医学界新聞

日本のエイズ診療の新しい展開

国立国際医療センターにエイズ治療研究・開発センター開設

 インタビュー 岡 慎一氏
  国立国際医療センター
  エイズ治療研究・開発センター
  臨床研究開発部部長
 


 病態解明の進歩により,治療の可能性が見えはじめてきたエイズ。また,日本においては薬害エイズ事件の和解を契機に,行政主導で進められた治療環境の整備も,1993年に各都道府県に設置された拠点病院に加え,全国を8ブロックに分け,各ブロックごとにエイズ治療・研究の中心となる「ブロック拠点病院」が設置されるなど急速な展開を見せている。
 そのような状況の中,今年4月1日に国立国際医療センター(東京都新宿区)に,「エイズ治療研究・開発センター」が設置された。同センターは今後エイズ医療の拠点となり,全国的なエイズ診療のネットワークづくりと臨床研究の発展に大きな役割を果たすことになる。
 本紙では,同センターの責任者である岡慎一氏に,その活動内容と今後の展開についてお話しいただいた。


――国立国際医療センターのエイズ治療・研究開発センター(以下,センター)の活動内容を簡単に解説していただけますか。
 当センターの果たすべき職務は,センターにおける最先端医療の提供にとどまらず,本邦におけるエイズ診療の底上げのため,当センターと地方7か所に設置されたブロック核拠点病院および全国300の拠点病院との連携システムの構築を行ない,すべての患者が自分の地元で,安心してエイズ診療を受けられることが最終目的にあると考えています。

――スタートしたセンターの概要をお話ください。
 専門外来は7月に完成します。病棟は20床の予定ですが,これも改築中です。10月1日オープン予定です。あとは患者相談ができたり,情報を収集したりする,医局のようなスペースを作ります。完成は来年の3月です。
 スタッフは常勤44名,非常勤を合わせると63人になります。その中には医師のほか看護スタッフと,研究スタッフ,いわゆるレジデントを含んでいます。
 特徴としては,スタッフに診療の調整官的な役割を持つ「コーディネーター・ナース」を置いています。これは,たとえば外来診察時間が医師と患者の間で不十分だったときに,もう少し病気の説明をしようかとか,新規の患者さんにエイズがどういう病気で何に注意するかという教育を行なうものです。さらに患者さんの悩みやカウンセリング業務,もしくは経済的に問題がないかなど,ソーシャルワーカー的な業務も含まれます。センターでは,ソーシャルワーカーやカウンセラーなど職種で役割を決めず,外来から入院まで1人のナースがすべて受け持ち,1人の患者について幅広くフォローできるようにしています。
 また地方の患者さんが地元の病院できちんと受診しているかのフォローアップや,電話の相談をすべて受け持つスタッフを4名置いています。これは,患者側についてはそういう医療者が必要であり,地方の病院にも,看護体制がうまくいっているかどうかというフォローアップするスタッフが必要だからです。

全国の拠点病院とのネットワーク

――センターと,厚生省が指定したエイズ診療の拠点病院との関係はどのようなものなのでしょうか。
 地域の現状は,たとえば人口30万ぐらいの県庁所在地などの中核都市を想定すると,そこの拠点病院に患者はせいぜい5,6人で,多くても10人くらいです。すると,その病院がある程度の経験を積むまで任せていたら,時間がかかってしまいます。今危惧しているのは,医師は目の前の患者にエイズが発症しているのか,副作用が起こっているのか,どういう異常なのかわからないのではないか,ということです。

データベース

 理想を言うと,1つにはセンターに全国規模のデータベースを置くことです。患者がどういう病態をとるかなど検索でき,地方で何か起こった時にほんの数名の患者しか受け持ったことのない医師でも,目の前の患者がどういう異常なのか,きわめて特異的なのか,それとも起こるべくして起こったのかという比較ができ検索できるようなシステムをつくりたいと考えています。地方の病院とオンラインで結べば,いろいろできると思うんです。
 今そのシステムを考えていて,難しい問題はいろいろあります。望ましいのは,拠点病院のデータも中央のデータベースに組み入れることですが,データベースに入力するのがたいへんで,そこまでできるかどうか。また,データのセキュリティをどうするかなどで,一気に暗礁に乗り上げてしまうのです。
 もう1つは,現在のエイズ治療のスタンダードな治療方針や,センターでどのような臨床試験が行なわれているかなどを載せたホームページを現在作成中です。おそらく夏ぐらいにはできると思います。

救済センター外来

 また,センターの大きな役割として,地方の拠点病院を受診している患者さんが,実際どういう医療を受けているのかのフォローアップもできればとも考えています。
 昨年,薬害エイズ事件で患者と原告が和解しましたね。その和解金の中から一部ずつ出し合い,患者自身で救済センター(名称:はばたき福祉事業団)を結成しました。この役割は,遠方からセンターへ来るときの旅費の補助や,「なかなか東京へは……」という人に付き添って受診を促すようなことをするのです。
 また,地方の患者さんが,自分たちの地域の医療はきちんとしているのか,自分たちは適正な医療を受けられているかなど,セカンドオピニオンを求めにセンターを訪れるというシステムを作っています。これは今年4月に2回行ない,7月から順次いろいろな場所から来てもらうことにしています。

すべての患者にスタンダードな治療を

 患者さんにはできるだけ主治医の紹介状を持ってきてもらい,センターで診察し,ここで行なわれている治療と照らし合わせて,もし補助すべき点があれば書き添えて,地元の病院へ戻そうと思っています。治療薬を例にとれば,その病院で使える薬をベースにし,どう処方すべきかを返事するようにしたいのです。要するに,現在,スタンダードと言われるような治療法に合っているかどうかということです。地方だと抗HIV薬は使っていても,合併症の予防をしてなかったり,その逆もあったり……。いままで患者が少なく,専門的に診療していないのでやむを得ないのですが。ただ,実際にそういう事例が多く,もう少し交通整理をして,どうあるべきかを提示していきたい。そのためには,患者さんに一度センターへ来てもらったほうが,患者さんともそうだし,地元の医療機関とも連絡が取りやすいのです。
 救済センターを通じての患者さんには,エイズに関する教育を受けていない人のほうが多いのです。センターでは,最初の診察後にエイズがどういう病気で,何に気をつけるかの教育をし,再度来院してもらいます。2回目は,初回データと地方で受けてきたデータとを比較し,どのような治療を受けるのがスタンダードかを書き添えて,本人と地元の病院とに連絡をするようにしています。
 他の病院とそのようなコネクションがとれれば,様々なことが協力してできます。たとえば,サイトメガロウイルスの予防が必要で,保険認可されていない薬があった場合,臨床研究として立ち上げて,「この基準を満たす人については,こういう予防をしてほしい」と提示し,地方から応募があればそれに乗せて薬を配付できるようなシステムを考えています。現在,いくつかの予防トライアルのためのプロトコールを作りつつあります。

医療者側にエイズ教育

――各拠点病院の先生方を対象にエイズ診療の研修を行なうそうですが,どのような内容なのでしょうか。
 専門病棟が完成したら(10月),順次研修を受け入れようと思っています。現在,3タイプの研修を検討しており,1週間単位の研修では,医師とナースとそれぞれ2名または4名ずつにして,隔週受けつけます。それから1か月単位の研修も,2名から4名ぐらいの医師,ナースが対象。あとは半年または1年単位の長期研修です。僕らとしてはできるだけ長期研修を受けてほしいのですが,研修を受けさせる病院のほうの事情があり,うまく人が集まるどうかという問題はあります。
 もう1つは,医師やナースを病院に派遣するシステムを考えています。具体的には,医師が自立できるまでの間,月2回ぐらいのペースでこちらから赴いてサポートするものです。例えば,実際に外来など担当を決めてもらい,その人が外来で診察する間,横について補助をするシステムです。それは,医師が行なうものと,もう1つは看護スタッフも行って,実際に向こうの看護スタッフが軌道に乗れるかどうかをフォローしようとしています。
 そういう希望が何か所かあり,現在具体化しているのは1か所です。2か所ぐらいなら隔週で交互に,1人担当をつければ送れるというところですね。

センターの果たすべき役割

――岡先生ご自身が考えていらっしゃる,今後センターではどのような活動を展開されるのか,ビジョンをお話しください。
 1つには,日本のどの病院に行っても同じ医療が受けられることを目標に,そのためにどのようにシステム化するかが,センターのいちばんの役割だと思います。たとえば糖尿病なら,現在ではどの病院でも大体スタンダードな医療が受けられます。私自身はエイズでもそうなるようにやっていきたいと考えています。さきほどの救済センターの外来や,拠点病院との連携システムなどは全部,そのためのステップだととらえているのです。地方でもHIV陽性者も診てもらえるけれど,本当にきちっとした予防や治療を受けているかというと,現状では疑問があります。ですから,全国で患者さんを少しずつ受け持っている医師の方に,どんどんセンターに問い合わせをしてもらいたいのです。

感染症専門医の育成

 それから今後,東京近郊を中心に,患者が増えることは間違いないと思います。そこで,医学生や研修医,レジデントにもHIV感染症の患者さんが診られるようなひととおりの勉強をしてもらいたいのです。そういう意味で,センターには研修医はいませんが,レジデントとして2,3年の間しっかり勉強する意欲のある人を募集しています。このセンターの大きな役割の1つに,HIV感染症をきちんと診療することのできる感染症専門医の育成もあげられるでしょう。
 究極の目標は,家の近くの病院へ行っても,センターと同じような医療が受けられるシステムにしていきたい,ということです。それができるようになればここの役割も終わりで,解散かな …(笑)。


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レジデント募集・問い合わせ先
エイズ治療研究・開発センター 臨床研究開発部長 岡 慎一
TEL&FAX(03)5273-5193
E-mail:soka@info.ncc.go.jp
エイズ診療に関する問い合わせ
医療情報室室長 青木 真
TEL(03)3202-7181(内線3260)
FAX(03)3208-4244
E-mail:aoki@imcj.go.jp