医学界新聞

座談会

糖尿病治療の最近の動向

研究の進歩と臨床でのアプローチ

岩本安彦
東京女子医科大学教授
糖尿病センター   
繁田幸男
滋賀医科大学名誉教授
土井邦紘
土井内科(京都府)


“生活習慣病”としての糖尿病: 1次予防への取り組み

繁田(司会) 近年,糖尿病の患者さんが大変増加しています。しかも厚生省が昨年,従来の「成人病」という言葉を改めて「生活習慣病」という名称を正式に使うようになりました。つまり,いわゆる成人病は長年のライフスタイルに原因があるという認識です。
 糖尿病はその典型的な病気の1つですが,発症には高脂肪食や運動不足,ストレスなどの環境因子が重要な役割を果たしています。中でも高脂肪食は,国民栄養調査では脂肪摂取量が60gほどでほぼ頭打ちになっていますが,若年者ではなお増加傾向にあるのが今後の問題とされています。また運動不足については,さらに程度が強くなっていく気もします。
 そこで,この「生活習慣病」に対応するためには,やはり1次予防という問題が大変重要なテーマになると思います。特にいま境界型やIGT(耐糖能障害)が大変増えています。日本では厚生省糖尿病調査研究班の成績が40歳以上で平均20%でした。こうした状況にどのように対応したらよいのでしょうか。

IGTからNIDDMへの移行

土井 IGTについて言えば,遺伝子は規定されていますから,改善するとなると環境因子です。その点では加齢が第1の問題になり,加齢とともに栄養摂取や運動量が問題になります。栄養摂取については,成人してからは脂肪の摂取量を抑えることが一番大事ではないかと思います。もちろん運動量を除いて話すことはできません。たとえ脂肪摂取量が多くても,運動をしていれば脂肪がつく部位が違ってくるでしょうし,それによってもIGTになるかどうかが異なってくると思います。
 IGTである人への対処方法は,食事量をある程度是正していくことです。しかし,では食事によってIGTからNIDDM(インスリン非依存型糖尿病)にならないかという問題になると,異論もあります。1994年に神戸で行なわれた国際糖尿病連盟の会議では否定的な意見があったように思います。むしろ運動療法が不可欠で,10年間のデータでは運動療法を加味した場合はIGTからNIDDMへの移行率が低かったそうです。ご存じのように,現在WHOがIGTからNIDDMへの移行に対する予防や阻止,遅延のためにさまざまな対策を行なっていますが,この点は今後の推移を見ないとわからないと思います。
土井 私は,筋肉は体にとって大きな臓器の1つだと思っていますので,これを働かさないことには意味がないと思います。
 また,末梢のインスリン抵抗性改善薬を加えてはどうだろうかという研究が現在進行しつつありますので,その成果もある程度わかると思います。
繁田 糖尿病の現在の診断基準は,糖負荷試験による2時間血糖値が200mg/dl以上です。日本糖尿病学会もWHOの基準もそうですが,IGTでも2時間値が高いグループでは糖尿病の移行率が非常に高く,糖尿病の診断基準を改定すべきだという意見もあります。いかがでしょうか。
岩本 現在,糖尿病学会で診断基準検討委員会が設置され,新しい診断基準を検討しています。またWHOやNIHでも診断基準の改定の動きがありますので,それらの動向も十分に考慮しながら,日本の診断基準を改定していこうという方向です。

IDDMの予防とハイリスクの診断

繁田 IDDM(インスリン依存型糖尿病)の1次予防はできるのだろうかという議論も出ています。いかがでしょうか。
岩本 IDDMの発症機序は,NIDDMとまったく異なります。自己免疫過程を抑え,それによって起こってくる膵β細胞の障害をいかに防ぐか,あるいは進行をいかに抑えるかという点で,注目すべき研究が行なわれています。基本的には,自己免疫を起点にして起こる膵β細胞の破壊過程に効くと思われるニコチン酸アミドですね。これを用いる発症予防があります。もう1つは,少量のインスリン投与によってβ細胞の破壊をそれ以上起こさせないようにする。その2つの面から,IDDMの予防に関する臨床試験が行なわれています。
 その前に,NIDDMでも同じですが,どういう人がハイリクスグループかという選別が重要だと思います。まずIDDMの近親者を持っている人,しかも自己抗体を持っている人を対象にします。自己抗体として従来はICA(膵島細胞抗体)が広く使われていましたが,最近はルーティンの検査として簡便なGAD(グルタミン酸脱炭酸酵素)抗体測定が行なわれています。
 さらに,そういう中でも例えばIVGT(静脈内ブドウ糖負荷試験)などを行ない,初期のインスリン分泌などがやや低下している症例を選んでいくと,かなり発症のリスクが高いことがわかっていますので,そういう人に対してニコチン酸アミドやインスリンの少量投与による予防をする方向に進んでいます。
繁田 GAD抗体陽性はNIDDMで5%くらいあるそうです。こういう人は,将来IDDMになると考えていいのですか。
岩本 NIDDMと考えられて経口剤で治療していた症例の中に,おっしゃるように少ないですが一定の割合でGAD抗体陽性の人がいます。そういう人を長期にフォローすると,インスリンの必要なタイプになってきます。さらに経過をみていくと,おそらくIDDMに進むのではないかと考えられています。そういう人はやはりタイプとしてはI型で,ある時点まではNIDDMにとどまっていた。それが徐々に膵内分泌機能が低下しIDDMへ移行していくのだろうと思います。そういう症例に対しては,早期にインスリンを投与することによって,それ以上のβ細胞の疲弊を防ぐという考え方が成り立ちます。
繁田 いわゆるslowly progressive(緩徐進行型)IDDMに相当するのですか。
岩本 かなりの部分がオーバラップしていると考えてよいのではないでしょうか。

発育環境の影響と栄養

繁田 NIDDMに関して,子どもの時や胎児の間の環境がよくないと将来β細胞の障害が起こりやすいという意見が最近出ていますが。
土井 やはり胎児の時の発育は非常に大事ですね。特に膵組織の発育ですね。これは長い間の集積ですから,急激にどうこうできませんが,できる範囲の中で考えるべきだと思います。とりわけ大事なのは,膵の発育が完成される頃,つまり妊娠後期で,さらに分娩や新生児初期の栄養を含めた環境だと思います。
 ご存じの通り,膵の発育は後期になると急に盛んになりますが,その時,インスリンは成長因子として重要だと思います。そういう面からみると,こういう時期にいかに栄養を与えるかが,糖尿病を含めた生活習慣病にとって重要ではないかと考えます。
繁田 糖尿病の方が妊娠した時は,具体的にはどのようにしたらよいのですか。
土井 これまでは巨大児がNIDDMにつながるのではないかと考えられていましたが,そうではなくて,栄養が足りないことが重要であることがわかってきました。もっとも,この時期に過剰の栄養を与えて過体重にすることも問題です。私はある程度の蛋白があれば十分だと考えています。
 それから,お母さん方には妊娠する前から栄養について考えてもらいたいと思います。妊娠前期はつわりなどで摂取できない方もいますので,後期には十分にバランスのとれた栄養をとるように言っています。
繁田 エネルギーはある程度制限するけれども蛋白質は十分摂取すべきであると。
土井 ええ。ただ蛋白質の内容については持論があって,あまりに人と異なった動物のアミノ酸はとってほしくないのです。例えば肉ならば牛より豚のほうがいい。というのも豚のインスリンは,アミノ酸構成からみて,牛よりも人に近いからです。ですから,豚肉は脂肪が多いと敬遠されますが,私はその面から見るといいのではないかと考えます。あとは植物性蛋白を十分とることです。

インスリン抵抗性症候群

繁田 ところで,最近NIDDMではインスリン抵抗性の問題が表面に出てきました。「インスリン抵抗性症候群」という名前までついていますが,これはインスリン抵抗性を背景に,耐糖能障害,高脂血症,高血圧,それから上半身性肥満が総合的な症候群として出てきたものです。この病態についてお話しいただけますか。
岩本 インスリン抵抗性症候群とは,耐糖能異常,インスリン抵抗性,高脂血症,高血圧など,動脈硬化性の疾患の発症の危険因子が集まっている状態と言えます。インスリン抵抗性は,インスリン分泌不全と並んでNIDDMの病態の特徴であり,近年特に注目を集めています。最初に繁田先生がおっしゃった「生活習慣病」と言われるような環境因子である肥満,運動不足,ストレスなどはいずれもこのインスリン抵抗性を増悪する因子であると考えています。もちろん,インスリン抵抗性そのものにも遺伝的な背景があるというデータがありますし,また糖尿病の発症における重要な環境因子とされる肥満をとっても,遺伝と環境が非常に複雑に関係し合って,最終的にリスクが集積して生活習慣病と言われるものを引き起こしてくると考えられます。
 内臓脂肪という点でも,上半身,下半身という分布だけではなく,皮下に蓄積しているか,あるいは内臓や腸間膜に蓄積しているかによって,代謝異常に違いがあると思います。それともう1つは,さきほど土井先生が筋肉の重要性を指摘なさいましたが,脂肪組織もただ過剰に摂取した中性脂肪を蓄積する貯蔵臓器というより,最近は活発に代謝して,しかもいろいろなホルモンやサイトカインを分泌する臓器であることがわかりました。そういうことから,内臓脂肪蓄積の重要性や内臓脂肪型肥満からどのように動脈硬化が起こるのかということについての研究が進んでいる段階です。
 インスリン抵抗性をどのように治療していくかによって生活習慣病のかなりの部分が改善でき,場合によると予防にもつながるのではないかという形で注目されているわけです。

内臓脂肪型肥満の見分け方

繁田 確かに日本人のインスリン抵抗性症候群では肥満が大きな因子になっていますが,欧米人に比べるとそれほど高度肥満ではありません。どうお考えですか。
土井 いわゆるシンドロームXが日本人にどの程度あるのかは少し疑問に思っています。あまりにも欧米の考え方が先行しているような感じで,日本人の実態をもっと知るべきだと思います。それに,耐糖能異常とすぐに結び付けたがりますが,そうではないところも若干あるように思います。
 日本人はそれほど肥満がないのに糖代謝異常が起こりやすいのですが,その1つの原因としては,インスリン分泌の問題があります。それから,やはり日本人の体格はきゃしゃですし,運動をしないからお腹に脂肪が溜まりやすい。肥満ではないけれども分泌異常があるという点では,腹部の脂肪が大事なのではないかと思います。
繁田 内臓脂肪型肥満が脚光を浴びていますが,臨床的に簡単な診断法としてはどのようなものがよいでしょうか。
岩本 内臓脂肪そのものを評価するとなると,CTでお臍のレベルを断層撮影することになると思います。しかし,かなりの部分はW/H比(ウエスト/ヒップ比)と並行するというデータもありますので,W/H比を測って,上半身肥満か下半身肥満かを判断することになります。
土井 簡単に見分ける方法としては,W/H比を測ると同時に,お腹が張っているのを触診で叩いてみます。皮下脂肪がたまっているのと内臓にたまっているのとでは,若干抵抗が違うように思います。
 それからもう1つは,ある程度年をとった人と若い人を分けて考えます。若い人のほうに,いわゆるシンドロームXに近い,インスリン抵抗性と思われる症例が多いのではないかと見ています。
繁田 打診で腹部の皮下脂肪の厚さがわかるわけですか。
土井 何cmというのはわからないけれども,内臓に多いか皮下に多いかはある程度わかる人がいます。すべてではありませんがそう思います。初診の人には必ず叩いてみるようにしています。
繁田 内臓脂肪の多い人は濁音ですか。
土井 濁音ではなく,高音に近いです。
繁田 皮下脂肪の人は濁音ですか。具体的なベッドサイド診断として非常に面白いと思いますね。

拡がる糖尿病治療薬の選択

インスリン抵抗性改善薬の登場

繁田 インスリン抵抗性の問題が脚光を浴びた結果,最近はインスリン抵抗性改善薬が登場しました。また,αグルコシダーゼ阻害薬が盛んに使われています。この使い分けについてはどのようにお考えですか。
岩本 これまで経口糖尿病薬といいますと,ほとんどの場合スルホニル尿素剤(SU剤)が使われていました。もちろん日本では2種類のビグアナイド剤もあったのですが,一部の症例にSU剤と併用投与されるケースが多かったと思います。ところが1993年にαグルコシダーゼ阻害剤が登場して,食後の過血糖改善剤としての位置づけが得られました。そして今は,インスリン抵抗性改善薬が3月初めから登場したという状況です。NIDDMの病態として先ほどから問題になっているインスリン分泌不全に対しては,これまで通りSU剤が中心の治療薬として位置づけられていましたが,インスリン抵抗性そのものを標的とした薬剤としてインスリン抵抗性改善薬が登場したわけです。
 一方,食後過血糖だけをとりあげてみると,まったく作用機序の違うαグルコシダーゼ阻害剤が有効ことはすでに述べた通りです。さらに食後過血糖に対しては速効性のインスリン分泌促進剤が開発中で,臨床第3相試験が終了しています。そういうものの組み合わせを考えますと,今後NIDDMの高血糖に対する治療の手段は幅がますます拡がってくると思います。

各薬剤の使い方

岩本 SU剤はやはり非常に切れ味がいいし,今後もおそらくこれにまさる血糖降下作用を持つ薬はないのではないかと思いますが 一方では肥満を助長しやすい,あるいは食後高血糖自体がなかなか抑えにくいという問題点があります。
 欧米人のNIDDMのように,非常に太っていて,インスリンの反応もかなり保たれているけれども,空腹時の血糖が高い症例には,インスリン抵抗性改善薬がよく効くと思います。臨床試験の成績をみても,インスリン抵抗性改善薬はすべての症例に効くわけではありません。約半数の症例に効いたということを考えますと,有効であった症例では,やはりインスリン抵抗性が耐糖能異常をもたらした主な原因ではなかったかということになると思います。
 どういう症例にインスリン抵抗性改善薬が効くのかという簡便な指標は現在のところありませんが,やはり太っている人ほど効きやすく,空腹時の血中インスリンレベルが高い症例ほど効きやすい。おそらくそういう症例はインスリン抵抗性が背景にあるのだと思います。
繁田 短時間作用型のインスリン分泌促進薬はどのような特徴がありますか。
岩本 現在,日本では3種類の臨床試験が進行中だと思いますが,いずれもSU剤とはまったく違った構造ですね。しかし,インスリン分泌を促進するという点に共通の特徴があります。そして,SU剤と異なって吸収が早いのは,即効性が理由になっているように思います。αグルコシダーゼ阻害剤と同じように,食前投与することによって,食後の血糖を抑えるという効果が期待できるのではないかと思います。

合併症予防のための基準値

繁田 いろいろ選択の幅が拡がってきましたが,究極の目的は血糖コントロールもできるだけよくし,慢性合併症の発症を防ごうということになると思います。
 ところで,アメリカで1993年に,DCCT(Diabetes Control and Complications Trial)が発表されました。これは,「糖尿病治療において,血糖コントロールが本当に糖尿病の合併症予防に重要なのか」というテーマの調査です。IDDMの1441例をインスリン強化療法群と従来療法群に無作為に振り分けて観察したものですね。
岩本 DCCTのすばらしい点は,きちんとプロスペクティブスタディを行ない,これまでそうだろうと思われていたことに結論を出したことだと思います。足かけ10年,平均6.5年のフォローアップによって,高血糖を抑制することが慢性合併症,特に細小血管症の発症と進展を抑制する上で重要であることを証明したわけです。
繁田 DCCTに基づいた糖尿病のコントロール基準についてはいかがしょうか。
岩本 この研究で強化療法群の目標値は,HbA1c(ヘモグロビンA1c)6.05%でした。空腹時血糖では70~120mg/dlくらいを維持し,そして食後2時間値も180mg/dl未満に抑えようということでした。それらの目標値は完全には達成できなかったわけですが,細小血管症の発症もしくは進行をかなり抑えたということです。
 日本の熊本スタディの結果などからも,コントロールの基準としては空腹時血糖値は110mg/dl未満。もちろん低血糖を起こさないという条件ですが,食後2時間値で180mg/dl未満,HbA1cでは6.5%くらいというのがコンセンサスを得られるところではないかと思います。
 東京女子医大ではNIDDMの場合,網膜症の進行を抑制するにはHbA1c6%以下をめざしています。達成できた場合は発症または進行はゼロに抑えられています。私たちは,より厳しいコントロール基準を設定し,その達成をめざしています。

糖尿病患者教育と支援体制のあり方

開業医としての取り組み

繁田 糖尿病患者さんの教育という問題も重要だと思いますが,糖尿病教室や患者交流会などが盛んに行なわれています。開業医の方の施設ではどこまでできるのか,またどのような方法があるのか,土井先生のご意見をうかがいたいのですが。
土井 患者さんに聞くと,開業医か病院かに関係なく,医師からもう少し説明を聞きたいという声が多いようです。忙しい施設に行くと,血圧は機械が測り,採血は看護婦さんがする。データが出て医師のところへ行くと「これは高いですね」「低いですね」と言ってサッと帰される。薬は処方された通りどこからか出てくる。そういう状態が一般化されていますが,患者さんは「少しでもいいから対話がほしい」と言います。
 私のところでは患者さんとにらめっこするように私自身が血圧も血糖も測っています。次に,糖尿病はどのような病気であるかをまず理解してもらいます。血糖が高いということは,あなたの血管全体を侵すことになる,あるいは膵臓というインスリンを作る大事な臓器を侵すようにもなるという話をします。
 また「糖尿病患者の会」というのを作っています。これは私が言いだしたのではなく,患者さんのほうから言ってきたのです。開業して間がないのでそれほど患者さんの数は多くないのですが,すべて患者さんが運営してくれています。講義をしてほしいと言われたら行きますし,ピクニックに行きたいというなら弁当持ちで一緒に行って,食べているものをチェックします。
 栄養指導については,管理栄養士の方に来ていただいて,午後の空いている時間に患者さんと話してもらいます。マンツーマンに近い状態で頑張ってくれていますので,かなり突っ込んだ話ができます。まだ患者数が少ないからできるのかもしれませんが,そういうことをやっています。
繁田 先生がフォローしておられる糖尿病の患者さんは何名くらいですか。
土井 140名ですね。
繁田 しかし,先生のような医院はむしろ珍しいのではないでしょうか。患者教育というのは,医師のほうが積極的に働きかけて引っぱっていかないとなかなか継続しないことが多いですね。先生のところは患者さんのほうから言ってくるということですが,やはり先生のお人柄なのでしょう。
土井 まだ始まったばかりですので,患者さん自身も珍しくて興味があるのかもしれません。
繁田 やはり医師との対話が患者さんに感銘を与え,教育効果が上がるということですね。もちろん他職種の協力が必要であることは言うまでもありませんが,いちがいにコメディカルの方に任せたらいいというものでもないわけですね。
土井 そう思います。私のところはコメディカルというと看護婦さんと栄養士さんくらしかいないので,勢いそういうことになるのだろうと思いますが。

メンタルヘルスケアの重要性

繁田 東京女子医大の糖尿病センターは非常に大がかりなスタッフと施設をお持ちです。患者教育の1つの問題点として,一部の患者さんにどうしてもメンタルヘルスケアが必要な場合があります。岩本先生の施設では心理的な指導をしていますか。
岩本 私たちのところでは,チーム医療をめざしています。あらゆるコメディカルスタッフを動員して患者さんにアプローチし,いい治療ができないかと努力をしています。中でもメンタルヘルスケアの面が一番遅れていると思います。
 IDDMの,特に若い人たちの中に大きな問題を抱えている人が多いようです。それが食行動の異常につながったり,血糖のコントロールが一定にならない大きな原因になりうると思います。
 学業,就職,結婚,妊娠などクリアしなければいけないさまざまな問題があります。そのつど,多くの悩みを抱えながら糖尿病と闘っている人たちに対して,何とか適切な支援ができないかと考えて,「チャプレン(施設付きの牧師)」に週1回来ていただいてサポートしていただくようにしています。
 若い患者さんだけで孤立している状況があると思うのです。東京女子医大には,糖尿病協会の下部組織の「あけぼの会」がありますが,そこは比較的年配の人が多いのです。ですから,それとは別に若い人に参加してもらってグループミーティングをやっています。そこで個人的な悩みや問題点を出して,共通の問題としてディスカッションをして,何らかの解決をしていこうとしています。
 NIDDMの患者さんの抱えている大きな問題点,例えばストレス,食事が守れないこと,あるいはアルコール依存などの問題に対しては1人の医師が短い診療時間の中で対応しているのが現状です。そのあたりの問題に対してにどうアプローチするかは非常に重要な問題です。

民間療法の実態と患者への対応

繁田 それから,表には出てこないのですが,糖尿病の隠れた治療として普及している民間療法があります。この点に関してはどのようにお考えですか。
土井 これについては,私ども開業医が作っている「全国糖尿病医会」でまとめたデータがあります。4年前のデータですが,615名の患者さんを調査した結果,民間療法の経験がある方は約80%でした。
 誰に勧められたかという質問に対しては,いわゆる口コミで「知人」が最も多く46.3%,次いで「家族」が17.7%,「新聞・雑誌・テレビ」が15.3%でした。そしてその費用は年間1万円以下が最も多く25.0%,次いで無料が21.6%,1~5万円が20.0%でしたが,驚くべきことに200~600万円という人が1.2%で7人いました。
 具体的に一番多いのがクロレラです。次いでどくだみ,杉菜茶,たらの木。それから酢卵,イオン水,甘茶づる茶,ギムネマ茶,という順番です。
繁田 対応はどうしますか。
土井 私は患者さんに,使ってもよいと言っています。
繁田 やめろとは言わないのですね。
土井 言いません。それを契機として食事療法がよくなる人もいるのです。その療法がよくてそうなるわけではありません。患者さんに「これは効果がありますか」と聞かれたら,ありませんと答えています。
繁田 食事療法の動機づけになっているわけですかね。面白いですね。

21世紀の糖尿病治療はどうなるか

繁田 最後に,21世紀の糖尿病治療はどうなるか,あるいはどうなるべきか,ということについてお話しいただけますか。

深刻な若年の合併症

岩本 最初の話にもありましたように,「生活習慣病」としての糖尿病は,生活習慣が改められないかぎり21世紀に向けて今後ますます増えていくと思います。特に若い人たちには欧米的な生活スタイルが進むでしょうから,さらに増え続けると思います。そして,糖尿病の予備軍である境界型やIGTも増えるでしょう。そう考えると,1次予防に力を注いだ戦略を展開しないと,2次予防,3次予防に追われてしまうことになります。つまり,進行した合併症を持つ人が莫大な数に増えてくるのではないかと危惧しています。
 今でも入院中の若年発症のNIDDM患者さんが,深刻な合併症を早期にきたしています。20歳代後半ぐらいには網膜症で視力の障害が起き,また透析に入る人が増えてきていますね。そういう人を多く見ていますと,今後糖尿病の人口が増える中でも,いわゆる身体障害にまでつながるような患者さんが増え続けるのではないかと深刻にとらえています。

遺伝子診断の進歩とその応用

岩本 それでは1次予防に関してどのような展望があるかということですが,この点では,遺伝子分析,つまり成因にかかわる研究の進歩には目ざましいものがあります。いわゆる多因子遺伝と思われるありふれたNIDDMの患者さんの遺伝子分析が進められ,そのいくつかが同定される段階になり,ハイリスクグループを遺伝子診断でとらえることができるようになりました。そういう人たちに対しては,すぐには遺伝子治療につながらないにしても,食事療法,運動療法,ライフスタイルの改善を根底においた治療を積極的に行なっていくことは重要でしょうね。
 また,積極的な薬物治療の可能性もあると思います。例えば,先ほども話題になりましたインスリン抵抗性改善薬などを,糖尿病の予防に使うことも考えられます。実際に,ビクアナイド剤やインスリン抵抗性改善薬などを糖尿病の予防に使おう,という大規模なスタディがアメリカで始まっています。日本でもおそらく近々始まると思います。医療経済学の観点からも,進行した合併症の治療に伴う医療費に較べると,予防の段階で使う費用のほうが少なくて済むため効果的であるという考え方ですね。
 遺伝子治療についてもいくつかのアプローチがありますが,遺伝子を組み込んだ線維芽細胞を植える,あるいはインスリン遺伝子と,さらにグルコトランスポーターなどを一定の細胞に組み込んで糖尿病を改善することなどが,動物実験レベルでは研究されています。

日本の糖尿病は減る?

土井 IDDMに関しては膵の免疫異常が原因と言われていますので,これに対する対策ができれば,21世紀にはある程度解消するのではないかと考えています。
 NIDDMについては,岩本先生がおっしゃった通りで,ある程度治療法は確立されても,食生活や運動習慣まで改善することは困難であり,NIDDMがなくなるのは非常に難しいですね。ただ,それでは21世紀の日本の糖尿病の状況はどうなっているのかと問われた場合,私は21世紀の後半にはおそらく減るのではないかと思っています。その理由は簡単なのですが,おそらく21世紀の後半になれば日本の経済力は落ちるでしょう。そうしますと,否応でも生活は質素になり,したがってNIDDMもある程度減ることが予測されます。
 それからもう1つは,同時にその原因にもなるかもしれませんが,現在われわれが使っているエネルギーは石油がかなりの部分を占め,代替ネエルギーはなかなか出てきません。次の世紀にはそれがどうなるのか。こういうことを環境因子の1つと考えれば,21世紀の後半になるかもしれませんが,糖尿病はひょっとすると少なくなるのではないかと思っています。
繁田 オーストラリアの疫学者ジメット先生も,途上国のNIDDMは増えていくだろうが先進国のNIDDMは頭打ちになると予測しています。その理由としては,いわゆる経済的な頭打ちという問題もあるかもしれませんが,先進国では教育が行き届くという予想のもとに,糖尿病の予防に力を入れるために発症が減っていくのではないかという考え方をしておられるようです。これは大変明るい見通しです。
 本日は,「糖尿病治療の最近の動向」というテーマのもとに,両先生のユニークかつ新しい観点からお話をお聞かせいただきました。どうもありがとうございました。

(おわり)