医学界新聞

第50回日本消化器外科学会総会開催


 第50回日本消化器外科学会総会が,比企能樹会長(北里大教授)のもと,さる7月17-18日,横浜市のパシフィコ横浜において開催された。節目を迎えた今回の総会では,石川浩一東大名誉教授による特別記念講演「日本消化器外科學会創立の頃を顧みて」,特別シンポジウム(1)「日本消化器外科学会の現在,過去,未来」,および「記念展示」が企画された。
 また,今回は消化器外科の最大の問題点である「癌」に焦点を当て,会長講演「癌治療の多様性-とくに早期胃癌治療の変遷について」,特別シンポジウム(2)「基礎医学の消化器癌診療への応用-21世紀への展望」,(3)「消化器癌の拡大手術は治療成績を向上させているか」,シンポジウム(1)「消化器癌における遺伝子研究と臨床との接点」,(2)「癌細胞と間質との相互関係からみた転移,浸潤の諸問題」,(3)「消化器癌におけるminimally invasive surgery」,(4)「進行消化器癌に対する至適リンパ節郭清」の他,招待演題5題,ビデオシンポジウム6題,パネルディスカッション4題,ワークショップ8題が発表された。


特別シンポジウム
「日本消化器外科学会の現在,過去,未来」

 開会式に引き続いて,設立50周年を記念した特別シンポジウム「日本消化器外科学会の現在,過去,未来」(司会=横浜市大名誉教授 土屋周二氏,久留米大名誉教授 掛川暉夫氏)が開かれた。

設立からの20年の歩み

 鍋谷欣市氏(杏林大名誉教授)は,「第1回総会は1968年7月,山岸三木雄会長のもとで同じ横浜市で開催され,会員数2400人弱,応募演題200題強でスタート。他の専門学会に比して,最も多くの外科医が専念している日本消化器外科学会の設立はやや遅い感を禁じえなかったが,その後の発展は歴代会長の努力によってめざましいものがあった」と,設立当時を振り返り,「総会演題を眺望してみると,最初の10年間は消化器外科の本質,条件とされる基本的手技,標準的手術の諸問題が討議され,吻合法,縫合法,創傷治癒,外科栄養代謝の他,術後合併症としてダンピング,イレウスなども採択されていた」と回顧した。
 鍋谷氏によれば,第11回総会(1978年)頃から良性疾患の手術適応をめぐる問題が討議され,シネ・シンポジウムが定着して各種消化器癌の切除,郭清と再建法が具体的に論じられるようになり,括約筋温存手術など機能を温存したQOLを考慮する術式も要望されるようになった。さらに第20回総会(1982年)頃からは,癌の集学的治療への傾向が見られ,腫瘍マーカー免疫能の評価が検討され,また高齢化に伴う多臓器障害患者への対応,術前状態のリスク判定,拡大手術と縮小手術など,病態に応じた適切な手術への要望が見られた。そして鍋谷氏は,この間の機関誌の顕著な充実ぶりに触れるとともに,「いずれにしても,設立からの20年間は学会体制の基礎作りから,専門医としての高度な医学・医療を実現する飛躍の時代であった」と結んだ。

今日までの10年の歩み

 また「消化器外科学会の現在」にそって,1988年からの10年間の歩みを振り返った安富正幸氏(近畿大)は,「この間の特徴的な事項は,専門医制度の導入により,一般外科の中の消化器外科から,専門領域としての消化器外科学が確立され,これとともに基礎的研究から臨床までの広い領域にわたる多くの進歩・発展が見られたことにある」と同様の分析を述べ,その背景として,(1)分子生物学の進歩と外科学への応用,(2)診断技術の進歩と早期治療による治療成績の向上,(3)新しい手術器械の導入による手技の進歩,(4)癌進展のプロセスの解明による手術の拡大と縮小,(5)治療の多様化とinformed consentに基づく治療法の選択,(6)適性な手術のあり方,などをあげた。
 さらに安富氏は,各分野の進歩の軌跡を概説するとともに,「これらの進歩の一方では,移植外科は認知されず,世界の進歩から取り残される状況となった。また,消化性潰瘍,小さな早期癌,食道静脈瘤,クローン病,潰瘍性大腸炎などの非手術的治療が第一選択肢となって,外科的疾患の対象から離れた。高齢社会と診断技術の進歩による癌の増加,医療費の抑制は消化器外科の発展に少なからぬ影響を与えつつあり,学問としての消化器外科学と実地臨床との間に落差が生じ始めた」と同学会が直面する現在の問題点を指摘した。

消化器外科の未来

 一方,山岡義生氏(京大)は,「未来の消化器外科学は機能温存を目的とし,主病変の切除に加えて,特定の臓器に対する補填を考える生体環境調節外科(Biological Milieu Conditioning Surgery)の時代を迎える」と将来と展望し,「移植も含めてすべての領域で免疫学的研究が必須となるであろう」と指摘。さらに,以下の諸事項の実現への期待から,あらためて「生体環境調節外科」の重要性を強調した。
 (1)ショックや周術期外科侵襲によるストレスの管理は,遺伝子発現の理解によって病態が解明され,治療が的確になる。また,遺伝子レベルでの生体防御反応の解析から,HSP(heat shock protein:熱ショック蛋白質)遺伝子やbcl‐2などの防御機構が解明され,その発現を自由にコントロールすることにより,保護効果の高いスーパー細胞の出現が期待される。
 (2)癌を遺伝子異常による疾患と理解すると,ターゲティングの方法の確立とともに,各種の特異的な遺伝子操作が可能となり,癌遺伝子に特異的な表面抗原を認識する蛋白を免疫担当細胞に発現させる外科的ターゲティングを用いた免疫療法の利用が期待される。
 (3)手術は以上の“分子医学(molecular medicine)”が効を奏さない癌を中心とする疾患や遺伝子導入前のmass reductionも対象になる。その結果,現行の低侵襲手術が一層発展し,自走式ロボットを使ったマイクロマシーンの実用化によって,組織採取診断(組織学的診断はもとより遺伝子診断,遺伝子配列,蛋白質相互作用などを含む)の進歩に伴い,同レベルのマイクロマシーンによる手術が可能になる。一方,少量の自己組織,自己臓器の再生促進を意図した拡大切除の実行が期待される。
 山岡氏はさらに,「“Tissue engineering(組織工学)”の発展が,上記の種々の治療によって消失・欠損した生体の補填を行ない,高次構造までを含めた生体の修復に貢献するであろう。そして,従来のバイオマテリアルの域を超え,遺伝子組み替え技術の導入によって大量生産した細胞分化誘導に関わる転写因子や増殖因子を用いて幹細胞を目的とする細胞に分化させ,新たに完成した細胞外マトリックスを代行する組織とともに,組織臓器の再生,再構築が行なわれるようになって補填が完成するであろう」と,「生体環境調節外科」への期待を強調して講演を結んだ。