医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


小児一般診療における座右の書

今日の小児治療指針 第11版 矢田純一,他編集

《書 評》筒井 孟(神戸市立中央市民病院小児科)

小児科疾患の治療方針がわかる

 本書は1970年に加藤英夫教授らの編集で初版が世に出て以来版を重ね,小児科疾患の治療方針が簡潔にわかる書として絶大な信頼を得てきた。3年余を経てこのたび第11版が刊行された。
 本書は通読する本ではない。編集も序文に述べておられるように,「極めて特殊なものは別にして,小児の診療にたずさわる者が遭遇しそうな問題をなるべく多く収載し,何かにぶつかった時,とにかく本書を参照すればそれに対応する方法がわかる本」という編集方針が伝統的に貫かれている。
 医学の進歩はめざましい。医療情報は小児の診療においても日々増える一方である。その増大する医療情報は新たに書き加えられたり,書き換えが求められることもあり,専門医といえども全分野に精通することは不可能である。第11版は編集も矢田純一先生らに交代し,目次だても時代の状況にあわせ組み替えられた。それに従い項目数も約600に増え,これらの項目を560名の専門家がわかりやすく解説している。

診察室で大いに役立つ書

 1-4章では小児の救急処置や治療手技,また小児科診療の特殊性として小児科診療の特殊性として小児保健や学校保健について述べられている。
 5-19章が狭義の小児科疾患である。治療の基本方針から原因療法や対症療法,さらには処方内容にいたるまで具体的に記述してある。疾患によっては,総論的な部分は省略されているものの,病因,病態,診断,生活指導などについても簡潔にまとめてあり,小教科書としても十分活用できる。
 20章では心因性疾患,精神医学的疾患,行動の問題について,また21-26章には皮膚科,眼科,耳鼻科をはじめ,あらゆる他科の最新知識が網羅されている。
 小児薬用量は1冊分の医薬品集に相当するほど充実しており,非常に便利である。また市販薬一覧や,小児医療公費負担制度などの付録も診察室で大いに役立つと思われる。
 本書は小児科医をはじめ,小児科認定医をめざす研修医,さらには小児を診る機会のある他科の医師など,小児の医療に携わるすべての医師にとって座右の書と言えよう。
B5・頁688 定価(本体15,500円+税)医学書院


生命科学研究をめざす若い学生・大学院生に

免疫のフロンティア 免疫系の調節因子 多田富雄,石坂公成著

《書 評》高津聖志(東大医科研教授・免疫学研究部)

生体の高次機能調節の研究は華々しい。それを反映して,研究のホットスポットやその将来展望を述べた,多くの書物が先を競うように出版されている。私が専門とする免疫学に関する書物もその例外ではない。原著論文が掲載されてからすぐにその内容に関する総説を頻繁に読まされると,思考力や創造性が枯渇するのではないかとの不安に苛まれることもある。必ずしも情報は多ければよいというものでもないような気がする。何がきっかけで,自分の研究を進めているのか,その活力は何なのかを掘り下げて書かれている本を読みたいとの思いが強くなったとき,タイムリーに出版された本を読むことができた。それは『免疫のフロンティア-免疫系の調節因子』である。

日本を代表する2人の 免疫学者の手による書

 著者は,日本を代表する免疫学者であり,師弟関係にある2人の興味ある研究者,多田富雄博士と石坂公成博士である。本書は多田先生の東京大学医学部教授退官に際しての最終講義と,石坂先生のラホイア免疫アレルギー研究所長退職記念講演を1冊の本にまとめたものである。私は大学院生時代には多田先生の仕事の進め方に触発され,大学院修了後は石坂先生に直接の研究指導をいただいた。それゆえ,それぞれの先生の講演を特別の感慨で拝聴した。背筋が震える思いであった。その鮮烈な印象を今でも忘れることができない。話は理路整然としており,「講演はこのようにするものである」との見本であり,参加した免疫学者に深い感銘を与えた。
 本著を読んでの第一印象は,退官講演会を聞いていた時の高揚した気分が鮮やかに甦ったことである。また,多田先生が研究を始めながら解決できなかった「抗原特異的抑制因子」の本体を,石坂先生が1990年代に追いつめられたプロセスが書かれており,師弟の温かい心が伝わってくるとともに,感動のドラマでもある。
 多田先生と石坂先生は一見研究に対する考え方や方法論を異にするように見える。本書には,免疫学的な諸現象を免疫学の手法で研究しながら,それを哲学的な考え方に包括して,一般的な事象として思索しようとする多田先生の立場と,IgEの発見およびその構造と機能の解明,IgE産生の調節機構を分子レベルで解明してこられた石坂先生の研究の視点が語られている。同じ時代に,日本とアメリカの異なる研究機関で,心を通わせながら免疫系の調節機序の解明にロマンを求めた,2人の研究者の思索と実践の記録でもある。

免疫抑制因子の構造と機能の解明

 しかしながら,本書の骨子は2人の主な研究成果の集大成を述べたものではなく,むしろ古くて新しい研究テーマであり,現在でも諸説行き交う免疫抑制因子の構造と機能の解明に果敢に挑戦された最近の研究結果と解釈でもある。それは,われわれ後輩の免疫学者に,研究テーマの選択や継続,研究方法などに関し重要な問題提起をなすものである。まさに,壮烈な話である。
 本書は,したがって免疫学の新しい知識を得るためというよりは,2人の偉大な免疫学者の研究スピリットを読み取るのに最適である。生命科学の研究をめざす若き学生や大学院生に是非一読を勧めたい。私は,この本をいつも傍らに置きながら,ときどきひもとき,初心を忘れないようにしたいと思っている。そう思わせる数少ない珠玉の1冊である。
A5・頁112 定価(本体2,800円+税) 医学書院


生物を総合的に理解するためのアトラス

ガートナー/ハイアット組織学カラーアトラス 山内昭雄 監訳

《書 評》山口和克(杏林大教授・病理学)

シェーマティックに生物の構造を把握

 本書は,Gartner, Hyatt著『Color Atlas of Histology』第2版の訳書で,諸臓器の正常組織像理解のためのアトラスである。
 全体が19章に分かれていて,細胞,上皮,結合組織化などの総論と諸器官系の各論から成っている。各章で,まず組織の記述があり,続いてのグラフィックスのセクションでは,見事なイラストで臓器や組織のありさまを概観的に理解させてくれる。次のプレートのセクション,すなわち本来の組織アトラスでは,ヘマトキシリン・エオジン染色を主体としたカラー写真とその図版説明,電子顕微鏡写真による超微形態のポイントが示されている。最後に組織のまとめ,機能のまとめのセクションが続く。これらのセクションの中で,特にグラフィックスのセクションが実にすばらしい。ここと機能の項をみるだけでとても楽しく,シェーマティックに生物の構造を把握し,最新の情報を知ることができる。
 このアトラスは単に正常組織を学ぶためのものに留まらず,生物学の手引き書なのである。

異種動物との比較から正常構造,細胞の本質を追及

 評者は診断病理学を生業とする病理医で,毎日,外科病理の標本,病理解剖の標本を眺めて,炎症性変化あるいは腫瘍の形と対比して,正常の組織構造の揺れかたを判断し,病変のない組織像がどの程度の幅に収まるのかということを脳裏に描きながら,顕微鏡をのぞいているが,見るものはヒトの組織,細菌ばかりである。しかし,このアトラスでは,ヒト以外の哺乳動物の組織写真が多く,最初の280枚(電顕写真を含む)のうちヒトの写真は82枚である。血球や中枢神経はさすがにヒトのものであるが,組織標本に異種動物のものが多いことにはいささか戸惑いを覚える。解剖学者はわれわれと違って,異種動物の組織の比較から正常構造のあり方,細胞の本質を追求するのであろう。
 気になる点をあげれば,見慣れた組織である消化管,乳腺,子宮内膜,肺などが,ヒトの組織の写真ではあるが,典型像とは異なること,リンパ節の鍍銀染色では,辺縁洞の輪郭が描画されておらず,リンパ節の基本構造が理解しがたいこと,肺はフォルマリン気道注入固定ではないため,肺胞構造が明確でないこと,前立腺,胎盤の説明が簡略すぎることなどがある。女性生殖器のグラフィックスでは,卵巣が卵管の前方に描かれているので,後方から見た図と明示しておく必要があろう。また,胚細胞の項で,「粘液物質は,その一部分だけが標本に残っているにすぎない(大部分は標本作製の脱水過程で溶出)」(p36)とあるが,PAS染色をすれば粘液顆粒が空胞内に充満しているのがわかる。このような原文の誤りは,補注で正してほしい。用語が病理の慣用語とは少々異なるが(果粒,酸好性など),これは公式の解剖学用語にうとい病理医の怠慢のせいと反省している。
 ともあれ,同一の組織でも多様な形態断面を見せる組織像を数枚の写真で示そうというアトラス作りは簡単ではない。全臓器について,このようなていねいな写真を集め,イラストを加えて,総合的に生物を理解させようという本書の作り方に敬意を表したい。序文にもあるように,能率のよい勉強のためにも配慮のいき届いた,学部学生向きの必要充分な内容を持つ立派な教科書である。
B5・頁418定価(本体9,800円+税)医学書院MYW


てんかん診療の発展と患者の福祉に貢献

てんかんアトラス&ビデオ ハンス・O・リューダース,他著/兼本浩祐,他訳

《書 評》柴崎 浩(京大教授・脳病態生理学,臨床脳生理学)

ビデオでてんかん発作を呈示

 この本は,米国クリーブランドクリニックの神経内科部長ハンス・O・リューダース博士とドイツのミュンヘン大学神経内科のソヘイル・ノアハタ博士の2人の神経内科医が,チバガイギー出版社から1995年に出版されたドイツ語の本“Atlas und Video epileptischer Anfalle und Syndrome”を,国立療養所宇多野病院・関西てんかんセンターの兼本浩祐,川崎淳,河合逸雄の3精神神経科医が和訳されたものである。前半はてんかん発作の分類やその基礎となる生理学的事項,各発作の特徴がわかりやすく解説してあり,後半ではこの本の大きな特色として,ビデオに28症例の発作を呈示して,それぞれの解説がしてある。
 ビデオに収録された症例は,いずれも発作時脳波や慢性硬膜下電極記録による臨床的評価と,術中所見や経過などを含めた要点が記載されており,ビデオ自体の色彩,明るさも驚くほど鮮明に描出されていて,この種の本としては過去に例を見ない出来映えである。収録されている言葉はドイツ語または英語であるが,的確な日本語の字幕スーパーが施してあり,非常にわかりやすいものとなっている。

新しいてんかん分類法を提唱

 本書の内容について特筆すべて点は,訳者がその序論でも述べておられるように,現在広く用いられている国際てんかん分類法とは部分的に異なった,新しい分類法を提唱していることである。それは発作中の臨床像を重視して,それを正確かつ緻密に観察・分析して,それに基づいて分類するものである。
 私個人の印象としては,その背景として,著者の1人であるリューダース博士が育った経歴に起因するところが大きいものと考えられる。すなわちリューダース氏は,ドイツ人ではあるがチリで生育し,サンティアゴ大学医学部を卒業後,直ちに九州大学医学部脳神経病研究施設の神経内科教室(故黒岩義五郎教授)の大学院生となり,臨床神経学の研修とともに電気生理学的な研究を行ない,日本の医師免許証のみならず医学博士の学位も取得された方である。
 当時,私も同教室の大学院生として共に勉強し,夕方にはしばしばテニスをしたものである。黒岩先生は神経学にとって臨床の大切さ,検査所見よりも患者の症状と徴候をきわめて重視された関係で,実は私自身も,画像法など種々の検査法が発達した現在でも,なおそれが正しいと信じているものの1人である。リューダース博士はその後米国のメイヨークリニックで脳波学の研修,さらにニューヨークのコロンビア大学でてんかん学の臨床と実験的研究を行ない,そしてクリーブランドクリニックにおいててんかんの臨床的研究と外科的治療のセンターを築き,多くの日本人研究者を育てられたのは周知の事実である。そのようなわけで,彼のてんかん分類には,若い時に九大で受けた教育の影響が大きく反映していると考えてほぼ間違いないと思われる。
 なおこのような分類法に対して,一部には批判的な意見もあると聞き及んでいるが,冒頭のミュンヘン大学医学部神経内科のブラント教授および同じくベテルのドイツてんかんセンターのウォルフ所長(国際てんかん連盟事務局長で,リューダース博士と共同研究を実施中)の推薦文からも明らかなように,てんかん分類法が将来改善されるとすればその1つの望まれる方向として,むしろ積極的に受け入れられつつあることは事実である。
 特に本書の訳者はわが国における臨床てんかん学の権威者であるばかりでなく,ドイツのてんかん学とドイツ語の両者に習熟された方で,まさに本書の翻訳者としてうってつけの方である。その訳語はきわめてわかりやすく,敬服するばかりである。上述のように,私は親友のリューダース博士から,先に出版された脳波の本に続いて本書の和訳を直接依頼され,ちょうどその時京都大学に赴任してきて間もない頃であった関係で,河合先生にお願いしたわけであるが,このように立派な訳本ができあがり,紹介者としても本当に嬉しく,リューダース博士に対しても自慢している次第である。
 このように本書はてんかん学の専門家はもとより,これからてんかんを勉強される神経内科医,精神神経科医,脳外科医,小児科医にとってもこの上なく有益な本であり,またわが国のてんかん学の発展と,難治性発作で苦しんでいる患者の福祉に対して,計り知れない貢献をする本であると信じる。
B4変型・頁224 ビデオカセットVHS76分定価(18,000円+税)医学書院


20年にわたり口蓋裂患者と接してきた言語臨床家による成書

口蓋裂の言語臨床 岡崎恵子,他著

《書 評》川野通夫(京都教育大教授・教育学)

口蓋裂患者への 言語臨床家の果たす役割

 近年,口蓋裂の手術成績の向上や,これら患者のことばの問題を扱う言語臨床家(スピーチ・セラピスト,言語療法士等いろいろな名称で呼ばれているが,ここでは著者らの用いる「言語臨床家」を用いる)の増加に伴い,口蓋裂の治療に携わる臨床家1人あたりの患者数は,一部例外的な施設を除いて減少の傾向にある。言語臨床においても,1人で年間数十名の患者を担当することは稀になり,経験不足から発音や発語器官の評価を誤ったり,発音指導が不適切なため,口蓋裂特有の誤った発音が改善されていない例はかなり多い。
 そうした状況の中で本書は,20年以上の長きにわたって口蓋裂患者に接してきた言語臨床家たちによって書かれたものである。
 本の構成は,言語臨床家の果たすべき役割を念頭に,哺乳指導に始まり,唇裂や口蓋裂の手術,心身の発達,鼻咽腔閉鎖機能と構音の評価および指導,閉鎖不全が残った時の再手術,歯科的装具,両親や患者の心理的問題についての援助というように,子どもの成長に伴って生じる問題とそれへの対処の仕方を述べた形になっている。適宜症例をあげて説明してあり,唇裂や口蓋裂を解説する写真,レントゲン写真や内視鏡(鼻咽腔ファイバー)で鼻咽腔を見た写真,また図や表も多用され,ことばだけでは理解困難な情報が,具体的に提供されており,初心者にも正しく理解しやすい。

患者の人権と心理的問題

 著者らには14年前に出版された『口蓋裂の言語治療』(医学書院刊)があるが,今回本書で,患者の人権(それがたとえ子どもであっても)への配慮の必要性と,幼児期から思春期,成人期へと続く心理的問題を正面から取り上げた点は大きな前進である。たとえば学童患者に行なう検査の目的と内容の具体的な説明がそれにあたる。患児が見学者や研修生の存在を気にしているようなら,彼らがいないほうがよいか尋ね,患児の希望があれば,見学者や研修生を退室させる。その際の尋ね方も「~がいてもいい?」ではなく,「~はいないほうがいい?いてもいい?」と患児に選択権があることを知らせている点などは傾聴に値する。こうした記述から,口蓋裂を伴う人に言語臨床の立場から行なう援助の内容が生き生きと読者に伝わってくる。
 また,言語臨床家の大切な役割の1つに,口蓋裂チームのコーディネーターとしての働きが挙げられている。しかし,これは相当な経験を積み,実績を上げたうえで,チームの構成員として,さらに社会一般からも認められてはじめて果たせるもので,若手言語臨床家が目指したからといって,一朝一夕に登りきれる(達成できる)ものではない。それでもともかく全員が登頂を目指すべき山であることは知ってもらいたい。
 本書は,言語臨床を学んでいる学生,若手言語臨床家にとって優れた教科書であるが,医師や歯科医師,保健婦,臨床心理士,口蓋裂患者の家族,成人の患者にも広く読まれるようお薦めしたい本である。
A5・頁160 定価(本体5,000円+税)医学書院