医学界新聞

連載
現代の感染症

4.ウイルス肝炎

清澤研道(信州大学教授・内科)


 ウイルス肝炎の原因ウイルスが同定され,診断法が一般化したのは1970年代以降である。それからわずか30年足らずであるが,世界のウイルス肝炎の実態がB型,A型,D型,E型,C型,G型の順に明らかとなった。この間,日本においてはウイルス学的,公衆衛生学的予防法が確立し,ウイルス肝炎患者の疫学は激変している。一方で肝癌患者の増加は著しく,この傾向は21世紀まで続くであろう。

疫学

 過去30年の日本におけるウイルス肝炎の疫学には3つの特徴がある。  第1は急性肝炎発症の著明な変化である。A型肝炎はHA抗体保有者の高齢化に伴い高齢発症化しつつある。輸血後B型・C型肝炎は献血血液のHBs抗原,HBc抗体,HCV抗体のスクリーン後ほとんどみられなくなった。
 第2は肝硬変での肝不全死と消化管出血死の著減であり,それと反比例して肝癌が増加していることである。肝癌患者死亡数は人口10万人あたり1970年代は10人以下が,1990年代には20人を越え倍以上になり,1995年は年間約3万人の患者発生となっている。その原因はC型肝炎の増加に起因している。
 第3は1986年に始まったHBV母児間感染ブロックによるHBVキャリアの著減である。それ以後出生した児のHBs抗原陽性率は0.1%以下であり,それ以前の1%と比べ有意に減少している。
 わが国においてはD型,E型肝炎発症はきわめてまれである。E型肝炎は蔓延地への旅行後の発症が稀に報告されるのみである。

G型肝炎

 G型肝炎はウイルス肝炎としての不動の地位を確保したわけではないが,関与していることは事実である。著者の成績をに示した。G型肝炎の頻度は急性肝炎,慢性肝疾患とも低い。劇症肝炎に関与するとの説があるが,慢性肝炎では長期にわたって軽微な変化であり,肝癌への関与は薄いようである。一方,A―G型肝炎と診断できない非A―G型肝炎が存在する。今後この病原体の正体の解明がなされることを期待したい。

臨床上の問題点

劇症肝炎の原因と救命率
 患者数は最近20年間で大きく推移した。厚生省特定疾患難治性の肝炎調査研究班の調査では劇症肝炎は1972年に約3700例,1989年に約750例,ここ数年では年間平均500例となっている。輸血後肝炎の減少が大きく貢献している。最近の劇症肝炎の原因は1995年の上記研究班の報告書によると,薬剤性はきわめて少なく(8%),ほとんどがウイルス性(90%)である。中でも非A非B型肝炎が多く(40%),次いでB型(34%),A型(16%)の順である。非A非B型肝炎の中でC型,G型肝炎はあっても少なく,ほとんどが未知の肝炎によるものと考えられる。B型劇症肝炎ではプレコア,コア領域遺伝子の変異したHBV株によるものが多く,A型劇症肝炎は高齢者に多い。救命率はA型67%,B型39%,非A非B型11%である。非A非B型劇症肝炎の病態をみると亜急性型が84%を占め,救命率の低い原因となっている。

慢性肝炎の治療と肝癌発生の抑制
 肝癌予備群である慢性肝炎の治療は,今後の肝癌抑制をめざすうえで重要である。残念ながら,わが国の保険診療下で行なわれているインターフェロン(IFN)4週間投与によるB型慢性肝炎の治療は,長期予後をみる限りよい成績は得られていない。しかし4~6か月間の,長期にわたるIFN治療対照試験を行なった米国の成績によれば,HBe抗原消失率はIFN群で33%,対照群で12%と有意差を認めている。ただし,垂直感染によるB型肝炎患者の多いわが国と,水平感染後キャリアとなっている米国では評価が違う可能性はある。HBVキャリアから急性増悪するような症例では,抗核酸剤であるラミブジンが有効であるが,日本ではまだ未承認である。プレS抗原を含むHBワクチン,あるいはDNAワクチンによるB型肝炎の治療が注目されている。
 一方,C型慢性肝炎のIFN治療では,約35%にHCV―RNAが持続消失する完全著効が得られ,この群からは肝癌発生が抑制されていることが明らかになった。治療効果が高いことを予測する因子として,感染からの期間が短いこと(5年以内),ウイルス量が少ないこと(<1Meq/ml),肝組織で線維化が少ないこと,遺伝子型が2a,2b型であること,遺伝子NS5Aの変異が多いことなどが明らかとなっている。わが国には1b型遺伝子を持ったC型肝炎患者が多く,現在のIFN治療では限界がある。今後さらに治療効果を高める方策として,IFNの長期投与(米国では1年まで可能),リバビリンとの併用(イタリア,台湾ではリバビリンの併用で著効率がIFN単独の倍に高まったとの報告がある),新しい抗ウイルス剤の開発(HIVではプロテアーゼ阻害剤が著効を示す)等が考えられる。