示している。
 次回,次々回と,テネシー州,オレゴン州で管理医療をメディケイドに導入した経過を紹介する。両州とも画期的ともいえる改革を実施したのであるが,その理念,実施過程はきわめて対照的である。
 また,両州における改革が実現した背景には,信念を持って改革を導いた政治家の努力があったのだが,彼らが政治家として辿った転帰もきわめて対照的である。テネシー州の改革を実現した知事は直後の選挙に落選し,オレゴン州の改革を実施した州議会議員は現在同州の知事となっている。

この項つづく