医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


脳・神経科学分野のキーワードを簡潔に記載

キーワードを読む 脳・神経 岩田誠,他 編

《書 評》中島健二(京府医大教授・神経内科学)

単なる用語解説に終わらない記述

 『キーワードを読む 脳・神経』(編集:岩田誠,寺本明,清水輝夫)を読んだ。
 本書は,脳・神経科学の分野で使われている用語の解説書である。解説書といっても単なる用語の解説に終わっていない。そのことは,編者がいみじくも序で次のように述べていることでも明らかである。「科学研究における専門分化の傾向はますます激しくなっているため,自分の所属するメインの学会でさえ,ちょっと専門の違う会場に足を踏み入れると,なじみのない用語が飛び交っており,もうまるで縁のない学会に出席しているのかと思うほどである。ましてや,さまざまな研究会やカンファランスで,周りの出席者の間で耳慣れない用語がポンポン使われたりすると,外つ国に一人放り出されたような違和感を覚える」。同じ思いをしているのは編者だけではなく,この書評をしている小生も然りである。
 本書の特徴を述べるならば,1)各項目ごとに,(1)なぜ話題になっているのか,(2)概念,(3)研究の動向,(4)臨床的意義,(5)将来の展望,の順に簡潔に述べられており理解しやすいこと,2)1冊読み通してもいいのだが,およそ160項目もあるので辞書代わりにも利用できること,ということであろうか。

他分野の研究にも必須の知識

 小生は先日,学生に大脳高次機能障害の講義をするために準備をしていたが,早速,田邉敬貴先生の「記憶(covert recognition,working memory,priming)」をキーワードとして使用させていただいた。
 本書を読み終えて気づいたことは,トリプレット・リピート病や筋ジストロフィーに関するキーワードなど専ら脳神経関係の研究者に関心の高い項目だけでなく,例えばアポトーシスやサイトカインなど他の分野の研究者にも必要な項目が多く取り上げられていることである。
 本書は大方の好感をもって迎えられるであろうが,欲を言わせていただくならば,上に挙げた(3)研究の動向の項でこのキーワードが生まれてきた歴史的背景をもう少し堀り下げて解説してもらえたならば(もちろん,多くの項目はそうなっているのだが),一層そのキーワードに親しみがわくのではないかと思う。
 編者は続編を出したいと願っておられるようであるが,読者もそれを心待ちにしている。
B5・頁176 定価(本体3,000円+税) 医学書院


医療事故防止,医事紛争対策のよき解説書

病院における医療事故紛争の予防 第2版 岡田清,他 著

《書 評》諸橋芳夫(総合病院国保旭中央病院長,日本病院会長,全国自治体病院協議会長)

 国立病院の手術室における酸素と笑気ガス配管工事ミスから手術患者を死亡させた例,自治体病院で人を間違えて人工妊娠中絶を施行した例,左右を間違って健全な側の腎臓を摘出した例,肺と肝臓を間違えてその一部を摘出した例,術前の検査および患者さんへの説明不十分,死因究明に病理解剖を行なわなかった,手術の際ガーゼを腹腔内に忘れたこと等が大きくテレビ・新聞で報道されている。

医療事故発生件数は増えている

 医療事故の発生で,患者さんおよび家族の方に医療不信を惹起していることは誠に遺憾なことである。この事故発生件数は,平成8年度は前年度に比し22%増の501件となっている。
 医療事故にしても,第三者および医療関係者が見て,情状酌量し何とか許せるものと,絶対に許せないものとがある。
 前記の事故でテレビ放送の解説者は「公立病院にこのような事故が続いて発生したことは,親方日の丸的気分だからではないか。民間病院ならつぶれてしまうぞ」と手厳しい発言でわれわれに猛省を促した。何とも反論もできないことである。謝っても謝り切れない問題である。細心の注意,ダブルチェックを忘れ,慣れに流されたこと,臓器を診て人を診なかったことなどが原因である。当該病院の責任者は心痛のことである。
 医事紛争・医療事故の防止については従来からたくさんの解説書が出ているが,今回のこの本はきわめてわかりやすく,また,項目ごとに,「Ⅰ.医療事故・紛争-最近の情勢と対策」,「Ⅱ.医療事故・紛争の実態」,「Ⅲ.医療事故を防止するために」,「Ⅳ.病院の各部門と事故-その予防対策(診療部門・看護部門・手術・麻酔・輸血・放射線関係・臨床検査・薬剤部門・給食部門・リハビリ・救急医療・小児の事故・老人の事故・精神科診療・医療機器・入院患者の事故・電話相談・その他)」等に分けて掲載してある。

事故発生時の初期対応をわかりやすく

 事故発生時の初期対応はきわめて大切であるが,これについても医療従事者と患者との法的関係,損害賠償・裁判,関連法規など実に理解しやすく述べてある。
 当院は開設以来今日までの44年間で,裁判になった医事紛争は2件にすぎない。事業管理者たる私が全責任と誠意を持って対応し,多くは示談で解決している。
 医療事故が発生すると当事者の苦痛はもちろんのこと,理事長・病院長・事業管理者の解決までの苦労は容易なものではない。医師になったことを悔やむことさえある。
 病院団体では,医療事故の防止・医事紛争の対策について毎年講習会を開いている。本書はそのよき解説書であり,病院長・各科診療部長・看護部長・薬剤部長・技師長等々関係者は,是非とも読んでいただくよう推薦する次第である。
A5・頁312 定価(本体3,800円+税) 医学書院


アルコール・薬物依存のガイドラインの決定版

アルコール・薬物の依存症 大原健士郎,宮里勝政 編

《書 評》山内俊雄(埼玉医大教授・神経精神科学)

現在の知見と診療の方向性を見いだす1冊

 このたび刊行された『アルコール・薬物の依存症』を読むと,アルコールやその他の薬物の常用をめぐる問題が,単なる医学的問題にとどまらず,心理・社会的問題であり,時には,家族や社会のありようをも反映していること,したがって,これらの問題にかかわる者は広く多面的な視野を必要とすることを改めて実感する。
 例えばアルコール関連の項を見ると,中毒,依存症の概念から始まって,生物学的背景,心理学的背景,社会学的背景,そして疫学,治療と基本的なことがらが明らかにされた上で,次の章では個別の問題を取り上げている。すなわち,肝,膵,消化管,心,筋障害などの身体合併症,脳神経系の症状としての離脱症候,ウェルニッケ―コルサコフ症候群,痴呆,小脳性障害など,アルコールと関連の深い疾患のほかに,犯罪,交通事故,睡眠,自殺などとの関連も取り上げられ,アルコールに関連した広範な側面について記述されている。
 また,薬物依存についてもアンフェタミン,アヘン,揮発性溶剤,大麻,コカイン,幻覚薬,睡眠薬からタバコ,カフェイン,鎮咳剤にいたるさまざまな物質についてとりあげられている。
 これだけみても,この本がアルコールならびに薬物依存の広い領域を網羅するガイドラインの決定版として,現在の知見を知り,必要な診断と治療についての方向性を見出すことのできる1冊であることが明らかであろう。
 ところで,この本が基礎から臨床にわたる広い領域をカバーし,かつ実践的な側面も併せ持っていることの背景には,執筆者がそれぞれの領域の専門家であると同時に,現場で十分な経験を積んでいる人たちであるということが大きな強みになっている。これだけの執筆陣を擁することができたのも,ひとえに編者の広い学識と,永年この方面の仕事をしてきた間に培われた人脈の広さによるものであろう。

日常生活に密着した問題を取り上げる

 20年ほど前に今回の編者の1人が参画して,医学書院から『アルコール中毒』という本が刊行されている。両者を読みくらべると,この方面の進歩の著しいことを実感するが,今回の『アルコール・薬物の依存症』はアルコールだけでなく,薬物依存も付け加え,その上,「二日酔現象」の生物学的背景とか,「ニコチンガム」による禁煙指導の実際などといった日常生活に密着した問題も取り上げられており,関連各科の医師のみならず,基礎医学者,研修医,看護,福祉,健康指導にあたる方々など,広い領域の人たちが手元において,折に触れて繙く本として,推奨するものである。
A5・頁390 定価(本体7,000円+税) 医学書院


これから医動物学を学ぶ人のために

臨床検査技術学14 医動物学 菅野剛史,松田信義編

《書 評》金森政人(杏林大保健学部長・臨床検査技術学)

 衛生環境の整備によって寄生虫病が激減したわが国。臨床検査の現場でも寄生虫検査に対応できない医療機関が多くなった。しかし,その一方では,海外旅行ブーム,食生活の変化,ペットブームなどが新たな寄生虫病の発生を招き,医療の最前線で寄生虫検査の重要性を痛感する検査技師も少なくない。このような現況下,臨床検査技師教育における寄生虫学(医動物学)の教育は,いっそう重要性を増している。

現状をふまえた技術的進歩に対応した内容

 医学書院刊行の『臨床検査技術学14 医動物学』は,世界的な視野で熱帯感染症・寄生虫学の研究に取り組んでおられる慶應義塾大学医学部の竹内勤教授を中心に,熱帯医学・寄生虫学教室の全スタッフ,さらに医動物学の研究,教育で著名な東京医科歯科大学医学部医動物学教室の篠永哲助教授が,それぞれの専門領域について分担執筆され,最新の学問的成果も十分に加味された教科書である。近年の臨床検査関連領域における技術的進歩はめざましいが,検査技師教育に用いられる教科書の中には,いまだに旧態依然とした検査法を細かく紹介したものも少なくない。本書は臨床検査の現状をふまえ,技術的進歩に対応した内容の刷新を行なっている。
 表紙を開くと8ページにわたるカラー口絵が美しく,輸入寄生虫・原虫病として重要な赤痢アメーバのシストとそれに起因する大腸炎組織像,マラリア原虫の生活環,わが国でも魚類の摂食で感染することが多いアニサキスとその感染胃病理組織標本,吸虫類と感染組織標本,原虫ベクターなどのみごとな写真とそれぞれの的確で理解しやすい解説が,執筆者各位の寄生虫学に対する情熱を感じさせる。本文中にも写真や図が豊富に掲載されており,それぞれ読者の目線を考えたレイアウトを工夫している。各論部分では,項目ごとに「学習の要点」が的確に整理され,その項目で忘れてはならないキーワードとして,また,学習目標の組み立て指標として活用できる。さらに,各項目の末尾には,「理解度の点検と問題」があり,学生たちにとっては学習内容の復習を行なううえで(単位試験のためにも)とても貴重な,ありがたい道標になると思う。

常に手に届くところに置きたい1冊

 各論は原虫類,蠕虫類,衛生動物と進んでいくが,それぞれ形態や生活史などの基本事項はもとより,病理・病態生理,臨床症状,診断と治療,感染予防についても,みごとに無駄なく的確にまとめられている。寄生虫検査法の項目も同様で,末尾部分では,PCRやRT―PCRを利用した赤痢アメーバ症,トキソプラズマ症の遺伝子診断法も紹介されている。内容とスタイルのいずれをとっても,本書はこれから医動物学を学ぼうとする臨床検査技師をめざす学生はもちろん,医療の最前線で活躍されている検査技師や感染症の教育・研究に携わる私たちにとっても,常に手の届くところに置きたい1冊である。
B5・頁180 定価(本体4,000円+税) 医学書院


外来での日常診療に役立つ実用書

結膜クリニック 大野重昭,青木功喜 編

《書 評》千葉俊三(札幌医大教授・小児科学)

 近刊の大野重昭・青木功喜編著『結膜クリニック』は,そのタイトルどおりに外来での日常診療に役立つ実用的な書物である。

臨床から最新の研究成果まで

 本書は疾患編と基礎編から構成されており,疾患編では結膜にみられる感染症,免疫疾患,ならびに腫瘍・変性症・代謝疾患の3つに大別し,それぞれの疾患について最近のトピックスも含めてわかりやすく解説されている。しかも豊富なカラー写真と図表を用いてコンパクトにまとめられていて大変読みやすい。各疾患ごとにサマリーが付いているのも親切である。また,随所に挿入されているTEA breakも楽しい読み物である。小児科の外来を受診する患者の大半は感染症とアレルギーの患者であり,結膜炎を部分症状として伴うことが少なくない。外来診察室に備えておきたい書物である。
 基礎編では,結膜疾患の病態,免疫,検査法,治療などについての最新の研究成果が盛り込まれている。門外漢の私などは結膜という身体のうちのごく限られた部分に多彩な機能と病態があることを知り驚かされる。
 以上のように,本書は結膜の臨床から最新の研究成果に到るまで広く盛り込んでおり,しかも読者に気負うことなくさらりと読ませてしまうチャーミングな1冊である。杉浦清治教授門下の両編集者の息が合った個性の表出であろう。
 小児科医にもぜひお奨めしたい本である。
B5・頁144 定価(本体14,000円+税) 医学書院