医学界新聞

STの国家資格化をめぐって

杉本 啓子 日本聴能言語士協会副会長・国立循環器病センター言語室


 スピーチセラピスト(以下ST)は,聴覚や言語の障害によってコミュニケーションに支障をきたしている人々に,さまざまな援助を行なう専門職である。諸外国では早くから専門職として確立されてきたが,わが国では国家資格が制定されていないこともあって,社会的な認知は遅れている。
 そのSTの国家資格がようやく制定されようとしている。厚生省は昨年10月,「言語及び聴覚に障害を持つ者に対して訓練等の業務を行う者(いわゆるST)の資格化に関する懇談会」を発足させ,このほど資格化に向けての報告書をまとめた(資料)。
 STの国家資格は,WHOから既に1960年代に,早期に制定するよう勧告を受けている。それが約30年にわたって難航してきたのは,私たち当事者であるSTと,医師会・厚生省との折り合いがつかなかったからである。

STは診療の補助職なのか

 争点は大きく分けて2つあった。STの職種としての位置づけと養成についてである。私たちSTの側は,STという職種が医療における診療の補助職として位置づけられるのではなく,職域の枠にしばられない独立した専門職として資格化されることを望んできた。これは,STが医療のみならず福祉や教育の分野でもすでに活躍しており,その業務が医療という枠組みに収まりきらない性質を持つ,という理由による。法制化にあたって具体的には,法文上の職種の定義に「医師・歯科医師の指示の下に業を行なうもの」という一文を入れず,必要なものは業務のところで限定的に記録すること,という内容の主張をしてきた。そして養成については,4年制大学を中心に,医療系と人文科学系,社会科学系の科目がバランスよく配置されたカリキュラムで行なわれるよう求めてきた。
 それに対して医師側は,「STはあくまでも診療の補助を行なう職種であり,PT(理学療法士)やOT(作業療法士)と同様に高卒3年以上の専門課程で,医療系の科目を中心とした養成を基本とする」という主張を行なってきた。10年前に資格化が見送られた際,「STの業務は医療か教育か」という点で議論が分かれた。それを受けて医療の場に限定した資格を早急に作ろうという動きが医学会の中に高まり,「医療言語聴覚士資格制度推進協議会」が先の主張に基づいた運動を今日まで繰り広げている。

なぜ資格化が実現しなかったのか

 戦後間もなく,保健婦・助産婦・看護婦法(保助看法)が作られた頃,医療業務は,医師と看護職で独占・分担されていた。医師が行なう行為を看護婦が補助し,そうした行為を診療の補助業務として看護婦の独占業務とした。以来,新しい職種を法制化する際には,「看護婦の独占業務である診療の補助を他の職種が行なってもよい」,すなわち保助看法の一部解除という形で立法化していったのである。PTやOTの資格法などはそのようにして作られたが,その後,従来の医療という概念に収まりきらないSTや医療ソーシャルーカー,臨床心理士などが医療現場に進出してくるにつれて,従来の保助看法を解除しての資格化では矛盾が起きてきた。つまり本来の意味で医行為とはいえないこうした職種の業務を,医師の指示下で診療の補助として行なわせようとするやり方では,当事者のみならず,世論からも支持は得られなかったのである。STのみならず医療ソーシャルワーカーや臨床心理士の資格化が長年実現しなかったのも,こうした理由によるところが大きい。

STは医療の概念に 収まりきらない職種

 言語や聴覚の障害には,失語症のように明らかに疾病によって引き起こされるものもあるが,先天性の難聴や吃音,言語発達遅滞のように,背景に疾病の存在が明らかではないものもある。また疾病によって引き起こされる失語症や麻痺性構音障害であっても,それらは疾病そのものではなく,後遺症である。病院でSTが失語症患者の臨床にあたる際でも,働きかけはことばや動作によって行なわれるのであり,身体に危害を加えるようなおそれのあるものではない。そしてSTは検査や訓練の他に,家族や周囲とのコミュニケーションの調整や,職場復帰についての相談,心理面へのカウンセリング的アプローチ,福祉サービスの情報提供など,さまざまなことを行なう。病院にあっても医療のみならず,福祉的,教育的色彩を帯びた仕事を行なっているのである。
 これらは先にも述べたが,従来の医療の枠には収まりきらない業務であり,従来の診療の補助行為という概念にはなじまない。そして実はこうした従来の医療の概念に収まりきらない臨床心理士や医療ソーシャルワーカーなどのさまざまな職種の働きが,患者のQOLを高め,医療をより全人的なものへと高めていく重要な要素なのである。矛盾するようだが,医療をより全人的なものにするためには,全てを医療(医行為)に囲い込むことなく,多様な職種の独立性を認めたうえでの連携が重要であると私たちは考えている。

懇談会の報告書を受けて

 幸いこの4月に出された懇談会の報告書では,私達の要望がかなり受け入れられ,職種の定義に医師・歯科医師の指示をかけない形でまとめられた。養成については,既に見切り発車的に数多くの専門学校が作られてしまっている現実を反映して,専門学校での養成も認められることとなった。カリキュラムについては,私たちの要望を受け入れた記載がなされている。
 このように,養成の部分については不満が残るが,職種の独立性がおおむね認められた形の報告書が出されたことは評価したい。

「診療の補助業務」

 ただし報告書では,診療の補助業務についてあいまいな部分が残されており,今後法文化にあたって議論を呼びそうである。
 STの業務の中には,ごく一部に「身体に危害を加えるおそれのある行為」が含まれている。具体的には嚥下や人工内耳にかかわるものである。新しくできるSTの資格では,そうした危険を伴う行為は「診療の補助行為」として医師の指示下に行なうよう,法文上に規定されることになる。私たちはそれらを先に述べた嚥下や人工内耳の一部の業務に限定したいと望んでいるが,できるだけ多くの業務を「診療の補助行為」として医師の指示下におきたいとする,医師・医学会側と,今後,法文化の過程で折衝が必要になってくるであろう。
 また報告書では,「診療の補助以外の業務についても,現に治療を受けている医師・歯科医師がいれば,その医師の指導を受けることが適当」と述べられている。指導という文言の強制力は弱いということだが,そこにはやはり力関係が反映されている。私たちは患者の最終的責任者としての医師のプライオリティを十分に認めている。しかし患者中心の新しい医療の形が模索されている現在,新しい職種を資格化するにあたって,医師と他職種との関係を表わすことばは,「指導」という力関係の上下を表わすものではなく,「連携・協力」こそがふさわしいと考える。
 関係者は現存の行政の枠組みの中で,できるだけの努力をしてくださったようである。すでに医療と福祉,保健はその垣根をできるだけ低くし,相互に連携せざるを得なくなってきている。障害児との関わりでは,教育との垣根も低くしていかなければならない。そしてそれら医療,福祉,保健,教育は,サービスを受ける人々を中心としたものであるべきだろう。そうした状況の中で,私たちSTの資格を,できるだけ柔軟な視点で法文化していただきたいと望む次第である。


●(資料)言語及び聴覚に障害を持つ者に対して訓練等の業務を行なう者(いわゆるST)の資格化に関する懇談会報告書の概要

1.はじめに
■当懇談会は,言語機能や聴覚機能などに障害を持つ者に対してその機能の向上,維持のための訓練,検査などの業務に携わる者,いわゆるST(以下,単に「ST」という)の資格法制化に向けて,問題点の所在とその対応について検討を行なうため,昨年10月28日に設置され,日本聴能言語士協会及び日本言語療法士協会の関係2団体からの意見の聴取及び論点についての意向の確認を含め,11回にわたり検討を重ねてきた。
2.ST資格化の意義
■STの業務は,専門的知識及び技能の裏打ちがあって初めて行なうことが可能なものであり,専門分野として確立しており,他の職種では対応することが困難なものである。
■資格制度化の目的は,こうした専門的な知識および技能を必要とする業務に従事する者の資質を担保することにある。
■また,その業務中に患者の生命,身体の安全に影響する医療に係る業務が予定されている資格の場合には,資格制度を創設し,看護婦等の「診療の補助」に係る業務独占を部分的に解除することで,当該分野の医療に携わることが可能となる。
■現在のST必要数は全国で9千人と推計され,資格制度化によりST数の増加も期待できる。
3.STの業務
■ST業務は次のような行為を行なうことにより,言語機能や聴覚機能などに障害を持つ者に対して,その機能の向上,維持させることを目的とするものと考える。
(1)主として,音声,構音,言語のそれぞれの機能または聴覚機能の向上,維持のために行なわれる訓練
(2)訓練の実施や評価等のために必要な検査(3)言語機能等に障害を有する者及びその家族に対して行なう,助言,指導その他の援助
■こうしたSTの業務の中には,対象者に保健衛生上の危険を生じさせるおそれのある行為が存在しており,現行制度下では,医師,歯科医師が自ら行なうか,看護婦等が「診療の補助」として行なうのでなければ行なえないものと考えられる。
4.ST資格化の具体的な考え方
■STの業務中には,「診療の補助」として医師,歯科医師の指示を要するものとともに,「診療の補助」に該当しないものが含まれている。従って,医師,歯科医師の指示をST業務全体にはかけない形で整理することが適当である。
■STが看護婦等の独占業務である「診療の補助」に該当する行為を適法に業として行なうことを可能とするためには,法律に基づく資格制度を創設した上で,保健婦助産婦看護婦法の業務独占の一部を解除しなければならない。
■「診療の補助」に該当する行為の範囲を具体的にどう考えるかについては,一般的,包括的な捉え方をすることが妥当ではないかと考えられるが,具体的な「診療の補助」の内容については専門家の意見を聴いて整理しておく必要があろう。
■言語機能や聴覚機能の障害に関係する傷病により,現に医師または歯科医師の治療を受けている者に対して,STが「診療の補助」に該当しないST業務を行なう場合には,治療方針との調整等の観点から主治の医師・歯科医師が関与する必要があり,その指導を受けるとすることが適当である。
■資格の名称としては資格者の行なう行為を表す名称を用いることが多いことなどから,STの名称としては,「言語聴覚療法士」という名称が妥当である。
5.STの養成
■ST試験の受験資格としては,高卒者を対象とした3年以上の過程を有する養成施設の卒業生とすることが適当である。これに4年制大学も含まれる。4年制大学でSTを養成する場合には,特に学部を限定せず,指定科目の履修により,受験資格を認めることが考えられる。
■養成施設としての指定を受けた4年制大学を卒業した者又は指定科目の履修を完了して4年制大学を卒業した者のいずれにも該当しない4年制大学の卒業者を対象としたSTの養成過程については,2年以上の養成施設の卒業ということで受験資格を認定することを検討する必要がある。
■経過措置として,現任者や養成施設の卒業生及び在校者には,一定期間の実務経験や講習会の受講などを条件とすることなどにより,できるだけ広く受験資格を与えることが望ましい。
6.おわりに
■この提言内容については大筋において関係者の合意が得られており,当懇談会としては,ここで示した方向が現時点では最善のものと考えている。今後,この方向に沿って,STの資格制度化が1日でも早く実現することを期待する。