医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


不整脈診療のバイブル

不整脈の診かたと治療 第5版 五十嵐正男,山科章 著

《書 評》杉本恒明(関東中央病院長)

 五十嵐正男先生から『不整脈の診かたと治療』(第5版)をご恵与いただいた。遂におやりになられたかと思いながら,表紙を開き,私の勧めが改訂のきっかけになったと序文に書かれてあるのを見た。今日なおこの本の魅力に惹かれる方々にお応えしてあげてください,というようなことを申し上げた覚えはあった。当時の私の勧めを素直に受けてくださっていたことを大変驚き,嬉しく,また光栄に思った次第であった。
 改訂が可能となったのは,山科章先生というよき共著者を得たことと,文献検索が自宅にあってもできる時代となったためであると書かれてあったが,一読して,とてもそのような生やさしい程度の手入れではないことを知った。五十嵐先生ならではの語り口は変わらないものの,内容的には面目を一新しており,まったく新しい本となっていた。
 本書の構成は,心臓収縮の背景,不整脈の検査法,個々の不整脈の診断と治療,不整脈の鑑別診断と複雑な不整脈へのアプローチ法,各種疾患と不整脈,不整脈の治療,練習問題と解答,の各章からなり,巻末に特殊用語の解説が付せられている。催不整脈作用の機序と対応,抗不整脈薬の併用療法,さらには最近話題となっているシシリアンギャンビットなど,最新の情報にも触れられている。

「本当に大切なことだけ」

 読者はまず,個々の不整脈の診断と治療の章を読んでおかなければならない。不整脈の治療の章にも目を通しておくのがよい。これによって,その後の不整脈の基礎あるいは背景,検査法についての理解が深まり,複雑な不整脈へのアプローチが容易になる。日常的な不整脈の扱いについては技術的なことを含めて,詳しく現実的に解説され,一方,特殊な技術手技の範疇に入るものは知識として知りおくこととし,要領よく簡潔にまとめられている。初版の序文でもいう「本当に大切なことだけ」をわかってもらおうとしている本である。治療方針については,アメリカや本邦の各学会が最近提示することに努めている各種のガイドラインが紹介されているが,これは貴重な資料でもある。
 不整脈の1つひとつには著者ら自身の経験や印象などが述べられている。発作性心房細動については著者自身が悩まされていることを知った。これが大変辛いものであること,飲酒と夜更かしが引き金になることが改めてよくわかった。著者の座右にはジソピラミドとアセブトロール,ジゴキシンが置いてあるようであった。

心電図1枚から大きな発見が

 不整脈の治療にはまず,的確な診断が必要である。複雑な不整脈と思われるものでも,解析してみると簡単な現象であり,予後の上で問題のないものであることがわかったりする。著者が言うように,不整脈は「筋道をたどって考えれば,診断は困難ではない」。適切な診断は適切な治療のための前提となり,加えてそのような診断にはクイズ解きの楽しみがある。本書は1枚の心電図からどんなに素晴らしい発見があるかを教え,不整脈を好きにさせる本である。
 本のできばえを拝見し,多くの方々の満足が想像され,このような本を生ましめたという私のお節介には高い評価が与えられるであろうと心底嬉しく思った。
B5・頁528 定価(本体7,600円+税) 医学書院


力動精神医学を実際の臨床にどう結びつけるか

力動精神医学の理論と実際 E. R. Wallace IV 著/馬場謙一 監訳

《書 評》岩崎徹也(東海大教授・精神医学)

 原書はアメリカで1983年に刊行されたものである。発刊後すでに14年を経ていることになる。しかし,評者は本書のことをこの訳書が出るまで知らなかったし,著者のWallaceの名前も,わが国では知られていなかったと思う。「知られざる名著」というものは決して多くはないが,本書はそのような貴重な一冊であると思ったのが,本書を読んで得た実感である。

日本の精神科臨床の実践に貢献

 監訳者の紹介によると,原著者Edwin R. Wallaceはジョージア医科大学の精神科教授である。そして,精神療法教育の主任という役割にふさわしく,本書の内容は大変,臨床的,実践的,教育的である。1983年というとDSM-IIIの発表後3年たった年にあたる。DSM-III以後,アメリカでは診断をつけることはでき,それに基づいて向精神薬を処方することはできるものの,患者を前にしてどうかかわってよいかがわからず,困惑してしまう若い精神科医たちが増えている,と言われる。本書は,アメリカ精神医学の記述的な指向によって生じたそのような問題を是正するのに大いに役立ち得る書物であろう。力動精神医学の伝統が長かったアメリカにおいてさえ,そのような実情があるのだから,記述精神医学の伝統の長いわが国において,本訳書が精神科臨床の実践に貢献し得る可能性は大きい。
 本書は3部に分かれている。第1部では,患者を精神力動的に理解するために役に立つ理論や概念が,わかりやすく解説されている。第2部ではそれらの理論,概念がどのように応用され,診断や評価がどのように進められるのかについて,豊富な実例を交えながら述べられている。第3部では精神療法を中心とする患者とのかかわりが,その過程に沿って説明されていく。その間一貫しているのは,力動精神医学について知的,理論的に教えるだけでなく,実際の臨床に結びつけやすいかたちで説明されており,まさに「理論と実際」という題にふさわしい内容になっていることである。
 著者は,本書を書いた意図の1つとして,本書を臨床のスーパービジョンではごく普通に伝えることができるような常識やものの考え方,実際的な知恵などを盛り込んだものにしたかった,と述べている。本書をもってスーパービジョンにかわることは無理にしても,それにできるだけ近づけたかったということである。本書を読むとなるほどと感じさせるところが随所にある。力動精神医学を学ぼうとする精神科医,臨床心理士,看護婦,学生にとって,常識的なセンスとの連続性をもって学べる書物である。しかし,評者はそれら学ぶ立場の人とばかりでなく,わが国で力動精神医学を教育する立場にある人々にとっても,その教え方,とりわけ学ぶ者の血となり肉となりやすいように,わかりやすく咀嚼したかたちで教えるのにあたって,参考になるところの多い好著であると思う。

参考文献に適切な解説

 訳文もよくこなれた日本語で読みやすい。昨今,多くの人々による共訳出版が多く,その中には訳語,文章の不統一が目立って,監訳者とは名ばかりと思われる翻訳書もある。しかし本書では実のある,そしておそらく労の多い監修作業がなされたと思われる。章末に参考文献があげられていて,それぞれに短いが適切な説明が加えられているのも,親切な配慮である。その中にはすでにわが国で翻訳書が出版されているものも少なくないので,再版時にそれらの題名,出版元などもつけ加えてあると,初学者にとってさらに利用しやすくなると思われる。
B5・頁330 定価(本体12,000円+税) 医学書院


初めて統計学を学ぶ人のために

統計学入門 第6版 杉田暉道,栃久保修 著

《書 評》吉川 博(北里大学客員教授)

 著者の1人,杉田先生は横浜市立大学医学部の公衆衛生学教室で研究されておられた学者である。本著『統計学入門』の初版はその当時に書かれたものである。1968年(昭和43年)に初版が出版され,今回第6版が刊行された。このことは本書が30年間,多くの読者に読まれ続け,そのおりおりに杉田先生が的確に改訂してこられた結果を物語っている。
 今回第6版を手にし,このことがよくわかる。私は杉田先生と長いお付き合いをさせてもらっているが,敬愛するお人柄が随所ににじみ出ている。科学技術書というものは元来,無味乾燥であるが,杉田先生の手にかかると,暖かみと親しみがあって読んでいると楽しい。
 統計学というものは,これを使う立場の私どもにとっては,あくまでも調査研究の目的達成の手法であるにすぎない。集団の特性を考える時の,考え方をまとめるための技法である。事象の客観的評価は統計学の技法に頼らざるを得ない。私も長い間,統計の手法を用いてきた。動物実験の結果の整理であったり,調査結果の集計であったりした。いずれも,私のねらいが正しいか,事実はどうなのかを判断するのには統計学的手法に頼らざるを得ない。

とっつきにくい統計学を平易に解説

 しかし,統計学はおもしろい。分布型を見,相関図を描いてみたりすると,私の考えていたことと違った方向の事実があることに気づくことがある。こうなると統計学的手法を次々と追っていくことになる。そして新しい発想が生まれてくる。こんな時には統計の醍醐味を感じざるを得ない。
 最近はコンピュータが普及し,それを用いて統計計算ができるようになった。労せずして多くの統計値を引き出すことができる。生物現象は1つの結果に多くの要因が関与することが多い。この場合には多変量における統計分析法を用いて解析を試みるわけであるが,統計学の専門家ではない私どもにとっては,とっつきにくいものである。これを共著者の1人,栃久保先生がコンピュータを用いて行ない得るように平易に解説しておられる。私はコンピュータはもちろん,電子計算機もない時代に,電気計算機で判別函数を求めるため,苦労して行列式を解いた経験があるが,当時はいつでも判別函数法を用いる気にはならなかった。それが今では気軽に必要な時に求めることができる時代である。大いに統計学的技法を用いて,客観的に結果を評価したいものである。
 ここで改めて本書を読むと,初めて統計を勉強しようとする人に,とても親切な本であることがわかる。とっつきにくい統計を,大変なご苦労をして平易にしている。例題を多く取り入れていることも,初心者が自分の仕事の中で,どの方法で統計的処理をしたらよいかを手引きしてくれる。是非,一読をお薦めしたい。
A5・頁182 定価(本体2,400円+税) 医学書院


画像診断に携わるすべての医療従事者に

画像診断のための知っておきたいサイン 第2版 甲田英一,他 著

《書 評》遠藤啓吾(群馬大教授・核医学)

 レントゲンがX線を発見して100年余り。昔は画像診断と言えば,胸部,腹部,骨などの単純X線が主であった。近年,X線,CT,磁気共鳴画像(MRI),超音波画像(US),核医学(RI)など,多くの画像診断機器が開発された。これらの機器の内部はコンピュータそのものなので,コンピュータ技術の発達にともなって,画像診断の進歩も止まるところを知らない。まさに画像診断花ざかりなのである。
 画像診断の対象は文字通り「頭のてっぺんから足の先まで」。しかも単純X線,CT,MRI,US,RIなどの画像診断機器を駆使しなければならない。画像診断に携わる医師も勉強が大変なのである。
 どのようにすれば画像診断の読影に習熟するのか?どうすれば検査を指示した主治医は,読影レポートを正確に解釈できるようになるのか?

画像診断上達の近道

 画像診断に上達する近道の1つが,画像上の特徴的なパターンである「サイン」を知ることである。この画像における「サイン」を頭の中にインプットしておかないと,正確な診断を下すことはもちろんのこと,的確な鑑別診断をリストアップすることはできない。
 胸部X線での「シルエットサイン」や腹部超音波検査での「pseudokidney sign」など有名で,聞いたことがあると思われる。
 本書は慶応大学医学部放射線診断科の3人の共著である。1983年に第1版が出版されたものが,今回画像診断の進歩に合わせて,全面改訂された第2版として出版された。

サインの説明にシェーマを用いる

 画像診断は進歩が目覚ましいため,時間とともに写真,画像が古くなるように感じられ,問題が生じ,本のサイクルが短いのが普通である。本書が版を重ね,ベストセラーの1つとなったのは,サインの説明に写真でなく「シェーマ」を用いたことであろう。政治家の記事でも写真よりもむしろ似顔絵のほうが特徴を表しているのと同じかもしれない。ただこのように画像所見の特徴をよくつかんだ「絵心」が3人の著者にあることはこれまで知らなかった。
 このような「サイン」はほとんどが欧米で発表されたものなので,本書でも原語の表記となっているが,どのように発音するかが書かれていない。「Silhouette sign」が「シルエットサイン」のことはわかる。「Coeur en sabot」は先天性心疾患ファロー四徴症に伴う胸部単純X線写真で心大血管陰影が木靴状を呈することなのだが,「Coeur en sabot」の発音はどのようにすればよいか,本文中に書いてくれたほうがありがたかった。そのほうが仲間に知識を披露し,権威を高めるには役立つ。逆に間違って発音すれば,浅はかな知識がばれてしまいかねない。
 値段も手ごろで,サイズもコンパクト。しかも2色刷りなので見やすい。
 画像診断に携わる医師や診療放射線技師のみならず,画像診断を指示する医師にもぜひ手元においていただきたい本である。
A5・頁262 定価(本体3,800円+税) 医学書院


臓器系統別統合カリキュラムに対応できる教科書

標準病理学 町並陸生,秦順一 編集

《書 評》櫻井 勇(日大学医学部長・教授・病理学)

 町並教授と秦教授の編集によって『標準病理学』が刊行された。執筆者をみると,実験的手法を駆使されていても,常に人の疾患の解析を最終目標として仕事を展開されている方々である。そこにこの教科書の基本的態度があらわれているように思う。

疾患の本質を理解する

 医学教育の改革が叫ばれ,日本に医学教育学会が設立されてから28年が経過した。遅い歩みであったかもしれないが,その間に日本の医学教育のうち,特に卒前教育の改革が進んできた。この改革は病める人々にとっての良医育成を主眼としてきたので,いきおい臨床医学教育の改革が主体となっていた。そのような情勢にあったためか,病理学教育の改革はさらに遅れていたと思われる。しかし,最近になって病理学教育のあり方がようやく反省され始めてきていると感じられる。
 病理学は人の疾病の本質を理解するのに最も適した学問分野であろう。それは多くの疾患名や病変の表現が病理学的知見を根拠にしているのであるから当然のことである。そして医科大学の卒業生の大多数は臨床医を志向する。したがって卒前の病理学教育の第一歩は臨床のために疾患の本質を理解させることにあり,臓器系統別統合講義における病理学教員の役割は重要である。本書は病態の理解を主眼としており,多くの医科大学で導入され始めている臓器系統別統合カリキュラムにも十分に対応できる最適の教科書である。
 病理学総論は疾患の基本を理解するためにいずれの臓器であっても適応されるものである。そして各論は統合講義に対応できるように工夫されており,総論と各論が1冊にまとめられていることも学生にとって便利である。

新しい遺伝子工学や分子生物学的知見も加える

 本書には,臨床的事項を通して物質を分析する生化学的あるいは変化を動的に観察する生理学的知見,さらには新しい遺伝子工学あるいは分子生物学的知見も加えられて,疾患の本質の理解を助けている。医学は人の疾病に関する生物学であり,生命現象がその究極の対象となる。日本では形態解剖学を基盤とする病理学との考えが強い傾向にあるが,本教科書がめざすものは,形態学という1手段のみではなく,本質に迫るためにはさまざまな手段や考え方によるアプローチが必要であることを学習者に気づかせるもので,きわめて重要な示唆を含む哲学で編集されたものであろう。現在進行中の教育改革の荒波の時代に適応できるとともに,将来の教科書のあり方に大きな刺激を与えるものと思う。
B5・頁828 定価(本体9,800円+税) 医学書院