医学界新聞

 連載 イギリスの医療はいま

 第17回 介護者に休養を!

 岡 喜美子 イギリス在住(千葉大学看護学部看護学研究科修了)


イギリス介護事情

 イギリス政府は,1990年より医療費削減のために在宅医療に力を入れはじめ,Community Care Actの制定とともに長期療養者や身体障害者の自宅療養が推し進められた。もちろん第7回(コミュニティケアを支える看護職;1996年11月4日付,2214号)でも紹介したように家庭医,保健婦,地域看護婦などによる訪問医療や看護は行なわれているし,1人暮らしや老人世帯を対象にしたホ-ムヘルプ,配食サ-ビスもある。しかし,それらのサ-ビスは必ずしも十分とはいえず,結局誰かが介護にあたらなければならないのは日本と同様である。
 それでは誰が介護をするのか。イギリスでは自宅療養者が子どもの場合は母親がそれにあたるが,老人の場合は配偶者が最も多い。次いで姉妹,娘,親戚,友人,隣人と続き,たぶん嫁というのは一番最後にくるだろう。
 イギリスは,もともと親との同居率が低く(10%以下),親が病気になったからといって息子夫婦が同居し,嫁が介護にあたるということはめったにない。日本のような終身雇用制度がなく,いつ失業するかもしれない社会情勢では夫婦共稼ぎの割合が高く,「嫁」にあたる女性は仕事で忙しい。
 その結果,今日では老人が老人を介護するという状況が圧倒的に多くなっている。どちらも病気を抱えているので,介護者が体調を崩す場合もよくある。また,障害児(者)を介護する人は外出もままならない。そんな時に,誰かが介護を代わってくれたらどんなに助かることだろう。そんな考えから誕生したのが,介護する人を休ませてあげようという「介護代行ボランティア」である。

CARE FOR CARERS

 Mrs. Thonesは現在78歳。20年間,自宅で夫の介護をしてきた。つい先日その夫が他界し,やっとフリーになったという。さあ,これから旅行をしたり,趣味の活動をするだろうと思っていたら,なんと介護のボランティア組織を手伝い始めた。それは彼女も夫の介護中にお世話になったCROSSROADという組織である。
 CROSSROADは,現在20人のケアスタッフを擁し,ウインザー地区の170世帯を受け持っている。誰でも介護を休みたい時は,ここに連絡すればケアスタッフを派遣してもらえる,介護者の病気といった切羽詰まった場合だけでなく,旅行や買い物など,理由はなんでもよい。空きがあるかぎり夜でも昼でも来てくれるし,もちろん料金は無料である。

重要なコーディネータの役割

 政府もこういった在宅介護を支えてくれる民間ボランティア団体を応援し,ケアスタッフの人件費などをカバーしている。運営や事務はボランティアのメンバーが行なっているが,中心となってこの組織を動かしているのがコーディネータである。
 Ms. Blumfieldは元看護教師で,地域看護の経験も長いことからコーディネータに就任した。彼女の仕事はまず介護者から介護代行の申し込みを受け,被介護者の病状や優先度を査定し,ケアスタッフを派遣することである。また,地域看護婦や家庭医,保健婦との間の調整をする他,介護スタッフを教育し,ボランティアを育てる。さらに団体としての維持,拡大に努め,資金集めのために政治的にも才覚をふるわねばならない。
 とりわけ重要なのは,ケアスタッフの教育である。ケアスタッフを看護婦にすると教育面は楽だが,給与が高くなり多くを雇えない。だからここのスタッフは全員無資格者である。曰く,「介護者は素人なのですから,その介護者の代わりをするのならプロでなくてもできます。問題は介護者として,精神的,倫理的に適切な態度がとれるように教育をできるかということです」
 また彼女はこうも言う。「介護はいつまで続くかわからないし,終わることを望むこともできません。毎日一緒にいて,同じことを繰り返しているとストレスもたまり,介護するほうもされるほうもイライラします。それゆえ,介護者にはちょっとした息抜きが必要なのです。そのためには多くのケアスタッフを抱え,少しでも多くの介護者を休ませてあげたいのです」
 この彼女の熱意が多くのボランティアや協力者を生み,運営や資金繰りを円滑にしている。このような介護代行システムは全国にあるが,いずれも組織の中心となるのは,看護職であるコーディネータである。
 ケアをする側がハッピーでなければケアされる側もハッピーになりえないということを,看護職らは誰よりもよく知っている。だからこそ看護職らが率先してこのような仕事を開拓し,全国的なボランティア組織として成長させてきたことを,同じ看護職の1人として大変誇らしく思う。