医学界新聞

●ゲノム学:ピロリ菌の全ゲノム塩基配列


 消化性潰瘍の病原菌の研究に大きな進展が見られた。米国にあるゲノム研究所(TIGR)のJ.C.Venterたちが,ピロリ菌(Helicobacter pylori )の全ゲノムのDNA塩基配列を報告している。最近まで,胃潰瘍が起こるのは,ストレスの多い生活で胃酸が過剰に産生されるためだと考えられていた。そのため胃酸の産生を抑えるシメチジンやラニチジンなどの薬剤が治療に使われ,これらの薬剤はこれまでで最も成功し利益をあげた薬剤に名を連ねることとなった。
 しかし最近の研究で,胃酸過多の原因は実は細菌であるピロリ菌の感染にあることがわかり,今では抗生物質でこの細菌を根絶することが治療の基本となっている。もっとも何種類かの抗生物質が一般に必要とされ,除菌に日数を要するため,治療には手間も費用もかかるのが現状である。さらに,世界人口の半数以上がピロリ菌に感染していると考えられており,その全員が胃潰瘍になるわけではないが,この細菌を生物学的にもっと解明し,より優れた治療法を見つけることが早急に求められている。1つの道は,ピロリ菌のゲノム配列を解読することであり,実際に製薬会社が少なくとも1社,その情報を得るために多額の資金を投入していると噂されている。
 しかし今回の報告によって,この塩基配列情報はだれでも入手できるようになった。今回明らかになった全塩基配列は,抗菌薬の新しい標的を多数教えてくれ,また,この菌がヒトの胃という厳しい環境でうまく生きていく詳しいしくみを明らかにしてくれる。さらにこの配列から,ピロリ菌が宿主の免疫系から逃れるために表面を変化させたり,潰瘍を作ったりするしくみについて,興味深い手がかりも得られる。

(“nature”7.August.1997より)