医学界新聞

第6回国際細胞生物会議
第36回米国細胞生物学会合同大会印象記

伊藤和幸(大阪府立成人病センター研究所)


10000名を越える研究者が参加

 米国細胞生物学会(American Society for Cell Biology=ASCB)は会員数8000名以上を擁する米国でも有数の学会の1つであり,そのため年1回の会議は,ここ数年間サンフランシスコとワシントンを行き来している。特に昨年は,国際細胞生物会議との合同開催ということもあり,50か国から10000名以上(日本からは312名)の研究者が参加し,12月7日~11日,サンフランシスコのモスコンコンベンショナルセンターで盛大に開催された。
 細胞の運動を研究対象にしている私にとって,ASCBへの参加は発表・討論の場,多くの研究者との再会,新知見・技術に接する場として大変重要であり,1993年から4年連続参加している。今回は例年に比べて暖かだったが,連日霧と雨のあいにくの天気であった。学会期間中に行なわれた「Carl Zeiss 10K run」の参加者には残念な天候だったと思う。

日本の学会とは趣きが異なる

 いつも感じることだが,女性の参加者がとても多い(座長やシンポジストにも女性が多い)。米国では基礎研究に対する研究費が多いこともあり,生物学の研究者が多く,特に細胞生物学はそのうちではさほど体力を要しないためと言われているが(海洋生物学や,行動生物学では多くのフィールドワークがある),日本の学会とは全く雰囲気が異なる。
 巨大なモスコンコンベンショナルセンターのExhibit Hallには,毎日約1000題(4日間で4000題)のポスター発表があり,ゆったりとしたスペースと,ゆっくりとした時間配分で十分な討論が行なわれるように配慮されている(ポスター展示は夕方6時から次の日の夕方6時まで24時間,夜と朝にshowing time,討論のための時間は次の日の午後3時間以上-これも日本の学会とは随分趣きが異なる)。

「細胞運動」のセッションで発表

 私の発表は,9日の午後のCell Motility(細胞運動)Iのセッションであった。いつもMyosinのセッションで発表を行なってきた私には初めての経験で多少不安もあったが,討論の時間が始まると「腫瘍細胞の浸潤におけるsmall GTP binding protein Rho-Acto Myosin systemの役割」というテーマがホットであったこともあり,多くの研究者に注目された。
 特に若いポスドク(Ph.D取得後数年の研究者)からの質問が多く,またきびしく,久しく忘れていた英語での討論を思い出させるのに十分であった。実験結果を前に討論し,考えをまとめていくことが研究の重要なポイントの1つであるという原点を思い起こした(米国のポスドクはその点において非常にまじめで熱心である)。これもNIHに在職していた3年余りでいやというほどわかっていたが,日本に帰って1年余りで忘れかけていた。
 もう1つ,私の研究対象が腫瘍細胞の浸潤,転移であるため,腫瘍細胞を同種のラット腹腔に注入し,腸間膜に腫瘤を形成させた動物実験のリアルな写真を展示したがこれはまずかった。なかには眉をひそめる人もおり,細胞生物学会の展示としてはふさわしくなかった。ヒトの臨床例を知っているので,それを何とかして予防することが研究の最終目的なのではあるが……。
 とにかく昼食もとらず30名以上と討論し,くたびれたが大変充実した午後だった。

「Myosin」に興味深い発表が

 他のポスター発表では,Myosinの発表に興味深いものが多数あった。
 分子生物学的手法を用いて,現在まで11のクラスのMyosinが分類され,酵母から哺乳類に至るまで各組織や細胞内に整然と発現している。なかには,ある特殊に分化した機能を有し,特定の組織や細胞に発現しているものも存在する。細胞骨格蛋白質の研究方法として一般化されたトランスジェニックマウスを用いた研究より,ヒトの病気とノックアウトマウスの類似性から原因遺伝子が同定され,特殊なMyosinの機能が推定されたり,ノックアウトマウスを作っても,ホモ接合体が全く機能的に異常が認められず遺伝子の重複性-いくつかのMyosinのアイソフォームが発現していて,そのうちの1つをなくしても他のアイソフォームがcompensate-代償的に機能を補充する,などの報告があった。また,生物物理学的手法の進歩によって,レーザーを用いてpN(ピコニュートン)の単位で力を測定できることから,分子モーターとしてのMyosin,Kinesinなどの1分子の発生する張力を計測し,種々のアミノ酸の置換や欠失,補充を行ない,X線結晶構造解析で認められるどの部位が張力発生に重要であるかを探る研究も興味深かった。シンポジウムは,4日間,午前中と夕方に行なわれた。夕方のシンポジウムは6つのセッションで行われたが,部屋がやや狭く,後ろの方は床に座り込んで聞いている人がでるほど盛況であった。
 特に興味深く印象的だったトークを以下に記す。

細胞骨格蛋白質と疾患

 8日の午前中のセッションでは,細胞骨格蛋白質と疾患の関連がテーマで,運動ニューロン疾患とニューロフィラメント,肥大型心筋症とMyosin,ウィスコットアルドリッチ症候群の原因蛋白質などが話題になっていた。特に肥大型心筋症(遺伝性)の場合は,その70%の症例の原因遺伝子が多種にわたって同定されている。心筋のように発現している蛋白質が限られている場合でも,サルコメアを形成すると考えられるすべての蛋白質の変異が原因として同定されており,将来の治療法に関して考える時期が来ていると思われた。
 8日の夕方の低分子量GTP結合蛋白質と,9日の午前の接着とシグナリングのセッションでは,いかにして細胞内の細胞骨格蛋白質の制御と細胞内外のインテグリンを介した接着がクロストークし,コーディネートされているかがいくつかの系を使って研究されており,その分野の研究をしている私にとってホットで興味深かった。
 25年前に細胞外へ分泌されるコラゲナーゼを発見し,その後研究を続けられているUCSFのDr.Zena WerbがFASEB(Federation of American Societies of Experimental Biology)ExcellenceというScience Awardを授賞され,そのスピーチも印象的であった。

細胞の形態と機能

 10日夕方のセッションCellular Shape & Functionでは,いかに細胞の形態がその機能に関連するかという問題を中心に進められ,最後の2題が特におもしろかった。
 ボストンのD.E.Ingberらの発表では,シリコン基板に電子回路を作るように,様々な形をしたμmオーダーのECM(細胞外基質)を培養ディシュの上に塗布し,その上に細胞を貼りつけると細胞はそのECMを介して,決められた形状に貼りつく。その細胞形態が変化する時の,インテグリンを介するoutside-inのシグナル,細胞骨格,核内変化の3つの変化が細胞分裂を進める上で重要で,あまりに小さなスペースに細胞を貼りつけると細胞はアポトーシスをきたして死んだり,あまりに大きなスペースに細胞を貼りつけると分化誘導を起こして分裂停止をきたしたりする。すなわち細胞の形態そのものが,表面張力などを介して時間的空間的に細胞の機能を制御し,最終的に運命を決めるというもので,方法や考え方が斬新であった。
 またS.R.Farmerは,C/EBPという転写因子をNIH3T3線維芽細胞に強制発現させると,PPARγという脂肪細胞特異的な転写因子が発現し,さらにリガンドを作用させると多数の脂肪滴を有した大きな円形の脂肪細胞へ変化する。線維芽細胞が脂肪細胞へ形態変化するのは,ダイナミックで印象的であり,その形態変化が接着因子など他の分化誘導蛋白の発現に先行することから,細胞特異的な転写因子のヒエラルキーが想像されて印象的だった。
 同様のことは,線維芽細胞に色素細胞(メラノサイト)特異的転写因子を強制発現させると,メラニン顆粒を多数有したメラノサイトに転換する際にも認められ,細胞の分化-脱分化の機構,発癌過程,将来の細胞治療-(ヒトから細胞を取り出して培養し,遺伝子を導入し,機能を変化させて元のヒトに戻してやる)への応用なども推察され,大変興味深かった。

友人を作り,知人と再会する

 学会場では,以前所属していたNIHのボスであるDr.Robert Adelstein(Bob)をはじめ,Laboratory of Molecular Cardiologyの仲間と会い,1年ぶりに楽しい団欒のひと時を持った。また学会終了後,かつてマイクロインジェクションを習いに行ったRutger大学(ニュージャージー)の松村教授の研究室の山北先生とは中華街で楽しく食事をした(彼が2年前のASCBの時に訪れたレストランを探すために市内の急坂を登り降りしたおかげで,随分お腹が減り,夕食は大変おいしかった)。多くの友人を作り,また知人と再会するのも学会参加の意義の1つかと思う。
 Rutger大学で再びマイクロインジェクションを教わった後,Bobに呼ばれてNIHで話をする機会を頂き,1年ぶりにLab.の皆の前で緊張してスピーチをした。
 ニュージャージーからメリーランドまでレンタカーでドライブし,久々に以前によく行ったショッピングセンターを訪れ,台湾レストランで夕食をとり,懐かしさが込み上げてきた。1997年のASCBはワシントンDCなので,皆と再会を約束して帰途についた。
 最後になりましたが,この学会の参加にあたり,金原一郎記念医学医療振興財団から研究交流助成金を頂いたことに深謝申し上げます。