医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


充実した解剖図譜を立体的に

3D解剖アトラス 横地千仭 著

《書 評》坂井建雄(順大教授・解剖学)

 解剖学のアトラスで,何とも楽しい本ができたものだと思う。肉眼解剖の様子が,立体写真になって目の前に飛び出してくるのだ。こんな面白いものを作ってしまったのはいったい誰だ,と思わずつぶやいて著者の名前を見たら,あの「Rohen-横地のアトラス」の横地先生だ。

解剖写真が飛び出してくる

 パラパラと頁をめくって,手頃な頁を開き,じっと眺めていると,解剖写真が飛び出してきて思わずほほえんでしまう。そんな解剖写真セットが,頭部で10組,頸部で8組,呼吸器2組,心臓7組,腹部5組,骨盤部8組,背面2組,上肢4組,下肢3組,自律神経とリンパ管で3組,合計52組と盛りだくさんである。そして値段が税抜きで2800円とお手頃なのもいい。鞄からこの本を取り出して開き,「解剖の写真が飛び出して見えるよ」などと言って素人に見せれば,大いに受けそうだなと楽しみにしている。
 3Dアートと称して少し角度をずらした視点からの図を並べて,視線を平行にしたり交差したりして立体感を味わう方法は,しばらく前から人気がある。この本は,それがコンピュータグラフィックスではなく,解剖写真になったものである。1つひとつの写真がこれまたすばらしくいい。もとになったのがRohen-横地のアトラスなら,それも当たり前か。
 上下見開きの上の頁には,大きめの写真を納めて,ネームを振ってある。下の頁には,小さめの3枚組の写真が横に並べてあり,右と中央の写真は平行法で,左と中央の写真は交差法で見るように作られている。好感をもてる親切なレイアウトである。

解剖学に楽しさを与える

 こんな気楽なことを言っていると,このアトラスが安易にできあがったものだと誤解する人がいるといけないので,改めて断っておくが,これは実に内容の重たい図譜である。そもそも人体解剖のアトラスには,さまざまな種類のものがある。かつては絵画的なイラストで表現するアトラスが多数作られた。PernkopfやGrantなどがその代表例だろう。また解剖実習に使うことを前提にした線画のアトラスや,模式図を中心にしたものもある。最近では写真技術と印刷技術の進歩によって,解剖標本の写真によるアトラスが可能になった。しかし写真撮影に耐える良好な解剖標本を,アトラスとして提示できるほど取り揃えることが,いかに困難な大事業であるか。それは解剖標本をじっさいに作ってみた人でなければなかなかわからない。
 この3Dアトラスはそのような重さを少しも感じさせない。この本が感じさせるような気楽な部分が,これまでの解剖学の教育や啓蒙に足りなかったのではないか,そんな反省もしている。まじめな解剖学の専門家が,解剖学に楽しさを与えてくれるこの本に,あまり目くじらを立てないようにと,私のほうは少々まじめに心配している。
B5・頁112 定価(本体2,800円+税) 医学書院


産科麻酔の基礎から臨床までを1冊に

BWH産科の麻酔 Gerald W. Ostheimer 著/照井克生 監訳

《書 評》天野 完(北里大・産婦人科学)

最新の臨床情報を網羅

 このたび,メディカル・サイエンス・インターナショナル社より『BWH産科の麻酔』が上梓された。1992年に発刊されたOstheimer GWによる“Manual of Obstetric Anesthesia. Second Edition”の日本語訳版である。First Editionは1984年に発刊され,Brigham and Women's Hospitalでの25年間に及ぶ基礎的,臨床的検討の集大成ともいえるものであった。Second Editionではさらにその後の新しい知見,最新の臨床情報を追加し,ハイリスク妊娠に関しても独立した章を設けてより詳細にまとめられている。
 全体で11章から構成され(413ページ),第1章,2章では産科麻酔の基礎となる妊娠に伴う母体の生理,胎児生理について述べられている。
 第3章では周産期薬理学に関して詳述されている。第4章では精神予防性無痛分娩など薬物によらない鎮静法に関しても触れている。第5章では薬物相互作用について述べられ,第6章で吸入麻酔,第7章で区域麻酔の具体的方法,副作用・合併症とその対応に関して実践的に記載されている。第8章では産科出血,妊娠中毒症などハイリスク妊娠23項目に関して病態生理を踏まえた麻酔法の選択とその実際について述べられている。
 第9章は新生児の蘇生法に関連して述べられている。第10章では特殊な問題点として硬膜外麻酔が分娩進行に及ぼす影響に関してや,新たな分野である体外受精での麻酔,胎児手術の際の麻酔などについても述べられている。最終章の第11章では産科麻酔に関する教育,組織,基準に関して述べられており,米国での産科麻酔に関する教育システム,分娩時麻酔への対応の実情が述べられており興味深い。
 また各章で,実際にBrigham and Women's Hospitalでフェローとしての臨床経験を有する照井克生博士によりコメントと最新の文献が脚注として付記されている。
 基礎から臨床まで広範囲に産科麻酔の関連事項はほぼすべて網羅されており,かつまた実際の臨床に役立つ実践的な内容となっている。とくに周産期治療に携わる産科医,麻酔科医,新生児科医にとっては大変参考になると思われる。

日本の産科麻酔の現状

 ところでわが国での産科麻酔の現状はどうであろうか。
 産婦人科医が麻酔に直接関与する機会が多いにもかかわらず,実践的で臨床に役立つ書物はほとんどみかけない。学会での発表をみかけることも少なく,産科麻酔に関する興味は必ずしも高くはないようである。1996年に行なったアンケート調査でも諸外国の大学病院では90%以上の施設で分娩時麻酔を行なっているのに対し,わが国の大学病院では55%にすぎず,しかも医学的適応例に限る施設がほとんどであった。いずれの施設でも腰部硬膜外麻酔が第1選択で,低濃度局麻剤,オピオイド併用による持続注入法が主流であるが,わが国での実施は数施設にすぎない。なお,イギリス,北欧諸国では笑気による吸入麻酔を積極的に行なう施設が多く,ドイツでは65%の施設でrectal analgesiaを,イギリスでは27%の施設でTENS(Transcutaneous Electrical Nerve Stimulation)を行なうと解答している。それ以外にもaromatherapy, reflexotherapy, bath-tubを用いるなど産婦のニーズに答えて様々な方法が取り入れられているようである。
 分娩時の疼痛,不安感の除去が母児にとって都合のよいことは明白であるが,正常分娩に積極的に産科医が関与することはわが国ではほとんどないのが現状と思われる。
 諸外国の大学病院では分娩を集中的に管理しており(半数近い施設が年間3000以上の分娩数),麻酔科医が積極的に関与するシステムが確立している点がわが国の実情とはきわめてかけ離れている。分娩には痛みがつきものであるとの認識が浸透している文化的背景に加え,本来自然であるべき分娩に医療が介入することに対する消極的意見も見受ける現状では“無痛分娩”は一般化しにくいのかもしれない。
 本書が多くの人との目に触れることによって産科麻酔の認識が高まり,わが国での今後ますます発展することを期待したい。
A4変・頁432 定価(本体18,000円+税) MEDSi刊


胆石症の内科的治療法の指針

胆石の溶解・破砕療法 超音波分類の応用 土屋幸浩 著

《書 評》亀田治男(東京病院顧問)

 胆石症の治療法は近年著しく進歩して多彩となり,さまざまな方法の選択が可能となった。本書はそのなかで胆石溶解,胆石破砕など胆嚢を温存する内科的治療法と,そのために必要な胆石の質的診断を総括したものである。とくに治療法選択の基本となる胆石の超音波分類の提唱者でもあり,パイオニアでもある著者が,これらに関する諸問題の集大成として刊行したものであり,胆石症の内科的治療法の指針とすべきものである。
 Langenbuchが胆嚢摘出術を発表したのは1882年のことであり,以来115年にわたり胆石症治療の基礎となってきた。しかし25年前から新しい画期的な胆石症治療法がつぎつぎに発表され,それぞれの適応と選択を明確にすることが重要な課題となっている。
 Danzingerらがケノデオキシコール酸による胆石溶解療法を報告したのが1972年で,1974年にはウルソデオキシコール酸による溶解が発表され,1985年には体外衝撃波胆石破砕療法(ESWL)が報告されて,わが国にも普及した。さらに1989年に腹腔鏡下胆嚢摘出術が公にされて現在に至っている。一方,1950年頃からわが国でも胆嚢造影法による胆石症の診断が広く行なわれ,PTCやERCPなどの直接胆道造影法も応用されてきたが,近年では超音波診断法が最も多く用いられている。

治療法選択のための的確な診断法

 このような状況のもとで,症例ごとにそれぞれの治療法を選択していくためには,的確な診断が大切であり,さらに胆石の質的診断が要求される。著者はこれらの課題について長年にわたり熱心に取り組み,すぐれた多くの研究成果をあげてこられた。とくに土屋分類ともいわれる胆石の超音波分類は国内,国外で注目され,活用されているが,本書において胆石の溶解・破砕療法への応用とその意義とを明示した。
 本書では,まず基本構造に基づく胆石の分類と,胆石の超音波分類の関係を示し,さらに胆石エコーパターンの成り立ちについても丁寧に解説している。また豊富な経験症例の写真を提示して,超音波所見と胆嚢造影法,CT像とを比較し,それぞれの例の胆石の実物を示して,これらの関係が直ちに理解できるよう配慮されており,著者の胆石の質的診断への執念をみるような気がする。さらに治療法の選択にあたって問題となる胆石の石灰化についても述べられている。
 経口的胆汁酸療法,体外衝撃波破砕療法については,著者の経験に基づく成績と考えとが解説され,とくに多くの症例を示して,その臨床的意義を明記している。

新しい時代を迎えた診断と治療

 胆石症の診断と治療については,いま新しい時代を迎えたが,診断のうえでは第一選択としての超音波診断の検討と追及が重要であり,治療法では胆嚢摘出術のほかに,溶解・破砕療法の的確な位置付けが必要である。本書はこれらについての臨床的意義と実際とをまとめたもので,きわめてユニークな,またすぐれた書であり,胆石症の診療に当たる多くの方々に広くお薦めしたい。
B5・頁136 定価(本体4,700円+税) 医学書院


記憶リハの理論から実際を1冊に収める

記憶障害患者のリハビリテーション Barbara Wilson,他 編集/綿森淑子 監訳

《書 評》鹿島晴雄(慶大助教授・精神神経科学)

 近年,認知リハビリテーション(cognitive rehabilitation)の名のもとに,従来よりの失語,失行,失認にとどまらず,注意,記憶,遂行機能などの高次脳機能障害のリハビリテーション(以下リハ)への関心が高まりつつある。関連雑誌も“cognitive rehabilitation”が1983年に発刊されたのに続きいくつか刊行され,また日本においても研究会(認知リハビリテーション研究会)がもたれている。現在,様々な病院や施設において種々の認知機能障害に関するリハのプログラムが実施されつつあるが,それらの妥当性や有効性の検討はなお今後の課題であり,またその理論的基盤に関しても資料は乏しく,試行錯誤の状態といってよい。

研究室の理論が臨床へ

 これら認知リハの対象となるべき患者さんはますます増加しているが,日本においてはそれらの要請に十分に対応しうるプログラムとスタッフをそろえた病院や施設は未だきわめて限られている。外国で認知リハを受け,紹介状を持って外来での認知リハの継続を希望される方が来られても,必ずしも十分な対応がしきれず申し訳ない思いにとらわれることもしばしばである。認知リハの充実,確立は焦眉の急である。このような状況にあって,『記憶障害患者のリハビリテーション』の訳出はまさに時宜を得たものといえる。記憶障害は認知リハにおいて最も注目を集めているものであるが,その背景にあるのは高齢化に伴うリハの需要の増加とともに,記憶理論そのものの発達がある。研究室の中で醸成されてきた理論が,ようやく臨床に応用できるまでに発展してきたのである。
 本書は最新の記憶理論の紹介から始まる。第1章「記憶理論と記憶障害のリハビリテーション」では,working memoryで有名なAlan Baddeleyによって,リハ全体を支える理論が手際よく概説されている。
 「リハビリテーションのための評価」と題された第2章には記憶の評価法がまとめられている。単なる検査の紹介ではなく,リハとのつながりを意識したものであり,診療室の中と外の違いの問題や,個々の患者に応じて方法や手順に柔軟性を持たせることの重要性が強調されている。
 以後の章は記憶のリハの実際である。第3章「記憶を補助する方法」では,内的ストラテジー,反復練習法,医学的治療法,外的補助手段などが概観され,第4章「記憶訓練のストラテジー」では前章をより具体的に述べるとともに,RO(リアリティー・オリエンテーション)の紹介を含め,いくつかの項目が追加されている。第5章「記憶訓練の実際」では,個々の患者に応じたストラテジーの選択について具体的に解説されている。
 第6章「記憶障害と認知障害のマネジメントにおけるコンピューター支援」,第7章「記憶障害の神経薬理学」の2つは比較的新しい分野であり,現時点で過大な期待はかけられないものの,今後進歩の期待される重要な領域である。第8章「注意の障害:行動,認知およびリハビリテーションに及ぼす影響」も別の意味で新しい分野であるといえる。高次機能の基礎となる注意の役割そのものの認識は古いが,リハに及ぼす影響が議論されるようになったのは比較的最近のことである。
 第9章「記憶障害患者のためのグループ訓練の展開」も,これからの発展が期待される分野のひとつである。ここにはリバーミード,イーストドーセットでの具体的なセッションが,直ちに臨床応用可能な形で詳しく紹介されている。

臨場感あふれる実践的な内容

 最終の第10章は「自助グループ」にあてられている。実際に脳炎後健忘の夫を持ち,自助グループを設立した執筆者によるだけに,臨場感あふれる内容であり,また翻訳も原著の熱意を巧みに描き出している。本文冒頭に述べられている,脳損傷の急性期における病院の迅速な対応と,慢性期の無策のギャップは,おそらく執筆者自身の実感であろう。臨床家として銘記すべき指摘である。
 以上,本書の分担執筆者はいずれもそれぞれの分野の第一線の実践家によるものであり,各章が独立しても十分価値のある内容となっている。その一方で,全体としてみると記憶リハの理論から実際までが流れるように収められている。したがって,記憶障害の臨床に携わる者にとっては,通跣しても拾い読みしても得るところの大きい1冊であると言える。また,広く記憶の臨床という立場で捉えれば,基礎から応用までが切れ目なくまとめられており,記憶の入門書として読むことも可能である。
 訳文もよくこなれて読みやすく,記憶障害に悩まれる患者さんにかかわるすべての分野の方々に広くお奨めしたい。
A5・頁376 定価(本体7,200円+税) 医学書院


ミトコンドリア異常の基礎と臨床をカバー

ミトコンドリア病 埜中征哉,後藤雄一 編集

《書 評》辻 省次(新大教授・神経内科学)

 「ミトコンドリア病」は,MELAS(mitochondrial myopathy, encephalopathy lactic acidosis, and stroke-like episodes)の病因遺伝子(tRNALeuUUR)を世界に先駆けて発見したチームの中心的メンバーである国立精神神経センターの埜中征哉,後藤雄一両氏により編集されたものである。ミトコンドリア異常は,当初は脳筋症にみられるように比較的限られた臓器を侵す疾患であると考えられていたが,最近になり糖尿病,難聴などさまざまな疾患においてもミトコンドリア遺伝子変異が見いだされてきており,多臓器にまたがってきわめて重要な位置を占めるようになってきている。
 基礎編においては,世界的にみてもおそらく誰よりも多くの筋病理を観察し続けている埜中征哉氏によりミトコンドリア病の精緻な微細構造が見事に示され,これに続き,太田成男氏によるミトコンドリアの生化学,宝来聡氏によるミトコンドリアの遺伝学と続いている。この2章は,それぞれの領域での第一人者である方々の記述だけあって,よく整理されていて,ミトコンドリアに関する基本的な知識から研究の最先端のテーマにいたるまで十分に把握することができる。

全診療科の医師に必須の知識

 臨床編においては,MELAS,MERRF,慢性進行性外眼筋麻痺,電子伝達系複合体欠損症,Leber病,糖尿病,難聴,Pearson病,Parkinson病,老化,ミトコンドリアDNA欠乏症と,現在臨床医にとって認識しておく必要があると考えられるすべての疾患が簡潔にカバーされている。ミトコンドリア異常は今後さらに多くの疾患で見いだされていく可能性もあり,小児科,神経内科だけに限られるものでなく,おそらくすべての診療科の医師がその存在を認識しておく必要のある疾患である。
 本書は214頁とコンパクトな本であるが,ミトコンドリアの基礎から臨床面までバランスよくカバーしており,ミトコンドリア病の診療に携わる医師にはもちろんのこと,普段ミトコンドリア病に接することのあまりない診療科の医師や,医学生,ミトコンドリア病に興味のある研究者にもおすすめできる1冊である。
B5・頁214 定価(本体8,000円+税) 医学書院