医学界新聞

〔第11回精神研国際シンポジウム〕

「アルツハイマー病とモデル動物の 分子生物学:新治療薬開発への道程」印象記

森 啓(東京都精神医学総合研究所)

 第11回を迎えた東京都精神医学総合研究所国際シンポジウム「アルツハイマー病とモデル動物の分子生物学:新治療薬開発への道程」が,さる3月4-5日,東京のアルカディア市ヶ谷において開催された。
 シンポジウムの第1日目は,今回の会長である黒川正則氏(東京都精神医学総合研究所長)の開会宣言に続いて,長谷川和夫氏(聖マリアンナ医科大学長)による記念講演「How to cope with Alzheimer's disease」が行なわれ,氏は最新の統計ではわが国においてもAD(Alzheimer Disease)患者の割合が顕著に増加しており,診断・治療法の確立が急務である実情を紹介された。
 その後,次の5つのテーマにそって,国内外の第一線の研究者による23題の発表がなされた。以下,簡単ではあるがその印象を記してみたい。

ヒト特異的なアポE遺伝子発現

 「第1セッション:危険因子とタウ」では,まずA. Roses氏(Duke univ.)がアポE研究の最新の研究成果を報告。ヒトと齧歯類におけるアポE発現の違いについて,ノックアウトマウスとトランスジェニックマウスTgを用いて解析し,ヒト・アポEのcis-acting DNAシークエンスがアポEタンパクの神経細胞での発現を規定していることを示した。
 次に,辻省次氏(新潟大)はアポE受容体候補のVLDL(very low density lipoprotein)レセプター遺伝子上流のCGGリピートの変化とAD発症との関連を示し,池田研二氏(都精神研)はProgressive supranuclear palsyをはじめ,いくつかの神経変性疾患におけるグリア細胞タウのtangleであるGFTを解析。O'Banion氏とColeman氏(Univ.Rochester)が,新しい発現遺伝子解析法について解説し,NFT(neurofibrillary tangles)を形成している1つの神経細胞におけるGAP‐43やsynaptophysin遺伝子の発現をin situ hybridizationで調査した。
 さらに今堀和友氏(三菱生命研)は,アウリン酸化酵素1(TPKI/GSK3β)と細胞死との関係に言及し,「海馬神経細胞ではAβ(amyloid β)によるPDH(pyruvate dehydrogenase)のα-subunitのリン酸化が生じ,Achが低下する」と述べた。なお,今堀氏は今回のシンポジウムでの発表を最後に一線からリタイアされるとのことで,会場からこれまでの業績を讃える盛大な拍手が惜しみなく贈られた。

アポトーシスに関与するプレセニリン

 「第2セッション:プレセニリン」は,現在最もホットな研究分野である。
 まず,D. Borchelt氏(Johns Hopkins School of Medicine)がPS(presenilin)1・Tgについて発表。APP(amyloid precusor protein)・TgとのダブルTgでは,脳内Aβ42量が増加することが示され,培養系でPS1をラベル実験で23kDaのN断片と17kDaのC断片がコンプレックスを形成して,安定型になっていることを示唆。C. Haass氏(Central Institute for Mental Health Mannheim)は,線虫の卵保持形態に異常が生じるsel-12変異体の機能回復にPS1が作用しうることを示した。このセッションで,私は胎児期とAD発症初期では一過性にPS1量が増加していること,AD脳では一過性に胎児化していることを発表。次いで田平武氏(国立精神神経センター)は,PS1のN端およびC端を認識する抗体によるAD脳の染色性の違いを強調した。このN端およびC端の染色性の違いはADにおけるPS1の役割に関して重要な示唆を与える。さらにB. Wolozin氏(Loyola Univ.)は,NGF(nerve growth factor)除去によるPC12細胞死に対してPS2アンチセンスが抑制作用を持ち,Aβ誘導細胞死はPS2によって増強されると報告した。

染色体12に新原因遺伝子を示唆

 またSt. P. George‐Hyslop氏(Univ. of Toronto)は,PS2家系では発症年齢が不揃いであることから,PS2以外の因子が関与すると推察した。さらにM. Perik-Vance氏(Duke Univ.)も,APP,PS1,PS2およびアポEによって説明できないFAD(familial AD)について,その新原因遺伝子を検索し,染色体12のD12S1042の近辺に候補となる新しいアルツハイマー病関連遺伝子が存在する可能性を指摘した。

アミロイドとモデル動物

 「第3セッション:動物モデル」では,まず東海林幹夫氏(群馬大)が,APP・Tgと老化促進マウスSAM‐P8とをかけあわせたマウスでは脳内Aβが上昇すると報告。D. Shenk氏(Athena Neuroscience)は,PDAPPトランスジェニックマウスの解析状況を提示した。Younkin氏(Mayo Clinic)は,PS1/2の変異を持つ患者では,Aβ42量が増加していることを示し,PS1/2はAβ42量を低く抑える機能があるのではないかという仮説を示した。
 「第4セッション:Aβ and its biology」では,柳沢勝彦氏(国立長寿研)がガングリオシドGM1の役割としてAβ traffickingへの関与を示唆した。山崎恒夫氏と井原康夫氏(東大)は,プロテアーゼ阻害剤からの実験で,γ-セクレターゼ複数説を提起。K. Beyreuther氏(Univ.of Heidelberg)は,APPの細胞内輸送にAPPのAβ部分がリガンドとして作用していることを示し,APPにPS2が結合することでAPP代謝が調節されていることを,また神経細胞では,Aβ40がゴルジ装置に,Aβ42がERに分布していることを示し,2種のAβの代謝・輸送経路が異なると発表。
 最後の「第5セッション:neurotoxicity of Aβ」では,岩坪威氏(東大)がPS1およびPS2変異を持つAD脳ではAβ40の蓄積の比率が多いことを,西道隆臣氏(都臨床研)が,Aβのアミノ末端であるD(1)のラセミ化やE(3)のピロ化がADの病体形成に重要であると報告。一方,C. Cotman氏(UC Irvine)は,aged‐Aβによる細胞上の受容体の凝集と,それに続く細胞内シグナル伝達の変化が細胞死につながると指摘。J. El Khoury氏(Beth Israel Medical Center)は,マイクログリアがそのクラスAスカベンジャー受容体でAβ結合を介して活性酸素種を発生し,神経細胞を障害する可能性を示唆。西本育夫氏(慶大)は,APPの細胞ドメインにGo結合サイトがあり,APP突然変異によりGoが持続的に活性化され,細胞死を誘導するメカニズムを紹介した。
 以上,未発表のデータを多く含む今回のシンポジウムは,AD研究の奥深さと難しさを痛感するとともに,新たな治療法へのブレイクスルーに対する期待を抱かせるに十分な内容であった。