医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


胃の外科に関するすべてを網羅した1冊

胃外科 胃外科研究会編集

《書 評》小川道雄(熊本大教授・外科学)

 私の駆け出し時代には幽門側胃切除術は切除と再建を伴うmajor手術のうち,若い医師が最初に執刀させてもらう手術であった。現在とは違って,執刀の機会はなかなかいただけなかった。鉤を引きながら,いつかこの手術を,と思っていた。手術の1つひとつの操作を暗記していた。空で全操作を言えるようになっていた。
 頭の中では完全に胃切除術を行なえるまでになっていたのだが,最初の胃切除術では頭に血がのぼり,ただ前立ちの先生の指示通りに,何が何だかわからないうちに手術を終わっていた。今もそれだけは覚えているが,手術所見も満足に書けないくらいだった。
 確かに最近,胃切除術は減少している。しかし現在でもなお,幽門側胃切除術は若い医師にとって登龍門であり,ここを通過してはじめて大きな手術の習得が始まるといってよいだろう。

最近のトピックスまで収載

 最近,胃外科研究会の編集による『胃外科』が上梓された。「序」で武藤輝一先生が述べておられるように,まさに「胃の外科に関するすべてを網羅した」成書である。胃の外科の歴史からはじまり,胃の構造・機能,診断法,周術期管理と術後障害,各種胃・十二指腸疾患の手術適応,手術手技,手術成績,補助療法はもとより,最近関心の高い胃の内視鏡的手術も詳細に記されている。さらに胃外科をめぐる最近のトピックスとして,胃電図,胃癌における遺伝子異常,Helicobactor pylori ,interventional therapy,肥満患者の胃手術に至るまで収載されている。
 内容はきわめて詳細であり,記述は平易で,図や写真を駆使し,噛んで含めるような記載がなされている。しかもトピックスでは最近の文献まで含まれている。編集の方々の目がすみずみまで行き届いていることがよくわかる。
 本書ではまた,切除胃標本の取り扱い方も懇切に述べられている。標本の開き方,リンパ節の採取,写真撮影,固定法,計測と略図の作成,コピー,切り出し(マーキングの仕方まで)などである。さらに胃癌手術とquality of life,癌告知の項もある。これらの項目は,われわれの時代は口伝え,伝承によって学んできた,重要であるにもかかわらず無視されていた項目である。本書をひもとくと,胃外科の何人ものエキスパートから,それぞれの担当項目を直接手をとって懇切に指導を受けているように感じる。

若い医師がマスターすべき事項

 本書の刊行の目的の第1に,若い外科医が初めて胃・十二指腸の手術の術者や助手を務める前に,知っておかねばならない事項の掲載があげられている。それが見事に達成されているのが本書である。若い外科医は各頁が真っ黒に汚れるまで繰り返し読み返し,胃外科すべてをマスターすべきである。同時に専門医,指導医をめざす医師にとっては,専門医試験に合格するために現時点で必要な項目をすべて学ぶことができるという点でも,本書はきわめて有用といえる。
 このような成書をまとめられた編者の諸先生に感謝し,必読の書として消化器外科医,一般外科医に本書をお薦めするものである。
B5・頁408 定価(本体22,000円+税)医学書院


小児診療で遭遇する問題に対応できる本

今日の小児治療指針 第11版 矢田純一,他編集

《書 評》山本光興(山本小児科医院院長)

重要性増す小児科医の役割

 高齢,少子化がますます強まる時代となり,われわれ小児科医の役割は重要である。かつて,恩師中村文彌先生が「老人病学は重要であるが,対象が近い将来お墓に入る老人であり,老人病を扱う医師は葬送曲をいかに美しく長く奏でるかを目標とするとたとえるならば,小児科医は対象は子どもで,単に病気を治すだけでなく,成長・発達を見守り,いかに健康な人間を世に送り出すかの希望に満ちた暁の行進曲の演奏者といえる」と言われたことがある。
 母子保健法の改正により,従来保健所で行なわれてきた母子保健事業が平成9年度より区市町村に移管され,乳児健診,3歳児健診などを実地医家の先生方が担当することになった。また,予防接種法の改正で,平成7年度より個別接種体制がとられるようになり,小児科医の役割がますます重要となった。
 学校保健法施行規則も平成6年度より大幅に改正され,最近では「いじめ」の問題が話題になっている。
 昭和45年初版発行の『今日の小児治療指針』は,平成5年に第10版を出したが,平成9年2月1日に久しぶりに新版として第11版を発行した。第2章に小児保健,第3章に学校保健を設け,50頁使用している。

各分野のエキスパートの手による

 小児の診療にたずさわる者が遭遇しそうな問題をなるべく多く収載し,何かにぶつかった時に本書を参照すれば対応できる本にしたいとの伝統的に貫かれてきた方針によるものである。
 内容を増やすと,本が分厚くなり,かえって使いにくくなることを配慮して,良質の紙を使用している。手元の第4版と比較すると,約70頁増えたが,厚さは4.5cmから4.0cmに減っている。
 編者は東京医科歯科大学小児科の矢田純一教授,東京大学小児科の柳澤正義教授,母子愛育会総合母子保健センター愛育病院山口規容子病院長といずれも東大出身者であるが,執筆者には全国の大学,病院,診療所より各分野のエキスパートが選ばれている。
 数多くの小児科専門書があるが,日常診療にあたって本書を手元においておくと事典と同様に役に立つものと思われる。
A4・頁688 定価(本体15,500円+税)医学書院


重症患者管理にあたる医師に必携の書

クリティカルケア薬物療法ハンドブック
バート・チェルナウ編著/大塚敏文監訳

《書 評》相川直樹(慶大教授・救急部)

最新の重症患者管理の薬物療法をまとめた実用書

 英文医学書の邦訳版について,筆者は今まで否定的考えを持っていたが,このたび,医学書院MYWより発行された『クリティカルケア薬物療法ハンドブック』を一読して,この固定観念が払拭された。本書は,救命救急センターや集中治療などの現場での重症患者管理に必要な薬物療法についての,膨大な最新情報を整然とまとめた,他に類をみない実用書である。
 筆者自身も過去にいくつかの訳書を手がけたが,邦訳にはいくつかの構造的問題がある。原書が拙劣であったり,訳書発行時には内容が既に古くなっていたりすることもある。日本語では,正確に表現できない言語の記述には悩まされる。
 また,わが国における疾病や医療事情が異なることも問題である。最も大きな問題は,日本における医薬品の認可状況,薬品名,適応,用法・用量,使用上の注意事項などが,一部外国と異なることである。したがって,薬物療法を扱う原書の邦訳版は,学術的には興味ある本となっても,実際の臨床現場ではほとんど役立たないものが多い。本に書いてある薬を使おうとしても,日本になかったり,剤型,適応,用法が違ったり,保険請求上のトラブルに巻き込まれることさえある。

クリティカルケアの側面から 情報を整理

 監訳にあたった大塚敏文日本医科大学理事長の緻密な配慮により,訳書の抱えるこのような問題が本書ではすべて解決されている。翻訳は,クリティカルケアの第一線にいる日本医科大学救急医学科の医師があたり,薬剤部門の専門家が薬剤の情報整理に関与していることも評価したい。これからの書籍邦訳の模範とすべき良書と言えよう。
 原書は1995年に刊行された“Pocket Book of Critical Care Pharmacotherapy”初版である。編者は,今年まで“Critical Care Medicine”誌の編集委員長を務めたチェルナウ,ジョンズ・ホプキンズ大学教授で,米国の重症管理学の若手専門家の分担執筆によるベストセラーである。有名なテキストブックである“The Pharmacologic Approach to the Critically III Patient”第3版を補足するポケットブックとして,原書は位置づけられている。
 迅速な邦訳作業により,原書発行から2年以内に上梓された邦訳版の内容は,未だ最新情報を満載している。薬物動態の基礎知識や,薬物相互作用,腎不全における薬物療法(特に腎不全時の薬物投与量の調整,腎機能の程度と透析による調節),肝疾患患者に対し使用を注意すべき薬物,精神神経疾患や内分泌疾患の薬物療法など,クリティカルケアの側面から情報が整理され,多くの表を駆使して簡潔に示されている。
 邦訳版で特筆すべきことは,本邦で使用されている薬剤は日本語表記,使用されていない薬剤は原語表記と,両者がはっきり区別されている点である。また,本邦で使用されている薬剤でも,適応外や日本で剤型がない場合は,原語表記となっている。用法・用量なども本邦の使用基準に当てはめて示されている。図表を主としたポケットブックに,夥しい数の参考文献が示されていることもユニークでありがたい。
 一刻を争うクリティカルケアの現場では,まず本書を参照して薬物療法にあたり,その詳細や理論を知りたい時は,文献や“The Pharmacologic Approach to the Critically IllPatient”を後でじっくり読むという使い方を薦めたい。
 本書に相当する本はわが国では未だ出版されていない。救急部門や集中治療あるいは外科部門で重症患者管理にあたる医師には必携の新書として,高く評価したい。
A5・頁412定価(本体5,950円+税) 医学書院MYW