医学界新聞

「メカニカルストレスと生体」をテーマに

第9回日本理学診療医学会が開催される


 さる7月5-6日の両日,第9回日本理学診療医学会が,黒川高秀会長(東大教授)のもと,東京国際フォーラムで開催された。
 力学的な刺激や条件が生体の構造と機能に作用を及ぼすことは古くから知られている。メカニカルストレスは,人体において力学的な特性を持つ筋や骨ばかりでなく,成熟した神経のような組織にもみられる基本的なメカニズムでもある。
 黒川会長は,「メカニカルストレスの有用性は,特にイリザロフ法で実証されているが,メカニカルストレスを管理することで,神経や血管を含めて正常組織を必要な部位に必要な量だけ形成させることができ,組織欠損に対する新しい治療法と言える」として,本学会では「個体レベルから分子レベルまでを総合的にみる機会の乏しかった生体との関係を見直す機会」とすべく,「メカニカルストレスと生体(本紙6月16日付,2244号鼎談参照)」をテーマとした6題のシンポジウム((1)メカニカルストレスと筋,(2)メカニカルストレスと靱帯,(3)メカニカルストレスと神経,(4)メカニカルストレスと循環,(5)メカニカルストレスと軟骨,(6)メカニカルストレスと骨)および一般演題の発表が行なわれた。本号では,この中から(1)と(6)を中心に報告する。


メカニカルストレスと筋

 学会初日には,シンポジウム(1)-(4)の4題が行なわれたが,(1)「メカニカルストレスと筋」(座長=日体大教授 中嶋寛之氏)では4名が登壇し,それぞれの立場からの意見を述べた。

メカニカルストレスと筋肥大

 まずはじめに,白土修氏(北大助教授)は「腰痛治療としての筋肉トレーニング」について発表。「腰痛疾患に対しては手術療法もあるが,まずはじめに保存療法がなされるべきであるということは,異論のないところである。中でも運動療法,体操療法が非常に重要」と述べ,慢性腰痛症患者の体幹筋特性について,(1)腹筋,背筋ともに健常者に比して大きく低下している,(2)体幹筋持久力についても低下し,その程度は背筋でより著明である等の調査結果を報告。さらに腰痛学級での実践例を紹介し,患者へのボディメカニクスの教育と腰痛体操(主として体幹筋力増強訓練およびストレッチング)の有効性を示した。
 次いで石井直方氏(東大大学院助教授)が登壇。「メカニカルストレスと骨格筋の肥大」をテーマに,(1)トレーニングの力学的要素,(2)筋収縮様態とメカニカルストレス,(3)「強い」メカニカルストレスとトレーニングの効果,(4)「弱い」メカニカルストレスとトレーニングの効果,(5)トレーニング刺激と遺伝子発現,(6)トレーニング効果のメカニズムの6点について研究成果を発表。特に「筋内循環を適度に制限した状態でトレーニングを行なうと,筋力レベルが低く,トレーニング量がきわめて少なくても顕著な筋肥大が起こる」ことに着目し,「力学的環境の変化から筋肥大に至るシグナル伝達系が複雑であり,おそらくメカニカルストレスに始まる経路が主流を形成するものの,筋線維周囲の環境,特に微小循環の変化などが2次的に強い影響を持つことを示唆している」と指摘した。

メカニカルストレスと筋萎縮

 続いて山田茂氏(東大大学院助教授)は「骨格筋の収縮装置およびエネルギー産生装置の発達に対する機械的刺激の効用」を発表。「内分泌系と神経系は明らかに筋の成長に大きな影響を及ぼすものの,運動による骨格筋肥大に対しては必須な要因ではないことが判明」,「機械的伸展刺激の筋細胞成長に及ぼす影響については伸展刺激により筋の増殖と肥大が観察された」と研究結果を示し,エネルギー産生機能でのミトコンドリアの発達に着目。ミトコンドリアが機械的刺激で増加することを報告した。
 最後に「微小重力環境下の筋の萎縮」について発表した今泉和彦氏(上越教育大助教授)は,後肢懸垂法で得られたラットのデータをもとに,(1)筋萎縮と筋内のDNA,RNA,タンパク質レベルとの関係,(2)筋萎縮と筋内の遺伝子発現との関係,(3)筋萎縮と各種タンパク質の合成・分解速度との関係,および(4)筋萎縮時に特異的に変化するタンパク質の動態等について研究成果を示し,「ノーマルな状態からメカニカルストレスを軽減させた場合には萎縮が起こる。原因としてはタンパク質の合成速度が減少すること,分解速度が上がること,タンパク質合成系の経路からみるとDNAは量としては変化はないが,情報を送る時に何らかの形で抑制系のシグナルを出していることが推測される」と報告した。

メカニカルストレスと骨

 シンポジウム(6)「メカニカルストレスと骨」(座長=東医歯大難治研教授 野田政樹氏)では,整形外科領域から2名,歯科学領域から2名が登壇した。

うさぎとラットの実験結果から

 最初に「牽引ストレスは骨形成を促進するか-骨延長の臨床と実験から」を発表した安井夏生氏(阪大教授)は,うさぎでの骨延長の実験結果と,遺伝子ブローブや単クローン抗体を使える利点を持つラットを用いた実験結果を報告。「骨延長は,メカニカルストレスの負荷によって左右される」としながら,「延長初期には活発な軟骨性骨化が確認できたが,3週間を過ぎると観察されなくなる」ことを明らかにした。また,延長が進むと直接繊維性組織から骨へと変わることを,染色した病理スライドを多用しながら示唆するとともに,「chondroid boneの細胞には,I型コラーゲン(骨型),II型コラーゲン(初期,軟骨型)両方の遺伝子発現がみられた」と述べた。
 次いで山本照子氏(岡山大歯教授)は,osteopontin(Osp)の役割を中心に「持続的メカニカルストレスによる骨リモデリング-歯槽中を歯が動く」を発表。ラットの臼歯の遠心移動を利用し,歯槽骨の吸収と形成のリモデリングに関与するosteocalcin(Osc),osteonectin(Osn),OspやmRNAの遺伝子発現の局在について,生理的およびメカニカルストレスによる歯の移動における骨リモデリングの動態や骨基質蛋白の役割を経時的に分子レベルで検討した。その結果,「生理的な歯の移動においてはOspは歯槽骨の吸収にかかわる働きをし,OscとOsnは歯槽骨の形成に関与している」と述べる一方,「矯正的な歯の移動中には,骨吸収細胞ではOspの発現を認め,生理的なリモデリング時とは著しく異なる活発な変化がみられる。その上で,骨原性でもOspの発現が認められた」ことを明らかとした。

in vivo,in vitro での検討

 また高垣裕子氏(神奈川歯大)は「骨内の細胞の機械的負荷に対する応答」を発表。「骨芽細胞が骨細胞に分化することが骨の機械的受容に本質的に重要なのではないか」との視点からin vivo で検討,「オステオサイトの役割は,(1)メカニカルストレスに反応して骨を形成する,(2)骨吸収にも関与しているらしい」との結果を報告した。また,「オステオグラストは強いストレスの受け手で,細胞を増やす。一方オステオサイトは弱い刺激の受け手であり,マトリックスや基質を増やし応力を高める」と述べ,両者が至近距離にあることが重要で,互いに刺激しあっていることを示唆した。
 一方,最後に登壇した大湾一郎氏(琉球大)は「骨芽細胞の機械的刺激に対する感知機構」を発表し,Frostらが提唱した「骨組織においては,骨芽細胞や骨細胞の歪み(strain)の程度によって骨量が増減する」ことを実証。「in vivo では1050μstrain程度で骨形成率の増加がみられたが,in vitro 系においては生理的範囲(2000μstrain以下)をはるかに超えた10000 μstrain以上を必要とする報告が多かった」と発表した。また,「in vitro において,strainおよびfluid flowの強さを変え,骨組織の歪みそのものと,歪みによって生じるfluid flowのどちらが骨量増加の物理的シグナルとして働いているかを検討」した結果も報告。骨芽細胞を,I型コラーゲンを付着したプラスチックで培養したところ,「Osp,mRNA発現にはstrainよりもfluid flowの大きさが関与していることから,fluid flowが機械的刺激に応答して起こる骨新生に重要な働きをしていることが示唆された」と述べた。
 その後の総合ディスカッションではフロアを交え,「軟骨から骨形成に至る要因として考えられることは何か」,「人とラットの違いは何か」,「メカニカルストレスはOspでmRNA発現を上昇させるか」などについて論議された。