医学界新聞

Digestive Disease Week-Japan 1997

1997年日本消化器関連学会週間開催


 日本消化器関連学会週間(Digestive Disease Week-Japan)は,アメリカとヨーロッパに範を求め,消化器関連6学会の合同会議として1993年秋に初めて神戸で開催。以来,神戸市と横浜市で交互に開かれてきたが,5年目を迎えた今回はさる4月17日-20日,名古屋市の名古屋国際会議場において開催された。
 崎田隆夫DDW-Japan理事長によれば,「“開催側と参加側の双方の経済的負担の軽減および効率的な情報交換や研修の実現”を図った所期の主旨は一貫して変わらないものの,参加学会の独自性を尊重するという難しい側面や,開催期間の検討などに試行錯誤を積み重ねる必要もある」とのことではあるが,その着実な歩みによって同組織のユニークな存在はすでに定着したと言えよう。中澤三郎DDW-Japan1997運営委員長(藤田保衛大)のもと,第33回肝臓学会,第53回消化器内視鏡学会,第33回胆道学会,第83回消化器病学会,第28回膵臓学会が全面参加,また消化吸収学会,消化器集団検診学会,消化器外科学会,大腸肛門病学会が部分参加し,9学会が一堂に会した。
 DDW‐Japan企画による教育講演4題,および各学会単独企画の特別講演や招待講演の他,合同企画を含めてシンポジウム19題,パネルディスカッション17題,ワークショップ11題が持たれ,消化器全般にわたって最新の知見と研究成果が発表された。
 本紙では,その中からいくつかの話題を取り上げてみた。



 関連記事は,下記のとおり。

 シンポジウム「炎症性腸疾患の内視鏡診断」
 シンポジウム「炎症性腸疾患に対する治療」
 G型肝炎ウイルス
 ワークショップ「G型肝炎ウイルスの基礎と臨床」
 ワークショップ「H. pyloriとMALTリンパ腫」
 シンポジウム「大腸腫瘍の発育と進展」


シンポジウム「炎症性腸疾患の内視鏡診断」

 最近の厚生省特定疾患の登録状況によると,炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)のうち,潰瘍性大腸炎(UC)の患者数は3万5000人以上,クローン病(CD)は1万人を超えると推定され,過去10年間で3倍増となっている。近年その病態の新たな知見が蓄積されつつあるが,その原因は依然として不明で,再燃,増悪,緩解を繰り返しながら慢性の経過をたどる難治性疾患であるため,いまだ根治的治療は確立されていない。
 DDW-Japan1997では,この疾患の診断と治療に関して2つのシンポジウムが開かれた。

拡大内視鏡,EUSによる診断と非定型IBDの診断

 消化器内視鏡学会では「炎症性腸疾患の内視鏡診断」(司会=京都がん協会 多田正大氏,都立大久保病院 田島強氏)を企画。まず五十嵐正広氏(北里大)は,IBDの診断には生検を含めた内視鏡検査は重要な位置を占めるが,バリウムによる造影検査や便培養,血清学的検査など確定診断には必要な検査手技であるとレビューした。
 続いて,野村昌史氏(旭川医大)と楠神和男氏(名大)は拡大内視鏡の意義を検討し,UCの病型診断,各種治療の効果判定および経過観察における意義を明らかにした。また,趙栄済氏(京都第二赤十字病院)はEUS(超音波内視鏡)を用いた急性期IBDの病態診断の有用性を指摘した。
 広義の非定型IBDの診断については,青柳邦彦氏(九大)が,微細病変や経過を含めたX線・内視鏡所見に加えて,組織学的所見(生検,切除標本),病変分布,治療に対する反応性,全消化管の検索,消化管以外の情報,感染症の有無(病原微生物の検出,血清学的診断)などを総合的に判断することが重要であると報告した。
 UCに関しては,松本誉之氏(阪市大)と清水直樹氏(東医大)がその非定型像を検討。さらに,岩男泰氏(慶大)が大腸型CDの非定型例および疑診例の臨床像・内視鏡像を定型CDの大腸病変と比較。CDの大腸病変は一様ではなく,特に初期病変では内視鏡所見のみでの診断は困難なことも多いが,拡大観察や生検組織の免疫組織学的検討が診断の一助になると述べた。


シンポジウム「炎症性腸疾患に対する治療」

 一方,消化器病,消化器外科,大腸肛門病の3学会合同による「炎症性腸疾患に対する治療」(司会=浜松医大 馬塲正三氏,新潟大 朝倉均氏)では,まず内科的療法としての白血球除去療法について,綾部時芳氏(旭川医大)がUCに対して,小坂正氏(兵庫医大)がCDに対して,それぞれその有用性を指摘し,さらに國弘真己氏(広島大)が,「エジプト綿フィルター」を用いた場合の効果を検討し,「この療法はUCに対しては有効だが,CDに対する有効率が低い」と述べた。続いて,佐々木雅也氏(滋賀医大)が,UCに対する5‐リポキシナーゼ,トロンボキサン合成酵素の両酵素阻害剤(E3040)が新しい治療薬として期待できることを,また正田良介氏(国立国際医療センター)がCDに対するHEEN(在宅成分経腸栄養療法)を検討した。
 外科的療法に関しては,荘司康嗣氏(兵庫医大)がUCに対する「J型回腸嚢肛門吻合術」の成績を検討し,「長期にわたるステロイド療法を受けた患者やリスクの高い緊急症例であっても,Ⅲ期分割手術計画を行なうことによって,UCの90%には自然肛門の温存が可能」と報告した。
 またCDに対しては,岩男泰氏(慶大)が手術療法と術前後の緩解維持療法として,術前の栄養療法,腹腔鏡下手術および術後の薬物療法の効果について検討し,「これらはともにCDのQOLを高めるために有用」と指摘。また,CDについては合併症が問題となるが,舟山裕士氏(東北大)は「狭窄型」,「穿孔型」を取り上げ,前者には狭窄部形成術が腸切除と同等成績で長期管理上優れており,後者は予後不良で術後栄養療法などの補助療法が必要であると報告した。


G型肝炎ウイルス

 “G型肝炎ウイルス”は,昨年アメリカの2つの研究グループによって塩基配列が決定され,それぞれ「GBV-C」「HGV」と命名。正式名称は未決定であるが,DDW-Japan1997においてもホットなキーワードとなり,肝臓学会主催のワークショップ「G型肝炎ウイルスの基礎と臨床」(司会=信州大 清澤研道氏,広島大 吉澤浩司氏)では,その研究の最前線が披露され多くの聴衆を集めた。

ワークショップ「G型肝炎ウイルスの基礎と臨床」

肝細胞癌,肝発癌および劇症肝炎との関連

 「G型肝炎ウイルス」(GBV-C/HGV:以下HGV)の研究で最も注目されているのが,このウイルスの臨床的意義であるが,中野達徳氏(名古屋大)はHGV-RNAの検出法,定量系,genotyping法を開発し,その臨床的意義について検討した結果を明らかにした。中野氏によれば,HGVは世界各地に存在し,そのgenotypeはアフリカ型,ヨーロッパ・アメリカ型,アジア型の3つに大別され,HGV-RNA量はgenotype間では差が無く,病態間で差がある。
 さらに中野氏は,慢性肝炎や非B非C型の肝細胞癌におけるHCV-RNA陽性率は,供血者の陽性率に比べて有意に高値だが,膠原病や血液疾患でも同様であることから,肝疾患に特異的とは言えず,HGVと慢性肝疾患,肝細胞癌との関連は否定的である,と指摘した。同様に,肝細胞癌患者の肝組織および血清中HGVの肝癌への関与を検討した四柳宏氏(東大)も,「HGVは,肝細胞癌との関連性は低く,HBVおよびHCVによる肝発癌を修飾している可能性も低いと考えられる」と報告した。
 劇症肝炎の成因の約90%は肝炎ウイルスによるものであり,その半数は非A非B非C型と考えられているが,その本態は依然として不明である。そこで,最近HGVが非A非B非C型劇症肝炎の成因の1つとして注目されているが,石川和克氏(岩手医大)は,急性肝不全例とHGV感染の実態を検討した。石川氏の報告によれば,HGVは劇症肝炎の成因として考えにくいが,輸血あるいは血漿交換後に陽性を示す例が少なからず認められることから,急性肝不全の予後に関与しているかどうかを検討する必要がある。

輸血の他に性感染も示唆され,IFN療法に対する感受性は低い

 HGVの研究においては,臨床的意義とともにその「感染経路」も注目されるところであるが,柴山隆男氏(都立駒込病院)は,HIV感染者,頻回に輸血を受けた血液疾患および非B非C型慢性肝炎・肝硬変・肝細胞癌の患者を対象として,HGV-RNAを検出し,感染経路および感染頻度を検討した結果,「(1)HGVの感染経路は輸血の他,性感染も示唆される。(2)非B非C型肝臓疾患の陽性率は,健常者群の陽性率に比べて高い」と報告した。
 またHCVに対するIFN(インターフェロン)療法に関しては,すでに消化器関連の学会で多くの研究成果が発表されているが,坂本穣氏(山梨医大)は,HGV陽性のC型慢性肝疾患に対してIFN療法を行ない,その臨床経過,両ウイルスに対する抗ウイルス効果を検討。坂本氏によれば,HGVはHCVと同様にIFNに感受性があり,HCVの感受性にも影響を与えなかったが,HCVよりも感受性は低く,HGVを宿主から完全に排除することは容易ではないと考えられ,「HGVはHCVと重感染してもC型肝炎の病態を修飾する可能性は低い」とは付言した。


ワークショップ「H. pyloriとMALTリンパ腫」

HP除菌とMALTリンパ腫

 Isaacsonが1984年に提唱したMALT(Mucosa‐associated lymphoid tissue)リンパ腫は,胃低悪性度B細胞リンパ腫であるとして受け入れられつつあり,H.pylori(以下HP)の除菌によってMALTリンパ腫の改善,消失がみられるということが報告されて以後,HPの除菌が第1選択肢になりうる可能性も示唆されている。
 内視鏡学会が企画したワークショップ「H.pyloriとMALTリンパ腫」(司会=国立がんセンター 齋藤大三氏,大分医大 藤岡利生氏)では,この問題が討議された。

RLHとMALTリンパ腫

 この中で,HP感染に関連する非腫瘍性RLH(胃反応性リンパ増殖症)と,MALTリンパ腫の鑑別診断と除菌治療の意義を検討した末兼浩史氏(九大)は,「(1)非腫瘍性RLHと低悪性度MALTリンパ腫の鑑別診断は,多彩な内視鏡所見とEUS所見を組み合わせることである程度可能で,EUSはリンパ腫瘍深部浸潤の拾い上げに必須である,(2)HPはMALTリンパ腫の前駆段階と考えられる非腫瘍性RLHリンパ腫の発育・進展につれて菌体量の減少・消失の可能性が示唆される,(3)HP除菌治療は非腫瘍性RLHおよび深達度の浅い初期低悪性度MALTリンパ腫には有効であったが,深部浸潤・高悪性度成分合併例には無効である」と報告した。
 また,切除例および長期経過観察例から,HPとMALTリンパ腫の関係を臨床病理学的に解析した中村昌太郎氏(九大)も,「(1)HPはMALTリンパ腫の前駆状態から,発生初期に密接に関連し,腫瘍の進展にしたがって消失する可能性が示唆され,(2)PCRによる免疫グロブリン(IgH)遺伝子再構成の検出は,必ずしもB-cell malignancyを意味しないが,HP関連慢性胃炎におけるリンパ腫発生の予測に有用かもしれない」と結論した。

除菌が第1選択肢になり得るか

 さらに宮林秀晴氏(信州大)も同様に,「(1)MALTリンパ腫やRLHでは,non‐MALTリンパ腫に比較して高率にHP感染が認められ,(2)MALTリンパ腫のHP除菌成功群では,ほとんどの例で組織所見が改善したが,除菌治療後に組織学的にhigh-gradeになった症例も存在する」ことを指摘し,「適応を慎重に選択し,より確実な除菌療法を行ない,正確な除菌判定を行なうとともに,厳重な経過観察が必要」と付け加えた。また小野裕之氏(国立がんセンター)も,「(1)low‐grade MALTリンパ腫の中にはHP除菌療法が有用な症例が存在するが,再燃例の経験から3~4か月毎の短期間の経過観察が必要,(2)生検診断は病変の一部を捉えているに過ぎないことを踏まえて,微小な高異型度細胞の存在およびリンパ節転移の可能性を念頭に置く必要がある,(3)悪性度を的確に鑑別し得る分子生物学上のマーカーの検討が必要」と指摘しながらも,「約60%のlow-grade MALTリンパ腫が,除菌によって慢性胃炎へと変化したことから,治療の第1選択肢としては除菌療法を適応すべきと考えられる」と結んだ。


シンポジウム「大腸腫瘍の発育と進展」

多段階発癌および腺腫癌連鎖説とde novo癌説

 大腸癌が複数の遺伝子変化の集積により発生・進展するというVogelstein・中村祐輔氏らの提唱が世界的に大きなインパクトを与えたのは1988年。以来,「具体的にどのような種類の遺伝子マーカーや蛋白産物が大腸癌の発生と進展にどのように関連するのか」という研究テーマが,今日大腸癌診断に携わる臨床家や研究者に熱い関心を引き起こしている。
 またその一方では,1980年代半ば以降,早期大腸癌の内視鏡診断の領域で世界的にも大きな貢献を果たした工藤進英氏(秋田赤十字病院)らによる表面型早期大腸癌の数多くの病変発見とその解析は,大腸癌発生のメカニズムについての2つの対立する考え方-腺腫癌連鎖(adenoma‐carcinoma sequence)説とde novo cancer説-に根本的な議論と検討を迫る契機となってきた。工藤氏らの陥凹型早期大腸癌の発見はそれにとどまらず,大腸癌の発育・進展や自然史に至るまでの議論を,上述した分子生物学の急速な展開とも合わせて,世界中に広範な議論を喚起しているといっても過言ではない。

棹尾を飾るにふさわしく

 このような状況のもとで,DDW-Japan 1997の最終日に,まさに棹尾を飾るにふさわしい内視鏡学会企画によるシンポジウム「大腸腫瘍の発育と進展」(司会=群馬県立がんセンター 長廻 紘氏,獨協医大藤盛孝博氏)が開かれた。
 シンポジウムでは,実験大腸癌を含めて従来から展開されている各種遺伝子・抑制遺伝子マーカー(k-ras,APC,p53,DCC),細胞増殖因子(TGFα,-β,CR-1),細胞消失,発育・進展とdoubling timeなど,表面型大腸癌に焦点が当てられ,種々の動態が報告・議論された。
 また,早期大腸癌の肉眼診断で,発育・進展にからんで近年特に注目を浴びているpolypoid growth, non-polypoid growth分類,拡大内視鏡を用いたpit pattern分類,早期大腸癌分類におけるⅡc+depressionや側方発育型癌の位置づけなど,大腸癌の発育ルートをめぐる発言は極めて多岐にわたり,ホットなものとなった。
 形態病理学にとどまらず免疫染色の手法をもって癌遺伝子の研究にまで幅広く精力的に発言している司会の藤盛氏は,軽妙かつ時には辛辣な表現で全体の討論を終始リード。それぞれの演者発言を大腸癌の発育ルートの中で位置づけ直すことに努力しつつ,本シンポジウムの基調を形成した。

「臨床」と「病理」の立場から2氏が特別発言

 シンポジストの発言・討論の終了後に多田正大氏(京都がん協会)が,臨床の立場からこのシンポジウムの大きな成果を認めつつも,氏の豊富な臨床経験,とりわけ大腸癌の経過例・読影不良例などの経験を踏まえて特別発言した。
 多田氏は,5ミリ以下の癌の画像診断では,しばしば観察角度や撮像条件の差により診断誤差が生じうること,そのことが用語や分類に混乱を生じさせかねないこと,また,早期大腸癌の発生・発育・進展の分析と研究における分子生物学レベルの進歩は認めつつも,より客観的な信頼性の高い指標が求められることなど,現状に対する批判的提言を行なった。
 続いて病理側のまとめとして,加藤 洋氏(癌研)が登壇し,本シンポジウムの課題である「大腸癌発育のメインルートをどこに求めるか」に関して言及した。
 加藤氏は,癌研における大腸癌の症例・写真を供覧しつつ,それらの解析に基づく発育ルートのシェーマを提示。また,昨年の消化器病学会の宿題報告を前にして逝去した故喜納勇氏(前浜松医大病理学教授)が提唱した“canceration by progression”の概説的紹介をも含めて,とくに発育ルートについては英国のMorson学派の腺腫癌連鎖説だけではなく,“various routes”が10年以上も前からわが国の多くの病理医の共通認識であったことを紹介した。
 また,最近注目されている最大径5~10mmの陥凹型大腸癌は小さな進行大腸癌の先行病変とはなり得ても,通常の4~5cmの進行大腸癌の先行病変とは考えにくいこと,臨床的には10mm前後のIs型を見逃さぬようにすることが肝要であることを指摘。さらには,氏自身も含めて活発に展開されているp53をはじめとする分子マーカーの研究成果について言及した。そして,多田氏同様にこの面では大きな前進のあったことを認めた上で,癌のbehaviorを考えて診断を下す場合,「残念ながら,病理学的な診断上,伝統的手法であるHE染色を明確に超えるものは未だない」と,更なる展開が求められている現状を分析した。
 最後に全体を総括して司会の長廻氏が,「印象としては,十年一日の議論,という面も禁じえないものの,本シンポジウムで登壇・発言した俊秀や,学会の最終日・最終時間に最後まで熱心に参加した聴衆をはじめ,関連する人々の努力の傾注で明確な成果が期待できる」と発言し,シンポジウムの幕を閉じた。