医学界新聞

 連載 イギリスの医療はいま

 第14回 イギリスの看護職 その実像

 岡 喜美子 イギリス在住(千葉大学看護学部看護学研究科修了)


 今年の1月,Nursing Standard誌によって初めて看護職の生活調査が行なわれた。その興味深い結果を紹介しながら,イギリスの看護職の実像に迫ってみたい。

多数派の生活スタイル

 この調査は1000人の看護職を対象にしたものであるが,各質問項目の多数派をピックアップしていくと,次のような看護婦像が浮かび上がってくる。
 性別は9割が女性で,35-50歳の既婚者が7割を占める。家族や親戚が看護職についている人が53%もいる。また子どもは平均2人で,そのためか6割は日勤のみを選択。半数は病院に勤務している。通勤は8割以上が車を使い,衣類や食物の買い物は大手スーパーを利用する。家庭でも家事の省力化に力を入れており,たいていの電化製品をそろえ,食器洗い機も4割が所持している。
 趣味は読書(ロマンス)とクラシック音楽,煙草は吸わないが,ほとんど毎日ワインを嗜み,たまの外食はイタリア料理店(安価で手軽)に行く。ペットは猫で,ホリデーは国内旅行ですませる。
 この調査のサンプル数は多いとはいえないが,その看護婦像は私が知るかぎりにおいて,かなり全体像を代表しているように見える。この生活スタイルは医師や弁護士といった他のプロフェッショナルに比べると,非常に質素でつつましい。
 そこで「看護婦はプロフェッショナルである」という観点からこの結果について考えてみたい。

女性が多数を占める職業

 現在,看護職に占める男性の割合は1割以下で,この調査の8.4%と合致している。最近でこそ新卒では男性の割合が15%を越えるようになったが,それでもなお女性が多数を占める職業の典型であるが故に,看護職は給与が低く,その職業的地位もおとしめられていると看護職側は訴える。 右のポスターは先頃行なわれたInternational Women's Dayの時に全国の街角に掲示されたものである。
 NHS(国民医療制度)のために,大多数の看護職の給与は国家予算で賄われる。ただでさえ医療財政は逼迫しているので,看護職の給与は低く抑えられ,事務員の上,教師の下の位置である。例えば新卒(年収/税込)で,看護婦1万2000ポンド,保健婦,助産婦で1万8000ポンドしかない(日本ほど夜勤や超勤をしないので諸手当は多くない)。
 無資格の看護助手でさえ8000~9000ポンドをもらっているので,プロとしてのプライドが傷つくと看護婦たちは言う。昇給率が1~3%と低いので,キャリアを積んでも昇給は頭打ちである。ちなみに病院の婦長クラスでも年収は2万5000ポンドくらいである。男性看護職の場合は共稼ぎをしないと子どもを養えない。これを裏づけてか,調査では看護職以外に第2の職業を持っている者が23%いた。

専門職をめざして

 看護は専門職かという質問に対して,95%がイエスと答えている。そして64.5%は看護婦を天職と考えている。彼らは,実際には職業的地位や給与の面で専門職に値するような扱いを受けていないことを大変不服に思っているが,それでも自分たちの努力で少しでも専門職に近づこうとしている。
 例えば喫煙率の変化である。長年,医師の喫煙率が低いのに対し,看護婦の喫煙率は一般の人よりもずっと高かった。「健康増進のリーダーである医療人として恥ずかしい」とか,「専門職の自覚が足りない」など,内外から批判され続けてきた問題であった。しかし今回の調査では14.3%で,国民の平均である28%の約半数であった。医師と同じように国民の健康を増進する専門職としての強い自覚が出てきたものと思われる。
 また学士号を取得するためにパートタイムで学生をしている者は12.3%であった。家庭にコンピュータを持っている人は54%(全国平均は24%)と,知識欲や新しいものに挑戦する意欲は高い。ただしインターネットへの加入率は7.8%であった。
 さらに職能集団の地位を向上させるためには政治力が必要である。5月の総選挙では初めての看護職の国会議員を誕生させようという運動が盛り上がっている。各党から数人の候補者が出ているが,何人が選出されるかは応援する看護職たちの力しだいである。この調査でも「次の選挙で投票する」と答えた人は93%にも上る。
 支持政党は労働党(一般的な労働者の支持が多い)が39%,保守党(管理職や自営業,専門職の支持が多い)が22.7%であった。かつてはほとんどの看護職が労働党に投票していたのに対し,最近の傾向として保守党支持が多くなってきたのは興味深い。