医学界新聞

「成人病:明日からの対策」をキャッチフレーズに

第32回日本成人病学会開催


 一昨年末に厚生省の諮問機関である公衆衛生審議会・成人病難病対策部会が「生活習慣病」という概念の導入を意見具申して話題になったが,第32回日本成人病学会が,増田善昭会長(千葉大教授・内科)のもとで,「成人病:明日からの対策」をキャッチフレーズに,さる1月14-15日,東京のシェーンバッハ・サボーにおいて開催され,特別講演Ⅰ「成人病と生活環境」(慶大名誉教授 五島雄一郎氏)が行なわれた。
 また,特別講演Ⅱ「内視鏡下外科手術の現況」(埼玉医大教授 出月康夫氏)に続いて,教育講演3題,シンポジウム2題を企画。さらに,「臓器の移植に関する法律」が昨年10月に施行されたことに呼応して,同学会としてはきわめて異色とも思えるパネルディスカッション「臓器移植-世界の現況と日本の将来」が開かれ,熱心な討議が展開された。


「成人病」と「生活習慣病」

 前記審議会の意見具申では,従来の「成人病」という概念は「加齢」という要素に着目して使われてきたが,これを「生活習慣」という面からとらえ直し,「今後,この疾病概念については,『生活習慣病(lifestyle related diseases)』という呼称を用い,“食習慣,運動習慣,休養,喫煙,飲酒などの生活習慣が,その発症・進行に関与する疾患群”と定義することが適切である」としているが,会長講演「内科からみた大動脈瘤,大動脈解離」に引き続いて行なわれた特別講演「成人病と生活環境」で五島氏は,その概念を改めて検討した。
 冒頭,五島氏は「成人病の多くは生活環境,つまりライフスタイルと深い関連があることが指摘され,その改善によってある程度予防が可能であると言われてきたが,その成果は必ずしも十分ではなかった」と述べるとともに,「生活習慣病」という概念には,近年研究の進歩が著しい“分子生物学”や“分子遺伝学”的観点に立脚した“遺伝病”もしくは“遺伝子にかかわる疾患”の視点が欠如していることを指摘。また,「成人病」という概念が成立するに至った歴史的経緯を概括し,成人病の発症に関与するさまざまな生活環境因子と,予防上必要な改善策について言及した。
 一方,教育講演「アルコールの功罪―成人病との関連について」で石井裕正氏(慶大)は,French Paradox(乳脂肪摂取量と虚血性心疾患の発症は相関するが,フランスではこの発症率が極端に低く,フランス人が常飲する赤ワインが動脈硬化の進展や血流の障害を抑制し,虚血性心疾患の発症を防ぐと考えられる)を紹介。また,貝原益軒の「養生訓」の一説を引用した後,「飲酒はライフスタイルを形成する因子の1つで,生活習慣病に対して功罪の両面,つまりある種の生活習慣病の発症,進展を促進する因子である一方,うまく取り入れることにより,生活習慣病を予防する因子にもなりうる」とまとめた。

「臓器移植-世界の現況と日本の将来」

 「移植医療」は,「患者と医療者」という2者の関係から成立する従来の医療と異なり,臓器提供者(ドナー)という第3者の存在が不可欠なことから,社会に向かって開かれた“社会的医療”とも言われる。
 昨年10月に施行された「臓器移植法案」では,あらたに心臓,肺,肝臓,膵臓,小腸が対象となったが,わが国の第一線で活躍している研究者8名が参加したパネルディスカッション「臓器移植-世界の現況と日本の将来」(司会=東女医大 小柳仁氏,東大 小俣政男氏)では,心臓移植と肝臓移植の現況と将来が討議された。

心臓移植について

 心臓移植に関しては,和泉徹氏(北里大)が内科の立場からその適応基準を示し,布田伸一氏(国立甲府病院)が同じく適応基準と術後患者のQOLを,高野照夫氏(日医大)が集中治療室からみた心臓移植の適応例を検討した後,野々山真樹氏(東女医大)が外科の立場から次のように報告した。
 1993年から現在までに,東京女子医科大学に心不全外来を受診した拡張型心筋症による末期心不全患者は30例あったが,特に心臓移植適応が必要と診断された症例は13例で,そのうち9例は海外に搬送後心臓移植が施行され,渡航移植を希望しなかった4例は心不全により死亡。移植手術を受けた9例は平均観察期間22か月で全例が生存し,術後のNYHA(New York Heart Association)機能分類では6か月で全例が1度(心疾患はあるが身体活動に制限はない。日常的な身体活動では著しい疲労,動悸,呼吸困難あるいは狭心痛を生じない)を示し,社会復帰が可能であった。

肝臓移植について

 肝臓移植については,川崎誠治氏(信大),針原康氏(東大),猪股裕紀洋氏(京大)が報告した。川崎氏によれば,肝臓移植は欧米では末期肝疾患に対する治療法として定着し,ヨーロッパでは年間2000例以上,北米では3000例以上が施行され,また1988年以降,ヨーロッパでの肝移植症例術後1年の患者生存率,グラフト生存率はそれぞれ73%と65%,移植後5年では62%と53%である。しかし,症例数が増加し,肝臓移植の適応が拡大される中で,臓器不足という問題が生じ,待機患者数の増加,待機期間の長期化が認められ,この状況を打開する方策として分割肝移植や生体肝移植が位置づけられ,次第にその施行症例数が増加しているのが現状である。
 原発性硬化性胆管炎(PSC)や原発性胆汁性肝硬変(PBC)などの自己免疫性肝疾患では原疾患が移植肝に再発する可能性があり,脳死ドナー肝移植に比較して生体部分肝移植は,自己肝とグラフト肝のHLA型が近いために原疾患の再発率がより高くなる可能性がある,という問題はあるものの,「正確な術前評価と綿密な術後管理を必要とするが,成人例やB型肝炎ウイルス陽性例にも生体部分肝移植の適応を拡大していくことは可能と考えられる」(針原氏),「移植時期の選択に有利な生体肝移植と,ドナー選択の範囲を理論的には広げてくれる脳死肝移植を有効に組み合わせて,新しい肝移植治療体系を構築できる希望は出てきている」(猪股氏)という意見が発表された。