医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内

神経・筋難病の医療・福祉に携わるスタッフに

神経・筋疾患のマネージメント 難病患者のリハビリテーション
加倉井周一,清水夏繪 編集

《書 評》平井俊策(東京都立神経病院長)

神経・筋難病のマネージメントに焦点

 現在数多くの疾患が難病の指定を受け,医療費が国庫負担されるとともに,その成因や治療に関する研究も進歩しつつある。しかし,特に神経・筋疾患では,難病でありながら指定されていない疾患も多い。これらの疾患は有効な治療法がないだけに,リハビリテーション,ケアを含むマネージメントの重要性が非常に大きい。従来,このような神経・筋難病のマネージメントに焦点を当てた書物はなく,その出現が望まれていたが,このたび加倉井周一教授(東大リハ科)と清水夏繪教授(帝京大市原神経内科)編集により発刊された『神経・筋疾患のマネージメント-難病患者のリハビリテーション』は,このような要望に応えるものといえよう。
 本書は,まず総論でリハビリテーションの立場からみた神経・筋疾患,神経・筋難病に対する厚生省研究班の業績,地域での取り組み,心理面への配慮,支援機器などを解説した後,各論として厚生省指定の難病を含む32の神経・筋疾患について簡潔にそのポイントを述べるとともに,特にマネージメントに重点をおいて記述してある。一読して気がつくのは,とかく神経・筋疾患はわかりにくいとして敬遠されがちなのに,説明が簡にして要を得ているので,専門でない人にもわかりやすく,さらに本書のレイアウトが読みやすさを助けていることである。

リハや在宅ケアの記述に配慮

 リハビリテーションや在宅ケアが特に問題となる疾患については,その項を別の執筆者が記述するという細かい配慮も払われている。したがって,これらの疾患についての専門家でなくても,手早く各疾患の概要を知り,そのマネージメントの要点を理解する上で大変重要な書物である。とくに最近は,これらの疾患が在宅医療の対象になることが多いので,在宅医療に携わる医師にとっては非常に役立つ本であるといえる。
 本書が将来改訂される際に望むとすれば,厚生省で指定されている難病とそうでない疾患とを分けて記載してあるほうが便利ではないかと思われること,リハビリテーションに関する記載の少ない疾患については,今後のリハビリテーションの進歩に合わせて是非充実させていただきたいこと,各論の中に指定難病であるアミロイドポリニューロパチーを加えていただきたいことなどである。
 QOLを踏まえた医療が重視され,在宅医療が普及しつつある現在,本書の出版はまことに時宣を得たものであり,神経・筋難病の医療・福祉に携わる医師や関連する各領域のスタッフの方々に是非ご利用をお薦めしたい。
B5・頁260 定価(本体7,000円+税) 医学書院


注目と混乱の中のHp除菌治療に曙光

ヘリコバクター・ピロリ除菌ハンドブック
藤岡利生,榊 信廣 編集

《書 評》寺野 彰(獨協医大教授・内科)

 長く人類を苦しめてきた胃炎,消化性潰瘍が,Helicobacter pyloriHp)という胃内に棲息する細菌によって生ずるらしいこと,この細菌を除くこと(除菌)によってこれらの疾患が改善ないし治癒するらしいことが判明してまだ10数年にしかならない。しかし今Hpは消化器病学の中で最も注目される課題となった。最近では,胃癌や胃悪性リンパ腫あるいは心筋梗塞などの消化管以外の疾患との関連も話題となってきている。

混乱の中にあるHp除菌

 このように細菌がある疾患の原因と考えられる場合,すなわち,いわゆるコッホの4原則が満たされた場合には,その細菌の除菌がその疾患の治療にとって最もよい手段であることはいうまでもない。事実,Hpの除菌によって胃十二指腸潰瘍の再発はほとんどの場合防止できる。ところが,このHpのわが国での感染率は50%を越えるとされており,このことは除菌対象が5-6千万人であることを意味している。さらに複雑なことには,感染したHpの全てに病原性があるわけではなさそうで,その一部が関係しているらしい。
 したがって,Hpの除菌は,その方法とともに除菌対象を何処におくべきか大変難しい問題を含んでいるのである。
 われわれが医療の現場で実際にHp感染者を前にしたとき,除菌すべきか否か,どのような方法で除菌すべきか,あるいはどのような患者さんに対してHpの検査をすべきか混乱の中にある。このことは,われわれ医師サイドの問題のみならず,外来を訪れる患者さんの不安感のもとともなっている。

時機を得た除菌治療の指針

 このような時に出版された本書は,まさに時機を得た恰好のHp除菌治療のハンドブックである。本書はわが国でのHp研究の第1人者である藤岡,榊両氏の編集の下に,若手研究者がやさしくかつ自己主張を加味しながらHp除菌の方法および対象を解説している。
 本書の性格上,Hpによってなぜこのような病変が生じるのかといった基礎的なものは一切省略し,除菌一本に絞っているところが他書に見ない特長である。「Hp除菌治療の実際」という項目を設け,若手研究者の実際の除菌法を示しているのも編者らしいと感心する点である。さらに除菌に失敗した場合の問題,除菌により胃炎,消化性潰瘍はどうなるかといったわれわれのもっとも知りたい点が詳述されている。最後の杉山氏による「除菌治療の将来と感染予防」は,一読に値する好論文である。

遅れる保険診療への認可

 しかし,問題はこのようなハンドブックが出版されても,除菌のための診断も方法も健康保険上の適応がない現状において,われわれは患者さんに対してどのような対応をすればよいのかについては,本書でも述べられてはいない。無理を承知で言えば,このあたりの配慮も本書の性格上必要であるように思う。すなわち,厚生省当局による早期の認可とそれがない場合のわが国の国際的後進性,10~20年後のHp感染者に生じうる実態をできるだけ科学的に主張する必要があろう。
 本書は,今からHpの除菌をしてみようかと考えている実地医家にとって格好の書ではあるが,以上のような問題点のあることを充分認識しておいてほしいものである。
A5・頁150 定価(本体3,500円+税) 医学書院


こどもを多く扱う医療従事者に必携の書

こどもの検査値ノート 戸谷誠之,他 編集

《書 評》岡部紘明(熊本大教授・臨床検査医学)

 長寿世界一の地位を確保した日本は,毎年その記録を更新している。これは医学の進歩の上に社会経済の進展と予防医学の進歩,そしてとりわけ小児死亡率の低下が基盤となっている。予防医学の立場からは乳幼児,小児,学童検診なども貢献している。このように臨床検査は重要な位置づけをされていながら,小児の検査結果を評価するのに参考となる基準値に関する報告は少ない。従来の基準値に関する報告の多くは成人を対象にしており,老人と小児に関してはわずかの例数で設定されていた。
 こどもが大人に至るまでの体内での変化は成人とは大きく異なる。「はじめに」の書き出しに「こどもは大人の縮図ではない」との故小川次郎教授の言葉が引用されている。臨床化学会でも,小児臨床化学の重要性が問われて,小児臨床化学部会が設置されて久しくなる。その中で小児の基準値のまとめが幾度か検討されたが,完成した形では見られていない。それほど小児の検査基準値の設定は困難を極める作業である。
 本著『こどもの検査値ノート』の編集の諸先生はみな小児に接する立場にあり,検査にも精通した方ばかりである。小児からは血液などの測定対象の検体が微量しか得られないため,検査測定機器が微量検体に対応できるようになったとはいえ,限界がある。
 本書は,このような困難性も十分に熟知した先生方が編集している本である。検査値は予防医学,検査・診断・治療の立場からも必須の情報である。本書は臨床化学,穿刺液検査,血液,免疫,内分泌,生理機能検査の項目を214ページとコンパクトにまとめてある。また本書では単位として国際単位が用いられ,世界の現状への対応も考慮して,Sl単位に換算できるように配慮されている。

検査の特徴や測定意義も

 検査値は測定方法により大きく異なる場合がある。その点,本書にはその基準値を出した測定方法が記してあり,検査項目の特徴に応じて年齢別あるいは性別変動幅も適宜挿入されている。掲載項目も約160項目と最小限必要な検査に限り,こどもにおける検査の特徴や測定意義などがそれぞれ解説に付け加えられている。大きさ(判型)も手頃で必要な時にすぐポケットから取り出せる便利さがある。値段も2,500円と求めやすく,小児科医はもとより,こどもを多く扱う内科や外科の医師をはじめ,看護婦,臨床検査技師に,また保母や保健婦,養護教員にも必携の書である。
B6変・頁228 定価(本体2,500円+税) 医学書院


読ませて考えさせる解剖の本格的教科書

Hollinshead's Textbook of Anatomy 第5版
C. Rosse, P. Gaddum-Rosse

《書 評》坂井建雄(順大教授・解剖学)

 この本の原著者であるHollinshead教授は,全3巻からなる『Anatomy for Surgeons』の著者として著名である。こちらの『Textbook of Anatomy』のほうは,1962年に初版が発行され,第3版まではHollins head教授が単独で,第4版ではRosse教授が加わって改訂を行なった。Hollinshead教授は,第4版の出版後すぐに亡くなり,今回の第5版はその後の初めての改訂版ということで,Hollinshead教授の名前は著者名から外れ,本の標題に組み込まれて残ることになった。

医学生の真の実力を問う

 900頁という,やや厚めの教科書であるが,著者の序文にもあるように,学生用の本として書かれている。頁をめくって眺めてみると,基本的に黒1色の本文と図版の上に,赤と青の色を重ねている。図版の分量は,解剖学書としてはずいぶんと少ない。逆に言えば,文字の量がきわめて多い。最近の解剖学書には,筆者が邦訳した『ムーア臨床解剖学』のようにカラフルな図版を多用し,さまざまな図表と囲み記事でメリハリをつけたものが多いが,そんな中で地味な印象になるのを厭わずに,読ませて考えさせることに徹した,本格的な教科書である。
 内容のほうは,基本的に局所解剖学のスタイルで書かれている。第1部は序論に当たる2章,第2部は組織と人体の系統と題し,器官系を紹介する9章からなる。第3部から第8部までは,局所解剖の扱いとなっている。第3部の背部は2章,第4部の体肢は5章,第5部の胸部は4章,第6部の腹部は14章,第7部の骨盤と会陰は2章,そして第8部の頭頸部は6章,という構成である。

実力ある解剖学の教科書

 本文の内容に多少詳しく目を通してみると,実力のある解剖学の教科書であることがわかる。扱っている解剖学的な構造に,生物学的な側面に光を当てるだけでなく,臨床との関連も重視するなど,多面的な側面を扱っている。たとえば乳腺について,外観と内部構造の解剖学的な記述に続いて,腺組織と乳癌についての説明,授乳について,結合組織の枠組み,神経と血管,リンパ管とリンパ節,そして乳腺の診察法が述べられている。医学生の解剖学の教科書として,これほど詳しくかつ親切に書かれたものは,そうざらにはない。少なくとも日本語で書かれた教科書では,お目にかかったことはない。
 これだけボリュームのある教科書を読みこなせば,医学生も十分に実力がつくに違いない。簡便で読みやすい教科書も,このように医学生の真の実力を問う教科書も,どちらも手に入る,そんなアメリカの医学生は,恵まれた環境にあると思う。
頁902 定価9,680円 Lippincott-Raven, Philadelphia, 1997年