医学界新聞

1・9・9・8
新春随想

リハビリテーション医学教育の問題点

木村彰男(慶応義塾大学助教授・リハビリテーション医学)


 たぐい稀な高齢化社会を加速度的な勢いで迎えつつあるわが国において,運動器疾患を幅広い角度からとらえてアプローチするリハビリテーション医学は,従来にも増してその重要性が高まってきている。最近,「リハビリテーション科」が標榜科として認められたのも,このような社会のニーズに対する1つの答えと思われる。
 しかしながら,リハビリテーション医学を支える医師の教育に関しては,卒前・卒後を通じてはなはだお寒い状況が続いていると言わざるを得ない。年頭にあたり,リハビリテーション医学教育の問題点について,日頃考えていることを述べて見たい。
 一番大きな問題は,一般の医師の間でリハビリテーション医学に関して,はたしてどのくらいの認識がなされているかという点である。医学部の教員や,第一線の医療現場で働く医師にとってリハビリテーション医学は,既成の医学よりも劣っていると見なされているか,あるいは医師が関知する分野ではなく,何をやっているのかがよくわからないというのが,偽らざる現状であろう。麻痺患者の機能予後予測や,神経因性膀胱の管理,ADL(日常生活動作)の評価・訓練など,リハビリテーション医学が扱わなければならないテーマは山ほどあり,またこれらについて総合的にアプローチできるのは,リハビリテーション医学をおいて他にはないと言える。
 しかるに,上記に指摘したような認識不足のため,腰を据えてリハビリテーション医学・医療に取り組んでいる医学部や病院は少なく,実際には多くの医療機関で理学療法士などの訓練士を中心にリハビリテーション科が運営されていることが多い。リハビリテーション科の責任者として形だけ医師の名前が登録されているが,整形外科や神経内科の医師の兼務がほとんどで,リハビリテーション医学に対する知識も情熱も乏しい場合が大半といえる。

リハビリテーション医学の卒前・卒後教育の充実

 このような現状を打開するためには,リハビリテーション医学の卒前・卒後教育の充実がぜひとも必要といえる。
 最近では関係者の努力により,卒前教育の場においてリハビリテーション医学が取り上げられる機会が増えてきている。少しずつではあるが,私立大学を中心にリハビリテーション医学の講座が整備され,系統講義やポリクリに組み込まれるようになってきている。
 さらに私自身の大学を例にとると,医学部に入学したばかりの1年生に対するEarly Exposure Program(EEP)の一貫として,リハビリテーション医学の現場が利用されている。すなわち,医学生が介護・介助者の見習いとして,患者の目の高さを通して医学・医療の現場を身をもって体験することを目的とする,1週間単位のEEPにおける約200の宿泊研修施設のうち,その4分の1をリハビリテーション関連施設が占めている。実際の医療が各種の医療職によって支えられていることを実体験として学ぶことができるため,医師としての人間性ならびに倫理面の教育を受ける場として大いに役立っており,リハビリテーション医学そのものを実習するわけではないが,医学全般を若いうちに考える貴重なカリキュラムとして,EEPは教職員のみならず学生の間でも評判になっている。
 卒前教育では,以上述べてきたような努力が行なわれてきているが,一方,リハビリテーション医学の卒後教育の現状はどうであろうか。卒前教育が不十分であったため,卒後教育の重要性は早くから叫ばれており,リハビリテーション医学会の専門医制度などの展開により,それなりに成果を上げてきたと考えられる。しかるに専門医の数こそ増えたものの,専門医養成の現場はここ10数年来たいした変化を遂げていない。

系統的な卒後教育システムの構築を

 大学の医局は増えたものの,リハビリテーション医学全体をカバーするシステム化された研修の機会を提供する場は限られており,実際に卒後教育を行なうリハビリテーション専門病院も相変わらず少ないのが現状である。一部の人々に頼った目先の教育ではなく,全体を見据えた広い視野に立った上での系統的な卒後教育システムの構築が望まれ,そのためには学閥などを超えた幅広い大学・施設間での連携が不可欠と思われる。
 理学療法士などの訓練士に比べ,その教育体制が出遅れた感のあるリハビリテーション医学における医師の教育であるが,上記のような問題点を考慮しつつ,私自身を含む関係者が不断の努力を重ねることを年の始めに約束するとともに,他科の医師をはじめとする一般の方々のより一層の理解を求める次第である。