医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


HP除菌治療をはじめる臨床家に必携の一冊

ヘリコバクター・ピロリ除菌治療ハンドブック 藤岡利生,榊 信廣 編集

《書 評》西元寺克禮(北里大教授・内科)

 Helicobacter pyloriHP)と上部消化管疾患との関連は消化器関連学会のトピックスである。本書の編者の1人,藤岡が第1章でまとめているように,(1)HP感染は胃炎・消化性潰瘍患者の胃粘膜から高頻度に分離され,ヒトにおける最も高頻度の慢性感染症である,(2)感染実験で急性胃炎を引き起こし,組織学的な慢性活動性胃炎が持続する,(3)除菌療法により消化性潰瘍の再発が有意に抑制される,等の点がHP研究の今日の隆盛をもたらしたのであろう。

臨床的事項に焦点をしぼる

 HPがどのような機序で胃粘膜傷害を引き起こすのかについては,さまざまな角度より研究されている。本書はこれらのメカニズムについては詳しく言及せず,タイトルの「除菌治療ハンドブック」からもわかるように,臨床的事項に焦点をしぼって編集されたものである。その構成は「なぜ除菌が必要なのか」,「除菌治療の判定はどのように行なうのか」という総論から始まり,HPがなぜ注目されているのかについてのreviewと,各種疾患との関わりが簡潔にまとめられている。HP感染の診断については判定のガイドラインを含め,各種検査法が紹介され,診断の概要が把握できるようになっている。
 次いで治療についてであるが,除菌療法は単剤ではなく,抗菌剤と酸分泌抑制剤を併用するのが普通であり,これまでもさまざまな組み合わせが提唱されてきた。これらの流れについて触れた後,各種薬剤の有用性,位置づけについて詳細に述べられている。抗菌剤,ビスマス製剤,プロトンポンプ阻害剤など,既に欧米でその有用性が確認されている薬剤のみでなく,わが国特有の防御因子増強剤についても述べられている。
 除菌療法の流れは古典的3剤療法,2剤併用療法,新3剤療法ということになるが,わが国においてもこれら欧米の報告に則って除菌治療が行なわれる趨勢である。しかし施設によって独特の治療法や薬剤の組み合わせを工夫しており,その一端が「私の除菌方法」でいくつかの施設より報告されている。
 感染症であるという前提に立つと,種の違いがあるとはいえ欧米のHP感染と大きな隔たりがあるとは考えられず,わが国特有の治療法は存在しないかもしれないが,本書での記載を含め,わが国での除菌療法の成績の対象数の少なさは大いに改善されなければならないと思う。

ほぼ確立をみた除菌療法

 いずれにしても90%以上の除菌率が達成されるようになった今日,今後はより副作用の少ない治療法の開発が残されているが,ほぼ除菌療法は確立されたといってよく,本書のような実用書が市販されるのは時機を得たものであろう。胃炎,消化性潰瘍が今後どのように変わっていくのか,リンパ節,胃癌との関係,除菌療法の普及と耐性菌の出現,感染予防などの今後の問題にも言及してあることも付け加えておきたい。
A5・頁150 定価(本体3,500円+税) 医学書院


口蓋裂の言語の諸問題を包括的に整理

口蓋裂の言語臨床 岡崎恵子,他 著

《書 評》澤島政行(横浜船員保険病院)

 この本の書評を書くにあたり,筆者は1983年出版の『口蓋裂の言語治療』(福迫陽子,相野田紀子,阿部雅子,岡崎恵子,医学書院刊)に言及せざるを得ない。それは本書の前身となるものである。執筆者たちは,日本における言語治療の実績を築き上げて来たSTであり,その実践の成果を手づくりでまとめ上げたものであった。彼女たちと共に仕事をしてきた筆者は,その序文を書かせてもらい,その出版の喜びを分け合ったのである。序文の中で筆者は,この出版をステップとして,執筆者たちの理論と実践が一層の飛躍を遂げることを期待した。

飛躍の成果を示す

 現在の彼女らは(福迫陽子は惜しくも他界したが)名実共に日本を代表するSTとして活躍している。一部執筆者が入れ替わり今回出版された本書は,その第二作となる。第一作と比べて,その視点(あるいは思想)と構成に,かなりの変革がみられ,時代の変化と共に,執筆者たちの一段の飛躍の成果がみられる。
 本書の内容は,次の11章から構成される。(1)口蓋裂臨床における言語臨床家の役割,(2)言語臨床家に必要な基礎知識,(3)口蓋裂言語,(4)口蓋裂の言語臨床における評価,(5)口蓋裂の言語臨床における治療,(6)乳児期の言語臨床,(7)幼児期の言語臨床,(8)学童期の言語臨床,(9)思春期・成人期の言語臨床,(10)特別な問題を持った症例,(11)口蓋裂言語臨床の課題。
 各章の内容は,小見出しによって要領よく整理され,実際の記述は簡潔である。内容の整理整頓にかなり苦心が払われているが,このようなスタイルは,記述の冗長さを嫌う最近の傾向であろうか。

発達段階を意識し章立てを工夫

 第1章には,口蓋裂のチーム医療におけるコーディネーターとしてのSTの役割が強調されている。また,全章にわたって「言語臨床」という表現が用いられているのも,STがかかわるべき領域への自覚と自信のあらわれであろう。第3-9章は,口蓋裂の言語病理,評価,治療で,本書の中心部分である。言語病理,評価では,最近の研究業績,委員会活動の成果が紹介されている。治療では,乳児期からの発達段階に沿って,その節目節目で章立てを改めてある。口蓋裂児には,その発達段階に沿って,治療のプログラムが立てられることは以前から知られているが,その点を章立てで明示したのも本書の特徴であろう。
 最終11章には,執筆者達自身が現在なお抱えている問題が提起されている。読者にも問題解決に積極的に参加してほしいとの呼びかけであろう。
 本書は,口蓋裂言語にかかわる諸問題を,包括的に整理した指導書である。記述の簡潔さから,初心者には多少敷居が高いかも知れない。それを補なうには,解説の背後にある実務的な面を知る意味でも,本書巻末にある《付;さらに勉強する人のために》や《文献》を繙かれると役立つであろう。
A5・頁160 定価(本体5,000円+税) 医学書院


豊富な経験に基づく記述が読者を納得させる

胆石の溶解・破砕療法 超音波分類の応用 土屋幸浩 著

《書 評》谷村 弘(和歌山県立医大・外科)

 著者は,胆石診断に必須な情報を1つの検査法で得られる超音波画像に早くから注目して,胆石の超音波分類を初めて系統的に提唱した。胆汁酸溶解療法と胆石衝撃波破砕療法にて600名の胆石患者を治療してきた経験に基づいて,その臨床上の有用性を自らの手で示したのが本著である。

一分の隙もない解説

 外科医なら2~3回の通院(最長1カ月?)でギブアップするところを,5年10か月の長期にわたる治療で胆石を完全消失させた例など,実に根気強く通院をさせながら,誇張のない自己の経験に基づいたデータだけを信じ,クライテリアを明確に割り切って考えるという相手を説得する著者の手法も,またネーミングも,親子胆石(大小胆石が共存する混合石)など独特のものがある。
 また,胆石症の治療の目的は「胆石痛からの解放にある」という著者独自の治療哲学から,繰り返す胆石発作は浮遊性胆石に起因していると考え,この胆石(非石灰化コレステロール石)のみの溶解に的を絞る「標的溶解療法」を考案している。そして,この標的溶解により溶解療法の適応の枠を広げることに成功している。
 しかも,その時々の画像と経験数の増加に応じて,分類の仕方や有効と無効例の原因の違いを多方面から深く探索し,特に胆嚢収縮能から,考察と反省をしてみせる「熱心さ」。
 一分の隙もない解説が「コメント」として付けられており,胆石のエコーパターン別にどのような検査法を組み合わせたら効率よく胆石の質的診断が行なえるかが多数の図に示され,著者の「胆汁酸溶解療法が温和で優れた胆石治療法であると確信できたのは,実は破砕療法の経験を積んでからのことである」という告白を含めて,読者を納得させてしまう。

実に臨床的な資料集

 胆石割面の基本構造として純コレステロール石,ビリルビンカルシウム石および黒色石を具体的な症例の画像で図示した実に臨床的な資料集であり,明快な解釈を附記されているので,ご自分で腹部超音波検査を行なっておられる内科医の先生方には,この本を通じて,毎日診療されている患者さんに外来で図説するのにきわめて便利で役立つと考える。
 また,外科医も,「任せなさい!」といって一方的に腹腔鏡下手術を勧めるのではなく,もう一度この本を利用し,超音波所見を分析する力を磨くためには摘出した胆石の割面の肉眼所見の観察が欠かせないことを銘記し,患者さんに再発防止を含めて客観的に治療方針を説明できるよう訓練すべきであろう。
 最後に「患者が客である」という本すら出版される時代に,著者は,胆石症の治療には胆嚢温存にもっとウエイトを置いてもよいのではないか,外科治療の安易な選択には賛同しかねると外科医に挑戦している。しかし,わが国における医療費が問題になっている今日,もし最初に全費用を提示して自己負担を全額とすれば,内科と外科と患者とで意見が大いに異なるのではなかろうかと考える。
B5・頁136 定価(本体4,700円+税) 医学書院