医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


臨床医が日常遭遇する疾患の治療の実際

今日の治療指針 1997年版 私はこう治療している 日野原重明,阿部正和 監修

《書 評》清野敏一(東大附属病院・薬剤部)

 平成9年4月の薬剤師法第25条の2の改正により,薬剤師が調剤した薬剤を交付する際に,患者に対して適正使用に必要な薬品情報を提供することが義務づけられた。このような社会情勢の中で,医薬品の適正使用を確保するために薬剤師は非常に大きな役割を担ってきており,薬品情報はもとより,臨床に直結した医学的知識をも求められてきている。したがって,これらの情報に基づいた処方せんのチェック,あるいは服薬指導は患者の薬物療法の安全性かつ有効性を確保するためには必須の要件となっている。

「患者説明のポイント」を新設

 本書は,日常臨床の場で遭遇する疾患を網羅し,日本を代表する944名の専門医が966の疾患項目の具体的な治療法の実際を紹介しており,日本の保険診療に沿った現時点における最新・最高の治療法を収録した治療年鑑である。各項目では病態,病期,重症度に応じた具体的な治療指針,処方例を呈示している。治療方針の薬物療法に関しては,常に具体的な処方例が収載されており,臨床の場で即座に利用できる有用な情報を提供している。特に各疾患ごとに呈示された処方例は新薬に関する情報も網羅されており,最新の薬物療法に関する情報を得ることが可能となっているほか,処方例には具体的な商品名が用いられており,規格単位も明記されていることから薬用量も明確であり,医療の現場で直ちに活用できる有用な情報源となっている。また,各項目にはインフォームドコンセントの指標となる「患者説明のポイント」が新設され,薬剤師法改正を踏まえた患者への情報提供においても利用できる有用な情報となっている。

最新の薬物療法の情報を提供

 さらに,巻末の付録として,(1)正常CT・MRI解剖と肺・肝の区域図,(2)基準値(正常値)一覧表,(3)急性中毒,抗生物質の使い方,(4)抗癌剤の使い方,(5)皮膚外用薬,(6)薬物の副作用と相互作用,(7)治療薬使用の手引きなど最新の医薬品情報を収載している。近年問題視されている薬物間相互作用と副作用に関しては繁用される薬品と代表的な相互作用が診療に役立つように簡明に要約一覧表で表示されており,臨床の場で医師が参照することを可能としているほか,薬剤師が患者に対して副作用に関する説明を行なう場合にも有益な情報を得ることができる。また治療薬使用の手引きは本書発行直前までの新規認可,発売予定の薬品を加えて,急増する新薬の情報をすべて収載している。
 本書は全診療科領域における疾患の概念とその具体的な治療法の実際,最新の薬剤を含む処方例とそれらに関わる最新の薬品情報,診断のポイントを見やすくまとめているほか,事典として使用できるように巻末には疾病などを項目別,あるいは一般名,商品名など薬剤ごとの索引を完備しており,必要な情報を迅速に検索することを可能としている。したがって,調剤,処方せんのチェック,服薬指導,薬歴管理など広範な薬剤業務に有効に活用できる,薬剤師に必携の書である。
デスク版 B5・頁1,486 定価(本体18,000円+税)
ポケット版(B6縮刷版) 定価(本体14,000円+税)
医学書院


重度の失語症に対応する新しい手引き書

重度失語症検査 竹内愛子,他 著

《書 評》永渕正昭(東北福祉大)

 最近,失語症のリハビリテーションは充実してきたが,「重度失語症」についてはまだ十分とはいえない。現在は医療の進歩で高齢化社会となり,脳卒中だけでなく痴呆によるコミュニケーションの困難な患者も増加しつつあり,この時期に,この本が出版されたのは当を得ていると思われる。

非言語能力を重視

 この検査は,標準的な失語症検査にほとんど反応しない重度失語症患者の評価および言語治療の手がかりを得ることを目的に作成されている。すなわち,重度失語症患者のコミュニケーションの残存能力を言語のみでなく非言語機能の面にも十分に配慮したものとなっている。さらに本検査では,重度患者の言語臨床を開始するに当たって,何から,あるいはどのレベルからアプローチするのがよいかという観点を重視している。そして検査では,口頭,文字の外にジェスチャーなどあらゆる手段を利用して,課題の理解を図るように工夫されている。それで,痴呆患者や頭部外傷で重度のコミュニケーション障害を示す患者にも,本検査を利用できる。
 本検査は,導入部とPartI,II,IIIから構成されている。導入部では,患者の名前,年齢,住所などを尋ねることで,失語タイプや重症度など大まかな障害像を把握する。PartIは「非言語基礎課題」で,コミュニケーションに直接関係するさまざまな非言語的関連能力を調べるもので,最重度の患者を対象にしている。PartIIは「非言語記号課題」で,非言語的なコミュニケーション手段であるジェスチャーと描画の能力および意味理解を調べるもので,重度失語患者に適用できる。PartIIIはやさしい「言語課題」であるが,歌唱や金銭勘定も含まれている。

広い応用

 このように,通常の失語症検査と違って,個々の重度患者における言語・非言語的手段をチェックするだけでなく,行動観察も加えて総合的に評価し,コミュニケーションの改善を図ることができる。この点,本検査は重度失語症の他に痴呆の患者についても有用な情報を与えてくれる道具になると思われる。
 この検査は,全国の言語治療士の協力で収集された159名のデータを基に構成されているが,多面的な統計的処理がなされているので,単なる検査の手引書に留まらず,重度失語症患者の全体像を知る手がかりにもなる。今後,重度失語症患者は増加する傾向にあるので,本検査の有用性はますます高まるであろう。
B5・箱入 定価(本体5,200円+税) 協同医書出版社


解剖生理学の教科書の新しい枠組み

人体の構造と機能 エレイン N.マリーブ著/林正健二,他 訳

《書 評》坂井建雄(順大教授・解剖学)

 コメディカルの解剖学・生理学の教育のための,すばらしい教科書が現れた。いや,そんな生ぬるい誉め言葉では足りない。内容が洗練されて豊富なとか,最先端の知識までわかりやすく書かれているとか,そんな生やさしいものではない。陳腐な言葉かも知れないが,これは革命的な教科書だ,とでも言うしかない。
 これまでのコメディカルの解剖学,生理学の教科書は,概して,医学の解剖学と生理学の教科書から,総論的な内容を削り落とし,各論的な項目だけを抜粋したダイジェスト版に傾きがちであった。解剖学と生理学の専門家が,それぞれの科目の内容をより簡単にわかりやすくしようとしたときに,思わずとってしまったアプローチである。これではコメディカルの学生が可哀想だと思いながら,彼らにふさわしい教科書のイメージを描ききれないもどかしさを,わたし自身が感じていた。

人体の機能と生命現象

 マリーブ著のこの本は,解剖生理学の教科書の新しい枠組みを与えてくれる。学生は,人体の主要な構造と生命現象とを,その基礎からバランスよく学ぶことができる。人間の生命を預かる医学およびコメディカルでは,人間の生命という全体を見る視点と,生命現象の機構を見極め,分析する視点の両方が求められるが,その両極が見事に橋渡しされている。分析的な視点のほうでは,第2章の化学の基礎,そして第3章の細胞と組織の中の,とくに細胞生理学あたりが充実している。そして全体的な視点のほうでは,各章の中に発生・発達・老化の項目が散りばめられている。そして両者をつなぐものとして,ホメオスタシスの仕組みを強調する記述が役立っている。

解剖学と生理学を有機的に組み合わせ

 本書全体を眺めていて,多少不安な点がなくもない。コメディカルの教員は,これまで解剖学と生理学に分かれていることが多いようだが,この本では両者を組み合わせて有機的に教えるようになっている。教員自らが,この教科書を使って解剖学と生理学の両方を教える勇気を,果たして持てるだろうか。各論的な記述が抑え気味になっているので,国家試験をめざして勉強する際に,それが足枷にならないだろうか。
 しかし好まれないのを承知で,あえて理想論を述べておけば,コメディカルの教員にも,この本を使いこなせるほどの力量を身につけて欲しいし,学生の方にも,国家試験だけを目標にするのではなく,医学生物学を基礎から身につけようという志の高さをもってもらいたいものだと思う。
 医学の研究も,そしてカリキュラムも大変動のこの時代に,解剖学と生理学の教育も変わらなくっちゃ。自らの存在価値を証明できない教員には,生き抜くのが辛い時代が,これからやってくるのだから。
A4変 頁472 定価(本体4,800円+税) 医学書院


新しい結膜疾患のバイブル

結膜クリニック 大野重昭,青木功喜編集

《書 評》大橋裕一(愛媛大教授・眼科学)

実際の臨床の場での迷いに答える

 結膜の話を聞こうと学会抄録をめくってみると,演題はなぜか決まって午前のトップ付近に割り振りされている。筆者のこれまでの経験でも,10時過ぎから昼前にかけてのゴールデンタイムにお目にかかったことはまずないし,同じような印象を持っている人は決して少なくないはずである。理由はよくわからない,でも,眼球組織を構造順に並べると眼瞼,結膜という順になる―この単純な序列が大きく影響しているのかもしれない。
 だからと言って結膜疾患を軽く見てはいけない。逆に,結膜疾患ほど多彩な所見を呈し,実際の臨床の場で診断に迷う疾患はないのである。これには,同じ結膜といっても,眼瞼結膜,円蓋部結膜,それに球結膜と三者三様の特徴を持つ部位から成り立っていることが大きく影響しているのだろう。編者らも序文で述べているように,ホワイトクリニック全盛の時代とはいえ,まだまだレッドアイの重要性を軽んじてはいけないのである。たかが充血と侮っているとこっぴどい目に会うし,万一診断が適切でなかったりすると,誰もが直接見ることができる場所だけになかなか言い訳はしにくい。眼瞼や角膜と同様,手を伸ばせばそこにあるという部位の疾患の診断にはかなりのプレッシャーがかかるものなのである。

アレルギーと感染がキーワード

 本書,『結膜クリニック』は,眼免疫学の第一人者である横浜市大の大野重昭先生と結膜炎にかけては他の追随を許さない札幌市の青木功喜先生の名コンビが生み出した傑作である。結膜といえばアレルギー性疾患と感染症とが二大重要疾患である。そして,この2つの言葉,「アレルギー」と「感染」が本書を貫くキーワードに他ならない。まずは疾患のあらましを典型例をベースにお復習いし,次のバリエーションでは応用問題を学ぶ。それぞれの項目では診断のポイントが的確に示されており,余裕のある人は最新の基礎知識を実験室アップデートで吸収できる。1つひとつの疾患が起承転結の形でまとめられているのでとても読みやすい。聞けば,お2人は北大の同門生であり,兄弟弟子の間柄ということである。いわゆる阿吽の呼吸というやつだろうか。見事なまでに統一されたコンセプトが記述の中に読み取れるのである。
 一昔前に刊行された,東京女子医大の内田先生と金子先生の著になる『結膜の疾患』は筆者の長年のバイブルであったが,とてもよいタイミングでこれに取ってかわろうかという本が現れたものである。ご存じのように,アレルギー性結膜疾患は年々増加の一途にある。でも,この『結膜クリニック』さえ手元にあればもう安心である。近い将来,結膜疾患がメジャーになる―そんな予感を覚えるのはこの筆者だけだろうか。
B5・頁144 定価(本体14,000円+税) 医学書院