医学界新聞

対談 看護教育方法の新たな試み

Problem-Based Learningを中心に

新道幸恵氏
神戸大学医学部保健学科・教授
小山眞理子氏
聖路加看護大学・教授


 小人数グループ学習・個別指導という意味合いを持つテュートリアル(tutorial)による教育が医学教育の中で検討され,新しい教育方法として成果をあげている。看護界でも,本年の教育カリキュラムの改定に伴い新たな教育方法が模索されている。その中にあって,8月1-2日の両日,神戸市で開かれる「第7回日本看護学教育学会」では,「教育方法の新しい試み」がシンポジウムとして企画されている。
 そこで本紙では,テーマの1つに掲げられている“Problem‐Based Learning”に焦点をあて,今学会長を務める新道幸恵氏と小山眞理子氏に対談いただいた。



新カリキュラムとPBL

看護教育方法を模索する

新道 看護教育カリキュラムが新しくなり,その目的の1つに「主体的に学習する学生を育成する」があります。日本の看護教育界がそのための方法を模索する中で,小山先生はProblem‐Based Learning(以下,PBL)に積極的に取り組んでいらっしゃいます。先生がこの学習方法に着目された動機,取り組みのプロセスからお話しいただけますか。
小山 日本でのこれまでの看護教育を見てみますと,講義・演習・実習という形をとることが長く一般的で,学生たちは実習の場でもう1度知識を学び直すこととなり,それに多くの時間を使っているのが実態だと思います。このようなことから,私の中には「講義で学んだことが実習に十分に生かされているのだろうか」という疑問がずっとありました。つまり,同じような時間を使うなら,もっと効果的に学習できないかということが私の課題でもありました。
 そのような時に,イタリアで1992年に開かれた看護教育の国際学会に参加したのですが,そこでカナダやオーストラリアの大学でのPBLに関する発表を聞きました。私は,「もしかしたらこれが使えるのではないか」とその時に思い,その後に「PBL」をキーワードに文献や資料を探し始めました。
 実はそれ以前に,聖路加看護大学長の日野原重明先生から「カナダのマクマスター大学の教育方法はとてもいいから,ぜひ看護学でも検討するように」と言われていました。ところが,その時には私たちはピンとこなかったのです。
 2年後に,マクマスター大学で医療関係者全体の学会が開かれ,その中でPBLがかなり大きく取り扱われました。その時に,私は医学部の事例を使ったワークショップに参加したのですが,そこで非常に丁寧なテューター教育を受けることができ,また,マクマスター大学の看護学部の現状を教授たちに詳しくうかがうこともできました。「PBLを使うということは,学生と一緒に学ぶことだ。教育が本当に楽しい」と,どの先生も顔を輝かせておっしゃいます。ですから,この方法は教師にとっても素晴らしいのではないかとも思いました。ただ,マクマスター大学ではPBLが運用しやすいようにカリキュラムが組まれていますし,それが大きなキーだとうかがったために「日本では課題が大きすぎるかな」とも思ったのですが,なんとかこの方法を日本の看護教育に応用できないかと考え始めたのはこの時です。
 日本に帰ると,ちょうど聖路加看護大学(以下,聖路加)が統合カリキュラムへの変換の時期でしたので,早速カリキュラム委員会に提案しました。しかし,その時はまだ「とんでもない」という反応でしたね(笑)。それから,口で「いい方法ですよ」と何度も言うよりも,具体的にデータを示そうと考え,研究的に取り組むことにしたのです。 

講義に代わるPBL

新道 PBLの全体像をご説明ください。
小山 PBLはマクマスター大学で開発された教育方法で,問題に基づいた学習であること,小グループ学習であること,そしてグループごとに方向づけをするためのテューターがついて学生が主体的に学習するという,3つの特徴を含みます。いわゆる問題(Problem)を含んだ,臨床に非常に類似した状況設定のシナリオを作り,学生たちはグループディスカッションを通して,その状況での問題点を取り出し,それを解決するために必要な知識,理論などをすべて関連づけながら学んでいきます。
 ただ,看護が扱う状況のすべては,医学のProblem Solving(問題解決)でいう「問題」とは違いますので,私は,このProblemを「問題」と訳すことに大変抵抗がありました。外国語をそのまま日本で使うのにも抵抗がありますので,オリジナルの3つの特徴を含んだいい日本語訳はないかと探していたのですが思いつきません。結果として,PBLという言葉は欧米では学会ができるぐらいに一般化された言葉ですし,日本でもそのまま使用しようと考え,PBLのままとしています。
 PBLは,学生たちが発見したものを自分たちで体系づけていくための方法として開発されていますので,マクマスター大学では講義をしません。私は,最初に「講義がどの程度実習に役立っているか」と言いましたが,このPBLが開発された動機もやはり同じように疑問が持たれていたことにあるようです。具体的に言えば,知識があまりない状態のうちに,学生たちの「これは何だろう?」という素朴な疑問を刺激しながら,うまくクリティカルシンキングや問題解決能力に結びつくように,テューターとかファシリテーターと呼ばれる教師がかかわっていく,という学び方です。
 ですから,ここでのグループ学習は,日本でこれまで行なわれてきた演習の事例検討でのグループ学習とは違っており,また,教師が気づかせたい視点で質問を投げかけていることも多いと思います。PBLでは,教師がそうしたいのをぐっと我慢して,学生たちがいかにも主体的に発見していくような方法をとります。
新道 旧来の日本のグループ学習では,教師主導型になってしまうということですね。そうなると,教師は事前に相当の準備をしておかなければいけないでしょうね。
小山 ええ。PBLが成功するかどうかのすべては,その準備にかかっていると言ってもいいと思っています。
 まず,その事例から学生が学ぶべき学習の目標や概念をしっかり押さえておくことが必要です。学習の目標と各グループの行き着く先が違ってしまわないためにも,教師自身がその教材の科目構造をよく知り,概念,原理原則,事例の裏に含まれたものをしっかり把握しておくことがとても重要になります。そのためには準備した内容を,重要度の高いものから順に,絶対に押さえなければいけない=◎,学んだほうがよい=○,時間が許せばやる=△,というようにレベルづけを行ない,一覧表を作っておくとよいかもしれません。
新道 グループによって,またダイナミックスによって学習内容に多少の違いはあっても,クラス全体としてのアウトカム(成果),すなわち学習到達度は同じでなければいけないということですね。そのアウトカムを知った上で,学生がそこに到達するように支え,促進していくということがあるわけですね。
小山 そうです。学生がそこに到達するために,すべてのテューターが事前に意見統一を行ない,共通のマトリクスを持っておくことが大切です。
 私のところでは,リソース(教材)リストは学生に渡しますが,概念のマトリクスは教師が手元に持っています。そして,学生から◎に近い発言が出た時には,「今の発言はとてもいいですね。それはどういうことか,皆で考えてみませんか」というようにかかわります。これがファシリテーターとしての役割であり,能力です。
新道 シナリオ(学習目的に照らして作成された事例で臨床に類似した状況設定を含んでいるもの)の理解を深め,教材の概念をしっかり把握しておく準備とともに,その到達目標についての教員同士のコンセンサスを得ておくという準備も必要ですね。

教育方法を変えるとは

移行期のプロセスを乗り越えて

小山 こうしたことは,教員たちに教育観についての大きな価値転換を迫ります。聖路加では,大きく分けて2つのジレンマを経験しました。
 1つは「教えてはいけない」と思い込むことです。PBLの考え方,その学習方法はどういうものかということを,すべての教員が理解しておかなければいけませんので,教師間でテューター教育を行ないますが,そこで教師が教えるのではなく学生が主体的に発見するのだ,ということを強調しますと,「教えてはいけないのだ」という極端な理解をする人が出てきます。
 もう1つは,フラストレーションです。「ここでこうすればいいのに,学生たちが大事なところを押さえない」という時に,「言いたいのに我慢する」あるいは「言ってしまう」といったことが起こります。  私どもでは,毎回のセッションの後にミーティングをして,そういう報告が出ると,他の先生が「私はそういう時にはこうしている」とか,「その場合はこのように言えばよかったのでは」というように互いにアドバイスを行ない,共有体験の中から学んでいます。
新道 「教えること」に慣れている教師にとって,「教えないで学生から引き出す」ことは苦痛かもしれませんね。そのプロセスは必ず訪れると思っておくことでしょうね。PBLに賛同した人だけを教師に採用するという姿勢を貫いてすでに20年以上になるマクマスター大学でも,学習方法をPBLに変えた当初には,どうしても自分の教育スタイルに合わないと,辞めた方が少数ながらあったと伝え聞いています。
小山 事前に教師間で,テューター役と学生役に分かれてワークショップを開き,ロールプレイをしてみるとかなり違ってきます。経験を積み,体験を共有化するうちに,だんだんと学生の発言を促すような発問ができてきます。 
新道 学生たちも,感じたことを話したいという欲求を持っているはずですものね。
小山 ええ。ファシリテーターの発言の仕方,雰囲気の作り方で学生の主体性はまったく違ってきます。そこで,テューター教育では「PBLは皆で作り出していく学習です。成功させるかどうかも皆さん次第です」というメッセージを,学生に向けて毎回送るようにしています。
 ただ私は,カナダやオーストラリアで学生たちがPBLを実践しているところを見学しましたが,やはり日本とは文化が違うということを感じました。
新道 そうでしょうね。講義型というか,教師主導型の教育が主にとられている日本では,学生は教師の思うように育てられてしまっているということがあるのではないでしょうか。それも日本が作ってきた文化の1つだと言えるかもしれません。
 私もずいぶん長く看護教育をしていますが,教師が「教師好みの学生」,つまり型にはまった学生を作ってきているのではないか,その中で学生の素晴らしい芽を摘み取ってしまっていることがあるのではないかと感じています。学生のあるがままで,学生の気づきをエンカレッジするようにもっていけば,本当に自由な発想というのが出てくるのでしょうね。
 PBLでは,学生へのガイダンスにどのくらいの時間をかけますか?
小山 ガイダンスは1コマ90分です。最初は資料を渡して説明しただけでしたが,2年目には教師が学生役とテューター役に分かれてシミュレーションをして見せました。そうしますと,1回目から学生の発言をはじめ,問題や学習課題の出し方が圧倒的に違ってきます。

教師が教える以上に学生たちは多くを学んでいる

新道 PBLを導入して学生たちは変わりましたか?
小山 あくまでも私どもの経験の範囲ですが,いくつかの効果がありました。
 妊娠期の看護についていろいろな測定用具を使って知識や態度,満足度などを調べました。1年目は講義だけをして,2年目には厳密な形ではありませんが,PBLの形で進めました。その比較をしますと,2年目のほうが圧倒的に知識も満足度も高かったのです。そして,何より学生たちの学び方が大きく変わっていました。
 例えば自己学習の方法がそうですが,具体的なものとして図書館の活用方法があげられます。まず彼らは,1週目は指定図書の文献検索をします。2週目は雑誌のところまで行きます。そして3週目になると,図書館のそれまで行ったことのないような場所の資料を調べたり,CD-ROMを使うようになるという具合に変わります。彼らは「今日はここまで来た」という,学ぶ喜びを味わっているようにも思えます。
 また,それが動機づけとなり学習意欲が増し,満足度も増えていきます。短時間で学習すべき課題を見つけられるようになりますし,発言も断片的な知識としてだけではなく現象に関連づけたものになってきます。それからグループメンバー同士でも学び合います。いい準備をしたメンバーには,テューターが「すごくわかりやすいですね」と一言つけ加えることで,他のメンバーの資料の質も変わってきます。
 テューターは,全員が意見を言っているか目配りをしましょうというメッセージを送りますので,グループダイナミックスも学ぶことができます。これらは教師の側にも大きな驚きですし,喜びでもありますね。
新道 マクマスター大学でも,PBLのよさは「教師が教えること以上に学生は多くのことを学んでいる」ことにあるといわれていますね。
小山 ええ。ただ,面接で「先生が教えてくれれば10分で済むことを,私は3時間もかかって調べました。アルバイトもあることだし,私は教えてもらうほうがいい」と不満を言う学生もいました。
新道 それは1つのプロセスではないでしょうか。私がマクマスター大学の4年生にPBLの感想を聞いた時にも,「1年生の時には,高い授業料を払っているのに何も教えてくれないと不満に思ったけれども,今は勉強がとても楽しい」と言っていました。最終目標に到達するためには,そのステップがあるということを伝えておくことでかかわりが違ってくるかとも思います。
 PBLを看護教育のカリキュラムに具体的にどう活用したらいいか,実際のご経験からお話しいただけますか。カリキュラムの移行期にあって,1つの学習方法としてPBLに取り組むための工夫があると思いますが。
小山 聖路加の統合カリキュラムは,マクマスター大学のような統合カリキュラムではありませんが,PBLが使えないことはありません。ただし1科目だけで使うのではなく,最も効果的にするにはどの科目で使い,何につなげることで学生の主体性が育つのかというように,カリキュラム全体を見直してみることが必要なのかもしれません。また,同時進行する科目内容にも配慮しなければいけません。聖路加では,1年目には他の科目のグループ学習の時期と重なったり,他の科目でテストがあったりして,学生にとって非常なストレスになり,「とてもつらかった」と言う学生もいました。今は他科目との連絡調整を取るようにしています。

看護の実践力

教育界全体の意識改革を

小山 テューターの数と時間配分にはかなりの工夫が必要でした。また,もっと大きな問題として自己学習の時間の確保がありました。これは日本の看護教育全体で導入時に考慮すべきことと思いますが,PBLでは学生の自己学習の時間がかなり必要になります。ところが,日本のカリキュラムには自己学習をする時間的余地が非常に少ないのです。使える時間が夜だけというのでは,図書館もビデオのための視聴覚室も閉まっています。このままでPBLのような教育方法を導入すれば,学生の負担は極端に大きくなります。そういう環境条件を整えることがとても重要だと思います。
新道 これもやはりマクマスター大学の例ですが,PBLを支えるために,図書館司書がリソースパーソンとなって,教材の引き出し方などで学生をサポートしています。学生は自由にコンピュータ検索をして,大学内はもちろん外の資料を取り寄せて活用することができるようになっていますし,PBLを学校全体が支えるようなシステムになっていますね。
小山 PBLという教育方法に飛びつくのではなく,PBLを成功させるためにはどういう準備が必要か,学生たちの活動のための図書やフィールドやリソースをどう確保していくか,また時間帯はどうかということから,教師たちは発想できるようにならなければいけないと思います。
新道 それを整える努力をすることが,PBLを教育に導入することなのですね。
小山 文部省の大学設置基準が1991年に変わりまして,大学の自己評価,自己点検ということで,教育方法も含めた見直しが言われています。「21世紀医学・医療懇談会」の第1次報告にも,「大教室での講義方式ではなく,学生の自主的な学習態度を育てることができるような少人数教育や,テュートリアル教育を積極的に導入するとともに,マルチメディアの活用を図る」とあります。これからは,教員の意識もかなり変わっていくのではないでしょうか。
 新道先生が会長をされます今年の第7回日本看護学教育学会では,教育方法をテーマに取り上げていますが,これはどういうところから出てきたものですか?
新道 この何年か,看護学教育学会ではメインテーマに「実践力を育成する」ということを掲げています。これには教育方法もかなり大きなファクターとなりますので,看護教育の現場で使われている教育方法の代表的なものや,これから使われようとしている新しいものをじっくり検討したいと思ったのです。
 そこでシンポジウム「教育方法の新たな試み」では,コンピュータやクリティカルシンキング,モジュール,今回のPBLを使った教育法,そして現任教育を取り上げました。翌日にはこれらの教育方法についての課題別討論会を設けましたので,さらに討論が深められると期待されます。
 また,今日のお話しの中で話題となりましたマクマスター大学からも,バーマン先生にお越しいただいて,実習教育の中で活用されている模擬患者について,日本人向けに編集したビデオなどを使い報告をいただくことにしています。
 小山先生にはシンポジストの1人として参加していただきますので,PBLについてはより具体的に,深い話し合いがされるのではないかと期待しております。今日はありがとうございました。