医学界新聞

ひらかれた臓器移植実施に向けて

第33回日本移植学会が開催される


 本年6月17日に「臓器の移植に関する法律」(臓器移植法)が成立,今月16日から施行されたが,移植医療に最も関連する日本移植学会(第33回)が,さる9月16-18日の3日間,栗田孝会長(近畿大教授)のもと,大阪市のアジア太平洋トレードセンターで開催された。
 学会では,招請講演8題,教育セミナー「臓器移植手術の実際-基礎と臨床:How to do it」の他,公開シンポジウム「移植ネットワークのあり方-UNOSから学ぶこと」,および特別シンポジウム「ひらかれた臓器移植実施に向けて」(司会=栗田孝氏,大阪府立病院長 園田孝夫氏)が催されたが,臓器移植法の施行細則,ガイドラインが示された直後でもあり,大勢の参加者がつめかけ討議に加わるなど,その関心の高さを物語っていた。
 なお,一般演題はポスター発表の他,シンポジウム形式による口演発表が,腎移植,免疫抑制剤,異種移植などのテーマごとに行なわれた。


「移植医療の普及」を基本に論議

 特別シンポジウム「ひらかれた臓器移植実施に向けて」は,「臓器移植法は,移植医にとっては非常に厳しい法律だが,臓器不全に悩む患者さんのために移植がどのような形で行なわれたらよいのかそれぞれ立場の違う人たちと論議を深めたい」(園田氏)との主旨のもとに開催された。
 シンポジストには,救急医(杏林大 島崎修次氏),内科(心)医(京大 篠山重威氏),内科(肝)医(埼玉医大 藤原研司氏),移植(心)医(東女医大 小柳仁氏),移植(肝)医(京大 田中紘一氏)の医療職の他,法律家(上智大 町野朔氏),行政(厚生省 重藤和弘氏),意思表示カード(国立小児病院 雨宮浩氏),ネットワーク(東女医大 寺岡慧氏),移植患者(ニューハートクラブ 木内博文氏),提供遺族(大坪黎氏),メディア(元NHK 岸永三氏)の12名。さらに,臓器移植法案の提出者である中山太郎氏(衆議院議員)と野本亀久雄学会理事長(九大生体防御研)が特別発言を行なった。

医師側からの発言

 島崎氏は,救急医学会がこれまでに示してきた「脳死体からの臓器提供に関する見解」を解説し,「移植に供するための“脳死の判定”との誤解があるが,臓器提供とは関係なく医学的に脳死を診断すべき」と提言。脳死判定に至るまでの高度な診療の必要性を強調した。また,篠山氏は循環器学会の立場から「心不全の治療の目的は,症状の改善,QOLの向上,延命」と述べ,心臓移植によって目的が達成できることを数値から証明した。藤原氏は,肝臓学会の立場から発言。「劇症肝炎の悪化を防ぐためにも移植が望ましい」と述べる一方,移植には医師と患者の信頼関係が重要であることを強調した。
 また小柳氏は,心臓移植を行なう機会はこれまでに2度あったが,社会的合意ができていないことから踏み切れなかったことを明らかにするとともに,「世界で3万5000例の移植が施行され,知識の蓄積は十分である」とし,納得のできる告知を行ない,ネットワーク登録数を増やしていくこともこれからは重要と説いた。
 多くの生体肝移植の経験を持つ田中氏は,「死を直面にした患者の精神的苦痛は並大抵のものではなく,不安がつきまとう。そのために,移植医は患者の変化を的確にとらえる必要がある」と述べる一方,生体肝移植から脳死肝移植となることへの不安があることも吐露した。さらに,限定された機関での移植であり,開かれた医療のためには,内科医,コーディネーター,臓器提供病院との協力体制などについて論議を深める必要があるとの見解を示した。

移植医療に関わる問題点を討議

 町野氏は,「臓器移植を考える場合には,まず30年前の和田移植(札幌医大での日本初の心臓移植)の問題に触れなければならない。ドナー側,レシピエント側双方に疑念があったものの,密室医療であったために証拠不十分となったが,改ざんがあった可能性がきわめて強いとされている」と冒頭に述べ,「移植が一般の国民から支持を得るためには,平易な言葉でインフォームドコンセントを行ない,医療(医師)不信の改善に努める必要があろう」と指摘した。
 重藤氏は本法律の特徴を,移植に同意し,脳死判定に従うことを本人が書面で表示することとして,意思表示カード(ドナーカード)の普及が必要と指摘。また雨宮氏も,「100人が移植するためには3000万人のドナーカードの所持が必要で,そのためには8000万人に10億枚を配付しなければならない」とし,意思表示カードの普及を促進するためのきめ細かな配布方法として草の根運動とキャンペーンの必要性を訴えた。同時に,寺岡氏はネットワークの問題として,「臓器提供数の低さ,経済的基盤,マンパワーの不足」をあげ,「移植医には厳しい法律であるが,狭くても開かれた扉に積極的に挑む姿勢も必要」と述べた。

患者,提供家族,メディアの立場

 4年前に心臓移植手術をアメリカで行なった木内氏は,「移植を受ける患者がインフォームドコンセントを受けたとしても,道徳的配慮がなく,医療(医師)不信が根強くある」と述べる一方,移植患者によるスポーツ大会実施に向けて活動していることを報告した。一方,夫が臓器提供を望んだ大坪氏は,「死に直面している際に,家族が移植に同意できるかの判断がすぐにできるかは経験上疑問がある。また15歳以下の子どもの移植をどう考えるのかを検討することも必要」と家族の立場から移植への疑義とともに提言を行なった。また岸氏は,移植推進の立場からの討論はされるが,反対意見や疑問を持つ人との対話が設定されてこなかったことを指摘。「学会は,中立の立場であるジャーナリズム(マスコミ)の活用などの配慮がほしい」と述べた。
 本学会に駆けつけた中山氏は,「臓器移植法案提出に際しては,諸外国の状況や日本における現状を把握,検討した。さらに,臓器提供に公平性を持たせ,国民の総意が得られるかなどに配慮した」と特別発言。
 その後の総合討論の場では,「小児の移植例も多く,早急に移植年齢の規制の検討が必要」(篠山氏),「移植を行なうことで,清潔,チームワークの充実などの医療再構築が図られ医療の向上につながる。小児移植については,当分の間渡航移植の件も考えなくてはならないだろう」(小柳氏),「肝移植は全国で2施設しかないので地域性が問題。何らかの対策を検討する必要がある」(藤原氏)などの意見が述べられた。
 そして,最後に野本理事長は,「新しいチーム医療を担当する医師は,社会性を持たなければならない。医師対患者ではなく,健康な人との対等な対話の機会を持つことも必要」と強調し,移植医療への前向きな姿勢を示し,シンポジウムをまとめた。

「海外での腎移植は高額」を実証

 一方,これまで日本での提供臓器の少なさも相まって海外に活路を求めていた移植医療は,特に海外から強い批判があったが,臓器移植法施行後においては何らかの変革が求められよう。一方で,たとえ施行されたとしても急激に提供臓器が増加することはないだろうとの予測もある。
 そのような背景がある中,一般演題(ポスター)では「アジア諸国で腎移植を受けた患者背景と合併症について」を,窪田基予子氏(東医大八王子医療センター)が発表。中国とフィリピンで腎移植を受け,帰国後に同センターを受診した49-59歳の男性9名(うち8名は斡旋業者による移植)について報告。帰国後の患者のフォローの重要性とともに,海外での高額な移植費用の実態を公表した。
 窪田氏は,「50歳前後の透析患者は,両親が高齢のために生体腎移植は難しく,また国内での移植医療にも難があり,海外での移植を選択するのは止めを得ない状況がある」としながら,「経済的に裕福」も共通の要因だったことを述べ,入院費用を含めた総経費が,同センターの場合平均50.4万円(自己負担額)に対し,中国が1767万円(300-3000万円),フィリピン4488万円(3450-5000万円)と高額であったと報告した。また,9名中8名に帰国後早期に入院治療を必要とする合併症がみられ,うち2名には悪性腫瘍が認められたこと,免疫抑制剤の服用などの適切な自己管理指導もなされていないことを指摘した。