医学界新聞

第8回国際ヒトレトロウイルス:HTLV会議印象記

宇宿功市郎 (鹿児島大医学部・医療情報管理学)


 第8回国際ヒトレトロウイルス:HTLV会議がブラジル,リオデジャネイロで1997年6月9日から6月13日の日程で開催されました。本会議は1年半に1回,国際レトロウイルス学連合(The International Retrovirology Association-HTLV and Related Viruses)と開催地の主要研究機関の共催で開催されており,今回の会議ではブラジル国立癌研究所がホストを勤め,会長はMaria S. Pombo de Oliveira氏でありました。

HTLVに関する包括的な会議

 国際レトロウイルス学連合は,ヒトT細胞指向性ウイルス(HTLV)感染により引き起こされる疾患(成人T細胞性白血病〔ATL〕,HTLV-I関連脊髄症〔HAM/TSP〕等)の研究,HTLVの起源・進化の解析,HTLVの分類・命名・塩基配列解析,HTLV疫学研究の推進・情報交換の場として1987年に設立され,臨床研究ならびに基礎研究の統合と疾病機序の解明,疾病疫学の検討,病態機序に基づいた治療法開発,疾病予防研究などに数多くの業績をあげております。現議長はWilliam A. Blattner氏(メリーランド大)であり,前議長は高月清氏(熊本大)でありました。また本会議中に次期議長はGuy de The氏(パスツール研),次々期議長は納光弘氏(鹿児島大)と決まりました。
 今回は50数か国から約450人の参加者がありました。本会議の特徴は,HTLV研究に従事する研究者が,それぞれのsubspecialtyを越えて,お互いの意見の交換ができるように計画されていることで,このためにすべての口演発表は全期間を通じて1つの会場で,全員が参加して行なうように調整されており,ポスター発表においても,全員で議論すべき内容はそのエッセンスを口演会場と同じ部屋で討論するように工夫されておりました。
 この会議のもう1つの特徴は,毎回会期の途中に参加者の大多数で,開催地の史跡や名所に観光に行き,そこでMini-LectureやTutorialを開催し,お互いの情報の交換の場や,若い研究者により刺激を受けてもらう企画を設けていることです。今回はItacuruca Islandというリオデジャネイロから約3時間ほどのところに位置する島に船で渡り,Tutorial,昼食,全体会議,その後の日光浴,海水浴を楽しみました。当たり前と言ってしまえばそれまでですが,リオデジャネイロは南半球にあり,6月は冬で大陽はやや北に傾いており,北側のビーチのほうが日当りがよいことが南半球にいることを実感させるのに十分でした。

3種類のHTLV:HTLV-I,HTLV-II,HIV

 それでは,本題の討議内容の紹介に移りたいと思います。HTLVには大きく分けてHTLV-I,HILV-II,HIVの3つがあり,本会議ではAIDSの原因ウイルスのHIV以外のHTLV-I,IIの疫学研究,疾患との関連,疾病を起こす場合にはその発症機序解明等が発表の大半を占めておりました。HTLV-Iはヒト癌ウイルスの中で感染と癌発症の因果関係が高月清氏により世界で最初に確立されたウイルスで,塩基配列は吉田光昭氏(東大)により1981年に明らかにされ,発癌に至るメカニズムもあと一歩のところまでわかってきているウイルスです。また,1985年には納光弘氏によるこのウイルス塩基配列の検討から,同一ウイルスが全く異なる2つの疾患を引き起こすことでも注目されています。
 HTLV-IIは,現在疾患との関連があるか否かが精力的に検討されています。両ウイルスとも主たる感染経路は母乳感染ですが,近年経静脈麻薬常習者(IVDA),同性愛者の中で感染の拡大が確認されており,特に中南米,東南アジアではHIV感染拡大と平行して感染が拡がっており,HIVとの重複感染ではHIVの進行を早めるなど公衆衛生上も問題となっています。母児間感染を防ぐには母乳栄養の中断が有効であることは日本での研究から明らかなのですが,発展途上国では栄養衛生状態の悪さから母乳栄養をやめることは不可能であり,ワクチン開発の必要性が説かれているところです。
 今回は,疾病発症機序,分子ウイルス学,分子診断,免疫病理,分子疫学など10にわたるセッションが設けられ,各セッションでは世界の代表的研究者がその分野の最近のprogressならびに自分の仕事を紹介した後に,関連した内容について参加者らが口演発表を行ない,討議を深めていきました。

HTLV-I,IIの血清診断における スクリーニングと確定診断

 HTLV-I,IIの血清診断の面では,スクリーニングと確定をどのような順番で行なえば,もれなくかつ経済的に,世界標準でできるかが話題となり,HTLV-I感染から腫瘍化の面では,JAK-STAT系がATL細胞の増殖に関係すること,Taxが腫瘍化特性を示すには特定の場所にリン酸化が必要なこと,ATL細胞増殖へのIL-15の関連とサイトカイン受容体sub unit阻害による増殖抑制,細胞周期抑制INK familyの作用をTaxが阻害し腫瘍化に至ること(東大 吉田光昭氏,他),ATL細胞と活性化T細胞の遺伝子発現の差の検討からは,osteopontinとversican遺伝子がATL細胞で発現が増加し,ferritin軽鎖遺伝子が減少していることの確認,急性型を的確に診断するためには癌抑制遺伝子,p15/p16のマーカーとしての使用が有用であること(長崎大 山田恭暉氏)などが主要な話題でありました。
 HTLV-II Tax transgenic mice(国立感染症研 福嶋誉子氏)の解析では,リンパ球へのTax trans geneのみではリンパ腫瘍性病変は起こせないことも報告されました。
 HAM/TSP発症機序の面では,Taxに対するCTLの疾患への関連性,CTLがいかに誘導され維持されているか,HTLV-I抗原特異的T細胞増殖と発症との関連,ならびに多発性硬化症との類似点,動物モデルの解析が話題となりました。抗Tac抗体で治療したHAM/TSP症例でvirus loadの現象を観察した報告,プロテアーゼ阻害剤をHAM/TSP患者に投与し,臨床症状の改善とともにprovirus load,HTLV-I特異的CTLが著しく低下した報告がみられ,かなり突っ込んだ討論が行なわれる場面もありました。HAM/TSPのモデル動物とされるHAM ratの脊髄を経時的に観察した報告では,脊髄局所でのpXmRNA,TNF-α mRNAの発現,bcl-2抑制,引き続く乏突起膠細胞のアポトーシスが脊髄症発症に重要で,HTLV-I env-pX transgenic ratの骨髄移入の実験からはtrans-gene offector cellが自己抗原への免疫寛容を破壊する,または直接自己抗原反応性を示す可能性が発症の機序としてあげられていました。
 HTLV-Iはブドウ膜炎(HU)も起こすのですが,眼房水中にサイトカイン産生,特にIL-6とIFN-γ産生を抑制する因子のある可能性(東大 渡辺俊樹氏),九州筑後地区ではキャリア600人に1人の割合でHUが発症,先行甲状腺炎がvirus load増加に関連していることが報告(久留米大 望月學氏)されておりました。疫学の面では,HTLV-IIについてはその起源の問題,各国での感染の拡がりの問題が報告され,米国では40―49歳代の感染がもっとも多く,ここ30年のIVDAからの献血で拡がっていること,旧南ベトナムのIVDAの60%に北アメリカsubtypeのHTLV-II感染が見られ,ベトナム戦争中にアメリカ軍によってもたらされたものであることが明らかされました。ATLの日本での発症年齢は95%以上の例で40歳以上,九州での推定罹患率は男性100万人当たり55人,女性37人であり(愛知県癌センター 田島和雄氏),10年間にわたる長崎県での断乳指導の結果,生後1―1.5年の検索で,全く母乳栄養を受けなかった小児では3%,6か月以内の小児では6%,少なくとも6か月母乳栄養を受けた小児では16%に抗HTLV-I抗体が見られた(鳥取大 日野茂男氏)とのことでした。
 熊本大学の山口一成氏は,抗体陽性率の減少(2.5%から1.7%へ),新規献血者での抗体陽性率の減少,衛藤研一郎氏は,蛍光ラベルしたHTLV-I特異的PCRプライマーを用いた方法(AmpliSensor)でHTLV-I provirus loadを定量,HTLV-Iキャリアでは末梢血リンパ球の0.1%―33%に感染が見られ,ウイルス量は,年齢,性に影響されないこと,可溶化IL-2受容体およびHTLV-Iウイルス感染細胞の単クローン性増殖があることを報告されておりました。岡山昭彦氏(宮崎医大)は,ハーバード大に留学中の久田氏とともにHTLV-Iキャリアで喫煙しているヒトでは,異常リンパ球の頻度の追跡が重要であること,宮崎のコホートでは平均58歳でHTLV-I抗体の陽転化が起こるが,HTLV-I関連疾患との有病率との関連は認めないこと,23例のHTLV-I抗体陽転者の陽転後のPA抗体価はほとんどの例で少なくとも512倍あること,virus loadは0.01―5%であったことを報告していました。

鹿児島大からの報告

 鹿児島大からも筆者を含め多数発表を行ないました。筆者は,HAM/TSP患者の髄液内抗HTLV-I env peptide特異的抗体産生はHTLV-Iキャリアに比して強いこと,この髄液内抗体産生の強さはHLAに相関することを報告してきておりましたが,今回はこれを発症後の経過と合わせて解析することにより,HAM/TSPの罹病期間が2-9年の症例で最も強く,髄液PA抗体価と相関することを見出し,報告しました。
 納光弘氏は,HAM/TSP発症機序をコンピュータグラフィックスを用いたビデオで解説し,出雲周二氏は,関節障害があり関節鏡治療を受けた300例の検討から,HTLV-I感染が慢性関節炎を増悪させていること,また園田俊郎氏は,これまでのATLならびにHAM/TSP関連HLAアリル,ハプロタイプの仕事を発展させ,この現象は日本以外の人種でもみられること,HTLV-IpX領域にはATL関連のHLA-A26,B61に結合するanchorモチーフがなく,このHLAを持つ人ではpXペプチドへのCTL反応が弱いこと,HAM/TSP関連HLA-B7,A2,A24に対してはanchorモチーフが多数あり,CTL反応が強いこと,HTLV-Igp21を認識するCD4T細胞は,DRB*0901ではなく,DRB*0101を持つリンパ球でみられることを報告。また蓮井和久氏はHTLV-I関連非腫瘍性リンパ節腫大で,腫大リンパ節の周囲皮質のリンパ球,樹状細胞の細胞質にTax,Rexの発現が見られること,鹿児島大に留学していたBernd Kitze氏は,筆者との共同研究でHTLV-I env gp21上の免疫決定部位を明らかにし,得たことを報告しました。
 NIH留学中の久保田龍二氏はIFN-γ陽性CD8T細胞がHAM/TSP患者(5.0%)で,HTLV-Iキャリア(0.4%),正常対照(0.3%)より高いことおよびHTLV-I provirus loadをcompetitive PCRで定量する方法を確立,抗Tac抗体で治療したHAM/TSP症例でvirus loadの減少を観察し,アイルランド留学中の町頭幸一氏は,6日間培養のリンパ球におけるサイトカインの産生を検討,HAM/TSPではキャリアに比しMIP-lαが上昇していること,森豊隆志氏は高感度にHTLV-I抗原を証明する新たな方法の開発を報告,松岡英二氏は免疫染色とHTLV-I PCR in situ hybridizationを同一切片上で行なう方法を確立,HAM/TSP剖検脊髄ではHTLV-I感染はCD4メモリT細胞にのみ見られること,竹之内徳博氏は扁桃でのHTLV-I provirus発現を検討し,HTLV-I抗体陽性者にのみprovirusを検出でき,扁桃のmarginal zoneにT細胞が浸潤,marginal zoneとmantle zoneの境界が不鮮明になっていることを明らかにしました。

おわりに

 以上日本からの研究者の発表を交え今回の会議の内容を報告しましたが,先にも触れましたようにHTLVは日本で分離され,疾患との関連も世界で最初に報告され,また中南・東南アジアでは未だに感染の拡大が見られることから,どの演題も参加した世界中の研究者が盛んに討議に参加していました。
 ちなみに,次回の第9回の会議は鹿児島大の納光弘教授が主催し,1999年3月に鹿児島で開催されることになりました。HTLVに関連する研究をされている先生方の多数の参加を得られることを希望しています。
 最後になりますが,今回の会議への参加,ならびにこのような報告の機会を与えて下さいました金原一郎記念医学医療振興財団に深謝いたします。